上皮成長因子受容体(EGFR)は血球以外のあらゆる細胞に存在し、
正常な組織の新陳代謝、傷害を受けた際の再生に不可欠の生体内物質
その働きを抑えることがヒトにとっていかに危険なことか検証しよう
イレッサの攻撃のターゲットは、上皮成長因子受容体(EGFR、またはEGF 受容体) を活性化させるチロジンキナーゼ(TK)という酵素だとされる。この働きを選択的に抑える物質、つまりその阻害剤だ。実は、イレッサはそれだけで説明できるほど単純ではない。それはメーカーも厚労省も認めている。だが、イレッサが EGF受容体の酵素を妨害することは確かであるので、その面からイレッサの性質を検討してみよう。
その前に、化学療法剤といわれるふつうの抗がん剤や放射線の効き方を見ておこう。通常の抗がん剤や放射線は、盛んに分裂して増えている細胞ほど攻撃を受けやすい。 EGF受容体を持っているか否かは問わない。
だから、従来の抗がん剤や放射線を使用すると、分裂と増殖が最も速い腸粘膜の細胞がまず破壊され再生されない。2〜3日後から下痢が始まるのはこのため。原爆症でもまず下痢をするのもこのためだ。ひどくなると下血する。
ついで、白血球や血小板がやられて減ってくる。1〜2週間後にその影響はピークとなる。白血球が極端に少なくなると感染症を起こし、それがひどくなると敗血症を起こして死ぬ場合がある。血小板が減ると出血が止まらなくなる。貧血はもっと後から起きる。
ところが、しばらく使わないでおくと、腸の粘膜や白血球は回復してくる。がん細胞よりも増殖のスピードが速いからだ。がん細胞は盛んに増えているといっても、数日で回復する腸粘膜の細胞や1〜2週間で回復する血球細胞よりも増え方はずっと遅い。
だから、抗がん剤がよく効く場合には、抗がん剤を1回あるいは数日間使用して2〜4週間休むなどを繰り返しながら使用すると、そのたびに腸や血球がやられても回復し、がんはだんだん小さくなっていく。これを一番うまく応用できるのが、血液のがんである白血病やリンパ腫である。治癒することもまれでない。
一般の抗がん剤や放射線が、がんを抑える用量で、正常細胞に対して影響があるにもかかわらず、場合によっては治療に使えるのは、このような原理による。
では、イレッサの場合はどうなのだろうか。ふつうの細胞も癌細胞も、EGF 受容体がたくさんできている方が、増えるためには都合がよい。がん細胞は盛んに分裂して増えている。同じ組織なら、正常細胞とがん細胞を比べると、がん細胞の方がこの受容体をたくさん持っているだろう。実際にそのような組織が多いようだ。
そこで、この受容体を働かなくするイレッサを使うとどうなるか。EGF 受容体をたくさんもっている細胞ほど増えにくくなるはずだから、がん細胞の方が正常細胞よりもより強い影響を受けるだろう。実験でも確かめられている。このような考えで、上皮成長因子受容体(EGFR)を働かなくさせるものを探しはじめた。その結果、もっとも効率よくがん細胞の増殖を抑制する物質がイレッサであったというわけである。
しかしここでよく考えておく必要がある。正常の細胞の中でも EGF受容体の増え方は違うはずだ。増えるのが早い細胞とそうでない細胞、まったく傷ついていない組織と傷ついて修復過程にある細胞である。
たとえば、神経細胞などは入れ替わりが遅くEGF 受容体は少ないが、腸の粘膜や皮膚の細胞、肺や気管支の粘膜細胞などは、絶えず入れ替わっているので、けっこう EGF受容体をたくさんもっている。入れ替わりが盛んなのに持っていないのは血球くらいのものである。
また、全く傷害を受けていない正常細胞と、傷がついたために増殖しなければならなくなっている細胞ではちがう。腸粘膜のように、ふつうの状態でも盛んに増殖をしている細胞が、腸炎になって炎症を起こし、より早く粘膜細胞を増殖させなければならない時には EGF受容体はたくさんできているはずだ。
血球にはEGF 受容体がないため、イレッサには一般の抗がん剤や放射線より白血球減少や血小板減少が確かに少ない。むしろ、あちこちの傷害された細胞を修復するために必要なため白血球が逆に増えてくることが多い。動物実験ではイレッサの用量が多いほど白血球が増えていた。
白血球や血小板の減少は抗がん剤につきものであり、抗がん剤を処方し用いる医師にとっても患者にとっても悩みの種であるに違いない。血球減少を起こすことが少ないイレッサで「副作用が少ない」といわれたのはこのためである。しかし副作用が少ないのはあくまで「血球」に対してだけであるということの認識や情報をあまりにも軽視し、無視し、イレッサの安全神話作りがされてきた。
さらに他の抗がん剤と違う点をいくつか指摘しておく必要がある。一つは、他の抗がん剤は、体の大きさによって使う量を厳密に調整する。また、1回あるいは数日使用しては2〜4週間休む。その間に下痢や白血球減少、血小板減少が回復してくるのを待ってから、次の回を使用する。回復してくるのが遅かったり、最初に効き過ぎで危険になった場合には、次に使う量を減らしたり、使う時期を遅らせたりして、調節しながら使用する。それでも、死亡するような危険性がありうる。
しかしイレッサは、体の大きい小さいにかかわらず、だれもが最初から1日1錠である。しかも休まず毎日使用する。副作用の出やすい人の血中濃度は通常高くなっているし、体内から出ていくにも時間がかかる。血中濃度が半分になるのに4日以上もかかる人がいるし、そのような人では平均的な人の10倍も(一番低い人の100 倍も)高くなっている。だから、平均的な血中濃度になるのに2週間、全く影響がなくなるのには1カ月以上もかかることになる。その結果、重い副作用が起きた場合、イレッサを中止しても、救命できないことになる。
このようなイレッサの性質を知っていると、イレッサを使用した患者に、下痢が生じたり肝障害が生じたり、発疹が50〜70%も生じることはイレッサの害作用によるものだということを理解するのが容易であろう。さらには急性の肺傷害を起こすこと、インフルエンザやちょっとしたかぜを引いても、それが重症化して、場合によっても細菌性肺炎をも起こしうること、心臓がもともと弱い人には心不全が現れ、血栓症を起こしやすい人には肺血栓塞栓症を起こすことも理解しやすい。
したがって、イレッサの害作用が現れやすい特別の部位があるわけではない。要は、その人の、もともと一番弱い所、傷害を持っている場所が最初に傷害されてくるということなのである。
イレッサの性質については、以下の報告書、および論文に詳細に解説した。
上記参考文献中のイレッサの性質に関する章の項目を列挙しておく。