イレッサ錠(ゲフィチニブ;アストラゼネカ社)による肺傷害を主とする重篤な害反応による死亡例の多発について、私たちは重視し、種々の場で取り上げてきました。
しかし、厚生労働省の対策は遅々として進まない中、被害の数は増加の一途をたどっており、有害性に関する新たな事実が次々に明らかになってきています。承認前に判明していた有害性を示す動物実験結果を審査当局に提出しなかっただけでなく、研究者による研究結果の発表が妨害されていたことや、医師により最も重篤なランク(グレード4)として報告されていたイレッサによる副作用報告の重症度ランクが、厚労省の記録では低くなっているなど、途中で操作が加えられたことが明らかになってきました。
また、日本の臨床試験における有害事象の頻度、有害事象による死亡、副作用による死亡の頻度が、外国での臨床試験における頻度と比較してあまりにも低いことにこれまで注目していたところ、市販後の副作用死亡率はすでに臨床試験時の4倍もの高頻度となってきました。
ソリブジン事件やピモベンダンなど、これまでの臨床試験において有害事象の重症度や試験物質との関連を軽く分類するのが、日本の臨床試験の一般的な方法でした。この傾向は、最近のピオグリタゾン(アクトス)の臨床試験でも同様でした。
上記と同様のことが、日本におけるイレッサの臨床試験においても繰り返されているとすれば、外国に比較して低い有害事象死亡率、副作用死亡率は、すべての生データが開示され、再検討されるまでは信頼できないと考えます。
この点は、当初から指摘してきましたが、今まさしく、このことが証明されつつあるといえます。
そこで、この問題の重大性に鑑み、イレッサの審査過程が第三者にも検証可能となるよう、以下の点につき重点的に質問するとともに、貴社によって、該当情報が一日も早く徹底的に開示されることを望みます。
なお、回答は2003年3月18日までに書面でお願い申しあげます。
第Ⅲ相臨床試験(INTACT-1、INTACT-2)における、有害事象や副作用、それぞれによる死亡の頻度を、プラシーボ群、イレッサ250 mg群、500 mg群に分けて集計した結果
上記(1)の毒性試験において貴社は、「剖検および病理組織検査では本薬に起因する呼吸器系における異常所見は認められなかった。」「ラット1 カ月及び6 カ月、イヌ1カ月間投与毒性試験においても呼吸器系に本薬に起因する異常所見は認められなかった。」と表現している。
「呼吸器系の異常所見は認められなかった。」でなく、「本薬に起因する異常所見は認められなかった。」と、呼吸器系に何らかの異常所見を認めた可能性を含んだ表現である。
これだけ多数の種々の用量で毒性試験をし、いくつかの肺毒性を示唆する所見が反復毒性試験にあり、臨床試験での重篤な有害事象の約半数、市販後では90%以上が肺の異常であるにもかかわらず、毒性試験で肺の異常所見(イレッサと関連ある異常所見)が全くなかったということは考えられないことである。
しかも、貴社は2001年8月には、イレッサの肺毒性の動物実験データを把握していた。この動物実験データは東京女子医大(永井厚志教授)において実施されたものである。6週齢ICR マウスに経気管的にブレオマイシン(5mg/kg)を注入し、その1 時間前及びブレオマイシン注入後週5 日,3週間にわたり経口的にイレッサ(200mg/kg)または対照基液のみを投与した。3週目に検討したところ、イレッサ投与群は対照群に比し、肺線維化の程度が高度で、肺コラーゲン量も有意に増加していた。ブレオマイシン投与後に肺胞上皮細胞におけるEGF 受容体のリン酸化と細胞増殖が認められたが、イレッサ投与群では抑制された。この報告は、考察で、「EGF 受容体の活性化は, ブレオマイシン肺線維症における肺胞上皮の修復に重要な役割を果たしていることが示唆され, イレッサ投与はブレオマイシン肺線維症を増悪させうる。肺線維症を合併する肺癌患者に対するEGF 受容体チロシンキナー ゼ阻害剤の投与は慎重に行うべきであると考えられた。」としている。
