肺がん治療用剤「イレッサ」(一般名・ゲフィチニブ)の害がまた大きくなったことが判明した。すでに各マスメディアで報道されているように、7月発売開始から12月13日までに合計493人(2.6%)に副作用の害が見られ、うち124人が死亡。間質性肺炎による死亡がそのうち114人であった。25日午前に開かれた検討会で厚生労働省が公表した(推定使用患者数は約1万9000人)。
検討会では、間質性肺炎だけでなく、急激に進行し悪化死亡する例があることが重視された。このような例は間質性肺炎というよりは、「急性肺傷害」あるいは「びまん性肺傷害」と呼ぶのが適切とされた。その害の起こり方として、抗がん剤としての作用と共通すること、つまり上皮の再生を妨害する点が動物試験でも示された。
ごく一部の委員から、承認時の問題点が指摘されたが、基本的には承認過程の問題はなんら議論にもならなかったことは、根本的な問題をかかえた物質だけに極めて問題である。
今回の公開検討会では、詳細な症例情報が開示された。以下にその一部をまず紹介する。
【症例1】70歳代の女性は肺ガンが悪化したため、自分で歩いて入院し、翌日からイレッサを処方され服用開始した。服用7日目の朝、呼吸困難を訴えたために、胸のレントゲンを撮ったところ肺ガンのない方の肺に間質性肺炎の影があった。このためにステロイド剤が使用されたが、その日の21時頃に死亡した。
がん専門医のいる病院かどうかは不明だが、この人は入院中であった。症状が現れてから半日で死亡するなら、たとえ入院中でも、どんな名医でも死亡を防ぐ手だてはない。
【症例2】60歳代の男性も入院中にイレッサを開始。8日目に腸閉塞症状が出現。絶飲食にともないイレッサの服用中止。血清アミラーゼ高値で膵炎もあり。その3日後には典型的な間質性肺炎像(スリガラス状陰影)を認め、さらに2日後には悪化し死亡した。肺のほか、腸も膵臓も障害された多臓器不全であった。この人には心不全があったため、よけいに肝臓でのイレッサの代謝解毒が悪く、蓄積して毒性が強く出たと考えられる。
【症例3】70歳代の男性もやはり心不全のある肺ガンの患者。イレッサを開始した翌日の夜にはすでに、腹部の不快がはじまり、3日目には太便もガスが出なくなり、腸閉塞となった。イレッサを中止したが、その後急速に低酸素血症、呼吸器症状悪化、胸のレントゲン上間質性肺炎の像あり。ステロイドパルス療法(註)を実施したが、イレッサ中止1週間目に死亡。肉眼的血尿も認めた。腸の機能不全、呼吸不全、泌尿器系出血などあり多臓器不全である。この人も、心不全があった。しかも利尿剤(2種類)、ACE阻害剤、カテコラミン系強心剤、ジギタリス、抗不整脈剤(2種類)などを心不全用の薬剤を他種類服用中であったので、相当な心不全であったと思われる。心不全になると肝臓でのイレッサの代謝解毒が悪くなり蓄積して毒性が強く出たと思われる。
註:ステロイドパルス療法はステロイドを超大量、間歇的に使用する方法。しばしば使用されるが、効果と安全性は確かめられておらず、NPO医薬ビジランスセンターでは危険な物質、危険な療法と考えている。ステロイド剤の功罪は『薬のチェックは命のチェック』No9(2003年1月20発売予定)および、No10(2003年4月20日発売予定)を参照ください。
【症例4】60歳代の女性は以前使用した抗がん剤による神経障害が起こりはじめ、しかも肺ガンは悪化してきたために入院。入院3週間目頃からイレッサを開始。1週間目に肺がんの著明な改善を認めた。ところが、その翌日には下痢、2日後には呼吸困難が出現し、胸のレントゲンでとCTでスリガラス状の陰影(典型的な間質性肺炎の所見)を認めイレッサを中止。酸素吸入やステロイドパルス療法(註)を実施したが、イレッサ中止8日目に死亡した。肺ガンは著明に改善したが、副作用で死亡した例である。肺障害の他、腸の障害(下痢)、肝障害、腎不全も進行。心機能障害(頻脈=160/分)も出現した多臓器不全。
