薬事・食品衛生審議会、薬事分科会
委員 様
2003年6月17日
プロトピック(タクロリムス水和物)0.03%軟膏の不承認を求める要望書
NPO法人医薬ビジランスセンター 理事長 浜 六郎
医薬品・治療研究会 代表 別府 宏圀
要望事項
1.来る2003年6月26日に開催される予定の薬事・食品衛生審議会、薬事部会において、プロトピック(タクロリムス水和物)0.03%軟膏(小児用)の製造・販売を承認しないこと(医薬品第一部会に検討の差し戻しをしていただきたい)
要望理由のまとめ
1.免疫抑制剤として使用した場合のタクロリムス水和物(プログラフ)による悪性リンパ腫発生率は成人で数%、小児では10%にのぼることが報告されています。
2.プロトピック軟膏のマウス2年間がん原性試験でメーカーが有意な増加はないとしている0.03%濃度は、全部位がんと悪性リンパ腫を有意に増加しています。全部位がんのオッズ比は2.7(95%信頼区間;1.5-4.7,p<0.001)、悪性リンパ腫はオッズ比2.7(95%信頼区間;1.2-5.8,p<0.01)であり有意でした。
なお、有意の差がないとの結論の根拠となったPeto mortality prevalence 解析は、多重解析の弊害を解決するために行われるものです。免疫抑制によって全部位のがん増加が予想されるこの実験で、実際に全部位のがんが有意に増加しているのですから、部位別に多重解析する必要はありませんし、意味がありません。
3.免疫抑制による発がん促進であっても、臨床的にはがん発生を増加させることにかわりなく、きわめて危険なことです。免疫機能が未発達の小児には、発がんリスクは特に高く出るものと憂慮されます。
4.血中濃度が臓器移植で使用される濃度に達するヒトが6人中2人、長期使用例でも、臓器移植使用濃度の2分の1から10分の1という危険域になる人が相当数にのぼります。しかも、検出限界以下とされる0.5ng/mLでも免疫抑制は起きます。
5.メーカーは「本剤に起因した感染症はほとんどない」としていますが、感染症は動物でもヒトでも有意に増加しています。たとえば、細菌性心内膜炎がマウスで有意に(p<0.05)増加しています。ヒト臨床試験でもインフルエンザ様症状をはじめ、種々の感染症が0.1%群だけでなく、0.03%群でも有意に増加しています。
6.プロトピック軟膏の使用目的はアトピー性皮膚炎ですが、2年間マウス発がん試験では、小児製剤予定濃度の0.03%プロトピック軟膏が、皮膚炎(皮膚炎症細胞浸潤、皮膚肥厚)を有意に高率に起こしています(オッズ比4〜6、p<<0.001)。皮膚炎を起こさない濃度は0.03%よりもはるかに低いと想定されるため、長期に使用して皮膚炎を起こさない濃度は、短期的にアトピー性皮膚炎に有効な濃度でない可能性があります(このほか、心筋の線維症や血栓症など死亡につながる変化も増加していますが、詳細は添付参考文献を参照ください)。
7.したがって、プロトピック軟膏0.1%は、不適切な根拠と解釈によって、あたかも安全であるかのように判断された結果承認されたもので、実は極めて危険なものと考えるべきです。
8.小児用とされる0.03%の濃度でも長期使えば皮膚炎そのものが新たにでき、がんや感染症が多発する危険性が高く、死亡率まで増えると考えられます。小児への承認は極めて危険であり、承認すべきではありません。
たとえば、2歳で使用を開始した場合には、成人するまでに発がんする危険も否定はできません。もしそのことが現実のものとなった場合には(その可能性は高いのではないかと推察されます)、薬事・食品衛生審議会、薬事分科会および各委員の方々の責任は重大と考えます。
9.なお、成人用0.1%製剤も、長期的にみて危険の方が大きいと考えられ、中止すべきと考えますが、この件に関しては、別途厚生労働大臣あてに要望書を提出いたしました。
また、すでに使用したことのある患者や、現在使用中の患者はすべて登録し、悪性リンパ腫をはじめ、すべてのがんや入院を要する感染症の罹患状況を追跡調査すべきと考えます(非使用者との厳重な比較が必要です)。この件に関しても、別途厚生労働大臣あてに要望書を提出いたしました。
はじめに
私たちは、医師薬剤師向けの医薬品情報誌「TIP誌」(医薬品・治療研究会)や、一般向けの医薬品情報誌『薬のチェックは命のチェック』(NPO法人医薬ビジランスセンター)を発行し、医療従事者だけでなく、患者・市民に、真に根拠に基づく医薬品情報を提供しようとしているものです。
