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30代半ばごろ、辞書の字が読みづらい、読書に根気が続かないと感じた時期があった。

しかし、凸レンズをかけると途端に辞書の細かい字もクッキリと読めた。目のレンズ(水晶体)は、近いところを見る時に厚みを増すが、中年になり水晶体の弾力性がなくなってきたらしい。もともと強い遠視もあったので、凸レンズは、その厚みを補ってくれたのだ。

40代でこうなるのは自然の加齢現象。誰にも訪れる。無理して眼鏡をかけないと、かえって不自由なだけだ。

同じように、歯が抜けたのに入れ歯をしないと、食べ物を充分にかめず、おいしいものも味わう事ができない。見た目にも若さを失う。

体の中に本来あるべきものがなくなってきたり不十分になったりして病気になったとき、それを補うのが「補充療法」である。あるべきものがなくて病気になり、補ってよくなるのだから、ある意味では原因に迫る療法である。しかし、原因を取り除くわけではなく、補うのを止めると病気はぶり返すので、根本的な原因療法とは異なる。

薬の補充療法で最も重要なのがホルモンの補充。インシュリン不足で生じる糖尿病には、インシュリンを注射する。甲状腺機能低下症に対しては甲状腺ホルモンの飲み薬を使う。更年期障害が強い場合は、少量の女性ホルモンを補うと症状が軽くなる。これらは代表的なホルモン補充療法だ。

インシュリンが出ない人には、生命維持にインシュリン注射は必須。注射する事で寿命を延ばす。インシュリン注射を「打ち始めたら、一生打つようになる。なるべく注射しない方がよい」と嫌がる人がいる。しかし、これは間違い。老眼鏡をかけても老眼がだんだん進むのは、単なる老化の進みで、眼鏡のせいではないのと同じだ。老眼鏡をかけないと不自由するだけですむが、インシュリン不足は不都合ではすまない。

インシュリンが足りないと、血糖値が高くなるだけではなく、たんぱく質や脂肪の利用も不十分となり、目が見えなくなったり腎不全になったりしやすい。

ただ、ホルモンが多すぎると、過剰による症状も現れる。補充療法でも、多すぎない適量補充が大切である。

薬の診察室 (朝日新聞家庭欄に2001年4月より連載)  医薬ビジランスセンター
                                  浜 六郎