フッ素の有効性と危険性の評価のためには、フッ素の生体に対する基本的な性質から説明が可能かどうか、あるいは、動物を用いた実験においても、人で指摘されている現象が再現されるかどうかが重要である。したがって、この点についても、検索が必要であるが、世界中でこの問題に関しては、大きな議論が起きており、安全性を主張する立場と危険性を指摘する立場の双方から、ほぼ必要な文献が出そろっていると考えられる。
したがって、基本的な毒物学の教科書の記載を参照し、さらには、有効性や安全性(危険性)について報告された論文の考察(discussion) において引用されている動物試験論文や、有効性や安全性(危険性)をそれぞれ主張する論文で引用されている動物実験論文をできるかぎり参照して、検討を加えた。
毒物学の標準的な教科書“Poisoning”の "Fluoride" 15)の項にフッ素の性質が簡潔に記載されている。この部分を全訳して以下に示す。
フッ素塩、およびその化合物は、急速に吸収されゆっくりと排泄される (rapidly absorbed and slowly excreted) 。中毒の原因として最も頻度の高いのは、通常台所に保管されていて30%から90%のフッ化ナトリウムを含んでいる "ごきぶり粉" などの殺虫剤を間違って摂取した場合である。 "ごきぶり粉" がパンケーキ生地用のベーキングパウダーと入れ代わっていたことがある。ある時、ある施設の台所で、これが粉乳と間違われ、その17ポンドが、10ガロンのスクランブルエッグの中に混ぜられたことがある。このために、塩からくて石鹸臭がするのも気にせずに食べた 263人中、47人が死亡した。
ビタミン入りフッの錠剤を多量に服用したとしても、重大な毒性は何も現れること はないはずである(ビタミン過剰摂取症を参照)。
(このような中毒に際しての)摂取後最初の症状は、激しい胃痛、嚥下困難、流涎、嘔気、吐血、血尿、下痢である。胃の酸性溶液中に腐食性のフッ化水素が生成されている可能性がある。実際に、そのような胃内容物で、ガラスにエッチング(食刻)することや、食道や皮膚に、表層性あるいは深在性の潰瘍を形成することが知られている。嘔吐や下痢によって、幸いかなりの部分が排出されるのであるが、それでも消化管からの水溶性フッ素塩は容易に吸収される。
フッ素は、全般的原形質毒である。これはおそらく、何種類かのたんぱく質分解酵素や解糖系の酵素を不活化することによるものである。そして、摂取後数分以内にも死亡することがある。フッ素イオンは、血中のカルシウムと結合して、不溶性のフッ化カルシウムとなる。血中のカルシウムイオン濃度が低下するため、患者は骨格筋の興奮性が高まり、クボステック徴候〔註1-1 〕、反射亢進、疼痛を伴う筋攣縮(特に四肢)、全身脱力が起こり、完全なテタニー発作による痙攣が生じ、さらに進めば間もなく麻痺に変化していく。テタニーが始まるのは、通常3〜5時間後からである。臨床症状の一部は、このような結果として生じてくる低カルシウム血症のためであろうと思われる。
カリウムやマグネシウムと結合した後で細胞内あるいは骨内部に移行すると、低カリウム血症や低マグネシウム血症を生じうる(can produce)。もしもその低カリウム血症や低マグネシウム血症の程度が重篤な場合には、心筋の被刺激性を高め、心室細動を生じうる(could produce) 。呼吸中枢は、初めは刺激されるが、後に抑制され、死亡が呼吸抑制の結果として起こる場合がある。ショックにより死亡することもあるが、これは、激しい嘔吐や流涎、発汗などのために過剰に水分が失われること(脱水)や、心筋に対するフッ素イオンの毒性のために、心不整脈や心筋不全を生じることが複合した結果ショックを生じるためである。死亡例では、病理学的に、すべての臓器におけるうっ血と出血、肝臓と腎臓における水腫様変性の所見が認められる。