アトピー性皮膚炎に悩まされている方は多く、ステロイド治療の危険性も指摘されているため適切な代替治療法が求められています。このような状況のもと、プロトピック軟膏0.1%(タクロリムス水和物0.1%軟膏)が「アトピー性皮膚炎」を適応症として1999年6月に承認され約4年経ちました。当初は小児には評価可能なデータがないとして承認されていませんでしたが、このたび、5月9日、薬事・食品衛生審議会の医薬品第一部会が、2歳以上の「アトピー性皮膚炎」を効能効果として、プロトピック軟膏(0.03%小児用)の承認を了承し、6月26日、薬事・食品衛生審議会、薬事分科会において検討される予定と聞き及びます。
委員のみなさま方には、プロトピック軟膏の危険性を十分にご認識いただき、ぜひとも慎重審議され、医薬品第一部会に検討をさし戻して頂くよう要望いたします。
タクロリムスはもともと、腎臓移植など、臓器移植に際して拒絶反応を抑える目的で開発された免疫抑制剤です。移植で使われる量で、大人で数%、小児では10%程度で悪性リンパ腫(リンパ腺のがん)を誘発する物質です。
大人のアトピー性皮膚炎に対するプロトピック軟膏の承認審査に際して、「正常皮膚に比べてアトピー性の傷のある部分の吸収が高い」「血中濃度が高いものでは免疫抑制剤として使用する濃度(10ng/mL)に達する例がある」「リンパ腫に関しては、これはもう明らかに発生するという理解を事務局の方ではしておりました」と厚生省(当時)事務当局自身が述べています。つまり、厚生労働省もプロトピック軟膏で「リンパ腫は明らかに発生する」と考えているのです。
リンパ腫は明らかに発生する
大人用のプロトピック軟膏が承認されたときの議事録には、用量、びらん面からの経皮吸収、紫外線による発がん作用増強、悪性リンパ腫を中心とする悪性腫瘍の誘発を、審査当局も懸念していたことが記載されています。この点に関して、討論の場で委員から、単に動物でリンパ腫が増加することが示されただけではないか、といった発言があった時の厚生省事務当局の答えが先に述べた「リンパ腫に関しては、これはもう明らかに発生する」でした。
しかし、最終的には、次のようなメーカーの主張を中央薬事審議会(当時)も了承され、利点が危険を上回ると判断されました。メーカーの主張の要点は、
(1)マウス発がん実験の0.03%群ではリンパ腫増加なし
(2)0.1%のリンパ腫増加は免疫抑制作用でがん化細胞排除が抑制されたから
(3)マウス0.03%群の血中濃度に比べて人の血中濃度は十分低い
(4)臨床試験ではプロトピック軟膏による全身性感染症はみられない
したがって、プロトピック軟膏は人に免疫抑制状態を導かず、リンパ腫が発現する可能性はほとんどない、
というものです。これらの主張について、私たちは検討いたしました。
(1)0.03%群はがんを3倍に(統計学の誤用で0.03%群が有意差なしとされた)
米国での承認申請に際して、マウス(雌雄各群50匹ずつ)に2年間、0.03%、0.1%のタクロリムス軟膏を塗布した発がん性試験では。基剤群に比較して、悪性腫瘍(がん)と悪性リンパ腫が、小児用量の0.03%群でも有意に増加しています。そして、安全量(発がんに関する最大無影響量)は、いまだ決定されていません。
a)全部位悪性腫瘍の発生率は対照群41%に対して、0.03%群は65%です。全部位悪性腫瘍のオッズ比は2.7(95%信頼区間;1.5-4.7,p<0.001)でした(図1-a)。
b)悪性リンパ腫の発生率は、対照群11%に対して0.03%軟膏群では25%です。悪性リンパ腫はオッズ比2.7(95%信頼区間;1.2-5.8,p<0.01)でした(図1-b)。
これ程はっきりとした0.03%群の差が、「有意差なし」とされた理由は、Peto mortality prevalence testで解析した結果だとされています。多くの症状への薬剤の影響を調べる際、それぞれの症状にp<0.05の危険率を適用すると、20項目なら、その一つがp<0.05になる確率はp=0.64になります。これを避けるための統計解析方法が多重解析法で、Peto mortality prevalence testはその手法の一つです。プロトピック軟膏の実験の場合、がん全体として有意に高率ですから、多重解析で検討する必要はありません。この多重解析の手法は、有意の差が出てほしくない時の言い逃れにしばしば用いられています。プロトピック軟膏の場合も、まさしくこのために応用(悪用)された典型的な例であるといえます。
