これまでにCOVID-19の治療用の候補剤で、重症化や死亡を防止できそうなものはまだありません。
日本では、根拠もなく「患者の希望」でアビガンの使用を拡大し、200万人分の備蓄をめざしています。海外では、まだきちんとした評価がないとの理由で正式に承認した国はなく、慎重な姿勢が続いています。
アビガンは2つの非遮蔽比較試験が実施されていますが、これら2つを合わせると効果があるとは言えません。しかもどの試験もアビガン群に有利な背景がありました。日本でも比較試験が計画されていますが、プラセボとの比較ではなく、かつ小規模です。そもそも、その作用の性質から重症例には効かないことを開発に携わった医師が認めていますし、厚労省筋でも重症例には効かないと考えているとのことです。
抗HIV剤のカレトラは無効です。クロロキンも根拠がまだありません。全身の感染症であるCOVID-19に吸入剤シクレソニドは効果が期待できません。抗リウマチ剤の免疫抑制剤(抗腫瘍壊死因子抗体)は敗血症などに用いて効果がなく害が多かったので、同効薬剤のトシリズマブも期待はできません。エボラ出血熱用のレムデシビルの大規模な比較試験が開始され日本も加わっていますが、残念ながらこれもプラセボ対照ではありません。
医療機関の負担は重いですが、実施するならプラセボと比較した試験としなければいけません。この方法が、最も少ない人数で、最も確実な効力と安全性の評価が可能になります。英国では、すでに主にこの方法で検証が進められていますし、臨床試験以外では未承認の物質は使うべきでないとされています。
そして、解熱剤やステロイド剤を使わないほうが確実に重症化や死亡を減らす効果があることがわかっています。非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)やステロイド剤は使ってはいけません。アセトアミノフェンといえども、40℃未満で使うことは止めましょう。
安倍首相が、4月7日、抗インフルエンザウイルス剤のアビガン(一般名ファビピラビル)を、医療機関の倫理審査委員会の了承を条件に、患者が希望すれば使用が可能にする、との考えを示しました。報道[1]によれば、「既に120例を超える投与が行われ、症状改善に効果が出ていると報告を受けている」と、症例の観察だけを根拠としていて、厳密な効力と安全性の評価をしないままです。
「希望する患者への使用をできる限り拡大する。そのためにアビガンの備蓄量を現在の3倍、200万人分まで拡大する」との考えも示されています。
国もまだ正式な評価が下せない物質について、患者が適切な評価をして「希望」できるはずもありません。「患者の希望」によって、使用を拡大するというのは、根本的に間違っています。
「120人程度に使用して効果が出ている」との印象を根拠に「効果あり」との判定が下せる訳がありません。これでは、「使った」「治った」「効いた」という50年以上も前の「3た・雨ごい論法」に逆戻りです。
効くにしても、効かないにしても、適切な臨床試験で正確な評価をしたうえでこそ、患者は正しく「希望」を伝えることができるのですから、できるだけ早く適切な臨床試験を実施する必要があります。
「120人程度に使用して効果が出ている」との印象が本物なら、アビガン群50人、プラセボ群50人とし、プラセボ対照のランダム化比較試験(いわゆるくじ引き試験)で、効果と安全性が検証できるはずです。しかし、残念ながら予備的な試験でも重症例には効果がなさそうです。
シンガポール保健省[2]は、3月26日、「ファビピラビルの試験は非遮蔽試験が2つあるだけなので、効力と安全性を結論付けるには、さらに研究を要する。」「COVID-19の治療にファビピラビルの使用を推奨した国際的専門機関はまだない。」と結論している。この考え方のほうが適切です。
また、ガーディアン紙[3]は、3月18日「アビガンを70〜80人に使用したが、すでにウイルスが増殖している場合は、効かないようだ」と日本の厚生労働省筋が毎日新聞[4]に伝えたことを引用して、厚生労働省筋が「重篤な患者にはあまり効果がなさそううだ」と示唆していると報道しています。
