英国医師会雑誌(BMJ)の2006年7月1日版で、「小児に対する解熱剤」と題する論説が掲載されました。
その中で、アセトアミノフェン単独あるいは非ステロイド抗炎症剤系解熱剤であるイブプロフェン単独と、両者の併用(あるいは交互に使用)の優劣について調べた3つのランダム化比較試験に触れています。
薬剤使用は最少量にすべきではあるけれども、どの臨床試験も確定的なものではないし、ランダム化比較試験は限られているので、両解熱剤の併用を避けるべき、と考えるのはよくない、と言っています。
これに対して1週間で10件の迅速コメントが寄せられていました。
批判的な迅速コメントがやや多かったのですが、アスピリンとライ症候群、あるいは感染動物に非ステロイド抗炎症剤を使用して死亡率が顕著に増加したことを示す実験データの数々、さらには日本の疫学調査の結果に触れているコメントはありませんでした。そこで、7月13日に迅速コメントを出したところ、早速掲載されました。
以下は、掲載された英文に相当する日本語文です。
エディトリアル(論説)が、子どもへの解熱剤使用の問題を論じるに際して、サルチル酸剤とライ症候群との関連や、NSAIDsを使用した感染動物の死亡率が対照群よりも高いという現象に触れていなかったことに驚きを禁じえない。
私は、NSAIDsの感染動物の死亡への影響を調べた論文を収集したが、9論文で15件の動物実験が実施されていた。これらの実験ではイブプロフェン、フルビプロフェン、メフェナム酸、インドメタシン、サルチル酸剤(アスピリン)などのNSAIDsが使われていた。NSAIDsの死亡リスクに対するMantel-Haenztel法による統合オッズ比は10.0(95%信頼区間(CI)は6.12-30.06, p<0.00000001)であった[1]。
もうひとつのエビデンスは、日本の厚生労働省斑研究「インフルエンザ脳炎・脳症発症および重症度に関連する要因解明のための症例対照研究」の結果である[2]。この疫学調査では、NSAIDsとインフルエンザ脳症死亡例との間に強い関連が見られた。研究班はNSAIDsとインフルエンザ脳症発症に確定的な結果は得られなかったと報告した[2]が、報告データをもとに私が再計算したところ、NSAIDsの脳症死亡危険に対する粗オッズ比は47.4(95%CI;3.29-1458, p<0.0019)であった[1]。一方、アセトアミノフェンのオッズ比は有意でなかった(OR 2.25; 95%CI; 0.19-58.6)[1]。
サルチル酸剤(アスピリンなど)の使用に対して警告と規制がなされた後、米国でライ症侯群はみられなくなった[3]。またNSAIDs解熱剤の使用が2001年に日本で規制されてから、脳症例全体の中のNSAIDs使用者の割合が(約30%から7%未満へ)激減しただけでなく、ライ症侯群やインフルエンザ脳症など感染後脳症中の死亡例の割合が(約30%から約10%に)大幅に減少したのである[4]。
最近米国で、従来健康であった子どもが、インフルエンザにかかった際に神経学的な合併症を発症した例が多く報告されている[5]。
米国だけでなくヨーロッパでもイブプロフェン使用が増加しているが、インフルエンザ罹患児において、重症化例や死亡例が増加するのではないかと懸念する。これは、1960年代から80年代にかけて世界中でライ症侯群を引き起こしたサルチル塩剤、そして、2001年以前に日本で流行した感染後脳症(インフルエンザ脳症等)の原因としてのNSAIDs解熱剤にも匹敵する問題である。
また、リン酸オセルタミビル服用後の睡眠中突然死や異常行動による事故死も重要な問題であると考える。リン酸オセルタミビルはバルビタール剤のように中枢神経抑制作用があるため、体温低下を生じる[6]。
イブプロフェンとオセルタミビルの使用はしっかりと監視すべきであるが、両剤は害反応のスペクトル(種類)が異なるため、疫学調査を実施する際に混同してはならない。イブプロフェンはサイトカインの産生を促し、感染や炎症反応を悪化させ(文献7参照:パラセタモールとイブプロフェンの組み合わせは、30分から2時間まではより有効だったが、10時間目から24時間目では有効性が低かった)、最悪の場合、脳や肝臓など多臓器不全を生じうる[8]。一方、リン酸オセルタミビルは中枢神経を抑制し、睡眠中の呼吸抑制による突然死や異常行動後の事故死を引き起こしうるからである。