フッ化ナトリウムの致死量は、驚くべきことに極めて大きい(5 g )が、 2 g程度 でも死亡した例が報告されている。おそらく成人での致死量は、50〜225 mg/kg と推定されている。6mg/日以上のフッ素(13.2mgのフッ化ナトリウムに相当)を長期間摂取すると歯フッ素症(fluorosis;歯にできた重症の斑状物: 斑状歯)を生じる〔註1-2〕。
25〜50mgの量では急性胃炎を生じうる。1日に5mg以上を摂取した場合には、骨が蓄積部位となる〔註1-3〕。工業用のフッ素化合物の混入などにより、1日のフッ素摂取量が10〜15mgになり、骨フッ素症が生じたことが報告されている〔註1-4〕。
栄養調査の結果では常に、う歯は乳児まで含めて、栄養が関係した疾患であることが示されている。フッ素の添加はう歯を減少させるのに有効な方法である。水道水の中にフッ素が添加されておらず、水道水中のフッ素濃度が0.5 ppm 以下という低いレベルの地域で、乳児や小児の医療にたずさわっている医師は、充分なフッ素が摂取できるように、3歳までの子には1日 0.5mg、3歳以上の子には1日1mgのフッ素を処方するようにすべきである〔註1-5〕。
〔治療〕
基本的には、カルシウムを内服と静脈注射することによって、フッ化カルシウムの不溶性を利用して、フッ素イオンに出来る限り大量に、カルシウムを結合させることである。ライム水( 0.15%の石灰水) 、塩化カルシウム溶液(約1リットルの水に茶匙1杯)もしくはミルクを患者に飲ませる。ミルクは保護剤としてもまた、フッ素の結合物としても働く。その後、ゆっくりと(gently) 胃吸引を行う。筋肉が過剰刺激状態でない場合であっても、患者には10mL(小児では5mL)の10%グルコン酸カルシウムもしくは塩化カルシウムをゆっくりと静注し、もしも筋肉の痙攣の最初の徴候を認めた場合には、使用できるように注射器内に入れて用意しておく(塩化カルシウムはとくにゆっくりと静注する)。カルシウム溶液は、皮膚に付着した吐物や排泄物を洗い流すためにも使用する。皮膚がフッ化水素でやけどした場合にはきれいに冷水で洗い流し、酸化マグネシウム軟膏(magnesium oxide paste)を塗布する。血清中の電解質濃度を測定したり心電図上の変化を見て、低カリウム血症や低マグネシウム血症がある場合には注射でカリウムやマグネシウムを補給する必要がある。もしも心の被刺激性が高まり重篤な不整脈が生じるならば、心臓の被刺激性を低減するため、ペースメーカや、薬剤(リドカインなど)を考慮する。ショックに際しては、必要に応じて水分を(点滴で)補給する。
テタニーや過換気症候群の際にみられる、助産婦指位:第4,5指を屈曲して第1〜3を指の根元で強く曲げ、手首も内側に曲げ、強く緊張した状態となる。
註1-2、註1-4、註1-5(註1-2,4,5は相互に関連しているので一括して注釈)
斑状歯(註1-2)、骨への蓄積(註1-3)、骨フッ素症(註1-4)などが生じる用量として、現在考えられている用量よりもかなり高用量が記述されている。
また、註1-5では、フッ素によるう歯予防効果と水道水への添加の必要性が述べられ、また、原型質毒であることとの関連や、低用量での長期毒性について触れられていない。
この教科書はアメリカで1974年に出版されたものであり、当時のフッ素添加推進の最中での記載であることに注意しておく必要があろう。
したがって、急性毒性としてのフッ素の性質に関してのみ、この教科書の記載は参考にすべきと考える(フッ素によるう歯予防効果と斑状歯、骨への蓄積、骨フッ素症などを含む長期的影響を評価することがこの委託研究の本質的目的だからである)。
註1-3:
骨組織中のフッ素量は年齢とともに指数関数的に上昇することが知られており、1日の摂取量が5mg以下でも、日常的にフッ素は骨に蓄積されている。
National Toxicological Program (NTP) 6) では、フッ化ナトリウムを使用して主に発癌性を検出することを目的とした毒性試験を実施した。本来の目的は 2年間の慢性毒性試験であった。そのため用量発見のための予備試験として、14日間の亜急性毒性試験、6 カ月の慢性毒性試験が実施された。また、Salmonella typhimurium, マウスの L5178Y 細胞、 およびチャイニーズハムスターの卵巣細胞を使用して遺伝毒性試験が実施されている(以下 NTP報告とする)。