さらに、この結果は2001年8 月貴社に伝えられ、さらに実験が重ねられ、02年5 月までに「イレッサが傷ついた肺の回復を妨げる」との結論が貴社に連絡され、貴社の許可を受け02年6 月に研究会で発表された、とされている。ところが、報道によれば、2001年10月、2002年5月に開催予定のアメリカ胸部学会に発表しようとしたところ、貴社に拒絶され国際学会への発表を断念した。イレッサ提供の際の契約に「実験結果は承諾なしに第三者へ提供しない」という条項があったために拒絶されたものである。
上記の経過からすれば、イレッサの肺毒性に関して貴社は、承認前に十分認識を持つに至ったと考えられる。その過程を明かにするために、これらの情報、資料は不可欠である。
また、厚労省にとっても、貴社がイレッサの重大な肺傷害性を認識するに至ったと考えられるこれらの実験結果データは、入手しておくべき重要な情報である。したがって、貴社が未だ厚労省に報告していないとすれば,早急にそれらの情報を貴社は厚労省に報告すべきと考える。
臨床試験時の4倍超の副作用死亡率は臨床試験での診断の甘さを示している。副作用死亡率は、単独使用での臨床試験における副作用死亡率0.3 %をはるかに超え、すでに1.3 %と、臨床試験時の4倍以上にものぼっていることが、厚労省からのデータによってすでに判明した。市販後は合併症を有する患者に処方されることが多いとはいっても、一般には十分な観察がなされる臨床試験の方が副作用報告率は高いものである。
ところがイレッサの場合は逆に、市販後の方が高くなり、しかも時間を経るにしたがって、死亡率が増加している。副作用死亡率が臨床試験の4倍にも増えたことは、臨床試験における「副作用」の判断がかなり甘かったことを物語っている。
報道によれば、グレード4(致死的例)の間質性肺炎例と医師が報告した例が、厚労省の集計時の分類では、グレード3(致死的ではない例)に分類されていた。イレッサの第Ⅰ相から第Ⅲ相まで、合計2807人の臨床試験中、死亡に至る有害事象は170 人(6.1 %)であった。このうち、日本からの報告では、死亡に至る有害事象は、133 人中1人(0.8 %)であり、市販後の副作用死亡率(1,3 %)よりも低いほどである。諸外国の臨床試験の頻度とは著しく異なる。
この数字は、日本における有害事象の医師の捉え方自体にも問題はありうるが、貴社によって、報告段階でさらに軽い方に分類され、審査当局に報告されている可能性がある。
したがって、上記のデータ(原資料)は、毒性試験による肺傷害のデータとともに、臨床試験における有害事象の再評価に極めて重要な資料であり、さらに血中濃度と死亡、有害事象、副作用発現との関連の分析にも重要な資料となる。
第Ⅲ相臨床試験(INTACT-1、INTACT-2)における、有害事象や副作用、それぞれによる死亡の頻度を、プラシーボ群、イレッサ250 mg群、500 mg群に分けて集計した結果
公開された新薬承認情報集(申請資料概要)には、第Ⅲ相臨床試験(INTACT-1、INTACT-2)の死亡に至る有害事象例や副作用例は、プラシーボ群とイレッサ250mg 群、イレッサ500mg 群を合わせた頻度しか出されていない。対象者合計2130人中死亡に至る有害事象は136 人(6.4%)であった。イレッサ群はプラシーボ群に比較して有害事象死亡率は高いと予想されるから、イレッサ群の有害事象死亡率はさらに高くなることが考えられる。
NTACT-1も、INTACT-2も、細胞傷害性のある化学療法剤(抗がん剤)にイレッサを上乗せするか否かで生存期間の違いを検討したものである。ちょうど、ブレオマイシンで傷害しておいて、イレッサがどう影響するかをみたマウスの実験の方法と同様の影響を、ヒトで見たものと考えることもできる。
