イレッサ情報No3で、1週間以内に副作用症状が現れ始めた非小細胞肺癌とは、死亡率が80%にもなることを述べた。一方、何カ月服用しても副作用が現れない人もいる。どうして人によってこんなに違いがあるのだろうか。血液中のイレッサの濃度をみると、その理由が分かる。
健康志願者にイレッサを使用した時の血液中の濃度が測定されている。1回服用後、最高血中濃度(これをCmaxという、Cは濃度、maxは最高の意味)が一番高かった人は、一番低かった人の17倍であった。曲線下面積(これをAUCという、血中濃度曲線の下の面積のこと)は19倍。また、半減期(t1/2、血中濃度が半分になる時間のこと)は17倍であった。いずれにしても、極めて大きな違いである。
薬は、胃で溶けて胃腸で吸収され、肝臓を通って全身に運ばれる。血液中の濃度が上昇し、全身にある程度ゆきわたると効果や毒性を発揮する。吸収が速ければ血中濃度が最高値に到達するまでの時間が速くて濃度が濃くなる。反対にゆっくりと吸収されれば最高に到達するのに時間がかかるし、濃度もあまり高くならない。イレッサの場合、最も速い人は1時間で最高血中濃度に達するが、最も遅い人では24時間もかかってやっと最高血中濃度に到達してくる。
最高血中濃度に到達するまでの時間が12時間とか24時間の人は、おそらく吸収が相当悪いと思われる。
がん患者に1回使用した時の実測データでも、最高の人と最低の人では、30倍も違う。毎日14日連続投与後24時間後では約30倍になり、14日目で中止して6日後には100 倍になる。
この最大の原因は、肝臓におけるイレッサの代謝能力の個人差(解毒力あるいは分解能力の個人差)である。薬によっては、胃腸から吸収されて最初に肝臓を通過する時に相当解毒(代謝)される。これを「初回通過効果」という(註)。
この代謝を担当している薬物代謝酵素チトクロームP450にはいろんな種類があるが、CYP3A4はその代表格である。イレッサもこれで主に代謝されるが、この酵素の働きには個人差が大きい。その違いは10倍以上で、30倍にも達する場合がある。
「半減期」は、薬物の血中濃度が半分になる時間で、薬物が体内から消失する速さの指標である。イレッサの場合、これが短い人では10時間だが、長い人では約90時間(4日以上)に達する人もいる。
次に「蓄積」を考えておく必要がある。半減期が12時間の薬剤を24時間間隔で使用した場合には、長期間使用していると、理論的に最初の1,3倍になる。同様に、半減期が86時間の薬剤を24時間間隔で使用した場合には、長期間使用後は、最高血中濃度は最初の6.2倍になる。だから、一番低い人と高い人の差は、最初の違い(10〜20倍)のさらに、約4〜5倍も違ってくることになる。
さらに「初回通過効果の飽和」も問題になる。CYP3A4という薬物代謝酵素は量に限りがあるので、大量の薬剤が一度に押し寄せると代謝能力の限界がきて余裕がなくなり、だんだん解毒能力が衰えてくる。このため、もともと解毒能力の低い人は、理論的な蓄積以上に蓄積してくることになる。このような現象は、臨床薬理学では「初回通過効果(註)が飽和する」というように表現される。
2週間使用して、30倍から100倍の違いが生じることは、このような理論からも十分説明がつくことである。
もともと胃酸が少ないとか、薬剤(H2ブロッカーなど)で胃酸分泌を抑え、制酸剤を服用して胃内のpHが高い場合にはイレッサの吸収が悪い。つまり、胃酸の程度がある程度関係している。
このほか、血液中の蛋白の一種(α1-AGP) の濃度が(全体の1/4程度)関係しているようである。
しかし、なんといっても、最も大きく関与していると考えられるのは、薬物代謝酵素CYP3A4である(おそらく1/2程度関与していると推測される)。
さらには、製剤的な変動(溶解の不安定性)が関与しているかもしれないとされているが、これを評価するための情報は、データが全く隠されている(インターネット上でみることのできる情報中、この部分のデータは消されている)。
いずれにしても、それらの総合的影響の結果として、1回で10〜20倍、何日か使用すると30倍から100 倍の違いとなってくる。
前回、酒が初めての青年に、「一気飲みをさせるようなもの」といったのは、このことを指している。