高脂血症治療ガイドライン、もしくは動脈硬化性疾患の予防と治療のためのガイドライン案(以下「案」と略)が、日本動脈硬化学会のホームページ中に掲載され、意見を求めており、その意見は今後の動脈硬化診療・疫学委員会での検討の対象になるとの記載がありました。
そこで、
- NPO医薬ビジランスセンター、および医薬品・治療研究会として、1月31日付けで意見および質問を提出しました(11文献を引用)。
- この意見お呼び質問書にたいして、委員長である金沢大学大学院医学系研究科(内科)馬渕宏氏から、2月1日以下のようなe-mail(私見として)がありました。
- そこで、この回答に対する当会と医薬品・治療研究会からの問題指摘と疑問
を作成し、再度、日本動脈硬化学会 広報教育委員長 殿
動脈硬化診療・疫学委員会 委員長 馬淵 宏 殿
あてに、「意見と質問」を作成し送付しました。再度回答があれば、掲載したいと考えています。
以下に
- 当会と医薬品・治療研究会からの意見と質問
- 委員長である金沢大学大学院医学系研究科(内科)馬渕宏氏からのe-mail(私見)
- それにたいする、当会と医薬品・治療研究会からの問題指摘と疑問
を掲載します。
1.
1月31日付け「意見および質問」
(NPO医薬ビジランスセンター、および医薬品・治療研究会:11文献を引用)
2002年1月31日
日本動脈硬化学会
広報教育委員長 殿
動脈硬化診療・疫学委員会
委員長 馬淵 宏 殿
日本動脈硬化学会
「動脈硬化性疾患の予防と治療のためのガイドライン(案)」
に対する意見と質問
NPO法人医薬ビジランスセンター 理事長 浜 六郎
医薬品・治療研究会 代表 別府宏圀
医薬ビジランスセンターは、適切な医薬品が安全かつ有効に用いられるよう、医薬をビジランス(監視)するための調査研究活動を行い、市民・患者および医薬専門家向けに医薬品情報誌「薬のチェックは命のチェック」(季刊)を出版している、特定非営利活動法人(NPO法人)です。
医薬品・治療研究会は、適切な医薬品が安全かつ有効に用いられるよう、医師・薬剤師等医薬専門家向けに医薬品情報誌"The Informed
Prescriber"(略称TIP, 邦名:「正しい治療と薬の情報」)を刊行している団体です。
私たちは、これまで、コレステロールと健康・疾病の問題に大きな関心をもち、10数年にわたってこの問題を検討し、TIP誌および「薬のチェックは命のチェック」に掲載してまいりました(文献1-10)。
このたび、高脂血症治療ガイドライン、もしくは動脈硬化性疾患の予防と治療のためのガイドライン案(以下「案」と略)が、貴学会ホームページに掲載され、意見を求めておられ、その意見書は今後の動脈硬化診療・疫学委員会での検討の対象になるとの記載がありましたので、NPO法人医薬ビジランスセンターおよび、医薬品・治療研究会として、意見を申し述べます。
なお、この意見および質問に対する貴学会からの回答を頂ければ幸甚です。 頂きました回答は、当NPO法人医薬ビジランスセンターのホームページにも掲載させていただく予定としております。
【意見】
【1】動脈硬化性疾患の定義がなされていない
タイトルで「高脂血症治療ガイドライン」とあり、本文では「動脈硬化性疾患の予防と治療のためのガイドライン(案)」とありますが、どちらが正式の呼び方か不明です。
おそらくは、「動脈硬化性疾患の予防と治療のためのガイドライン(案)」が正式の呼び方だと考えられますので、それを前提として以下の意見を述べますが、その「動脈硬化性疾患」が定義されておりません。
補足の 16)に「冠動脈疾患」という項目があり、「冠動脈疾患」は、「心筋梗塞、狭心症、無症候性心筋虚血(虚血性心電図異常など)、冠動脈造影で有意狭窄のあるものを含
む。」と定義されています。
しかし、動脈硬化性疾患全体としては定義されておりません。一般には、脳血管障害なども、動脈硬化との関係が言及されることがありますので、「動脈硬化性疾患」というと、これら脳血管障害や、四肢末梢の閉塞的動脈硬化症なども含まれることが考えられますが、この点は明確にすべきと考えます。
以下では、補足 16)で述べられている「冠動脈疾患」を指しているものと解釈して論を進めさせて頂きます。
