コレステロール低下剤による神経障害
——もうひとつの重要な薬害裁判判決——

浜 六郎、木元康介、別府宏圀

TIP「正しい治療と薬の情報」2008年(vol23)5月号(p53〜55)より転載

医薬品機構・厚生労働大臣が否定した神経症状・因果関係を裁判所が認定

薬害C型肝炎が、政治的課題となり、2008年1月、福田康夫総理が「薬害再発防止に最善かつ最大の努力を行う」、舛添要一厚生労働大臣が「二度と薬害を起こさない行政の舵取りをしっかり行いたい」と述べ、5月23日、「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」の第1回会合が舛添大臣も出席して行われた。

実は、その前日(5月22日)、東京地方裁判所民事第3部法廷において、今日的意義から薬害C型肝炎裁判の結果にも比較できるほど重要な判決が言い渡されていた。

この裁判の経過の概略は以下のようなものである。

原告は、『私は薬に殺される』1)の著書福田実さん。1996年12月から98年12月にかけて、コレステロール低下剤のベザフィブラート(商品名ベザトール:服用期間1996年12月〜98年8月)およびプラバスタチン(商品名メバロチン:服用期問1997年2月〜98年12月)を服用し、その副作用によって筋萎縮および筋力低下(脱力)、感覚障害(四肢の痺れ)−排尿障害(尿閉)ならびに嚥下障害を発症したため、医薬品副作用被害救済制度で医療費および医療手当の給付請求をしたのだが、2001年8月30日付で不支給決定を受けた。そのため、福田さんは、厚生労働大臣に対して審査申立てをしたが却下されたため、不支給取消しを求めて提訴した。

裁判に際して、原告から相談を受けた著者らがそれぞれ専門の立場から鑑定意見書を提出し、また鑑定証人として証言をした。

その結果、東京地方裁判所は、5月22日、原告の請求を認めて、医薬品医療機器総合機構(「機構」と略)による不支給処分を取り消す旨の判決2)を下した。

症状の経過は原告の著書を、また医学的判断の概略については、『下げたら、あかん!コレステロールと血圧』3)を参考にしていただきたい。

コレステロール低下剤、特にスタチン剤(以下「スタチン剤等」とする)使用後の神経障害は、現在では添付文書にも記載され、関連を示す疫学的調査も多数ありながら、医師・薬剤師の間での認識が低い。そのような中にあって、この裁判では、筆者らの鑑定意見および鑑定証言をほぼ全面的に採用し、スタチン剤等の使用後に、明瞭に神経障害が生じ現在も持続していることを認めた。またさらに、これらの神経障害とスタチン剤等との間の因果関係を「高度の蓋然性がある」ものと認定したのである。

本稿では、ともすれば無視ないしは軽視されがちな「神経障害」の存在とスタチン剤との因果関係に関する判決の概略と、その意義について考えたい(疫学調査、動物実験結果などについては次回以降に取り上げたい)。

福田さんに現れた多彩な症状の認定について

福田さんは、身長178cm体重85kg前後という大柄な体格の持ち主で生来病気とは無縁でバリバリ仕事をこなす営業マンであった。33歳のときの健診で総コレステロール値が254mgと指摘されベザフィブラートやプラバスタチンの服用を開始してから、福田さんには種々の症状が現れ始めた。福田さんに現れた症状を類別すると以下のようなものとなる。

1 感染症、2 筋肉症状、3 神経症状、4 その他(脱毛、性機能障害など)である。

  1. 感染症

福田さんは、ベザフィブラートを服用し始める前は10年間で、かぜや上気道炎など感染症には7回(年に1回未満)しかかかっていなかった。ところが、ベザフィブラートを開始後には1か月以内に急性咽喉頭炎や尿路感染症、副睾丸炎が次々と現れ、抗生物質治療が頻回となった。

また、98年8月にはスタチン剤等を服用中であるのに総コレステロール値が236mg/dLとなっていたため、その後肉類を大幅に制限した結果、10月には総コレステロール値が183mg/dLとなった。11月には帯状疱疹が出現した。帯状疱疹は、免疫抑制状態で出現する典型的な感染症である。

