(2018.11.18号)

『薬のチェック』速報No178 PDF版はこちら

降圧剤ディオバン事件の東京高裁判決を前に

NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック) 浜 六郎

ディオバン事件の東京地裁判決(2017年3月16日)では、被告白橋伸雄と被告ノバルティスファーマ社(以下ノバルティス社)、被告にはならなかったが京都府立医大医師らによるデータ捏造の数々の事実を認定した。しかしながら、被告らについて無罪とした(判決の骨子を文末に抜粋引用)。

理由は、撤回されたKyoto Heart Study(京都スタディー)は学術論文であって、薬事法にいう「広告」にあたらないから、というものであった。

メーカーの中にも、この判決はおかしいのではないか、との意見が述べられているように、多くの人にとっては納得のいかない、ごまかされているのではないか、との思いを抱かせる判決であった。

11月19日(月)午後、東京高裁において控訴審の判決が言い渡される。そこで、東京地裁判決のどこに問題点があったのかを、今一度、振り返っておきたい。

なお、ディオバンの医師主導研究は京都府立医大のほか、慈恵医大、千葉大、滋賀医大、名古屋大学の5大学が行っている。「学術論文」として一旦掲載されながら、5大学の論文(5研究、論文数12件)の実質的に全てが後に撤回された(PubMed要旨参照)。

裁判では、もっぱら京都府立医大の京都スタディについて検討され、数々の不正が指摘されたが、他でも不正は同様であったと考えられる。なお、海外にもディオバン(一般名バルサルタン)に関する論文で撤回されたものが少なくとも4件あった。

ディオバン捏造文書は虚偽広告―「学術論文」ではない
-これが無罪なら、今後も科学不正は絶えない-

私の考えの結論を、以下にまとめる。

被告らにより作成され、一旦掲載後に撤回された「論文」の体裁の文書は、捏造データに基づく「虚偽文書」である。これは、もはや「学術論文」でない。

「医薬品法」(2013年当時、薬事法)に述べられた「虚偽又は誇大な記事」を含む「広告」そのものだ。当時(2013年)の法律によっても十分に有罪である。それを無罪としたものであり、製薬企業の犯罪は今後も後を絶たないだろう。この事件をきっかけに作られた臨床研究法は、罰則規定は極めて貧弱であり企業の科学犯罪の防止は到底できない。

仮に、11月19日の高裁判決が地裁同様に「無罪」となった場合、医薬を巡る事態は極めて深刻なものとなる。高裁における適切な判決を期待したい。

医薬品法の広告の規制に関する規定

医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(「医薬品法」)の第十章 医薬品等の広告(誇大広告等)には以下のように述べられている。

第六十六条 何人も、医薬品・・・の効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。

2 医薬品・・・・の効能、効果又は性能について、医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事を広告し、記述し、又は流布することは、前項に該当するものとする。

第六十七条 (医療用医薬品)に関する広告につき、医薬関係者以外の一般人を対象とする広告方法を制限する・・・・。

広告の対象は医療関係者を含む

同法では、医療用医薬品の広告については、「医薬関係者以外の一般人を対象とする広告方法を制限する」としている。すなわち、広告には、医薬関係者以外の一般人を対象とする広告と、医薬関係者に対する広告があることを、述べている、といえる。

したがって、第六十六条の「効能、効果に関して、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない」で述べている「広告」は、医薬関係者に対する広告を含んでいる。

一般的な広告の定義

広辞林によれば、広告は以下のように説明がなされている。

① 人々に関心を持たせ、購入させるために、有料の媒体を用いて商品の宣伝をすること。また、そのための文書類や記事。 「新製品を雑誌に-する」 「新聞に-を出す」 「新聞-」

② 広く世の中に知らせること。 「新聞紙にして…天下に-する/明六雑誌 20」 「その為に一言-します/侏儒の言葉 竜之介」 〔 (1) advertisement の訳語。 (2) 類義の語に「公告」がある。広く世間に告げ知らせるという点では、共通であるが、「公告」が公的な性格を持つ内容を告知することをいうのに対し、「広告」は私的な内容のものを知らせることをいう〕

医師の処方や薬剤師による調剤行為などに影響する広告を含めた、広告の定義

一般的な広告の定義には、医師の処方や薬剤師による調剤などに影響するような「広告」、あるいは、企業や公的機関の上司が部下に対して購入を指示する際の判断に影響するような「広告」を含めた広い概念の「広告」とはなっていないので、それを考慮した「広告」を定義すると、以下のようになる。

広義の「広告」の定義

ある製品を購入する可能性のある不特定の人や、製品の使用を指示する可能性のある不特定の人を対象にして、その製品に関心を持たせ購入を促進し、あるいはその製品使用の指示を促進させるために作成した媒体を用いて宣伝すること。また、そのための文書類や記事などのこと。

