ライ症候群/インフルエンザ脳炎・ 2000年12月4日 |
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ライ症候群/インフルエンザ脳炎・脳症の原因の可能性の強い 厚生大臣 殿
インフルエンザ脳炎・脳症に対してジクロフェナクを禁忌とされた措置は、インフルエンザ関連疾患に対するサリチル酸剤(アスピリン等)以外の非ステロイド抗炎症剤の使用を制限した初めての措置であり、なんらかの措置をされたという点については、一定の評価をさせて頂きたいと存じます。 しかしながら、以下の点でまだまだ不十分であると考えますので、適切な措置を速やかにとられるように、要望いたします。 1.2000年および1999年の厚生省研究班の調査から、厚生省では「ジクロフェナクはインフルエンザ脳炎・脳症の発症因子ではない」と、両者の因果関係を否定しているが、これは医学的に誤りであるので、訂正されること。(脳炎・脳症による死亡にだけ関連していることはないし、ジクロフェナクがインフルエンザ脳炎・脳症の発症因子であることを否定できるような調査にはなっていない) 2.今回の調査を含め、これまでの厚生省のいくつかの調査結果を総合すると、正しくは、「非ステロイド抗炎症剤がライ症候群の発症の危険因子であり」、「非ステロイド抗炎症剤がライ症候群あるいはインフルエンザ脳炎・脳症の発症とその後の重症化の危険因子」であると解釈すべきものであるので、そ のように改められること。 3.また、これまでの調査を総合すれば、ジクロフェナクだけでなく、メフェナム酸をはじめ他の非ステロイド抗炎症剤もあわせて、非ステロイド抗炎症剤と「ライ症候群の発症」との関連が示されている点を再確認されること。 4.したがって「ジクロフェナクがインフルエンザ脳炎・脳症罹患後の重症化(死亡)にだけ関連している」ということを前提とした、今回の「ジクロフェナクナトリウムのインフルエンザ脳炎・脳症に対して禁忌」とした措置は誤りであるので、撤回されること。 5.適切な措置として、ジクロフェナクだけでなく、他の非ステロイド抗炎症剤も含めて(アスピリン等サリチル酸剤やスルピリ等ピラゾロン系薬剤も含む)すべての非ステロイド抗炎症剤の解熱剤としての使用を禁忌とする措置をとられること。 6.「インフルエンザ脳炎・脳症に対して禁忌」とするのではなく、インフルエンザによる発熱に対して、禁忌とすること。 7.小児の解熱に対して、アセトアミノフェン以外の薬剤を解熱剤として使用しないような措置をできる限り速やかに講じられること。したがって、現在よく使用されているジクロフェナクナトリウムやメフェナム酸などの非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)系の薬剤を、少なくとも15歳未満の小児には解熱剤として使用しないよう、適切な措置をできる限り速やかに講じられること。 8.解熱剤を使用する場合には、安全性の高いアセトアミノフェンで代替可能であることを、広く情報提供すること(医療現場および一般に対して)。 9.インフルエンザ脳炎・脳症の臨床疫学的研究班(班長:森島恒雄氏)によって得られた1999年および 2000年、さらにはこれまでの他の研究班の成果を総合し、薬剤疫学者、医学統計学者などの参加の もとに、薬剤疫学的に適切な方法により、調査研究を実施されること。 10.薬剤疫学的に適切な方法を考慮するに際しては、以下の点に留意されること。
11.本年の調査では薬剤使用の有無が判明していた例が、死亡例は生存例に比較して極端に低率であった点について、その理由について明らかにされたい。 また、この要望書の第7,第9〜第10要望事項は、NPO医薬ビジランスセンターが2000年7月4日付けで提出した要望書の第1〜第3要望事項の内容と基本的に同じものです。 参考までに、医薬ビジランスセンターNPOJIPおよび医薬品・治療研究会による 特定非営利活動法人医薬ビジランスセンター(NPOJIP) EBMビジランス研究所 医薬品・治療研究会 医療問題研究会
