(2011.03.22-2号)

『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No144

大震災時の薬物療法の注意点(3)
愛する家族、友人を亡くされた方への対応法(悲嘆ケア)
〜抗うつ剤、抗不安剤は使わないように〜

山口大学大学院医学系研究科医療環境学教授(NPO法人医薬ビジランスセンター副理事長)谷田憲俊

愛する人を失うと、人は喪失によって大きな衝撃に見舞われる。そして、悲嘆反応と呼ばれる様々な症状が生じてくる。かつて、悲嘆はある種の異常と考えられ、「そんなことではいけない」とか「失った人を忘れなさい」などと推奨されていた。そして、悲しみの症状に抗うつ剤や抗不安剤が用いられていた。しかし、今ではそういった考えは誤りであり、悲嘆ケアも一新されるなかで薬物療法にも注意が喚起されている。ここに、その概略を示すが、詳細は参考文献を参照されたい。


【参考文献の概略】

悲嘆反応の身体的症状は死別直後から出現し、不眠症や摂食障害、嚥下困難、過呼吸、口渇、神経症、緊張感などがある。無気力状態が死別後しばしばはじめの数週間にみられるが、必ずしも抑うつを示唆しない。情緒的症状には、ショック、否定、悲しみ、怒り、罪悪感、恐れ、不安、いらだちなどがある。認知症状には集中力困難、散漫などがあり、集中力困難、散漫から、短期的・長期的記憶に影響する。スピリチュアル面では、意味の探求と信仰への疑問がある。

これら悲嘆は、今回のような災害による突然の死の場合や、自死、殺人、事故あるいは医療上の突然死による原因で心的外傷をきたして悲嘆の経過に付加的要因を加える。心的外傷はまた、それが世界は安全というその人の基本的感覚を脅かし、この世は予期できる世界であるという基本的前提を粉砕するので、その人の順応能力を圧倒する傾向にある。悲嘆もそれだけ強く出て、悲嘆者は困難な時を過ごすことになる。

ここで、悲嘆と抑うつの区別することが大切である。なぜなら、表面的には悲嘆は抑うつと同様な症状があるため、悲嘆について適切に教育されていない専門家は悲嘆を抑うつと誤診してしまうからである。悲嘆と抑うつの違いを簡単にまとめると、悲嘆では「自己に対するゆがめられた感覚はない」「罪の意識は喪失に向けられる」「痛みは、無意味感あるいは一般的絶望というより、むしろ喪失に関連して経験する」「自分より死亡した人に取り憑かれる」「気分の浮き沈みがあり、社会的支援に反応できる」「自死の考えは、死亡した人に加わりたいという希望、あるいはその人なしには生活がいいと感じることは困難であることに関連し、実際の企図や計画、試みは希」である。

これらに対して抑うつは、「自己は無価値という感覚」「自分は無能あるいは悪いという感じに関連する罪の意識」「情緒的痛みは一般的で、無意味感として経験される」「絶望と無力感にさいなまれる感覚」「自分と自分の痛みに取り憑かれる」「気分の変動はほとんどなく、社会的支援に反応しない」「自死念慮が普通で、将来への絶望と痛み、怒りに関連し、計画と試みがよくある」という特徴がある。重大な喪失を経験した人は抑うつに陥りやすいのは確かだが、ほとんどの場合はストレス反応によるもので精神科的な抑うつではない。

悲嘆者を助けるためには、「聴くこと」が最も大切である。悲嘆ケアに当たる人は、「悲嘆は異常ではなく、正常な反応である」こと、「必ずまた調子よく感じることができるようになる」ことを悲嘆者に伝える。その人が自分の物語や語りたいことを語る機会を提供し、現に起こったことも彼らの中にある古い物語も彼らが語ることをとにかく聴くようにする。悲嘆を早く取り除く方法はない。死は受容できるものではないし、絶えず痛みを伴うものである。悲嘆の過程において立ち直りに向かう方向性を拒否することも正常過程の一部である。それら様々な感情と共に過ごし、急ぎすぎないよう、そして時間をかけて辛抱しつつ受け入れられるように悲嘆者に付き添うことが大切である。その人が自分の物語を異なるように捉えられるようになれば、回復への方向が見えてくる。


悲嘆に対する不適切な薬物療法の問題は日本において特に大きい。この度の震災によって、膨大な人々が悲嘆に苦しんでいる。すでに多重の困難な状況にある被害者が、悲しみを和らげるためと称して効果のない薬物治療を受けさせられることは、愛する人を失った被災者にとってはさらなる二重、三重の苦痛を与えられてしまうことになる。“こころのケア”で多くの専門家が派遣されているが、適切な悲嘆ケアが行われることを願っている。

参考文献

  1. ウォグリン・C.悲嘆ケア:私たちの先入観と私たちにできること.ホスピスケアと在宅ケア 2008;16(1):39-58
  2. ニーメヤー・RA著,鈴木剛子訳.「大切なもの」を失ったあなたに—喪失をのりこえるガイド.東京:春秋社,2006.

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