【2】ある疾患の予防や治療が、総死亡への予防・治療に優先してはいけない
――冠動脈疾患の予防・治療においても例外ではない――
冠動脈疾患を中心とした動脈硬化性疾患は、社会的な活動能力を喪失し、死亡の原因にもなる重要な疾患であります。したがって、貴学会で取り組んでおられる予防や治療に関する研究は社会的に非常に重要なものであります。
そもそも、ある疾患を治療しようとして、検査や予防的あるいは治療的介入をすることによって、他に重大な疾患を合併することになったり、死亡率が全体として増加するようなことになっては、意味がありません。「癌は治ったが、患者は死んだ」では真によい治療であったとはいえないのは当然だからです。
この点、証明力の強さによる「エンドポイントレベルの分類」で、総死亡を最も証明力が強いエンドポイントと分類しているCancerNet(註)
の見識は卓越していると考えます(文献8、文献10)。
〔註〕CancerNet:
冠動脈疾患を中心とした動脈硬化性疾患の予防・治療においても、この点はかならず留意すべき点であると考えます(文献8、文献10)。
【3】コレステロールの正常値の考え方
ところで、そのような点を考慮した場合、ある検査データの正常値どう決めるべきでしょうか。 ある検査指標がある疾患の危険因子となっている場合、その疾患の罹患あるいは、その疾患による死亡の危険が最も小さくなる値を正常値とすべきでしょう(文献6,7,9,10)。
コレステロールの場合は、この物質の過剰が粥状硬化の危険因子であるとしても、コレステロールそのものが生命の最小単位である細胞の、しかも構造的・機能的に重要な働きをしている細胞膜の重要な構成成分であり、5種類の生命の維持に必要なステロイドホルモン(糖質コルチコイド、電解質コルチコイド、黄体ホルモン、卵胞ホルモン、男性ホルモン)の原料であり、免疫機能にも深くかかわっている物質であることから、その血中レベルの高低は、癌、感染症を含め、死亡とも大いにかかわっていると考えられる(文献9)のは当然ともいえます。
コレステロール値が240〜260mg/dLの人が最も死亡の危険が低かったことは、貴学会、動脈硬化診療・疫学委員会の委員でもある、上島弘嗣氏が中心になってまとめた調査(NIPPON
study) をはじめ、内外の多数の調査で確認されております(文献6,7,9,10で多数の文献を引用)。
このようなことから、NPO法人医薬ビジランスセンターおよび医薬品・治療研究会では、コレステロール値は、対象者の総死亡の危険が最も小さくなる値を正常値とすべきであると考えます。冠動脈疾患の罹患や冠動脈疾患死の危険を最も低くする値は、その限りにおいては参考値とすべきですが、他に虚血性心疾患の危険因子がある場合もない場合にもこれは当てはまることと考えます。
【4】「案」はすべて、動脈硬化性疾患の発症と再発の予防を目標においた
「診断に関する基準値」「治療適用基準値」「治療目標値」である
ところが、貴学会が提案している「案」では、「診断に関する基準値」「治療適用基準値」「治療目標値」はすべて、動脈硬化性疾患の発症と再発の予防を目標において決定しておられます。
そして、たとえばJ-LIT チャートで示されているように、危険因子の組み合わせ別のイベント発生率も、冠動脈疾患(致死性・非致死性の心筋梗塞、心臓突然死、確実な狭心症)について計算され、示されているだけにしかすぎません。
総死亡の重要性を考慮すれば、本来、総死亡や癌罹患についても、これと同様に危険因子別のイベント発生率を計算して示すべきと考えます。
【5】これまでの基準では年間1500〜4000人の超過死亡も考えられる
上記に指摘したように、総死亡や癌罹患について、危険因子別イベント発生率が示されていないので、新基準による死亡等の危険を正確に予測することは不可能ですが、これまでの疫学調査とこれまでの貴学会の治療目標で計算すると、心筋梗塞を一人防止するために
2.5億円 (男性) 〜15億円 (女性) が必要となり、その間に男性は 2.3人、女性は3.5 人死亡する可能性があると推測されます(文献6の方法で価格を調整済み)。
また、2500億円のスタチン剤使用による死亡数は年間1500〜2000人(文献6,10)、あるいは、4000人(文献6の方法で、J-LITの結果を元に再計算)と推定されます。