インフルエンザに対する NSAIDs 解熱剤の使用制限を加えた今回の一連の措置1-4)は不十分だが、初めて脳症との危険の関連を認め、使用制限し、小児科学会が「解熱剤を使用するならアセトアミノフェンに」との趣旨の勧告をするなど、これまで医薬ビジランスセンターNPOJIPや医薬品・治療研究会が主張してきた考え5-11) に近づく一歩前進ととらえたい。 全ての医師は「インフルエンザ等感染症においてNSAIDs解熱剤は禁忌とし、基本的に解熱剤は不要だが、どうしても使用するならアセトアミノフェンのみとすること」を徹底することを勧めたい。 脳症とNSAIDs解熱剤との関連がまた確認された 11月15日、厚生省インフルエンザ脳炎・脳症研究班(森島班と略)の研究結果1)、および、それをふまえて厚生省が見解をインターネット上にも発表し2)、11月16日、メーカーからは「緊急安全性情報」3)がだされた。またそれに先立つ11月13日、日本小児科学会理事会からは「インフルエンザ脳炎・脳症における解熱剤の影響について」と題する会員に対するおしらせが出されていた4)。 インフルエンザ脳炎・脳症患者中のジクロフェナク(ボルタレン等)を使用した患者は解熱剤を使用しない患者に比較して、死亡の危険が14倍高かった(表1〜表3)ことが示されたことを受け、「厚生省では、明確な因果関係は認められないものの、インフルエンザ脳炎・脳症患者に対するジクロフェナクナトリウムの投与を禁忌とする」とした2)。また:これを受けて、製薬企業では「インフルエンザ脳炎・脳症患者に対してジクロフェナクナトリウム製剤を投与しない」(つまり禁忌とする)との内容の「緊急安全性情報」を16日に出した3)。
森島班2000年調査結果は基本的に昨年と同様 一次調査では109 人のインフルエンザ脳炎・脳症患者が報告され、主治医に対して二次調査を実施し、91例(83%)の回答を得た(男46例、女45例、平均年齢6.1 歳)。86例でインフルエンザの感染が何らかの形で証明された症例であった。死亡例が27例(30%)、重度後遺症例が7例(8%)、軽度後遺症例が15例(16%)、後遺症なく治癒した例は42例(46%)であった(生存例合計64例)。インフルエンザの発症(発熱)から神経症状の発現までは0〜1日が大多数で、急速に意識障害が進行した。この結果は昨年度と全く同様であった。 死亡例で薬剤使用の回答率が極端に低い 薬剤使用の有無について回答があったのは死亡例55.6%(27例中15例)、生存例89.0%(64例中57例)であり、死亡例の回答が有意に低率であった(p=0.00033) (表1)。 生存例での薬剤使用の有無の回答率は、昨年度の生存例死亡例合わせた解析可能率(薬剤使用の有無、最高体温等の回答があった率)89.6% 12)と差はなかったので、本年の死亡例のみが、何らかの要因で回答率が極端に低かったことを物語っている。 表1 2000年度森島班研究結果−1
表2 2000年度森島班研究結果−2
表3 2000年度森島班研究結果−3
昨年度はジクロフェナクよりも高いオッズ比を示したメフェナム酸のオッズ比が、本年は低かった。その原因として、薬剤服用有無の回答率が死亡例で有意に, 著明に低かったことを考慮しておく必要かある。つまり、死亡者ではメフェナム酸使用者が報告されなかった可能性を考えておく必要がある。 本年のメフェナム酸のデータは信頼できるか? 昨年、厚生省森島班調査によりジクロフェナク,メフェナム酸等NSAIDs使用とインフルエンザ脳症との関連を示唆するデータが公表された段階で、NPOJIPは厚生省に申し入れを行い(2000年7月4日),NSAIDsの解熱剤としての使用中止を求める一方, きちんとした症例対照研究実施の必要性を述べた。そして, 再調査に際しての注意点として, もし前回と同じアンケート調査を繰り返すのであれば, たとえ死亡例や重症例にNSAIDsが使用されていたとしても正しく申告されない恐れがあることを指摘した。 NSAIDsとインフルエンザ脳炎・脳症との関連を示唆する報道がなされれば, 責任を問われる懸念から, 医師が正しく情報を伝えず, このためにデータの信頼性が損なわれることを予想したからである。そして今年発表された森島班の調査で, メフェナム酸に関して昨年と異なる結果が示されたことは, まさしくわれわれの懸念が的中した結果である可能性がある。そのような観点から, 本年のメフェナム酸の調査結果は信頼性が乏しく, 現れた数字だけをそのまま解析したり, 昨年度のデータやジクロフェナク等他剤のデータと合成して結論づけることは慎重でなければなるまい。 NSAIDs使用のリスクは「脳症の発現から重症化, メーカー(ノバルティスファーマ)だけでなく、小児科学会でも、ジクロフェナクが「インフルエンザ脳炎・脳症の発症因子ではない」と、両者の因果関係を否定してしまっている。 