2003年6月26日に開催された薬事・食品衛生審議会、薬事分科会におきましては、プロトピック(タクロリムス水和物)0.03%軟膏(小児用)の製造・販売の承認可否についてたいへん熱心にご議論され、下記のような点につき条件をつけることで、承認の方向で了承されたと聞きおよんでおります。
とくに分科会で、「がん原性試験をやり直す必要性」を認められ、企業に対して、「0.03%以下の濃度でのがん原性試験を指示する」という点が確認された意義はたいへん大きいと存じます。
NPO法人医薬ビジランスセンターでは、薬事・食品衛生審議会、薬事分科会でも中心的に問題にされた、プロトピック軟膏のがん原性の解釈について、さらに一歩すすめて考察いたしましたので、以下にその意見を申し述べます。
井村様には、この問題のご賢察の参考にして頂ければ幸甚です。
薬事・食品衛生審議会、薬事分科会において、すでに実施されたがん原性試験だけでは結論がでないとされた理由の一つとして、一つには、対照群となった、毛刈のみ群(sham群)と軟膏基剤群とのがん発生率で差があり、毛刈のみ群と0.03%軟膏群とでは、有意の差がなかった点が問題にされたと聞きます。
この点に関しまして、私たちは次のように考えています。
マウスにとって、体表面積の40%の毛を刈りとられ、皮膚が剥きだしになっている状態は極めて非生理的な状態であり、かなりのストレス状態におかれているといえます。そのストレス状態がほぼ一生続くわけですから、ストレスにともなう免疫の攪乱は当然起こりうるもの考えられます。
一方、毛刈はしたものの、軟膏基剤が塗布されると、空気に直接触れるのが防がれ、保湿されるため、この方が少しでも生理的状態に近いと言えます。0.03%軟膏にも軟膏基剤が当然含まれており、軟膏基剤群は人でのプラシーボに相当しますから、軟膏基剤群との比較がもっとも適切と考えます。
一方、光発がん試験の場合は、軟膏基剤そのものが紫外線を吸収しやすく、まったく軟膏基剤を塗らない場合と比較して発がんしやすいため、軟膏基剤も塗らない毛刈のみ群が最も生理的な状態に近いため、毛刈のみ群を対照群とするのが最も適当と考えられます。
薬事・食品衛生審議会、薬事分科会におかれましては、この点に関しても大いに関心がもたれ議論されたと聞きます。
この点に関しては、ICHのガイドラインの「医薬品のがん原性試験のための用量設定」で扱われている、次の点を考慮する必要が重要と考えます。
非遺伝毒性医薬品がヒトとげっ歯類でよく似た代謝様式を有し、かつげっ歯類での臓器毒性が低い場合(げっ歯類では高用量まで耐薬性がある)には、ヒトでの(最大推定一日量における)血中濃度時間曲線下面積(AUC)の高倍数で表される全身曝露量が、がん原性試験における用量設定に適した指標と考えられる。がん原性が適切であることを十分に保証するためには、動物での全身曝露レベルが、ヒトでの曝露に比べ、十分に高くなければならない。(中略) AUCは化合物の血漿中濃度とin vivoでの対流時間が考慮されているので、最も包括的な薬物動態学的な指標と考えられる。(中略)現在のところ、MTDで実施されたがん原性試験のデータベースの解析によれば、がん原性試験の高用量選択には、げっ歯では親化合物ないしは代謝物のヒトでの血漿AUCの25倍とすることが、実際的であると考えられる。
注10:曝露される個体間で差が大きい可能性を考慮すべきである。
人曝露量の25倍以上の用量でのみ、げっ歯類でがん原性を示した場合は、その発がんは人に対しても同様なリスクを示唆するものでないことが既に同意されている。げっ歯類とヒトとの全身曝露量の比較は、mg/kgよりmg/m2に基づいた用量により実施した方がより適切であることが示されている(SIC文書「医薬品のがん原性試験のための用量設定のガイダンス」の注4参照)。したがって、ヒトの用量はがん原性試験の高用量より少なくともmg/m2換算で25倍低くすべきである。
先の要望書(6月17日提出)や、その後の追加情報(6月24日FAX)で示しましたが、マウス0.03%濃度は発がん用量であり、しかも軟膏基剤群との比較で、p<0.001で有意です。したがって、0.03%よりも、さらに低濃度、たとえば0.02や0.01%も、発がん用量である可能性があります。
しかしここでは、とりあえず、0.03%が発がん最低用量であると仮定して人で発がんしない用量を推定することにします。