【6】「案」のままでは、癌、総死亡の増加が憂慮される
多くの疫学調査や、J-LIT 研究の対象となった人の中には、冠動脈疾患の危険因子のある人も含まれています。危険因子のない人だけではなく、危険因子を持った人も含んだ対象者の調査で最も死亡の危険が少なかったのが、コレステロール値が
240〜260(あるいは280) mg/dLの人でした。
したがって、貴学会の「案」のとおり、危険因子を持たない人について、コレステロール値 240mg/dL を診断基準値とすれば、死亡の危険が最も小さい人のコレステロール値を下げることを勧告することを意味します。
【7】総死亡をエンドポイントとしてコレステロール値を検討すべき
――現場の診療に影響の大きいガイドラインのより慎重な検討を――
動脈硬化学会が、現在の案のままの諸基準値を決定すると、これまでよりは、やや基準値が上がるかも知れませんが、多くの医師や患者はあいかわらず総死亡を目標にした予防や治療ではなく、冠疾患の予防と減少それを目標として治療をすることになります。癌をはじめ他疾患罹患と死亡の増加など危険が予測されます。
したがって、先にも指摘したとおり、総死亡の重要性を考慮して、総死亡や癌罹患についても、これと同様に危険因子別のイベント発生率を計算し、そのうえであらためて、「コレステロールの正常値と高コレステロール血症の基準値」、「治療適用基準値」、「治療目標値」を検討すべきと考えます。
もしも現在の案のとおりに決定するならば、このガイドラインに記載された諸基準値は、心筋梗塞をはじめ冠疾患を予防することを目標とした値であり、この基準を適用することにより、感染症や癌の増加の危険があることを明記すべきと考えます。
【8】まとめ
- 動脈硬化性疾患の定義を明確にすべきと考える。
- コレステロールへの介入の最終目標は、癌や感染症も含めた総死亡とすべきである。
- コレステロールなど慢性疾患の指標となる検査データに関しては、総死亡が最も低くなる値を正常値とすべきである
- この点、虚血性心疾患への影響のみを目標とした日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患の予防と治療のためのガイドライン(案)」は不適切てある。
- 日本では、種々の疫学調査より、総死亡の危険が最も少ないコレステロール値として、他にリスクのない人では 220〜280 mg/dL, 虚血性心疾患の既往者では
200〜240mg/dLを正常とすべきである。
- 他にリスクがなく単にコレステロールがこれまでの基準で高めだけなら、300 mg/dl までの人にコレステロール低下剤は不要と考える。すでに狭心症のある人も適切なコレステロール値は
200〜239 mg/dL であり、それ以下にすべきではない。
- 詳細な基準は、総死亡の重要性を考慮して、総死亡や癌罹患について、危険因子別のイベント発生率を計算し、そのうえであらためて、「コレステロールの正常値と高コレステロール血症の基準値」、「治療適用基準値」、「治療目標値」を検討すべきである。
【質問】
[上記意見の【8】まとめ]に述べた(1)〜(7)の各項目に対する貴学会のご意見をお聞かせ願いたいと存じます。
各項目に対するご回答を、理由を付して、ガイドラインの決定までに、下記あてに頂けますよう、お願い申しあげます。
特定非営利活動法人「医薬ビジランスセンター」 理事長 浜 六郎
〒532-0062 大阪市天王寺区逢阪2-3-1、アサダビル502
TEL 06-6771-6345、Fax 06-6771-6347、e-mail:GEC00724@nifty.com
なお、特定非営利活動法人「医薬ビジランスセンター」(通称NPOJIP)のホームページは ここです
。
【参考文献】
- 高脂血症の治療、TIP「正しい治療と薬の情報」1988年(第3巻)、4月, p27-31
- HMGCoA還元酵素阻害剤(シンバスタチン、プラバスタチン)、 TIP「正しい治療と薬の情報」1991年(第6巻)、5 月, p33-36
- コレステロール低下剤は必要か、TIP「正しい治療と薬の情報」1991年(第6巻)、11月, p86-90
