5月11日付けの英国医師会雑誌(BMJ)に、最近1週間で2009A/H1N1感染者が2倍になり、死亡者も増加、米国でも死亡者が出たことが報じられ、第1波は軽症でも秋から第2波には多数の被害が出る可能性に言及した学者のコメントなどが紹介されました[1]。
これに対して、「Japanese tragedy:日本の惨事」と題して次のような、短く鋭いコメントがありました[2]。
「タミフルの害作用−青年や大人で自殺(註)の危険が高まることについて何も議論されていないではないですか。私たちは日本で起きたことを繰りかえさねばならないのでしょうか?」
今回の2009A/H1N1ウイルスは低病原性であるにもかかわらず、4月26日、メキシコにおいて1000人以上が感染し80人以上が死亡したと報道されたことから、強い警戒感が高まったのではないかと思います。その後、確認例に限った集計[3]では患者数は激減しましたが、それでも5月1日の時点では100人を超え、156人中7人死亡(死亡率4.5%)と、他の地域(0.5%=1/211)と比較して10倍近くの高さでした。最新情報[3]でも、死亡率は、メキシコが1.9%(75/3892)、米国0.14%(9/6552)、米国と中南米を除く地域では0.07%(1/1397)です。
ISDB(国際情報誌協会)の仲間に問合せ、また、京都の島津恒敏医師からの情報[4]など、種々の情報源をもとにインターネットを検索し、中南米はもちろん、北米でも、非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)が市販薬(OTC薬)として販売されているとの確実な情報を得ました。
日本産婦人科医会への意見書を検討する過程で、2009A/H1N1インフルエンザウイルスに罹患した妊婦の1人がNSAIDsの注射を受けている[5]ことも判明しました。
感染症の解熱にNSAIDsを使用すると死亡率が高まるという確実な証拠が多数ありますので、インフルエンザ罹患時に使用すると、当然死亡の危険が高まると考えられます。インフルエンザのパンデミックで多用されれば、当然死亡率が高まります。さらには、インフルエンザウイルスがNSAIDsで強毒性を獲得する可能性そのものも検討する必要があるのではないかと考えられます。
こうしたことから、BMJの記事に対するコメントを投稿することにしました。早速23日に掲載されました[6]ので、その投稿英文の日本語訳を掲載いたします。
Reesさんのコメントは適切と考えます。WHOや米国CDCをはじめ、世界各国の政府機関の公式コメントでは、タミフル(オセルタミビル)の害についてほとんどふれられることがありません。私は、タミフルによる致死的な精神神経系害反応の全貌について書き[1]、警告を発しておいたのですが。タミフルによる害反応には、おそらく未変化体タミフルの中枢抑制による突然死や異常行動のほか、活性体オセルタミビル(カルボキシレート)による遅発・持続型製の害反応があります[1]。
さらに問題と思うのは、非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)の害[1, 2]についても、何もコメントがないことです。非ステロイド抗炎症剤には、アスピリンだけでなく、イブプロフェンやジクロフェナク、メフェナム酸などが含まれます。
この間調査した結果、ラテンアメリカや北米では、アスピリン(バファリン325mg)だけでなく、イブプロフェン(400/600mg錠)、ジクロフェナク(ボルタレンあるいはartrenac錠/坐剤)、メフェナム酸(Ponstan 500mg)などが一般市販薬(OTC薬)として購入できるということが判明しました。
私が以前にも報告したように[1, 2]、感染動物におけるNSAIDsの悪影響について研究した動物実験をメタ分析した結果、NSAIDs使用の死亡割合に関する統合オッズ比(Petoオッズ比)は7.54(95%信頼区間4.50-12.66、p<0.0001)でした。これらの動物実験に用いられていたNSAIDsはサリチル酸、イブプロフェン、フルルビプロフェン、メフェナム酸、インドメタシンでした。また、起因病原体は、ウイルスや細菌、トリパノゾーマでした。
最近の、CDCからの報告では、それまで健康であった35歳の女性が妊娠32週に38.7℃の発熱があり、地域の救急センターで非ステロイド抗炎症剤の注射を受け、アセトアミノフェンなどが使用され、その後2009A/H1N1インフルエンザであったとの診断を受けています[3]。この患者さんは幸い回復しました[3]。
しかしながら、私は、2009A/H1N1インフルエンザに罹患し、死亡した患者さんのことがたいへん心配になります。この方々には、NSAIDsが使用されたのかどうかについて何も分からないからです。そして、パンデミックを起したインフルエンザウイルスの高病原性については精力的に調べられ、議論されているのに、NSAIDsの悪影響についてこれまでに何ら議論されてこなかったのはなぜなのかが分かりません。
大きなパンデミックが3回あり(1918、1957、1968)、その後やや軽度のパンデミック(1977)がありましたが、その後パンデミックは生じていません。この時期(1977年以降)は、サリチル酸がライ症候群の原因として疑われ、確認され、その使用が規制された(とくに小児のウイルス感染に対して規制された)時期と一致しています。
ジクロフェナクやメフェナム酸、イブプロフェンなどが日本を始め多数の国々において今も使用されています。サリチル酸と比較すればこれらのNSAIDsの使用ははるかに少ないようです。ジクロフェナクやメフェナム酸の小児への使用が2000年に日本で規制されてから、いわゆる「インフルエンザ脳症」の症例死亡率は劇的に低下しました[1]。
イブプロフェンやアスピリン、ジクロフェナク、さらにはメタミゾール(スルピリン)までも含めて、NSAIDsの害を評価するために適切に計画した症例対照研究が緊急に実施されなければならないと考えます。これは、「秋以降に来るかもしれない」と一般に怖れられている「パンデミック第2波」(私は来るとは思いませんが)の恐怖におびえるより優先する重要なことと考えます。