NTP 報告では、毒性試験に入る前に、これまでのフッ素の毒性(急性毒性、慢性毒性、発生毒性、発癌性等) の特徴について簡単にレビューをしている。フッ素の毒性の特徴を知る上では重要と思われる。
NTP 報告 6)の記載によれば、可溶性フッ素 (フッ素イオンとして) を単回投与した場合の急性致死量は、20〜100 mg/kg (International Program on Chemical Safety, 1984)である。人の急性致死量は ほぼ50mg/kg と推定されている (Hodge, 193) 〔註1-6〕。死亡した幼若ラットの血清中濃度は 8〜10mg/L (de Lopets et al, 1976)。〔註1-7〕
急性中毒では種々の臨床的徴候が現れるが、特別にフッ素に特異的な徴候はない(International Program on Chemical Safety, 1984)。
註1-6:
動物での急性致死量とヒトでの急性致死量が、体重換算でほとんど同じということは大変興味深いことである。おそらく、ヒトでも動物でも、きわめて吸収が良好なために、血中濃度も体重あたりの用量が同じであれば同じ程度になるものと考えられる。ただし、反復毒性の場合には、腎臓での排泄がどのようになるか、不明であるので、同じようには論ずることはできないであろう。
註1-7:
この数字は、確認を要する。角田らによれば、ヒトでは、10mgのフッ素服用時のフッ素血中濃度が、0.5 mg/Lであるから、100 mgで5 mg/L、 200mg(4mg/kg)ですでに10mg/Lとなると推定される。ヒトでの実際の致死量の推定値 50 mg/kg との間に10倍以上の乖離があるからである。
フッ素の生体内酵素系への影響について、WHOの「フッ化物と人の健康」(1970年) 7) の中にその概略が記載されている(表1-1)。
NTP 報告 6) では、フッ素の生体内酵素系への影響について、以下のようにまとめている。
組織中の濃度は後述するように血中濃度よりも多いので、このような濃度で、フッ素は非常に広範囲の生体内酵素に対して影響しているといえよう。
表1-1 フッ素の酵素系に対する影響(WHO:フッ化物と人の健康、1970年)7)より
フッ素濃度 (μM/L) | 酵素の種類(促進↑、抑制↓) | ||
---|---|---|---|
100(2mg/kg)(2 ppm) | 癌組織 | 呼吸 | ↑ |
唾液・前立腺 | 酸性フォスファターゼ | ↓ | |
ネズミ肝 | イソクエン酸デヒドロゲナーゼ | ↓ | |
腎・肝 | ホモジェネート・アセテート活性化 | ↓ | |
動物 | グルタミンの合成 | ↓ | |
5× 10 -5M | イースト | 発酵 | ↑ |
10 (0.2 ppm) | 血清 | フォスフォモノエスタラーゼ | ↓ |
心筋 | アデノシンフォスファターゼ | ↓ 人レベル | |
肥大軟骨の石灰化 | ↓ | ||
1 (0.02 ppm) | 羊脳 | 酸性グリセロフォスファターゼ | ↓ |
0.1 | ブタ肝 | エステラーゼ | ↓ |
0.01 | 肝 | リパーゼ | ↑ |
人の軟組織中のフッ素濃度は、通常50μM/L (1 ppm ) | |||
体液中のフッ素濃度は、通常5μM/L (0.1 ppm) |
血清中のフッ素濃度は0.1 〜0.2 ppm 、体液(軟部組織)中のフッ素濃度は 1 ppmと言われている。この濃度は、μM/Lに換算すると、5〜10μM/L、および50μM/Lである。エクストランド(1977 年)およびフンシュラー(1975 年)の研究によれば、1mgのフッ素の1回投与で、血中濃度のピークは、2μM/L(0.04ppm)、3.5 mgで8μM/L(0.16 ppm)、4.5 mgで10μM/L(0.2) 、7.5 mgで18μM/L(0.36ppm) となることが知られているという(文献12)、p129 より引用) 。