- 医薬品・治療研究会、コレステロール低下剤の死亡への影響――合併症のない患者では死亡を増やす、冠疾患合併症患者ではじめて減少――TIP「正しい治療と薬の情報」1995年(第10巻)、2月,
p11-13
- 浜六郎、コレステロール低下剤の生存率への一次予防効果―プラバスタチンで初めて高い可能性が示される―TIP「正しい治療と薬の情報」 1996年(第11巻)3月,
p28-33
- 浜六郎、プラバスタチンは本当にevidence-basedか?――日本人に対する一次予防のエビデンスを正しく分析すれば――、TIP「正しい治療と薬の情報」
1999年(第14巻)、6月, p61-70
- 浜六郎、コレステロール低下で癌死、総死亡増――J−LITでも示される――、 TIP「正しい治療と薬の情報」 2001年(第16巻)3月,
p23-25
- NPO医薬ビジランスセンター/医薬品・治療研究会、エンドポイントによるエビデンス・レベル分類の重要性、TIP「正しい治療と薬の情報」2001年(第16巻)6月,
p60-61
- 浜六郎、コレステロール低下剤と癌、感染症、総死亡の増加――その後のデータ集積と、メカニズムについての考察――TIP「正しい治療と薬の情報」2001年(第16巻)7,8
月, p76-80
- 浜六郎/NPO医薬ビジランスセンター、 薬のチェックは命のチェック, No2、特集「コレステロール」 (2001年), p4-15,
p17-35, 40-43
- 浜六郎、未承認だがエビデンスのある治療とエビデンスのない未承認治療
in田村康二編著「ハムレットの治療学」p468-483,中山書店,2001
2.
委員長 馬渕宏氏からの回答e-mail(私見としての)
Re: ガイドラインへの意見
Date: Fri, 01 Feb 2002 14:20:52 +0900
From: 日本動脈硬化学会
To: gec00724@nifty.com
NPO法人医薬ビジランスセンター 理事長 浜 六郎 先生
医薬品・治療研究会 代表 別府 宏圀 先生
ガイドライン(案)に対してのご意見ありがとうございます。委員会を開催する機会が当面ございませんので、私の私見を交えて申し上げます。
金沢大学大学院医学系研究科(内科) 馬渕 宏
まず、ガイドラインの最新の案はHPには未掲載であります。
(1)動脈硬化性疾患の定義:新しいガイドライン(案)の対象疾患として「冠動脈疾患、脳・頸動脈疾患、閉塞性動脈硬化症」としております。
(2)ご指摘の通り、総死亡が増えるような設定は避けるべきであります。しかし、死亡には表れない社会的活動力の喪失も考慮すべきと思われます。コレステロール低下療法により、ガンなどの死亡が増えるか否かは、二重盲検比較試験の成績を参考にすべきと思われますが、わが国にはこのような成績がなく欧米のデータに頼らざるを得ないと思われます。
(3)血液生化学の正常値を設定する方法は3通り考えられます。
- いわゆる“正常者”の平均±2SDをとる。
- 疾患または合併症が急増する閾値を把握する。
- 遺伝的に疾患が起こる場合の原因遺伝子を有する群と有しない正常群の交点を求める。
などの方法が考えられます。このように設定された正常値も国や民族、時代によって変わるものでもあります。新しい案では、このような点を配慮して正常値を設定を行っております。
(4)診断に関する案はJ-LITのデータに基づかないものといたします。結果は似ておりますが---。
冠動脈疾患以外の動脈硬化性疾患(脳血管疾患など)、ガンも配慮したチャートの設定も大変興味がありますが、脳血管疾患などはコレステロールとの関わりが低いためか冠動脈疾患ほど明解なチャートにはなりません。このような多くの疾患を意識したチャートやガイドラインの設定はきめ細かではありますが、複雑すぎて、利用しやすいものとはなりません。
(5)NNTの算出は厳密にはダブルブラインドの方法でないと出来ませんが、チャートを作成いたしますとある程度推測可能であります。おおよその費用対効果も計算可能ですが、次のステップと考えております。
(6)低コレステロール値とガンに関しては、原因・結果の議論も含めて欧米の成績では否定的です。わが国ではデータがありません。
(7)(8)前述の議論と重複いたしますので省略いたします。
3.