AUCからみると、マウスで0.03%を使用した場合のAUCは投与1週間目163ng・h/mL(雄)、198ng・h/mL(雌)、12カ月目97ng・h/mL(雄)、148ng・h/mL(雌)でした(表A)。この25分の1は、1週目6.5〜7.9ng・h/mL、12カ月目3.9〜5.9ng・h/mLです(表B)。軟膏塗布時には血中濃度の変動は少ないので、24時間一定濃度と仮定しますと、これを24で除した値、すなわち、プロトピック軟膏を使用した場合の血中濃度は、1週間目0.27〜0.33ng/mL未満、12カ月目では、0.16〜0.25ng/mL未満でなければなりません(表C)。
この濃度は、一般的にタクロリムスの血中濃度の検出限界とされている0.5ng/mLよりもさらに低い値です(注)。
ヒトに0.1%プロトピック軟膏の通常量(平均4.6g/日使用であり最高用量ではありません)を使用した場合の平均血中濃度は3日後1.85ng/mL、1週間後0.72ng/mL、52週後(1年後)でも0.38ng/mLでした(表D)。
0.03%群マウス血中濃度の25分の1である0.27〜0.33ng/mL(1週間目)、0.16〜0.25ng/mL(12カ月目)をずっと上回ります(表C−D)。すなわち、半数以上の人が、危険域より高い濃度ということになり、発がんの危険は否定できません。
ヒト最大使用量は、プロトピック軟膏0.1%で1日10gです。この用量を使用した6人中2人が、25分の1ではなく、マウス0.03%群の平均AUCを超えています。
プロトピック軟膏の主成分タクロリムスは、CYP3A4で代謝されます。CYP3A4活性の個体差は最大30〜40倍とされますので、その個体差を考慮すれば、危険な人が少なからず存在すると予測できます。
実際にヒトで数年〜10数年で悪性リンパ腫を確実に15%程度発生させるタクロリムスの使用開始時の用量(0.16mg/kg×2/日)におけるAUCは平均274 ng・h/mLでした(維持量は0.06mg/kg×2/日です)。
この用量でのAUCの25分の1は11ng・h/mLですから、平均血中濃度は0.46 ng/mLと計算できます。維持用量で計算した場合は、0.17 ng/mLとなります。
いずれにしても現在一般的な測定方法では検出限界以下ですし、使用開始時濃度は、プロトピック軟膏使用開始時の平均濃度(上記(3)参照)の方が高く、長期使用後(維持量)でのプロトピック軟膏使用時の平均濃度の方が高くなっていました。
したがって、多数の患者に使用した場合の発がんの危険が、「ない」とは決して考えられません。
マウスでの明瞭な発がん濃度を基準にし、その25分の1の濃度を求めても、人での確実な発がん濃度をとってその25分の1の濃度を求めても、プロトピック軟膏を塗布した大部分の人が発がん安全域にあるとはとても言えません。むしろ、臨床最大用量や、個体差を考慮すれば、相当数のひとが危険域に入ることが確実と言えます。
したがって、0.1%の軟膏はもちろん、0.03%でも、発がんに関しては安全量とはいえないことを示していると考えます。
0.1%プロトピック軟膏の安全性の根拠となったマウス2年間がん原性試験の0.03%群はたかだか雄雌100に使用したものです。この数でも危険率p<0.001で全部位の悪性腫瘍が有意に多く認められ(オッズ比2.7;95%信頼区間;1.5-4.7)、悪性リンパ腫も危険率p<0.01で有意に多発しました(オッズ比2.7;95%信頼区間;1.2-5.8)。
ウイルスに感染したマウスに1カ月間、2mg/kg(皮下注)を使用しただけで、その後19カ月間で悪性リンパ腫や血液系悪性腫瘍が5倍近くできたという実験結果も十分に考慮すべきでしょう。
これを考慮すると、たぶん、0.02%でも有意にでることはほぼ確実でしょう。0.01%でも可能性が高いのではないかと思われます。0.005%でも、リンパ腫発現ウイルスを接種した場合は発がんの可能性があり得ると思われます。この場合、0.002%や0.001%でやっと安全量ということになるかも知れません。
発がんのある最低量の、25分の1の用量(血中濃度)でしか、人には使用すべきでないというのが、がん原性試験解釈の現時点での実際的解釈ですから、人での安全な血中濃度はせいぜい0.1ng/mL〜0.05ng/mLということになり、0.03%プロトピック軟膏であっても、ほとんどの人が危険域ということになります。
ウイルス感染マウスの実験は、人で悪性リンパ腫を誘発させるEBウイルス感染のよいモデルとされています。したがって、そのような人に対する影響をみる意味で、ウイルス感染マウスの実験は重要な試験デザインと考えます。