角田(1983)16)は、20歳代の健康な男性に2.5 mgのフッ素(2.5 mgのフッ素に相当するフッ化ナトリウムは約 5.5mg)服用時、血中濃度のピークは 0.12 ppm 、5 mgで 0.26 ppm 、10 mg で0.51ppm になり、極めて直線的な関係があったとしている。
このように、日本でも外国でもほとんど差はないと見てよいであろう。
骨組織中のフッ素量は年齢とともに指数関数的に上昇することが知られている(ウィーセレル 1966、 12)p51より引用)。飲料水中のフッ素濃度が 0.5ppm 以下の地域(1日2リットルの水を飲むとして、1日1mg摂取)の種々の年齢の人の大腿骨中のフッ素濃度を比較したものである。このことは、1日の摂取量が5mg以下でも、日常的にフッ素が骨に蓄積されていることを示している。
吸収されなかったフッ素は便中に排泄されるが、吸収されたフッ素のほぼ半分が尿中に排泄されるとされている。この点に関しては、WHO の報告 8)(1994) でも約1/2を使用しており、フッ素化推進論者と、反対論者の間に異論はない。
小児は、排泄よりも蓄積が多く、高齢者では排泄の方が蓄積よりも多い。この結果、小児では吸収されたフッ素の半分以上が蓄積し、排泄されるのは半分以下である。高齢者では逆に、吸収された量の半分以上が排泄され、蓄積にまわる量は半分以下である。これは年齢が高くなるほど、骨には高濃度のフッ素がすでに蓄積しており、新たな蓄積が減少していくためである。
角田 16)によれば、1日に尿中に排泄されるフッ素は、30〜59歳男性では0.77mg、女性では0.55mgである。したがって、1日に体内に吸収されるフッ素の量は、1.3 mgと推測される(男性で約1.5 mg、女性で約1.1 mg、平均1.3 mg)。
吸収率の不良なフッ化カルシウムの形のものも含めると、日本での1日フッ素摂取量はほぼ1.6 〜1.8 mgと推測しても、それほど大きな間違いはないと思われる。
日本の成人のフッ素摂取量は、1950年からの19編の報告をまとめた佐久間汐子の報告(高江洲報告10)p73)によれば、0.89〜5.4mg /日程度(平均1.8 mg/日程度となる)。
しかし、日本ではこれに茶が加わり、イギリスでは紅茶が加わることで、全体としてはやや多くなる可能性がある。
また、Ad Hoc Report 3) によると、水道水のフッ素濃度0.3 mg/L未満の地域(アメリカ)では、食物と飲料水・嗜好品から摂取するフッ素の量は、0.3 〜1.5 mg/日(平均0.9 mg/日)であった。
一方、角田のデータから推定した、日本での飲料水中のフッ素濃度0.1 mg/L以下の地域での1日フッ素摂取量は、1.5 mg(男性)もしくは1.1 mg(女性)であった。不溶性のフッ素化合物であるフッ化カルシウムの形での摂取量も含めると、1日のフッ素摂取量は、おそらく,1.8 mg程度となると推測される。
日本の水は軟水であり、カルシウム濃度が低く、欧米ではカルシウム濃度が多い硬水が多い。カルシウムイオンの存在で、フッ素は難溶性のフッ化カルシウムとなり、吸収も悪くなる。したがって、実際に吸収されるフッ素の量は、同じ摂取量の場合、日本人では欧米におけるよりも余分に吸収されている可能性がある。
一方、日本で多く摂取される魚(特に小魚)を通じてのフッ素は、フッ化カルシウムの形であることが多い。この場合には、逆に吸収は不良となる。
亜急性毒性試験、慢性毒性試験については、種々の問題点はあるものの、NTP 報告6)の試験は体系的であり、信頼性が高い。そのため、この報告を中心に亜急性毒性および慢性毒性の所見を検討するが、その前に、それ以前のフッ素の反復毒性試験(亜急性〜慢性毒性試験)の特徴的所見をみておく。NTP 報告のレビューで、それまでの慢性毒性試験の結果をレビューして以下のようにまとめている。
――慢性毒性の検索を人の上限〜2倍でしか実施していない――