金沢大学大学院医学系研究科(内科) 馬渕 宏 様
NPO法人医薬ビジランスセンター 理事長 浜 六郎
医薬品・治療研究会 代表 別府 宏圀
ガイドライン(案)に対する私たちの意見に対して、早速ご返事を頂き、ありがとうございました。
ただ、いくつかの点で、ご返事には疑問点がございますので、再度意見を申し述べます(ガイドラインの最新の案はHPには未掲載とのことですが、ご回答にも、最新の案は示されておりませんし、公表されているもので、意見をのべます)。
1.全体的問題点について
〔NPOJIP/TIPによる問題点指摘と質問〕
1−1.まず、「委員会を開催する機会が当面ございませんので、私の私見を交えて申し上げます。」とされていますし、
しかも、「ガイドラインの最新の案はHPには未掲載」とのことです。
これでは、何のために、2月2日に期限を切って意見を聴取されたのか、その意図を図りかねます。
1−2.最新案をお示しください。
1−3.また、聴取された私どもの意見も含めて、開示に関する同意を得た上で、可能な限り開示されるよう望みます。
2.個々の項目に対する見解について
〔馬渕回答〕
(1)動脈硬化性疾患の定義:新しいガイドライン(案)の対象疾患として「冠動脈疾患、脳・頸動脈疾患、閉塞性動脈硬化症」としております。
〔NPOJIP/TIPによる問題点指摘と質問〕
2−(1)−1.
冠動脈疾患、脳・頸動脈疾患、閉塞性動脈硬化症の危険因子は同一ではなく、それぞれ異なります。特に、冠動脈疾患と脳動脈疾患の危険因子には著しい違いがあり、なかでも、コレステロール値に関しては、心筋梗塞と脳出血とでは、コレステロールレベルの安全域は(したがって危険域も)著しく異なり、脳出血では、低コレステロールがより強い危険因子となります。
(1)−2. ガイドラインでは、ステップ1はJ−LITとは別のデータをもとに作成すると後述されていますが、全体としてはJ−LITチャートが重視され、ステップ3はもちろん、ステップ2もそれに基づいて決められているように見えるのですが、いかがでしょうか。
(1)−3. もしもそうならば、J−LITチャートは冠動脈疾患(致死性・非致死性の心筋梗塞、心臓突然死、確実な狭心症)を発症する患者数で表した、LDL−コレステロールと、HDL−コレステロールを組み合わせた危険性を示していますから、このガイドライン(案)の基準値はすべて、冠動脈疾患の予防と治療のためのガイドラインとするべきと考えますがいかがでしょうか。
〔馬渕回答〕
(2)ご指摘の通り、総死亡が増えるような設定は避けるべきであります。しかし、死亡には表れない社会的活動力の喪失も考慮すべきと思われます。コレステロール低下療法により、ガンなどの死亡が増えるか否かは、二重盲検比較試験の成績を参考にすべきと思われますが、わが国にはこのような成績がなく欧米のデータに頼らざるを得ないと思われます。
〔NPOJIP/TIPによる問題点指摘と質問〕
2−(2)−1.