当初の感染症をコレステロール低下剤のためと認識し低下剤を中止していたならば、後の後遺症を伴うほどの神経障害は免れていたはずである。

  1. 筋肉症状

総コレステロール値183mg/dLの結果、プラバスタチンは隔日に減量されたが、12月半ば頃には、全身倦怠感が強く、立っているのも困難なほどになったため、自己判断で12月20日服用を完全に中止した。

1月1日CKが113 IU/L、1月4日302 IU/Lと上昇、その後229(6日)、109(9日)、71(20日)と急速に低下していったので、1月4日には軽度ながら横紋筋融解症があったと考えられた。

  1. 神経症状

問題は、後遺症につながる神経障害の存在の認定である。被告である国(機構)は、この神経症状の存在自体を否定した。

福田さんに認められた神経症状は、筋萎縮および筋力低下(脱力)、感覚障害(四肢のしびれ)、排尿障害(尿閉)ならびに嚥下障害などであった。たとえば、自分でプラバスタチンを中止してから1か月あまり後の99年2月2日、福田さんはとうとう尿閉をきたして緊急入院し、バルーンカテーテルを挿入された。泌尿器科の検査で低活動型膀胱、その後別の病院では神経因性膀胱と診断された。

これほど明瞭な自律神経障害(すなわち末梢神経障害のひとつ)が認められたにもかかわらず、機構は、病院のカルテの記載や国立病院の医師による診察結果などを根拠に、椎間板ヘルニアであるとか、身体化障害(いわゆる以前「ヒステリー」といわれていた神経症の一種)であるとし、神経障害の存在そのものを認めなかったのである。

しかし、判決では、カルテの記載内容や筆者ら(別府:神経内科医、木元:泌尿器科医、浜:一般内科医)の診察結果や鑑定意見などを丁寧に検討し、客観的な症状から筋障害としての筋委縮および筋力低下、ならびに神経障害としての筋萎縮および筋力低下、感覚障害、排尿障害、嚥下障害の発症を認めたものである。

また、神経症のひとつである「身体化障害」の診断は、身体所見や検査所見によって説明できるものが全くない場合に初めて診断できるものであるため、本件では該当しないと退けた。

また、いくつかの医療機関における診療でスタチン剤等との関連が指摘されなかった理由については、古くから筋障害(主に横紋筋融解症)の発症が知られていたが、原告が本件各医薬品を処方されていた当時(1996〜98年ころ)、神経障害については医師の間では余り知られていなかった。そのため、原告が本件各症状を病院に訴え出た際にも、医師の診断は、専ら筋障害の疑いを検討するだけであり、(医薬品の副作用による)神経障害の発症までは念頭に置かない診断をし、客観的に現れている異常についてもあまりよく検討されずに、原告の訴えが「神経症」等と片づけられていたもの、とした。

この点も、筆者らの主張を全面的に採用したものであり、極めて納得のいく見識ある判決であると評価できる。

因果関係は高度に蓋然性あり

2つ目の争点は、福田さんに発症した筋萎縮および筋力低下(脱力)、感覚障害(四肢のしびれ)、排尿障害(尿閉)ならびに嚥下障害と、ベザフィブラートまたはプラバスタチン(あるい両者)の服用との間に因果関係が存在するか否か、という点であった。

まず筋障害については、横紋筋融解症とはいえないまでも、わずかではあるが、CKが上昇後低下していることから、その上昇は筋障害によるものであり、その筋障害を引き起こす原因を伺わせる証拠を他に求めることができないことから、2年近く服用したベザフィブラートとプラバスタチンによるとの因果関係を認めたものである。