NTP試験では、2年間の発癌性試験をラットとマウスで実施するのが目的であった。そのための用量を設定するために、2段階の予備試験を実施している。ひとつは、14 日間の毒性試験であり、ついで6カ月の慢性毒性試験を実施した。14日間の毒性試験は文字通り予備試験であった(組織学的な検索がなされていない)。
NTP 報告の記載を要約する。
NTP 報告では、6カ月試験も、発癌性試験の予備試験として実施されたものである。マウスとラットを用いて実施した。
マウスには、雌雄各群 8〜12匹ずつを割当て、0, 10, 50, 100, 200, 300, 600ppmを飲ませた群をつくり、6 カ月間投与した。
ラットには、雌雄各群10匹ずつとして、それぞれに0, 10, 30, 100, 300ppmのフッ素入り水(フッ化ナトリウムとして)を自由に摂取させ、26週間観察した。
2年間の毒性試験については、推測フッ素投与量(推定値)を計算し、記載しているが、6ヵ月試験については記載していない。したがって、用量は2年間試験のデータから類推するしかない。
そもそも、動物に現れた毒性徴候を人に外挿するためには、体重あたりの用量の比よりも、体表面積あたりの用量の比で検討する方が優れている。またさらに、血中濃度(フッ素の場合は骨中の濃度も重要であろう)を動物とヒトとで比較することは最も優れた方法である。
ただし、このNTP報告では血中濃度の測定時期が不明であり、血中濃度の用量反応関係が明瞭でないため、信頼性が乏しい。むしろ、尿中フッ素排泄量(24時間)を記載してあり、水中のフッ素濃度との用量―反応関係も明瞭であり、尿中排泄量がフッ素の吸収量を最もよく反映しているといわれる。正確なラットやマウスでの尿中排泄量と吸収量に関するデータは不明であるが、人と同様に排泄量の2倍が吸収されたと仮定し、それを体表面積あたりで人での1日吸収量に換算推定した。このようにして得られた人換算用量と実際の人での吸収量の推定値をもとに論を進める。
――上限は5〜6mg/日も十分ありうる用量――
一方、日本で水道水中のフッ素濃度が低い地域(0.1ppm未満)における人尿中排泄量の平均値が、性別・年齢別に詳細に報告されている 16)。これによれば、男性では、1日約1.5mg、女性では1日約1.1mg(95%信頼区間の上限値は、それぞれ約3.3mg、2.3mg)である。また、水道水中のフッ素濃度が高い地域では、3.2ppmという地域もある(角田文男1983)。この濃度であれば、食事からのフッ素もあわせると、1日フッ素吸収量は5〜6mgとなると推定される。また、小学校6年生でも水だけで1日5.1mg摂取する子がいること(副島侃二 1963:佐久間汐子,厚生科学研究平成12年度報告書 10)より引用)や、食事中のフッ素摂取量が5.4mgになる人もいること(友松俊夫他1975:佐久間汐子,同報告書 10)より引用)も報告されている。
このように日本においても、水道水のフッ素濃度が最も低濃度(0.1ppm未満)の地域でも、20人に一人は、フッ素を1日2〜3mg(幾何平均のデータで推計すれば8〜9mg)、100人に一人は3〜4mg(幾何平均のデータで推計すれば10〜11mg)摂取していると推計される。したがって、5〜6mg程度の吸収量も、それほどまれな量とは言えないと考えられる。
表1-2 人の1日(F◆)吸収量(尿中排泄量×2:mg/日)
低フッ素地域 | 高フッ素地域 | ||
---|---|---|---|
水道水中フッ素濃度◆ | <0.1 ppm | 3.2 ppm | |
男 |
1.5(0-3.3)
|
6.7
|
|
女 |
1.1(0-2.3)
|
4.9
|
ところが、表1-3〜表1-4に示すように、ラットの試験では体表面積あたりの吸収量は人吸収量とほとんど差がない。
100ppm群では、6カ月試験(4.2、3.7mg)はもちろん、2年間の発癌試験(6.1〜6.8mg)でも、体表面積換算で、人でも通常にありうる用量である。6カ月の最高用量(300ppm)、2年間の発癌性試験の最高用量(175ppm)はいずれも、体表面積で換算した場合、人吸収量上限値の高々2倍〜4倍でしかない。毒性試験の用量としては、きわめて低用量である。
