肺がん用抗がん剤「イレッサ」の害が大きく報道されています。医薬ビジランス研究所ではイレッサの害を重視して調査しています。イレッサで家族を亡くされた方だけでなく、現在イレッサを使用している人、副作用らしい症状でどうしようか困っている方、イレッサを医師からすすめられている人などの疑問に答えられる情報を整理しました。
今後もNPO医薬ビジランスセンターが発行する、『薬のチェックは命のチェック』の速報版としてインターネットで提供していきたいと考えています。
イレッサは前評判がとにかくすごかった。31歳の娘さんを亡くされた人は、自分でインターネットを調べてイレッサがよく効きそうなので、主治医にお願いして使ってもらったといいます。このような人はほかにもかなりいるようです。
それもそのはずです。承認どころか、承認のための申請も出していないのに、2001年10月頃からイレッサは、「分子標的抗がん剤」、つまり、がん細胞だけを狙ってやっつけて、正常な部分にはほとんど影響がないので安全、と宣伝されました。
たとえば、Medical tribuneという医師には無料で配られているカラフルな業界新聞でも、アストラゼネカ提供ページの宣伝記事では「ZD1839(イレッサ)が今後果たす役割は計り知れないものがある」「もう他に治療法がないといわれた患者さんに腫瘍縮小効果がみられた」「効果の持続期間が長い」、肝機能障害など副作用は、「中止すれば非常に速やかに改善」「臨床上あまり問題にならない」などと、肺ガン専門医にいわせています。イレッサ関係の抗がん剤を専門に扱う雑誌(Signal Japan)まで発行し、インターネットのホームページもできています。承認後はテレビ番組でも「夢の新薬」であるかのように紹介されました。
このような宣伝で、医師はたいへん期待し、肺がん患者も大いに期待しました。
ところが、ほんとうは全く逆の結果でした。国会議員に依頼して厚生省に確認してもらったところ、市販後わずか3か月あまりで 81 人の副作用による死者が出ていることが12月4日に分かりました。これが12月5 日の各紙で大々的に報道され、12月5 日の国会(参議院)の厚生労働検討委員会の審議にも影響を与えたほどです。
最新の臨床試験論文を読むと、なんとイレッサを使わない人の方が長生きだったのです。イレッサを使わなかった患者グループは平均で11か月生存しましたが、イレッサを使ったグループはそれよりも1.2 カ月寿命が短くなったのです(後で詳しく述べます)。
これはもはや薬とはいえません。抗がん剤はふつうの薬よりもリスクが高いとはいえ、これでは毒そのものです。しかも調べれば調べるほど、どうしてこんなものが、期待の新薬であったのか、不思議なことばかりです。
イレッサは、新しいタイプの抗がん剤として、2002年1 月25日に承認申請され、5 カ月あまり後の7 月5 日に承認されました。かつてない超スピード審査です。これまでの新薬承認は、平均18か月、少し早くなった最近でも平均12か月です。この早さは異例です。
製造販売元のアストラゼネカ社では薬価収載(注1)を待たずに7 月16日から発売を開始しました。8 月21日の中央社会保険医療協議会(中医協:注2)において、8月30日付けで薬価収載することが承認され、保険診療が認められるようになったのです。
保険で承認された後、イレッサの使用は大幅に増え、犠牲者も日を追って増えてしまいました。
保険で使えるようになった適応症は「手術不能又は再発非小細胞肺癌」。後者は、ほぼ「前に抗がん剤を使用したことのある肺癌」という意味です。他の抗がん剤との併用も別に制限されていません。
イレッサを使用した患者のほうが早く死亡したという臨床試験の結果は、日本が新薬承認をした7月5日には多分わかっていたのだと思いますが、確たる証拠はありません。しかし、確実にいえることは、8月19日に米国のFDA(食品医薬品局)にこの結果が報告され、FDAはこのデータを重視して、承認延期を決定しました。
一方、日本ではどうだったか。実は、アストラゼネカ社は厚生労働省にも、ほぼ同時8月20日にこのデータを報告しました。しかし、このデータを厚労省が受け取りながら、中央社会保険医療協議会(中医協)は翌21日、イレッサの保険適用を認めました。
発売からわずか3日目の7 月18日に1人死亡、8 月にも間質性肺炎による死亡1例が厚労省に報告され、10月15日までに26例の間質性肺炎、うち13人が死亡。厚労省の指示で緊急安全性情報(という名の危険情報)が出ましたが、10日後には未報告があったということで、死亡は39人と判明し、さらに、12月4日の間質性肺炎291 例(うち81人が死亡)という被害が判明しました(11月25日現在の数字)。
先に示した、かえって寿命が短くなったというデータは、学術論文としても厚労省やFDA、アストラゼネカ社のホームページ、公開された新薬承認情報集など、隈なく探す努力をしましたが、公表されているのを見つけることはできませんでした。やっと見つけたFDAの情報には、「寿命は、イレッサを使った群と使わなかった群で差がなかった」という表現があっただけです。使わなかったらどの程度の寿命で、イレッサを使ったらどの程度なのか、具体的な数字は全くありませんでした。
これは怪しい。むしろ、使わないほうが良かった、ということではないのか。
この推測は命中しました。これはメーカーに直接請求するしかない。ということで請求したところ、12月10日にかえってきた資料の中にありました。学会発表の抄録の形の1枚の簡単なものでしたがデータが載っていました。また、登録が必要なイレッサ専用ホームページに、もう少し詳しい情報が掲載されていることがわかりました。