また、スタチン剤については、

  1. コレステロールが細胞膜、神経髄鞘の膜構造の重要な構成成分であること、
  2. スタチン剤は、ミトコンドリアでの電子伝達系の主要補酵素ユビキノンの合成を阻害し、神経細胞のエネルギーの利用障害を起こして末梢神経障害を発症させ得る、
  3. 糖タンパクの原料となるドリコールの合成を阻害し神経異常を起こしうる、
  4. 添付文書にもスタチン製剤が末梢神経障害を引き起こしうることが明記されている
  5. スタチン製剤により末梢神経障害を生じた旨の複数の症例報告が存在し、
  6. スタチン製剤と末梢神経障害との疫学的関連を証明した医学論文が複数存在する

とのことから、プラバスタチンについて因果関係を認めた。プラバスタチンとの関連が認められたことから、ベザフィブラートについては検討するまでもなく、福田さんに生じた末梢神経障害は、福田さんが服用した薬剤によって発生したと認めることができる、とした。

また、シビレなど感覚障害、排尿障害、嚥下障害などについても、筆者らの鑑定意見、鑑定意見書、鑑定証言の主張をほぼ全面的に採用し、神経障害による症状とし、プラバスタチンとの因果関係を認めた。

判決の問題点

今回の判決では、医薬品副作用被害救済制度における「副作用」の認定に、一般の医療訴訟上の因果関係の立証と同レベルの因果関係の強さを求めている。

すなわち、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、 その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りると解される(最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決民集29巻9号1417頁参照)」という有名な判例を根拠としている。

たまたま、原告のスタチン剤による神経障害が、添付文書にも記載され、不可逆的な例など症例報告も多数あり、関連を認める疫学調査が複数出現していたために、この論理によって今回は認められたのであるが、いまだそうした疫学調査もない段階の害反応で、たとえば、初期の頃のタミフルによる突然死や異常行動による事故死などであれば、この論理が用いられれば、認定されること自体困難が伴う。しかし、現在ではすでに、動物実験やいくつかの疫学調査で関連が認められているため、因果関係はあると認識すべきである。

しかし、そもそもこの副作用被害救済制度は、原因不明とされ日本では1万人以上の認定被害者(未認定患者を入れれば2万人を超える)を出した薬害神経障害SMONの被害救済のための長期裁判の末に、被害者の強い要望の末に実現した制度であった。

原因がキノホルムであることが判明するまでには、ウイルス説やその他さまざまな原因の可能性が持ち出され、真の原因にたどり着くのが大変遅れた。さらに、原因がキノホルムと判明した後も、裁判において被告メーカーおよび国は、様々な可能性を持ち出して関連を認めようとしなかった。

このため、被害者は薬剤による被害の上に、医師をはじめ医療関係者に自分の被害が分かってもらえないという被害を受け、そのうえ「伝染病」や「ヒステリー」とのあらぬ病名をつけられ、さらには長期に裁判を強いられるという、何重もの害を被ったのである。

そうした何重もの被害を避けるために設けられたのが、この「副作用被害救済制度」であった。

その意味で、今回の裁判では、「副作用被害救済制度」の設立趣旨に沿った認定が望ましいという意見を添えて鑑定意見書を提出したのであるが、残念ながらそこまで踏み込んだ判決を得ることはできなかった。

それは、一つには、今回の被害は因果関係が極めて明瞭であるため、「高度の蓋然性」という一般医療訴訟上の因果関係のレベルで判断可能であったからであろう。しかし、「高度の蓋然性」というレベルでも因果関係が認められるので、「副作用被害救済制度」の設立趣旨に沿った認定は言うまでもない、との判断をしようとすれば可能であった。その点だけが問題として、唯一残された点であり、それ以外は、完璧な判決である。

判決の意義

  1. 発症から10年近くになる被害がようやく認定された

スタチン剤等コレステロール低下剤による横紋筋融解症は有名で、発症すれば診断は比較的容易である。しかし、本件のような感染症や神経障害は、コレステロール低下剤の害反応としてなかなか正当に認識されず、適切な診断がなされない。そのため、多数の医師の診察を受けながら、たいへん辛い症状の原因が認められず、副作用被害の申請をしても機構でも認められなかった。

3年余り分からないまま筆者らに相談が持ちかけられ、ようやく神経障害との関連にたどり着いた。しかし、発症から10年近くを経て、ようやく、「高度の蓋然性」が認められるとの判決が得られたのである。