しかも、NTP 報告では、動物での毒性をヒトに外挿して解釈する際、フッ素の血中濃度や骨中濃度、尿中排泄量を測定しているにもかかわらず、この点(体表面積換算フッ素摂取量)について何ら触れていない。後に述べる Ad Hoc 報告も同様であるが、毒性の解釈として極めて不自然である。
さらに不可解であるのは、マウスの2年間の血中フッ素濃度や尿中フッ素濃度、尿中1日フッ素排泄量を表示していないことである。他の血液検査や尿検査は実施し、表示しているので、採血や採尿はしているはずであるが、フッ素の値を表示していない。
このために、6ヵ月毒性試験では分析できたラットとマウスの体表面積換算フッ素吸収量の比較が、2年間の発癌性試験ではできなかった。
表1-3 6ヵ月試験動物の体表面積換算1日フッ素(F◆)吸収量推定値
(人での1日吸収量に換算した値: mg/日)
水のフッ素濃度(ppm※) | 0 | 10 | 30 | 50 | 100 | 200 | 300 | 600 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
動物
|
||||||||||
マウス
|
雄 | 0.3 | 1.3 | 7.1 | 12.3 | 15.9 | 29.3 | 78.3 | ||
雌 | 0.6 | 1.8 | 6.1 | 12.8 | 30.5 | 36.3 | 56.9 | |||
ラット
|
雄 | 0.2 | 0.8 | 1.2 | 4.2 | 12.9 | ||||
雌 | 0.2 | 0.7 | 1.1 | 3.7 | 13.5 |
表1-4 2年ラット発癌試験(★)の体表面積換算1日フッ素(F◆)
吸収量推定値(人での1日吸収量に換算した値:mg/日)
水のフッ素濃度(ppm※) | 0 | 25 | 100 ☆ | 175 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
動物 | |||||||
ラット | 27週 | 雄 |
0.6
|
1.8
|
6.1 ☆
|
11.2
|
|
雌 |
0.6
|
3.6
|
6.8 ☆
|
10.2
|
|||
66週 | 雄 |
0.6
|
1.7
|
6.1 ※
|
9.3
|
||
雌 |
0.4
|
1.8
|
6.4 ※
|
14.3
|
体重(kg)あたりのフッ素投与量(mg)は、表1-5 のように推定されている。しかし、6ヵ月毒性試験のフッ素投与量(mg/kg/日)の推定データは示されていない。
先のマウス2年間毒性試験の血中濃度や尿中排泄量データの欠落や、この6カ月試験の推定投与量データが欠落しておれば、第三者が評価する際きわめて困難が生じる。しかも重要なデータほど欠落が目立つ。これほどの欠落があれば、意図的にデータを脱落させたのではないかとの印象を持つほどである。
表1-5 2年間(6ヵ月)発癌性試験動物のフッ素(F◆)
摂取量(mg/kg/日)推定値
水のフッ素濃度(ppm)※ | |||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
動物 | 0 | (10) | 25 | (30) | (50) | 100 | 175 | (200) | (300) | (600) | |
ラット | 雄 | 0.2 | 0.8 | (0.9) | 2.5 | 4.1 | (7.2) | ||||
雌 | 0.2 | 0.8 | (1.0) | 2.7 | 4.5 | (7.6) | |||||
平均 | 0.2 | (0.4) | 0.8 | (1.0) | 2.6 | 4.3 | (5.0) | (7.4) | |||
マウス | 雄 | 0.6 | 1.7 | (2.5) | 4.9 | 8.1 | (9.2) | (13.5) | (26.3) | ||