検討会で千葉大学医学部肺癌研究施設内科教授の栗山喬之委員による「副作用が非常に早く進行する印象」という意見の背景には、上記のような多数の急激に進行する症例を考えてのことと思われる。
検討会では、今後はイレッサを使用する患者は、開始から4週間は原則として入院とし、専門医が十分観察することなどを添付文書に記載することなどが決められた。間質性肺炎や急性肺障害を起こし症状発現時期の分かっている135人(うち死亡63人;死亡率47%)について調べた結果では、イレッサ開始から症状が始まるまでの期間を調べると4週間以内が約6割であった。開始から1週間以内に症状が起こり始めた例で死亡例が最も多く(18人)、死亡率も最も高かった(22人中18人死亡;死亡率82%)。
開始から4週間は原則として入院とするのは、専門医が4週間観察することで安全が確保するためであるようだ。しかし、上記例のように、1週間以内に急激に発症する例は、中止早ければその日のうちに死亡する。これではいくら専門医、名医でも患者を救うことはできない。とうてい安全な使用は不可能である。
イレッサは、いままで一度も酒をのんだことのない青年に一気飲みさせるようなものだ。中には、おチョコ1杯の日本酒で酔っぱらうものもいるはず。その場合は確実に死ぬ。そうでなくても死ぬものも出てくる。
イレッサは、これよりもっとたちが悪い。イレッサの血液中の濃度をしらべると、健康な人に1回だけ使っても、一番濃度が低い人と高い人ではおよそ8〜20倍の違いがあった。がんの患者では、もっと違いが大きく、しかも連日用いると、さらにその違いは大きくなる。違いは30倍から100倍にも達してくる。血中の濃度が最高に達する時間でさえ、1時間から24時間と大きな違いがある。このようなことは、イレッサが許可される前に厚労省(審査センター)に提出された臨床試験(第Ⅰ相〜Ⅰ/Ⅱ相)の結果で判明していたことである。日本人も日本人以外でもたいして違いはない。
検討会が決めた
(1)服用開始後4週間の入院
の対策のほかは、
(2)患者への説明では致命的となる症例があることを含めて適切な情報提供を行った上でインフォームド・コンセントを得ること、
(3)肺がん化学療法に十分な経験を持つ医師が緊急時十分対応できる医療機関で行う
(4)間質性肺炎や急性肺障害などを起こしたことのある患者には慎重に用いること
(5)死亡例も含めた副作用情報など、適切な情報提供資料を作成すること
(6)企業による市販後安全対策の強化(間質性肺炎、急性肺障害等発現の危険因子、ハイリスク患者背景等を科学的に究明するための検討会を設置し、適正使用に役立てる)
であった。
上記のように紹介しただけでも、個体差の大きいこと、心不全患者ではさらに血中濃度が上昇しやすいことがうかがえる。これら多数の患者で血液検査が実施され、検査室には血清が保存されているはずである。死亡された患者の保存血液で血中イレッサ濃度を測定すべきである。医師とメーカーには測定する義務がある。
また、第Ⅰ相、第Ⅱ相から第Ⅲ相の臨床試験が行われ、とくに第Ⅰ相、第Ⅰ/Ⅱ相試験では血中濃度や半減期など、様々な薬物動態に関する測定、分析が行われている。腫瘍が縮小した人、重篤な反応が現れた人、そのうち死亡した人などの血液中濃度も分析できるはずである。
そのような詳細な分析の結果、安全にかつ有効に使用できそうな人がいることが判明したならば、そのような人を対象として、あらためて、生存期間の延長効果の有無を確認するための臨床試験を実施して、効果があることを確認したうえで、あらためて、ひろく使用すればよい。それまでは、一般の使用は控えるべきである。
No4.いかに濃度に変動があるのか、臨床試験からみた血中濃度の個人差についての 情報の詳細を提供予定。
No5.上皮成長因子(EGF)およびその受容体(EGFR)が血球以外のあらゆる細胞に存在し、正常な組織の維持に不可欠の生体内物質であること、それを障害することが人にとっていかに危険なことかについて解説する予定。
No6.動物実験でも明らかなイレッサの欠陥:腫瘍抑制量の1/10で動物に肝細胞壊死。
などを予定。