  1. 強い因果関係を認定した

「薬剤による可能性が否定できない有害事象」は、ICH(International Conference on Harmonisation)の定義によれば、「adverse reaction(害反応)」(日本における用語では「副作用」)である。今回の判決では、この定義ではなく、「訴訟上の因果関係の立証」で求められている基準で判断されている。すなわち、「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りると解される」との判例を根拠としたものである。この基準は、ICHの定義よりも、はるかに強い因果関係があることを求めている。

今回の判決は、スタチン剤による神経障害が、複数の医学論文に記載があり、添付文書にも記載があり、複数の疫学調査で関連が認められているなど、ほぼ完全な形での因果関係が証明されていることを前提にした判断であった。

  1. 多数の潜在被害を気付かせ、医師・薬剤師に反省を迫る判決

原告の福田さんが、診察を受けた医師にコレステロール低下剤との関連を認めてもらうことが極めて困難であったということは、副作用に悩まされながら、医師にも薬剤師にもコレステロール低下剤との関連を指摘されず、途方に暮れている被害者が多数いることを示している。

その意味で、これまで気付かれることがほとんどなかったコレステロール低下剤による害反応としての神経障害を正面から認め、潜在的な被害者にも、担当医師や薬剤師にも気付かせる機会を与えたという意味で、今回の判決は画期的であると考える。

逆に、コレステロール低下剤の副作用を疑わせる種々の症状が見られるのに、適切な評価をしなかった医師や薬剤師など医療関係者には大いに反省を迫る判決であったといえよう。

  1. 潜在被害者が多数いる害反応を公的に認めた画期的判決

これまで医薬品機構の不支給処分を違法として取り消した判決はあるが、多数に使われ、潜在被害者が多いと推察されるコレステロール低下剤の害について認められたことはなく、その意味でも画期的である。

  1. 機構・国の判定基準の欠陥が明るみに出た

コレステロール低下剤使用後に神経障害を呈した症例報告を機構・国は集中的に管理している。裁判所が「高度の蓋然性」をもって因果関係が証明されるとした被害例は、本件だけでなく、多数報告されているはずであり、機構・国はそれらを十分に知りうる立場にあったはずである。

そうした「高度の蓋然性」をもって因果関係が証明される例を多数知りうる立場にありながら、機構・国が副作用被害救済制度で申請された被害と認定せず、不服申立てをも却下し、さらに提訴されてからも因果関係を否定し続けてきた。

その意味で、現在の副作用被害救済制度における機構・国の判定がいかに大きな欠陥を有しているか、国の医薬品と害反応との関連の判断基準がいかに重大な欠陥を有しているかが示された判決であったと考える。

  1. 他の薬害被害の認定につながる判決

医薬品副作用被害救済制度に被害救済を申請し却下されている例は多数ある。

タミフルによる突然死や異常行動後の事故死で被害救済を申請し、筆者の1人(浜)が意見書を書いた人は10人にのぼる。そのうち4人について判定が出たが、いずれもタミフルとの因果関係が完全否定され、審査申し立てがなされたが、1人は却下され、他の3人の判断はいまだ出ていない。しかし、これまで因果関係が否定された例のほとんどが、今回のような判定基準を用いて認定可能なものである。その意味で、今回の判決は、他の薬害被害の認定にもつながる判決であると考える(副作用被害救済制度ではより緩やかな因果関係の基準で判定されるべきであることはいうまでもない)。

薬害C型肝炎が政治的判断により和解して一段落し、薬害再発防止が国の重要課題となっている今日、機構・国は、本判決を真摯に受け止め、判決を受け入れなければならない。それこそ、薬害再発防止の第一歩である。

参考文献

  1. 福田実、私は薬に殺される、幻冬社、2003年
  2. 平成15年(行ウ)第295号、不支給処分取消請求事件判決、NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック)速報No106 予定
  3. 浜六郎、『下げたら、あかん!コレステロールと血圧』日本評論社、2004年

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