学術論文と広告

学術論文とは、科学的に「真実」もしくは、少なくとも「事実」に基づいた新たな知見を記載した記事・文書でなければならない。そうでなく、「事実に基づかず、捏造されたデータに基づく」記事は、一見「学術論文」の体裁をとっていたとしても、もはや「学術論文」とは言えない。

また、科学的に「真実」もしくは、少なくとも「事実」に基づいた新たな知見を記載した記事・文書であっても、例えば、製薬企業が、医師の処方を促進し、販売を促進するために、直接あるいは、資金を提供して間接的に臨床研究を実施して作成した論文を、マスプリントして医師・薬剤師に提供する場合にも、広い意味では広告に相当しうる。しかし、これには異論があるかもしれない。

被告らの作成した記事は「学術論文」でなく「虚偽文書」

被告らの作成したものは、ねつ造された虚偽に基づいて作成され「事実」と異なるものである。したがって、もともと、「学術論文」とは似ても似つかない偽物であるので、以後「虚偽文書」と呼ぶ。

しかもこの「虚偽文書」は、もともと、ディオバンの誇大な効能を、医師らに「流布する」意図をもって作成され、マスプリントされて、医師らに大量に配布(流布)され、販売・処方促進に使用され、実際に効果を発揮し、年間1000億円超の売り上げを何年にもわたって維持することに貢献したものであり、「広告」以外のなにものでもない。

したがって、このねつ造され虚偽を多く含んだ「虚偽文書」は、まさしく、第六十六条に述べられている「虚偽又は誇大な記事」に相当する。

学術雑誌に受理されるべく(後に撤回されたが)論文を作成するためにデータを捏造し、「虚偽文書」を作成した被告らの行為は、「虚偽又は誇大な記事」を「記述」した行為そのものである。

また、ノバルティス社による「虚偽文書」を直接医師らに配布した行為は、「虚偽又は誇大な記事を流布」したことに相当する。また、そのデータを転載して「宣伝用パンフレット」を作成し、配布した行為は、「虚偽又は誇大な記事を記述し、流布」する行為そのものである。

当時の法律によっても有罪

以上、述べてきたように、当時(2013年)の法律によっても、十分に有罪とできる。それにもかかわらず、東京地裁が無罪としたことは、製薬企業の犯罪を、またしても放置したことになる。歴史に禍根を残す誤判決である。

新たな臨床研究法は科学不正を防げるか

2017年4月1日に発効した「臨床研究法」は、製薬企業等からの委託を受けて実施される医師主導の臨床研究が適切に実施されることを目的とし、ディオバン事件で起こったデータの改ざん、ないし捏造を防止することを目的としている。しかしながら、主に防止することに主眼を置いて、査察などに重点を置いており、データの改ざんや捏造がされた場合の罰則規定が、はなはだ乏しい。

したがって、データの改ざんないし捏造が現在よりは多少困難になるとしても、根本的な解決にはならず、企業による科学犯罪の防止を防ぐ実効性はないと考える。

まとめ(再掲)

被告らにより作成され、一旦掲載後に撤回された「論文」の体裁の文書は、捏造データに基づく「虚偽文書」である。これは、もはや「学術論文」でない。「医薬品法」(2013年当時、薬事法)に述べられた「虚偽又は誇大な記事」を含む「広告」そのものだ。当時(2013年)の法律によっても十分に有罪である。それを無罪としたものであり、製薬企業の犯罪は今後も後を絶たないだろう。この事件をきっかけに作られた臨床研究法は、罰則規定は極めて貧弱であり企業の科学犯罪の防止は到底できない。

仮に、11月19日の高裁判決が地裁同様に「無罪」となった場合、医薬を巡る事態は極めて深刻なものとなる。高裁における適切な判決を期待したい。

ディオバン(一般名バルサルタン)に関する日本の撤回論文12件一覧(PubMed要約参照

地裁判決の要旨より、主要部分を以下に抜粋する。


被告:ノバルティスファーマ株式会社(被告会社)および白橋伸雄(被告人)

検察官の求刑:被告会社について罰金400万円、被告人について懲役2年6月

主文:被告人ノバルティスフアーマ株式会社及び被告人白橋伸雄はいずれも無罪。

理由:

1.本件控訴事実の要旨および争点

 第1:控訴事実の要旨(略)

 第2:争点

本件における争点は、以下のとおりである。

(事実認定上の争点)

① 被告人は、KHS(京都ハート・スタディー)における心血管系イベントの発生に関し、非ARB群におけるイベント数を水増ししたか。

② 被告人がイベント数を水増ししたものである場合、それは意図的な改ざんか。

③ 被告人がイベント数を意図的に水増ししたものである場合、 被告人は、CCB(カルシウムチャンネル拮抗剤)論文及び心血管疾患(CAD)論文(以下、これらを合わせて「本件各論文」という。)の各作成当時、当該水増しが、本件各論文におけるイベント発症率等の群間比較にどのように影響するかを認識していたか。