雌 | 0.6 | 1.9 | (3.2) | 5.7 | 9.1 | (10.3) | (15.2) | (29.7) | |||
平均 | 0.6 | (1.1) | 1.8 | (2.9) | 5.3 | 8.6 | (9.8) | (14.4) | (28.0) |
NTP 報告 6)では、マウスおよびラットを用いた6カ月の毒性試験について、以下のように記載している(要約)。
マウスでは、血中濃度がラットの2倍に達したにもかかわらず、ラットに認められるような胃粘膜の肥厚(弱い細胞毒性の徴候で、細胞の再生の速度が早くなっていることを意味する)が認められなかった。逆に腎臓には急性ネフローゼの徴候や、心筋梗塞、肝臓、睾丸に病変が認められた(他のロチェスター種のラットで認められているのと同様の変化が認められた)。
平均食餌摂取量は、最高用量の雄で対照群に比較して13%減、雌では18%減であった。血中濃度、骨、尿中の濃度を測定した。用量の増加に伴って増加した。
300 ppm群雄ラットの5匹が門歯の先端に近いエナメル質の成熟層部の局所性、あるいは多発性の変性を示した。円柱状のエナメル芽細胞は偏平化、あるいは消失(萎縮)していた。また、中間層の細胞も配列が乱れ、原形質が減少し、分泌小胞も少なくなっていた。中には、エナメル様の物質が、細胞層内に取り込まれているラットも見られた。このような変化を、病理学担当者は「異形成:dysplasia 」と総称した。
胃は肉眼的に、300 ppm 群の大部分の雄ラットで胃腺部(註:glandular stomach:胃酸分泌機能のある部分の胃) の粘膜が肥厚し、雄の10匹中4 匹、雌の10匹中1 匹に、局所出血あるいは出血の多発を認めた。100ppm群でも程度は軽いが、同様の変化を認めた。300 ppm 群の雌の1 匹に、穿孔性胃潰瘍を認めた。組織学的には、300 ppm 群の大部分(雄で10/10 、雌で9/10) に種々の程度の胃粘膜肥厚を認めた。
マウスでは、300ppm群以上で、腎臓の急性ネフローゼの徴候、心筋梗塞、肝臓の巨細胞化や多核細胞化、睾丸の壊死、精細管変性、多核に巨細胞化など全身各臓器の多彩な病変が認められた。しかし、ラットでは歯と胃の強い病変以外、全身各臓器の病変はほとんど認めていない。
ラットに認められたような胃粘膜の肥厚をマウスでは認めなかった理由について、 NTPの報告では述べていない。
しかし、血中濃度はデータ上明瞭とは言えないが、マウスがラットの約2倍に達していることが、論文のまとめの部分で触れられている。また、尿中へのフッ素排泄量から推測した体表面積換算フッ素用量(人での1日用量に換算)は、300ppmどうしで比較すると、ラットが雄、雌それぞれ、12.9mg/日、13.5mg/日に対して、マウスは29.3 mg/日、36.3mg/日であった。体表面積換算の吸収量はマウスがラットの約2(オス)〜3倍(メス)であった(表1-6)。
このような点を考慮すれば、マウスではラットよりもフッ素の吸収速度が早く、胃内に留まっている時間が短いために胃粘膜への影響が小さいが、逆に吸収総量(体表面積あたり)は多く、血中濃度が上昇するため、内臓に対する影響が大きくなったことが最も考えやすい。ラットはその逆に、吸収が不良であるために全身臓器への影響は少ないが、フッ素が胃内に留まっている時間が長く、そのために胃粘膜への影響が大きくなったものと考えるべきである。
このように、ラットでは300ppmでも胃や歯への影響が強く、大量投与が不可能なために全身臓器への影響がでるのに十分なフッ素が吸収され難いと考えられる。
ちょうど、インドメタシンメタシンのような末梢での抗炎症作用の強い非ステロイド抗炎症剤は胃・十二指腸潰瘍が用量制限毒性(その毒性のために用量がそれ以上に増やせなくなる毒性)であり、スルピリンやフェナセチンが腎障害や発ガン性が問題になることと類似性がある。
表1-6 フッ素(F◆)吸収量のマウス/ラット比(☆)の推定(6ヵ月試験)
水のフッ素濃度 (ppm※) |