しかし、そもそも、森島班で調査された解熱剤使用のタイミングは、脳炎・脳症が「発症してから」以後の使用と限定されたものではない。森島班の研究の目的からしても当然のことだが、調査の対象となったのは「インフルエンザ発症(発熱)」から「脳炎・脳症発症前」までの期間中に使用した解熱剤が問題とされているのである(中には脳炎・脳症発症後に使用した解熱剤の影響も混入してくる可能性はあるが,それはむしろ例外とみるべきものである)。このため、森島班のデータ(昨年度も今年度も)は、「NSAIDs解熱剤」が「インフルエンザ脳炎・脳症の発現,重症化,および死亡に至るまでの全経過」との関連を示したデータである。「インフルエンザ脳炎・脳症の発症因子ではない」とはじめから断定する理由はどこにもない。彼らの解釈どおりに,ジクロフェナクが脳炎・脳症罹患後の死亡の危険にのみ関与していることを証明するには,脳炎・脳症罹患後に使用されたジクロフェナクの使用が非死亡例に比較して有意に多いことを証明する必要があるが、森島班の調査では、使用した解熱剤について「発症前」と「発症してから」を全く区別していない。 また、発症因子としての関与を否定するためには、脳症発症例と非発症例を比較して、ジクロフェナク等非ステロイド抗炎症剤の使用率を比較する症例対照研究が必要である。いずれにしても、森島班の調査は、この辺りの問題を曖昧なままにアンケート調査を実施しており、その不完全さが結論を誤った方向に誘導しかねない危険性を含んでいる。 したがって、「インフルエンザ脳炎・脳症患者になってしまった患者に対する禁忌」を打ち出すだけでは不十分なのである。 小児科学会見解は全体としては一歩前進 しかし、今回の小児科学会理事会が示した「何らかの関与」の可能性があるとの判断、および「インフルエンザ治療に際して非ステロイド系消炎剤の使用は慎重に」「インフルエンザに伴う発熱に対して使用するのであればアセトアミノフェンがよい」との見解は責任ある学術団体が初めて示した意見として高く評価できるし,これまでの私たちの主張にも近づいた,一歩前進と受け止めるべきであろう。 メーカーも小児科学会勧告の遵守を ノバルティスファーマでは、開発本部長(安全性情報の最高責任者)のコメントとして、「今回の小児科学会の見解を受けて、インフルエンザ脳炎・脳症の解熱には、アセトアミノフェンの使用を推奨していく所存です。」としているが、このような解釈が誤りであることは、すでに論じ尽くした。もし小児科学会の勧告を引用するのであれば、「インフルエンザに伴う発熱に対して使用するのであればアセトアミノフェンがよい」である、という結論の方を引用すべきである。 厚生省は,今回の森島班の発表にあたって明確なコメントを発していないようだが、メーカーは厚生省の指導によって緊急安全性情報を作成している以上、基本的にメーカーとほぼ同じ意見を持っているものと考えざまを得ない。調査が不十分であることを理由に曖昧の態度をとっているのは,これが新たな薬害事件として注目されたり、医療訴訟への発展を懸念しているためかもしれない。しかし、あまりにも不十分かつ遅きに失する対応は厚生省自身の責任問題になろう。 「発熱に使用するならアセトアミノフェン」の徹底を 全ての医師は、少なくとも小児科学会の見解にしたがうべきであり、より適切には、インフルエンザ等感染性疾患の発熱に対してNSAIDs解熱剤を使用しないこと、インフルエンザ等感染性疾患の発熱で解熱剤を使用せざるを得ない場合には、アセトアミノフェンを選択することを徹底すべきである。 【参考文献】
【目的】次の2仮説を設定した根拠について検討すること。 <仮説1>日本のライ症候群/脳症の主因はNSAIDs系解熱剤である <仮説2>死亡に到らない脳症(後遺症を含む)の主要な原因は痙攣を誘発する可能性のある薬剤(テオフィリン、抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤等)が関与している. 【仮説を設定した根拠】要点をまとめると以下のようになる. 