臨床試験の一つは2種類の抗癌剤を対象患者約1000人全員に使用し、次のような3つのグループに公平に分けました。イレッサ250 mgを1日1回使用した人、500 mgを使用した人、プラシーボを使用した人(イレッサなし)です。この3グループで、生存期間を比較しました。
イレッサを使ったどちらのグループも、使わなかった人よりも1カ月以上(約36日)早く死んでしまったのです(半分の人が亡くなる期間が9.9カ月対、11.1カ月)。250 mgと500 試験を合体させると、もしかすると使ったほうが悪い(統計学的に意味のある違い)がでるかもしれないほどの違いがありました。
もう一つの同じような臨床試験でも1000人を超える人全員に、別の抗がん剤2種類を使用し、同じようにイレッサ(250 mgと 500mg) を使用したのとしないのとで比較しました。イレッサを250mg使った人は、使わなかった人よりやはり寿命が短い可能性の方が高く、500 mg使った人は使わなかった人よりも1カ月以上(約35日)早く死ぬ可能性が高いという結果がでたのです。
このため、両試験に寄せられていた期待は「非現実的であった可能性がある」と評価されましたし、研究者に「これがイレッサの終焉にならないように願っている」とまで言わせています。またこのデータは、FDAが承認延期を判断する重要な根拠ともなったのです。
動物実験では、がんに効く量(50mg/kg)の10分の1の量(5 mg/kg )で、肝細胞壊死という重大な毒性が現れています。抗がん剤は毒性と裏腹とはいっても、ひどすぎます。
また、No39という臨床試験では、がんが少し縮まった人は8.3%でしたが、7%の人が死んでいるのです。どうして、このようなものが承認されたのでしょう。
人に対する害で最も多く重い害、死亡するかもしれないのは、「間質性肺炎」というより「肺炎」そのものです。ところが、審査に際して付けられた動物実験の資料のどこにも、肺についての記載が見当たらないのです。臨床試験で肺炎による死亡が出た後でも動物実験を改めてすればよいのですが、その形跡すらありません。
インフォームド・コンセントという言葉があります。きちんとした情報を知った上で患者は自分の治療方法を選択する、自己決定権は患者にある、といわれます。しかし、正しい情報が知らされることが前提です。真の情報を知らずして適切な判断を患者ができるはずがありません。
藁にもすがる思いでイレッサに頼っただろう肺がん患者やその家族に、本物の情報は伝えられたでしょうか。そのうえでのインフォームド・コンセントであったでしょうか。患者は、家族は、イレッサを使うと数人に一人は重い害にあい、10数人に一人は死ぬということを知らされ、早く死ぬと知らされ、知って、それでもイレッサによる治療を望んだのでしょうか。
イレッサは1錠約7200円です。12月5日現在、18000 人余りに100 万錠処方さたとのことです。したがって、すでに70億円にのぼる売り上げ(薬価ベース)を挙げているのです。「高いお金を出して、かえって人が死ぬ」。
以前、高血圧の特集(No 3)、コレステロールの特集(No2:2001年) でも似たようなことがありましたが、このイレッサの方がわかりやすいでしょう。イレッサは、臨床試験データが最もよかった日本で、早く承認をとり、ともかく早く費用を回収したかったに相違ありません。
今後、このタイプのバイオ・ゲノム関連薬剤が増えると、承認前の宣伝で前評判を高め、害を過小評価し、早期承認をし、害が出ても、資金回収のメドがたつまでしばらくはそっとしておく。ある程度鎮静化し、資金回収のメドかたてば、撤退する。というようなことを繰り返すのではないか。メーカーの人材が入る独立法人で、これがますますやりやすくなるはずです。くれぐれも、うまい情報に惑わされないでください!
イレッサが使われる肺ガンの患者さんは、確かに他に治療法がない方です。何か治療法ないか、何とかならないか。と考える気持ちはよくわかります。私自身も母を癌で亡くしましたのでよくわかります。しかし、余分な治療をすることによって命をかえって縮めることは多いのです。イレッサもその一つです。
骨に転移した場合の痛みや高カルシウム血症に対する治療(とりわけ痛みの治療)、いずれは必ずやってくる呼吸困難の症状にたいする適切な治療など、大切な治療がおろそかにならないように、しっかりと医師にしてもらうことが大切ですし、元気なあいだにやれること、やりたいことをやっていただくのが大切とおもいます。
私のははも短い期間でしたが、せいいっぱい世話して、好きなことをしてもらって満足してもらえたとおもっています。
寿命を延長する効果がなかったばかりか、むしろ寿命が短くなる可能性が高いという、大規模な臨床試験の結果が出ているからです。いずれも1000人を超える人を対象にした、大規模な臨床試験ですし、信頼性は高いものです。それにすぐ中止したからといって、反動で不都合なことが起きることはほとんど考えられません。
私たちは、これまでの臨床試験や毒性試験の結果、日本で市販後の死亡者の多発の現状から判断して、もはや薬とは呼べないイレッサは市場から回収すべきと考えています。しかし、厚生省やメーカーは、寿命を縮める可能性が高いことを示した2つの臨床試験の結果を見ても、まだ中止しようとしません。その理由は、この臨床試験が、他の抗がん剤を併用した人のイレッサ使用による寿命延長効果を見たものであって、日本では単独使用で認められているからだといいます。
単独での寿命延長効果が確かめられているのなら、この理由は成り立ちますが、全くそのような臨床試験はされていないのに、勝手に言っていることです。
もちろん、最終的に決めるのは、患者自身、あるいは患者の家族であるあなたです。
これまでの私たちの情報もよく知ったうえで、くれぐれも賢明な判断をなさってください。
このような情報をよくかみしめて,賢明な判断をしてください。