なお、光発がん性試験結果に関しては、添付参考文献を参照ください。
(2)「免疫抑制による発がん促進」は安全か
人体にはがんが常に発生しています。50歳を超えると35%程度の男性が前立腺がんを保有しているとも言われます。これが臨床的にがんとして顕在化しないのは、免疫の作用によります(図2)。この点は、メーカーが以下のように指摘するとおりです。
「マウスの自然発生リンパ腫はウイルス性と考えられている。免疫抑制剤投与による免疫低下状態はウイルス感染細胞に対する発がん監視機構を抑制して腫瘍発生を高めるとされているが、これは、ウイルス発現を助長することにより腫瘍発生の亢進に二次的に関与するとされている。この場合、免疫抑制剤は発がんのプロモーター様の役割を担っている。シクロスポリンによるマウスやサルのウイルス性リンパ腫が同様の機序で生じるとされている。」「ヒトのリンパ腫もウイルスが発症要因の一つであるから、リンパ腫に対する本剤のリスクファクターとしては、ウイルスが顕在化した細胞およびがん化した細胞の排除を抑制する全身免疫抑制作用にあるものと推察される。」
上記の主張をまとめると「悪性リンパ腫は、マウスもヒトもウイルスが主な原因であり、免疫抑制剤による免疫抑制で、もともとのがんが助長される。プロトピックによる悪性リンパ腫は、がんを発生させるのではなく、単にプロモーターとしての作用である」ということでしょう。
0.1%軟膏でマウス全部位悪性腫瘍は著明に増加し(オッズ比27.3;95%信頼区間;10.2-73.1、p<<0.001)、悪性リンパ腫も著明に増加しています(オッズ比19.8;95%信頼区間;9.3-42.4、p<<0.001)。
免疫抑制でがん化をプロモートするにしても、この事実は極めて重大です。だからこそ、当時の厚生省事務当局自身、「リンパ腫に関しては、これはもう明らかに発生する」と言ったのでしょう。そして0.03%でもがんを約3倍増とするのですから、「免疫抑制によるから」とあたかも安全であるかのように言うのは不適切と考えます。
(3)血中濃度が危険域の人は多く、低濃度でも免疫抑制
「マウス0.03%群の血中濃度に比較して、人のアトピー性皮膚炎患者の血中濃度やAUCは十分低い。」
メーカーは、臨床試験論文から、人に用いた場合の血中濃度が平均的には低いこと、塗り始めは血中濃度が高くても急速に低下することなどから、安全と言います。
しかし、厚生省事務局さえ指摘しているように、実際にヒト臨床試験では、移植に使う際の血中濃度である10〜20ng/mL(しかも6人中2人)を記録していますし、1年後にも1〜5ng/mLの人が20人に1人はいます。AUC(曲線下面積)で比較すると1回5g、1日2回で54.8ng・h/mLになります。マウス0.03%群のAUCは58〜234ng・h/mLですから、それに近い値です。
しかも、濃度は検出限界以下(0.5ng/mL以下)でも確実に免疫は抑制されているのです。
(4)感染症は有意に増加 皮膚炎も増加
感染症の増加に関して、メーカーは、次のように言います。
感染症は免疫抑制状態の一つの指標だが、臨床試験では、本剤に起因したと考えられる全身性感染症はほとんどみられていない。したがって、臨床の用法・用量では強い免疫抑制状態を導かないものと考えられる。臨床上の注意を考慮すれば、タクロリムス軟膏を使用する患者においてリンパ腫が発現する可能性はほとんどないものと推察する。
この問題点は「本剤に起因したと考えられる」「ほとんどない」にあります。日本の臨床試験の特徴ですが「本剤に起因するかどうか」を個々の医師が判定しています。動物実験ではメーカーが判定しています。関連がありそうな感染症を恣意的に取り除くことが可能です。2年間のマウス実験では死亡原因になりうる細菌性心内膜炎が0.1%群のマウスで有意に(p<0.05)高率でした(アメリカのデータから判明)。「ほとんどない」はずがありません。きちんと見れば、「本剤に起因する」ものが多数「ある」はずなのです。