0 | 10 | 100 | 300 | |
---|---|---|---|---|---|
雄 |
1.5
|
1.7
|
2.9
|
1.8
|
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雌 |
3.0
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2.5
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3.5
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3.4
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NTPの著者らは、ラットの2年間発癌性試験で、歯の変化が高用量の2群に認められた以外、癌以外の病変でフッ素と関連した変化は、症状も病理的な変化もとくに認めなかったとしている。また、血中濃度については、「175 ppm 群で、コントロール群よりも高かったが、その高さはたかだか、3倍にしか過ぎなかった」と述べている。この記述の意味は理解困難である。血中濃度は、ピーク時の濃度は投与量に比例するが、ラットもマウスも任意に水を飲んでいるのであるから、もしも採血時間を一定にしたとしても、投与時間との関係で言えば測定時間は任意であるから、投与量との相関は当然悪くなる。175 ppm 群の血中濃度がコントロール群の3倍に過ぎなかった理由は、このようなことから、当然のことである。その点、尿中排泄量は、24時間の尿がすべて蓄尿されており、1日吸収量をよく反映していると考えられる。
ラットの生存曲線は確かにフッ素との関連は認められない。しかし、表1-3で示したように、尿中へのフッ素排泄量から推測した体表面積換算フッ素用量(人での1日用量に換算)は、ラット100ppm群(27週でも66週でもあまり差はない)では、6〜7mg/日であった。日常的に人でも、場合によっては摂取し、体内に入りうる量である。175ppm群ラットではオスで10mg/日前後、メスでも10〜14mg/dLであり、日本でのやや多い目の日常的な摂取量のたかだか2〜4倍程度に過ぎない。
マウス2年間の毒性試験については、論文の著者らは、「フッ素に関連した生存への影響は認めなかった。」としているが、オス、メス100ppm群がやや生存率が早期に低下の傾向があり、メスの175ppm群は早期から生存率の低下がみとめられ、用量依存性の反応の可能性がある(図1-1、p25-2)。
このように重要な変化を示した用量における尿中排泄量測定値の報告が欠落しているのである。
マウスでは、死亡に影響しない確実な用量は、25ppmでしかない。これを体表面で人用量に換算し、マウス6ヵ月試験から人吸収量を推定すると(マウス2年の実験では尿中フッ素排泄量が記載されていない)、3.3mg/日である、50ppmが死亡を免れる用量だとしても、6〜7mg/日でしかない。
NTP 報告 6) の実験までのレビューでは、まとめとして、以下のように述べられている。
in vitroで細胞遺伝学的な検査の結果は一致しない結果が出ているが、哺乳動物の培養細胞で、染色体異常や、姉妹染色分体交換(sister chromatid exchange) を生じる方がエビデンスとして優勢である。
遺伝毒性物質、あるいはクラストーゲン(染色体異常誘発物質)としての作用は、Drosophilaの母細胞(germ cell) テストで陽性であった(このテストは、点突然変異や染色体破壊を測定するための検査である)。げっ歯動物を用いた染色体異常に関する in vivoのテストでは、一定した結果が得られていない。試験方法も種々異なり、詳細にするために必要な十分なデータが報告されていない報告もあり、その結果の解釈は容易でない。」
いずれにしても、フッ素がカルシウムやマグネシウムイオンと結合することにともなって生じる二次的な障害であろうと考えられている。