通常の試験デザイン(濃度のみ変化させるもの)だけではなく、ウイルス感染マウスを用いた実験も実施すべきと考えます。
人に0.1%プロトピック軟膏を通常量(平均4.6g/日使用であり最高用量ではありません)を使用した場合の平均血中濃度は3日後1.85ng/mL、1週間後0.72ng/mLでした。1年後でも0.38ng/mLでした(表D)。
マウス2年間がん原性試験で0.03%群が悪性腫瘍を有意に増加させない安全量であることを前提として、0.1%プロトピック軟膏の安全性が了承され、販売が承認されました。
そこで、その0.1%がマウスを発がんさせる最低濃度であると仮定した場合を検討してみます。
投与1週間後の0.1%群マウスのAUCは雄421ng・h/mL、雌646ng・h/mLでした。その25分の1は、16.8ng・h/mL、25.8ng・h/mL、その24分の1は、0.70ng/mL、1.08ng/mLです。人での安全最高血中濃度は0.70ng/mL以下でしかありません(表C)。
投与12カ月後では、雄、雌それぞれで、275ng・h/mL、522ng・h/mL、その25分の1はそれぞれ、11.0ng・h/mL、20.9ng・h/mL、その24分の1は、0.46ng/mL、0.87ng/mLでした。人での安全量(雄)は検出限界以下でしかありません(表C)。相当多数が危険域になります。
現在の知見からみて、マウス0.1%群を最小発がん濃度と仮定しても、ICHのガイダンスを適切に適用するなら、「0.1%プロトピック軟膏の通常使用量(平均1日4.6g)は発がん危険濃度である」と判断すべきです。
その意味で、「マウス塗布がん原性試験で高い血中濃度の持続に基づいたリンパ腫の増加が認められた」とした、0.1%プロトピック軟膏承認時の判断(評価)は誤りです。また、その判断(評価)に基づいた添付文書の記載も誤りと考えます。
この記載では、発がんの危険を、全くといってよいほど、警告していることになりません。
まして、実際には0.03%軟膏がマウスではすでに発がん濃度ですから、その25分の1の濃度は検出限界未満であり、人での安全量になりません。そして、0.03%マウス血中濃度の25分の1である0.27〜0.39をはるかに上回ります。52週後(ヒト)ですら0.38ng/mLであり、マウス1年後のAUCから計算した血中濃度(0.16〜0.25)を上回ります。
すなわち、半数以上の人が、危険域より高い濃度ということになり、代謝の違い(主にCYP3A4で代謝されるので個体差が極めて大きい)も考慮すれば、危険な人少なくないことを示しています。
以上のように、ICHの基準を適用した場合、0.1%プロトピック軟膏の安全性は証明されたことにはなりません。0.1%軟膏そのものも、再検討が必要と考えます。
現在までのデータからは、プロトピック軟膏0.03%でも発がん性はあると結論せざるをえません。この状態で承認されると、いくら条件を厳しくしたとしても、「発がん物質を感受性の高い小児に承認した」ことになり、追跡調査の結果、がんの発生が有意に高くなることが判明した場合、すでにそれは何年にもわたって使用された後であり、若くしてがんに罹患した場合、たとえ、金品で賠償できたとしても、その人の尊い生命を取り戻すことはできません。
小児に塗布し、発がんの危険が有意に現れるとすれば、その小児が、がん年齢に達するまで追跡しない限り、本当の意味で人への発がんの危険がないとの証明は不可能でしょう。成人前後までの20年間が一つの区切りにはなりますが、それ以降も合計50〜60年間追跡して差がないことを証明しなければ、ほんとうの意味で影響がないとは言えないと考えます。
また、追跡には、性・年齢を一致させた「非使用対照者」も同時に追跡する必要があります。そこまで追跡することは、現実的に可能とも思えません。
0.03%プロトピック軟膏を承認さえしなければ、そのような手間をかける必要もないはずです。それほど手間をかけてまでも承認する価値のある薬剤とは考えられません。
この点につきましてもご賢察のほど、よろしくお願い申し上げます。
なお、ご連絡は下記までお願い申しあげます。
※ここに掲載した薬事・食品衛生審議会、薬事分科会長あての意見書は、7月2日送付後、表への参照をより分かりやすくするために、若干の修正を加えたものです。文意には全く変更はありません。