④ 被告人は、CCB論文作成に際し、CCB投与群とCCB非投与群とを一定の基準に基づかずに恣意的に群分けしながら、 作成名義人となった研究者らに対し、その群分けが「CCBの使用期間が12か月間を超えるか否か」という基準でなされているとの前提で、データ解析結果を記載した図表等を提供したか。

⑤ 被告人が、CCB論文作成に際し、 作成名義人となった研究者らこ対し、CCB投与群とCCB非投与群との比較において、統計的に有意差があるか否かの指標となるP値につき前記群分けを前提とした解析結果にすら基づかない数値を記載するなど、 意図的な改ざんを加えたデータを記載した図表等を提供したか

(法律解釈等に関する争点)

⑥ 本件各論文を作成、 投稿及び掲載する行為が平成25年法律第84号による改正前の医薬品医療機器等の品質、 有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和35年法律第145号、同改正前の法律の題名は「薬事法」。以下「昭和35年薬事法」又は「本法」という。)66条1項にいう「記事の記述」に当たるか。

⑦本件各論文が本法66条1項にいう「効能、効果に関する虚偽の記事」に当たるか。

⑧研究者らがした記事(論文)の記述について、被告人が記述したといえるか(被告人に間接正犯が成立するか)。

⑨被告人が本件各論文に係る改ざん行為に及んでいた場合、 当該行為が被告会社の業務に関連するか。

2 当裁判所の判断の骨子

事実認定上の争点①、②、④及び⑤については、基本的に検察官の主張に沿う事実を認定した。すなわち、被告人は、被告会社の従業員として、京都府立医科大学大学院所属医師らにより実施された臨床試験(略称KHS)及びそのサブ解析について、データの解析等の業務を担当していたところ、KHSにおける心血管系イベントの発生に関し、非ARB群におけるイベント数を水増ししたものであり、それは意図的な改ざんであった(争点①、②)。

また、被告人は、CCB 論文作成に際し、CCB 投与群とCCB非投与群とを一定の基準に基づかずに恣意的に群分けしながら、作成名義人となった研究者らに対し、その群分けが「CCB の使用期間が12か月間を超えるか否かという基準でなされているとの前提で、データ解析結果を記載した図表等を提供した(争点④)。

さらに、被告人は、同論文作成に際し、CCB 投与群とCCB 非投与群との比較において、統計的に有意差があるか否かの指標となるP 値につき、上記群分けを前提とした解析結果にすら基づかない数値を記載するなど、意図的な改ざんを加えたデータを記載した図表等を作成名義人となった研究者らに対し提供した(争点⑤)。そして、CCB 論文及びCAD 論文の作成名義人である研究者らは、被告人から提供を受けた上記のような改ざん等がなされた試験データに基づいて各論文を作成し、これらを学術雑誌に投稿し、ウェブサイトへのオンライン掲載をしてもらった。

その上で、法律解釈等に関する争点⑦について検討した結果、まず、医薬品等の効能、 効果等に関して、明示的であると暗示的であるとを間わず、「虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。」と規定する薬事法(本件当時の法律名)66 条1項について、次のように判断した。すなわち、

(i) 同項の規制対象は、同項の立法過程等を踏まえると、医薬品等の効能、効果等に関する虚偽又は誇大な広告(同項にいう「広告」よりも広い意味の広告=「広義の広告」)であって、そこでいう広義の広告は、社会通念上の広告の範囲内にあるもののうち、顧客を誘引するための手段として広く世間に告げ知らせる行為であり、同項にいう「記事」の「広告」、「記述」及び「流布」は、それを3つの態様に書き分けたものである。

(ii) このうち「記事」の「記述」及び「流布」に当たるのは、典型的な広告に当たるとはいい難い面があるものの、医薬品等について購入意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有する情報提供行為であり、 そのような行為のうちウェブサイト等に記事を掲載する行為は「記事」の「記述」に当たる。

そして、 上記各論文を作成して学術雑誌に投稿し、掲載してもらった行為は、同雑誌の性格や掲載に至る経緯、論文の体裁、内容等を客観的にみると、 研究成果の発表行為として理解される一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはなく、それ自体が購入意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するとはいい難い。

そうすると、被告会社関係者らがディオバンのプロモーションに利用したいという意向を有し、被告会社から研究者ら側に多額の奨学寄附金が提供されていたことや、被告人が上記のような種々の改ざんを重ねてディオバンの有用性を示すような論文の発表に大きく関与したことなどを考慮しても、上記行為は、同項所定の「記事を…記述」したことに当たらないものと判断した。

結局、被告人の行為は罪とならない。


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