米国の小児を含む3件のランダム化比較試験を総合すると、インフルエンザ様症状の発症率(図3)は全例合計では、基剤群、0.03%群0.1%群がそれぞれ12.5%、21.0%(p<0.01)、26.0%(p<<0.001)と、濃度が濃くなるほどインフルエンザ様症状が高頻度でした。そのほか、基剤群では全く報告されていない肺炎が、プロトピック軟膏群で2例あり「因果関係なし」と判定。小児の長期臨床試験で肺炎2例、ウイルス性髄膜炎、単純ヘルペス全身感染症など感染症が21件報告され3例以外は「関連なし」と判定。成人でも蜂巣炎や角膜潰瘍などの感染症を中心に、16例のうち因果関係があると判定されたのは4例だけで他は葬られています。
日本の臨床試験でも肺炎や敗血症、感冒、尿路感染や上気道炎など、免疫抑制に関連すると思われる皮膚以外の全身感染症が38件報告されていますが、1件(上気道炎)を除いてあとは「関連が否定され」ています。
「本剤に起因する感染症はない」というのは、このような操作によると考えられます。
アトピー性皮膚炎治療の長期目標
アトピー性皮膚炎の治療目標、はいかに薬剤連用から離脱できるかのはずです。ところが、プロトピック軟膏を長期に連用した場合に、がん以外で、しかも、もとの皮膚炎そのものに関してたいへん心配になるデータがあります(図4)。
マウスの2年間の実験では、皮膚炎症細胞浸潤や表皮肥厚が0.03%濃度で対照群の4倍から6倍も起きています(この判断が間違っている可能性は1000分の1よりはるかに低い)。皮膚炎症細胞浸潤や表皮肥厚というのは要するに「皮膚炎」です。0.03%でも5倍前後ですから、もっともっと低い濃度でも起きるでしょう。
臨床試験では実際、灼熱感が60%、ヒリヒリする刺激感も30%を超えています。これらの刺激が長期間続けば、マウスで生じた皮膚炎がヒトでも生じるはずです。
したがって、短期的には一時期アトピー性皮膚炎はおさまったかに見えても、長期間の塗布では、プロトピック軟膏で起こした皮膚炎と、もとのアトピー性皮膚炎が混在してくることになります。これでは、長期的な皮膚炎の治療は困難になります。とくに小児では薬剤の中止が困難となり、治療の長期化によって、発がんの危険が高まります。
たとえば、2歳で使用を開始した場合には、成人するまでに発がんする危険も否定はできません。もしそのことが現実のものとなった場合には(その可能性は高いのではないかと推察されます)、薬事・食品衛生審議会、薬事分科会および各委員の方々の責任は重大と考えます(なお、要望理由の詳細は、添付した参考文献を参照ください)
結論:小児用0.03製剤は承認しないよう(第一部会に差し戻していただくよう)お願いいたします
以上のように、現在承認されているプロトピック軟膏0.1%がもともと、不適切な根拠と解釈によって、あたかも安全であるかのように判断された結果承認されたものであり、実は極めて危険と考えるべきことが、検討した結果明らかになりました。
小児用とされる0.03%の濃度でも濃度は低くしたとはいっても、感受性の高い小児に使用することから、長期間使えばがんや感染症が多発する危険がやはり高く、皮膚炎そのものが新たにでき、死亡率まで増えるはずです。小児への承認は極めて危険です。承認すべきではありません。
既使用者の感染症やがん発生の監視を
なお、成人用の0.1%製剤も、長期的にみて危険の方が大きいと考えられますので、中止すべきと考えますが、この件に関しては、別途厚生労働大臣に要望しております。
また、すでに使用したことのある人や、現在使用中の人はすべて登録しておき、悪性リンパ腫をはじめ、すべてのがんや入院を要する感染症を監視する必要があります(非使用者との厳重な比較が必要です)。この件に関しても別途厚生労働大臣に要望しております。
参考文献
島津恒敏、浜六郎、プロトピック軟膏(タクロリムス水和物)は危険—小児予定濃度(0.03%)でも悪性腫瘍を3倍増、TIP『正しい治療と薬の情報』18(6):65-73,2003
(なお、上記論文は、『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No18として、http://www.npojip.org/sokuho/030612.html で読むことができます)
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NPO法人医薬ビジランスセンター 理事長 浜 六郎