しかも、イレッサは2用量であり、プラシーボ群との比較がされている。したがって、有害事象におけるイレッサの影響の検討にはもっとも参考となる臨床試験である。死亡に至る有害事象、重篤な有害事象がじっさいに有害反応(副作用)と分類すべきではなかったのかを検討するために不可欠である。
この臨床試験結果は未だ公表されていないが、早急に公表すべきである。もしも公表されているなら、そのデータをお教え願いたい。厚労省に対して未提出であれば早急に提出するべきである。
このデータ公表の必要性の優先順位は極めて高い。
イレッサによる死亡率の推移を薬剤疫学的手法で検討する際の基本的データとして、使用患者数と、販売数量が必須である。
国は国民の安全をはかるため、医薬品の安全性に関する検討をするに際して、科学的に正しい方法で死亡率の分析をする必要がある。厚労省では、緊急情報を出し、12月末に対策を公表した後に症例死亡率が減少したことが、これらの対策が有効であったことを示しているとしているが、これは手前勝手な解釈である。実際には症例死亡率も経過とともに増加しているからである(表1参照)。
A)2002.12.5 | B)2003.2.6 | C)2カ月後 | |||
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厚労省説明 | 公表時説明 | ||||
(%) | (%) | ||||
1 情報発出前(10/15日まで) | 41.3 | → | 48.5 | → | ? |
2 情報発出後(10/16〜11/25(23)) | 14.7 | → | 35.7 | → | ? |
3 情報発出後(10/15頃〜12/25(23)) | 31 | ||||
4 12月末対策後(12/26以降) | 20 | → | ? |
緊急情報が出される前の副作用症例死亡率は緊急情報が出た後1カ月目の集計では41.7%が、3カ月後には48.5%となり、緊急情報が出た後約1カ月間の症例死亡率は、14.7%であったのが35.7%となった。経過とともに、死亡例が増加していることが明らか。したがって,12 月末の対策後1カ月間の症例死亡率が20%であったことは、何ら対策の有効性を証明するものではない。この20%が、3 〜4 カ月後には30〜40%にも上昇する可能性が十分に残されているからである。
誤りの原因は、1)副作用発現日で集計すると、集計時期の近くでは生存例が多く報告され、2)対策後は死亡例の報告手控えがありうる点である。
イレッサの副作用死亡に対する影響の大きさの推移を検討するために最もよい指標は、イレッサ使用者数(または使用錠数)に対する副作用死亡者の比率を時期別に見ることである(もちろんこの場合も死亡者は後から増加してくるので、安定した数字は数カ月後でなければ明らかにはならないことに注意する必要がある) 。
その計算に必要なデータとして、時期別の使用者数と使用錠数(販売錠数)を医薬ビジランス研究所からアストラゼネカ社に問い合わせていたが、推定処方錠数(売上錠数)は公表していない旨、2月18日に回答があった。
イレッサによる正確な死亡率の計算に必要な数字を、厚労省に対して速やかに報告するとともに、そのデータを公表していただきたい。
2003年1 月24日毎日新聞は、厚労省審査管理課がイレッサの承認過程を検証しないことを決めたことを報じました。「年末の検討会で、審査過程で使用した資料や報告書を示して説明した。問題があれば指摘があるはずだがなかった」ためであるとされました。
この検討会では、安全な使用方法のみが検討され、審査過程は全く検討もされませんでした。しかし、NPO法人医薬ビジランスセンター、医薬品・治療研究会、薬害オンブズパースン会議などが審査過程を問題にしています。
本質問で指摘した情報・資料を明らかにし、十分に検討してこそ、イレッサの有効性と安全性のバランス、および審査過程を検証することになるはずです。
アストラゼネカ社としての、速やか、かつ真摯な回答を期待します。