総死亡が増えるような設定は避けるべき点を認めていただいたことは、評価いたします。 しかし、これが、どのエンドポイントよりも優先すべきという点には同意していただいておりませんが、いかがでしょうか。これをお認めにはなりませんのでしょうか。
(2)−2.
ご指摘のとおり「死亡には表れない社会的活動力の喪失も考慮すべき」点も重要です。ただし、それは、総死亡が同じならば、という条件が加わるはずです。もっとも客観的で、動かしがたいハードエンドポイントが、CancerNetでも指摘しているように、総死亡であるからです。
(2)−3.
さらに、最初の意見でも指摘しましたが、貴学会の検討委員の一人上島弘嗣氏が中心となってまとめられた、NIPPON Studyでは、コレステロール低値は社会的活動力の喪失の危険因子と成っていますが、高値は危険因子にはなっておりません。
(図)
(2)−4.
コレステロール低下療法などの介入による影響は、介入前の危険因子によることは医学の常識です(死因のスペクトルはその典型)。特に日本人の場合コレステロールとガンとの関連を示す疫学調査は多数あります。私どもが調査してまとめた資料を添付させていただいておりますので、これらをぜひとも十分にご覧ください。
(2)−5 .
したがって、ガンや総死亡が増えるか否かについて、参考にすべき二重盲検比較試験に関する日本の成績がない場合には、欧米のデータよりも、まず、長期追跡した、疫学調査の結果を参考にすべきと考えますが、いかがでしょうか。
というよりも、そもそも冠動脈疾患(心筋梗塞死亡や罹患)のリスクはあっても、総死亡のリスクは低いコレステロール値の人のコレステロール値には介入すべきでありません。そのためには、次の(3)および(4)の議論を詰めておく必要があります。
(2)−6.
また、「ガンなどの死亡が増えるか否かは、二重盲検比較試験の成績を参考にすべきと思われますが、わが国にはこのような成績がなく欧米のデータに頼らざるを得ないと思われます。」とのべておられますが、二重盲検比較試験の成績を参考にすべきは、ガンなどの死亡が増えるか否かだけでなく、冠動脈疾患をはじめ動脈硬化性も同じことです。これらの疾患は日本の二重盲検比較試験以外の成績で判断し、ガンなどの死亡欧米のもので、判断すべきというのでは、論理が一貫しませんがいかがでしょうか。
〔馬渕回答〕
(3)血液生化学の正常値を設定する方法は3通り考えられます。
- いわゆる“正常者”の平均±2SDをとる。
- 疾患または合併症が急増する閾値を把握する。
- 遺伝的に疾患が起こる場合の原因遺伝子を有する群と有しない正常群の交点を求める。
などの方法が考えられます。このように設定された正常値も国や民族、時代によって変わるものでもあります。新しい案では、このような点を配慮して正常値の設定を行っております。
〔NPOJIP/TIPによる問題点指摘と質問〕
2−(3)−1.
2)については、「疾患または合併症」の最重要なものとして、総死亡を加えるべきです。
(3)−2.
そのうえでなら、2)が最も基本的な方法であります。 1)や 3)は、2)の方法による基準値が求められていない場合の便宜的な方法といえます。
1)でもそうですが、3)でも遺伝的疾患の場合ですし遺伝的な異常(変異)があっても、寿命に影響しないのであれば、とくに問題にすることはありません。学問的な興味はあっても、その因子を持っている人にとってはなにも不都合なことではないからです。
(3)−3.