【疫学的証拠−1】 [1] 欧米ではライ症候群の主因はアスピリンであることが多くの症例対照研究で確認され,両者の関連は確立され,使用が制限された結果ライ症候群は激減した. [2] 日本ではアスピリンが解熱剤としてほとんど使用されなくなった後もライ症候群をはじめライ症候群 [3] 日本ではもともとアスピリンの使用量(頻度)は少なく,代わりにアスピリンと基本的に同一で,さらに強力な薬理作用を有する非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs) 系の解熱剤(ジクロフェナク,メフェナム酸 【動物感染実験でのNSAIDs/サリチル酸の影響に関する証拠】 [4] 動物実験(爬虫類,ウサギ)では,ウイルスや細菌を感染させ,非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)で 解熱すると,解熱傾向を認めるが,死亡率は明瞭に増加する.また解熱した動物の方が,死亡率が 高いことが判明している. [5] それとともに,白血球は減少し,ウイルスや細菌は10倍〜100 倍と増加し,サイトカイン類が増加し組織に壊死性の変化が出現する. 【病態生理学的証拠】 [6] ライ症候群/急性脳症の発症および重症化に対して,サイトカインの関与がほぼ確実視されている(細胞傷害性サイトカインは、脳炎/脳症群は著明高率(96%:n=23)であったが, 熱性痙攣のみでは 低率であった(0%: n=20) ). [7] 非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)はアスピリンも含めサイトカインの誘導を増強するが,アセトアミノフェンは同等薬効のレベルで誘導をほとんど増強しない. [8] 上記の違いは,非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)にある末梢での抗炎症作用が,アセトアミノフェンにはほとんどないことによると考えられる. 【ヒト臨床試験に関する根拠】 [9] ヒトの臨床試験でも,解熱剤を使用した方がウイルス疾患の治癒(最終的な解熱時期)が遅くなったとの結果が散見される. [10]ヒト臨床試験でイブプロフェンを重症感染症(敗血症等)に使用した場合,プラシーボとの間に死亡率で有意の差がなかったとの報告や,2万人以上を対象とした大規模のイブプロフェンとアセトアミノフェンを使用したRCT があり,重篤な合併症や入院率には差があったとの報告があるが,ライ症候群/ 脳症の発症は10万人に1人の程度の危険であるために,差が現れなかった可能性がある. 【疫学的証拠−2】 [11]メフェナム酸を解熱剤として使用している日本および台湾において,急性壊死性脳症の報告が多い.
【生存脳症と痙攣誘発性薬剤との関連を示唆する証拠】 [13]死亡脳症でも、また特に生存脳症ではNSAIDsを使用していない患者が多数いる。 [14]NSAIDsを使用していない患者の中にはテオフィリン、抗ヒスタミン剤(いわゆる抗アレルギー剤に分類 されている抗ヒスタミン剤を含む)を使用中に痙攣重積状態となり、低酸素性脳症となり、後遺症を生 じたと考えられる例が少なくない。 【確認のための疫学調査の方法とその必要性】 欧米で症例対照研究によってライ症候群とアスピリンとの関連が何度も確認されたように, 日本でライ症候群/脳症に関する症例対照研究を実施すれば, ジクロフェナクやメフェナム酸との関連が確認される可能性は極めて強い.調査方法に関する留意点は: (1)日本におけるライ症候群/脳症の主因の可能性があるNSAIDsを解熱剤として使用することを, 特に 小児では早急に中止すること. (2)ライ症候群/脳症症例として、1.死亡例、2.生存後遺症例、3.生存非後遺症例に分け、対照として 4.熱 性痙攣のみ, あるいは 5.熱性けいれんもない単なる感染症のみの例とする. (3)調査項目として、NSAIDs解熱剤アセトアミノフェンおよびその他解熱剤を含むすべての解熱剤および痙 攣誘発性薬剤の使用状況を必ず含むこと。 【確認のための疫学調査で留意すべきポイント】 (1)医師の診療録調査を元に実施すべきである(日本での解熱剤の使用は大部分医師の処方によるため 医師の診療録調査が必須である) (2)個人情報の利用に関して注意しつつ,調査結果を患者の診療に直接役立てるとの明瞭な意図で実施すること (3)調査の成否は、1.明確な仮説、2.それに必要な適切なデザイン, 3.公的資金と厚生省感染症担当部局 、医薬品担当部局, 感染症関係者, 小児科医, 薬剤疫学関係者, 医師会,医療機関が共同して調査 研究にあたることができるかどうかにかかっている.
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