インフルエンザ脳症による死亡率を高めるというデータが出た解熱剤を巡り、使用を容認する小児科の学会に、一線の医師から批判が起きている。(医療情報部 田中 秀一)
◆「疑わしき」状態 安易な処方危険
インフルエンザにかかった子供が、急に意識障害に陥り、死亡や重い後遺症に至る脳症が、多発しているのは日本だけだ。
厚生省研究班は、脳症患者を調べた結果、解熱剤のジクロフェナクナトリウム、メフェナム酸を使った場合、死亡の恐れがそれぞれ三・一倍、四・六倍高まった、と報告した。これら二剤は非ステロイド系抗炎症剤と呼ばれ、作用が強い。
「幼児の場合、高熱が続き、非ステロイド系抗炎症剤を使わざるを得ないことも多い」との見解を公表した日本小児感染症学会に対し、第一線の小児科医らは「危険性が疑われる薬を容認するのはおかしい」と二月末、使用中止勧告を求めた。
一方、厚生省は、医師向けの安全性情報で研究班報告について注意を促しながら、「解熱剤と脳症の関連に結論的なことは言えず、薬を使っていいとも悪いとも言えない」とする。これでは医療現場の医師や患者は判断に迷い、混乱を招く。
厚生省の判断がはっきりしないのは〈1〉症例数が少なく、データの信頼度が高くない〈2〉解熱剤を使っていない場合でも死者が出ており、薬だけが原因ではない、などによる。これに対し、薬の評価を行う医薬ビジランス(監視)センター代表の浜六郎医師は「二剤を同系統の薬としてまとめて解析すれば、データの信頼度は極めて高くなり、脳症との関連は明らか」と反論する。こうした場合、どう対処すべきか。
新生児の手の欠損などをもたらしたサリドマイド事件では、ドイツの小児科医が危険性を指摘したこともあり、米国はこの薬を承認せず、被害を未然に防いだ。一方、日本では、十分な原因究明が行われないまま販売が続き、被害が大きくなった。
片平洌彦(きよひこ)・東京医科歯科大助教授は「欧米は『疑わしきは罰す』姿勢で、早急に販売中止などの措置をとったのに対し、日本は『疑わしきは罰せず』で、対応が遅れた」と指摘する。
そもそも解熱剤では、風邪やインフルエンザを治せないばかりか、発熱は、体がウイルスと闘うための正常な反応で、解熱剤を使うと体の防衛力を弱め、発熱期間が長引くという報告もある。米国では、40・5度以上の高熱には解熱剤を使うとされるが、推奨される薬は、比較的作用の弱いアセトアミノフェンなどで、強力で副作用の強い抗炎症剤は使わない。
研究班長の森島恒雄・名古屋大教授は「一般に日本ではかなり強い解熱剤が、よく検討せず使われてきた。班としての判断ではないが、強い解熱剤は使わない方がよいのではないかと考える班員が多い」と話す。
今回の問題の背景には、風邪などに安易に解熱剤を処方する傾向がある。
厚生省は「もともと薬と脳症の関係を調べるのが目的でない研究班調査だけでは、判断できない」と言う。厚生省や学会は、原因究明への詳しい調査を早急に行い、その結果が出るまで、強力な抗炎症剤を解熱剤として小児に使うのを控えるよう、医療現場に求めるべきだ。
2000年4月16日 読売朝刊 |