「国や民族、時代によって変わる」からこそ、“正常者”の平均±2SDとか、3)のような方法ではなく、その国の「総死亡、特定の疾患または合併症が増加する閾値」を把握する必要があり、それに基づいて、介入の必要性があるのかどうかを議論すべきではないでしょうか。
〔馬渕回答〕
(4)診断に関する案はJ-LITのデータに基づかないものといたします。結果は似ておりますが---。 冠動脈疾患以外の動脈硬化性疾患(脳血管疾患など)、ガンも配慮したチャートの設定も大変興味がありますが、脳血管疾患などはコレステロールとの関わりが低いためか冠動脈疾患ほど明解なチャートにはなりません。このような多くの疾患を意識したチャートやガイドラインの設定はきめ細かではありますが、複雑すぎて、利用しやすいものとはなりません。
〔NPOJIP/TIPによる問題点指摘と質問〕
2−(4)−1.
「診断に関する案はJ-LITのデータに基づかないものとする」とのことですが、その根拠となった調査の詳細をお示しください。
(4)−2.
脳血管疾患や、ガンを配慮したチャートよりも重視すべきは、総死亡をもっとも低くするチャートの作成です。
〔馬渕回答〕
(5)NNTの算出は厳密にはダブルブラインドの方法でないと出来ませんが、チャートを作成いたしますとある程度推測可能であります。おおよその費用対効果も計算可能ですが、次のステップと考えております。
〔NPOJIP/TIPによる問題点指摘と質問〕
2−(5)−1.
ランダム化比較試験がない点の限界は示した上で、ベストエビデンスに基づく推測である点をお断りしておりますので、このご指摘は言わずもがなです。
(5)−2.
むしろ、チャートの作成こそ、ランダム化比較試験にもとづいて作成すべきです。チャートをランダム化比較試験にもとづかずに作成されていることのほうが問題でしょう。
(5)−3.
しかも、最も重要な総死亡への影響について作成しておられません。ある程度推測可能なら、総死亡についてもNNTを求めていただきたく存じます。
〔馬渕回答〕
(6)低コレステロール値とガンに関しては、原因・結果の議論も含めて欧米の成績では否定的です。わが国ではデータがありません。
〔NPOJIP/TIPによる問題点指摘と質問〕
2−(6)−1.
この回答は、全く不可解です。あまりにも短期間にご回答いただけたのは、まだ、私どもがお送りした、添付の資料を全く読んで頂いていないのではないかと拝察いたします。
(6)−2 .
ランダム化比較試験ではありませんが、日本のデータも総合した、主に欧米のデータ(pooled study)でも、若干ですが、コレステロールと癌死亡は逆相関の関係があります。
平均50〜60歳程度の比較的若く、総死因中、冠動脈死が50%程度にもなるよう欧米の人を対象としたランダム化比較試験では、癌死亡がもともと少なく、冠動脈疾患の減少率が大きいために、癌死亡や総死亡への影響は相殺されてしまいます。
しかし、たとえば、ランダム化比較試験ではありませんが、オランダの超高齢者追跡調査では、高コレステロール者が低コレステロール者よりも1.7倍余命が長く、低コレステロール者が高コレステロール者と最も異なる死因は、癌と感染症で、癌死亡も感染症死亡のどちらも、低コレステロール者の方が高率でした(根拠文献は、いずれも添付文献に引用してあります)。
このようなデータをどのように見られるのでしょうか。
(6)−3.
日本のデータとしては、ランダム化比較試験ではありませんが、NIPPON study、八尾住民を対象にした大阪府立成人病センターの長期間の調査、福井市の検診受診者の追跡データ、茨城県の検診受診者の追跡データ、隣国ですが、韓国でも同様のデータがあります。いずれも、コレステロールと癌との逆相関、総死亡とは逆Jカーブも認めております(根拠文献は、いずれも添付文献に引用してあります)。
(6)−4.
これらの文献はもうお読みかも知れませんが、その解釈のしかたに関して、私どもの解釈のしかたをよくお読みいただいた上で、もう一度ご回答いただけるように再度お願い申しあげます。
〔馬渕回答〕
(7)(8)前述の議論と重複いたしますので省略いたします。
〔NPOJIP/TIPによるお願い〕
2―(7)−1
先の意見書に添付した私どもの資料を、今一度よくお読みいただいた上で、もう一度ご回答いただけるようにお願いもうしあげます。
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