シンガポール保健省が指摘した2つの試験[5,6]とは、いずれも中国で実施されたものです。どちらも他の抗ウイルス剤と比較したものです。一つは、抗HIV剤のカレトラ(ロピナビル・リトナビル配合剤)と比較した合計80人の非遮蔽試験[5]、もう一つは、Arbidol(一般名Umifenovir)という中国で用いられている抗インフルエンザウイルス剤と比較した非遮蔽試験[6]です。
カレトラとの比較試験[5]では、14日目の改善率がカレトラ群62%に対して、アビガン群91%と差が歴然としていましたが、アビガンの年齢が若く、発熱も少なく、リンパ球数も多く、著しくアビガン群に有利な背景をもっているために、アビガンの効果とはとても言えない結果でした。
もう一つの結果[6]は、7日目の改善という主目標は、対照群52%に対してアビガン群が61%で有意ではありませんでした。この試験は、重症者がアビガン群に多かったため、重症者を除いて中等症だけで比較すると有意に症状を改善したとしています。
しかし、COVID-19の治療で重要なのは、重症者や、高血圧や糖尿病のあるハイリスク者の重症化や、死亡を減らすことができるかどうかです。この点では、両群に全く差はありませんでした。しかも、やはり、年齢はアビガン群のほうが若かったのです。
2つの試験結果を、背景因子は考慮せずに総合解析しても、効果に有意の差はなくなりました(p=0.17)。そして若い年齢の人がアビガン群に多く、有意に近い差でした(p=0.065)。
またどちらの試験も死亡例は全く報告されていません。アビガンが死亡を救えるかどうかは全く不明です。
4月21日現在、国際的臨床試験登録サイトに登録されたアビガンの臨床試験は7件、うち2件がプラセボ対照試験です。中国とイタリアでそれぞれ1件ずつですが、中国では新規患者が激減しています。イタリアでの試験は、患者の登録がまだ開始されていません。
日本の臨床試験登録サイトでみると、JapicCTI-205238として、富士フィルム富山化学による96人を対象とした臨床試験が計画されています。発症から10日未満で非重篤例を対象に、標準治療群と標準治療にアビガンを追加した群とで、症状やCT所見、ウイルス陰性化までの時間を比較する、とされているだけです。したがって、これもプラセボ対照試験ではありません。
新型コロナウイルス感染で最も重要なことは、先にも述べたように、重症化を防止できるか、重症例に用いて死亡を減らすことができるかどうかです。わずか96人の非重篤例を対象にしただけの試験では、重篤化の防止や死亡の減少など最も重要なことは検証不可能でしょう。
そもそも、アビガンはその作用機序から、「新規の感染細胞には有効であるが、既感染細胞でウイルス産生を阻止する活性は低い」と、アビガンの開発に携わった医師自身が言っています[7]。重症例には効果が期待できないのです。
厚生労働省筋が「重篤な患者にはあまり効果がなさそうだ」と示唆したというのも、この点を考慮してのことでしょう。
一方、試験の対象が発症7日未満だと、肺炎が軽症で治療不要者を対象とする懸念があるかもしれない」とも述べられています[7]。
抗HIV剤のカレトラ(ロピナビル・リトナビル)は、199人の重篤例に用いて、標準治療単独との比較で症状の改善度も差がなく、死亡率も低下させなかったと、中国の研究で報告されています[8]。
クロロキンも標準治療とクロロキンを上乗せした31人ずつの2群で比較が行われ、症状を有意に改善した[9]と報告されていますが信頼できません。クロロキン群が対照群よりも発熱も咳の症状も著しく少なく、有利であったからです(それぞれp=0.0008、p=0.0016)。
喘息用の吸入ステロイド剤であるオルベスコ(一般名シクレソニド)の効果が3例の症例報告[10]のほか、3件の1例報告で主張されています。1人ずつの症状の経過が報告されているので、検討しましたが、単に回復期に用いただけの可能性が大きいと考えられます。そもそも、新型コロナウイルスは、軽症でもウイルスが血中に移行して全身の細胞に感染します。オルベスコは、吸入剤ながら多少吸収されるとはされていますが、それで全身にばらまかれた新型コロナウイルスを排除できるとは考え難いです。
トシリズマブは、もともと重症のリウマチ用の免疫抑制剤です。ウイルスをやっつけるために体から放出された化学物質が過剰となって体にダメージを与えるいわゆるサイトカイン・ストームの原因の一つインターロイキン-6(IL-6)の働きを弱める作用があるためにその効果が期待され、多数の臨床試験が計画されています。
しかし、同じような考え方で、敗血症など重症の感染症に、すでに他の重症リウマチ用の免疫抑制剤(抗腫瘍壊死因子抗体)が試みられて多数の臨床試験が実施されましたが、ことごとく失敗に終わっています。したがって、トシリズマブが成功することは、考え難いことです。
エボラ出血熱用のレムデシビルの臨床試験には日本も参加して行うことが計画されています。これは、合計6000人を対象とする国際的な大規模の臨床試験で、人工呼吸器装着の有無などで4種類の試験を行う計画です。ただ、これもプラセボを対照とした試験ではなく、標準治療と、標準治療にレムデシビルを上乗せした場合との比較です。プラセボを対象とした試験でないのが残念です。
英国では、COVID-19治療薬剤の各種候補を検証するために、100以上の病院が参加して大規模なランダム化比較試験が3件すでに進行しています。そのうちの1つでは、15日間でほぼ1000人が組み入れられと伝えられています[11]。英国で計画されている薬物治療に関する臨床試験は9件登録されています。そのうち、4件は標準治療に上乗せした試験ですが、5件はプラセボとの比較試験です。
医療現場では、感染防止対策も行いつつ、大変な負荷がかかっているとは思いますし、治療方法は手探り状態で、どうしたものか、悩みは大きいものと察します。しかし、だからといって、未評価、未承認の物質を、手探り状態で無計画に使用することは、決して患者の利益にはなりません。
プラセボを対照として比較するランダム化比較試験が、最も少人数で、最も確実な評価を行うことができます。本当に効果が期待できるものなら、この方法で早急に判定をしてほしいものです。
プラセボ対照のランダム化比較試験を多く計画している英国では、臨床試験以外で、非承認物質を使用すべきでない、と警告がなされています[11]。
COVID-19による死亡者数が日々増加していることを目の当たりにすれば、新たな薬剤を期待する気持ちはよくわかります。しかし、重症化し、死亡を増やす薬剤を使わないことに、今一度目を向けてほしいと思います。
以下に紹介する72歳の女性の報告[12]は、シクレソニドに効果があったとの1例報告で紹介されていた症例です。
ナイル川クルーズ船の団体旅行をして帰国後、水様下痢が3日で治まったが、5日後から咳、8日目に37.7℃の発熱ありバファリンを服用。その後もバファリンを服用し、10日目に37.6℃あるため、手持ちのロキソプロフェンを頓用。12日目の朝に倦怠感がひどくなり救急要請。保健所へ連絡後、帰国者・接触者外来で吸入剤、抗菌剤、ステロイド剤のプレドニゾロンが処方されて帰宅した。翌日PCRで陽性が判明して、報告者の病院に入院。入院時は、すでに高度の炎症(CRP=15.9mg/dL)を伴う肺炎(胸膜近くにすりガラス状の陰影が散在)、横紋筋融解(CK=3244)、肝障害(AST96、ALT48)、軽度腎障害(Cre=0.83mg/dL)など多臓器不全を認めた。むしろ、この時点でバファリン、ロキソプロフェン、プレドニゾロンによる感染症の悪化が強く疑われる例でした。
この例のように、解熱のために、アスピリンやロキプフェン(ロキソニンなど)、イブプロフェン(ブルフェン、イブなど)、ジクロフェナク(ボルタレンなど)、メフェナム酸(ポンタールなど)のような非ステロイド抗炎症剤を使うと、使わない場合の10数倍、重症化や死亡率を高めることがこれまでに分かっています(薬のチェック速報版No184)。 多数の感染動物を用いた実験で、どのような動物を用いても、どのウイルスでも細菌でも、また、どのような非ステロイド抗炎症剤を使っても、例外なく確かめられています(同)。
ステロイド剤も、感染症を重症化しますし、これも動物実験で確かめられています(同)。
さらには、アセトアミノフェンで、重症患者の38℃程度の熱を平熱にまで下げると、40℃以上で初めて少し熱を下げる場合と比較して、死亡率を7倍高めることがわかっています。持病がない人ならば42℃までは耐えられます。少なくとも40℃未満の熱で解熱剤は使わないこと、医療関係者の方々だけでなく、広く知っていただき、実行していただきたいと思います。
詳しくは、薬のチェック速報版No184をお読みください。また速報版No183、No185も併せてお読みください。
参考文献