レムデシビルは、エボラウイルス感染症にも無効であった抗ウイルス剤ですが、これが申請からわずか3日後の5月7日、世界で初めて日本で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に承認(特例承認)されました。
レムデシビルのCOVID-19への効果と安全性を検討したプラセボ対照比較試験がこれまでに3件実施されています。査読論文として公表されたのは重症のCOVID-19に使用した1件だけです。その結果は、レムデシビルはプラセボに比較して症状改善効果も死亡を減らしませんでした。日本におけるレムデシビルの特例承認では、この研究結果は承認根拠から除外し、未公表の試験のみを根拠としています。
現時点で入手できた情報を検討した限り、レムデシビルが、COVID-19に対して本当に「安全で」「症状改善効果」や「死亡を減らす効果」があるとは、まったく言えません。
速報No187では、プラセボを対照としたレムデシビルの臨床試験で、死亡も有害事象による中止もレムデシビル群に多い傾向があったことを速報しました。
その後、4月29日には、Lancet誌[1]に、その詳しい結果が掲載されました(後述)。
同じ日(4月29日)に、米国立衛生研究所(NIH)は、傘下の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)が主導するプラセボ対照の臨床試験[2]で、レムデシビルがCOVID-19の症状を改善したとの結果を発表しました(後述)。その詳細は、2週間以上経過した5月13日現在でも不明です。
やはり同じ日(4月29日)に、ギリアド・サイエンジズ(ギリアド社)は、これとは別のSIMPLE試験の結果をプレスリリースしました。この試験は、COVID-19患者を対象にレムデシビルを5日間使用した場合と、10日間使用した場合を比較した試験であり、プラセボ対照試験ではありません。
そして、その2日後(5月1日)、米国規制当局(FDA)は、COVID-19に対するレムデシビルの緊急使用許可(Emergency Use Authorization: EUA)を与えました。ただし、これは正式の承認ではありません。
日本では、連休中の5月4日に承認申請が受け付けられたようです。5月7日、薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会がウェブ会議形式で開催され、厚労省は[3]、申請からわずか3日という速さで、レムデシビルを特例承認しました。これは、米国でのEUAによる使用許可が「海外で販売等が認められている」との特例承認の条件を満たすとみなされたためです。しかし、医薬品としての承認を正式に受けたのは、世界で日本が初めてです。
なお、レムデシビルは、「エボラ治療薬」と誤って表示されることがあり、専門家でもそのように誤って表現している場合があります。しかし、コンゴ共和国で流行した時に実施された3種類のモノクローナル抗体とレムデシビルを比較したランダム化比較試験[4]の結果、レムデシビル群は3種類のモノクローナル抗体のどれよりも死亡率が高く(53.1%)、うち2つのモノクローナル抗体群の死亡率(35.1%、33.5%)と比較して、オッズ比で2倍以上(2.10と2.15)死亡率が高かったのです(p<0.001)。そのため、どの国においてもエボラウイルス感染症を含めて、承認を受けていませんでした。
Lancet誌[1]に掲載された中国の研究は、製造元のギリアド・サイエンシズ(ギリアド社)とは独立して実施されたプラセボを対照とした比較試験です。前回の速報No187と重複しますが、より詳しい内容を紹介します。
酸素吸入なしで酸素飽和度が94%以下など、ある程度以上重症で、発症から12日以内のCOVID-19の患者237人が対象となりました。2月6日に開始し3月12日までに登録された患者を追跡し、4月10日に終了しています。登録が、3月13日以降なかったのは、武漢においてCOVID-19の患者発生がコントロールされてきたため、プロトコルの規定に従って試験への組み入れが中止されたからです。登録された患者レムデシビル群158人、プラセボ群78人(1人は使用しなかったので除外)に分けられて、28日間追跡後の状態で比較がされました。
主な評価項目は、以下のような6段階に分類した28日後の状態です。
薬のチェック編集委員会は、最も重要な項目は「死亡した人の割合」と考えますので、まずはこれについてみておきます。レムデシビル群13.9%、プラセボ群12.8%でした。
背景因子は両群でほとんど差はありませんでした。しかし、発症から10日超の人の割合が、レムデシビル群54%、プラセボ群40%と有意にレムデシビル群に多く含まれていました(p=0.037)。
そこで、発症から10日以内か10日超かで分けて、各種の効果指標が比較されています。死亡率についてみてみましょう。
レムデシビル対プラセボ群の死亡者の割合はそれぞれ、発症から10日以内の人では、11%対15%(p=0.56)、発症から10日超の人では、14%対10%(P=0.51)で、いずれも有意の差はありませんでした。
報告者らの主要評価項目は「症状が2段階以上改善するまでの日数」でした。この指標は、有意の差ではありませんが、レムデシビル群に、短い傾向がありました(p=0.24)。
そこで、発症から10日以内か、10日超かで分けて結果をみると、10日超の人では全く差がありませんでしたが、発症から10日以内の人では、回復までの中央値が、18日対23日(ハザード比1.52:95%信頼区間0.95,2.43)とレムデシビル群に短い傾向が認められていました。
ところが、これと矛盾する結果がいくつかあります。一つは、有害事象で試験が中止になった人の割合です。レムデシビル群11.6%対プラセボ群5.1%(p=0.12)とレムデシビルに多い傾向がありました。この点は速報No187でも触れましたが、Lancet誌(Table 4)では、その内容が詳しく記載されています。
特に注目されるのが、急性肺傷害もしくは急性呼吸窮迫症候群(ARDS)のために試験が中止となった人が、プラセボ群1人(1.3%)に対して、レムデシビル群が7人(4.5%)いたことです(p=0.20)。
急性肺傷害やARDSは、COVID-19の重篤化の最重要の病態です。症状改善までの期間は、レムデシビル群が全体に短い傾向があったにもかかわらず、COVID-19の最も重要な病態で試験を中断せざるを得なくなった人が、逆にレムデシビル群に多かったというのは、なんとも説明が困難な現象です。
もう一つは、レムデシビルは抗ウイルス剤ですから、レムデシビルを使ったほうがウイルスの消え方は速くなると考えられますが、これも逆の傾向がみられたことです(有意の差ではありませんが)。
ウイルスの累積消失割合(Supplementary appendix Table S2)は、1週間目まではほとんど差がありませんが(50.4%対49.2%)、その後はだんだんとレムデシビル群での消え方が鈍り、4週間後には75.6%対83.1%と、レムデシビル群での消え方が7.5%少なかったのです(p=0.23)。特に、生存者で、この差が大きくなる傾向がありました(80.4%対89.1%、差8.7%、p=0.16)。このことも、説明が難しい現象です。
国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)が主導するプラセボ対照の臨床試験[2] (登録番号:NCT04280705)の結果については、どの情報をみても、添付文書に記載された以下の内容以上の情報は公表されていません。
1063人の患者が1:1の割合でレムデシビル群とプラセボ群に割りふられ、予備解析の結果は、回復までの時間の中央値がレムデシビル群11日、プラセボ群15日と、レムデシビル群で有意に早く回復し(p<0.001)、死亡の割合もレムデシビル群8.0%、プラセボ群11.6%とレムデシビル群で少ない傾向がみられた(p=0.059)。というものです。
ランダム化比較試験といえども、重要な背景因子がプラセボ群よりも試験群に有意に有利であることがしばしばみられるので、背景因子についての情報が何もない状況で、この結果だけを見せられても、本当にレムデシビルが回復を早め、死亡を救ったといえるのかどうかは、不明としか言いようがありません。
なお、登録情報(NCT04280705)によれば、組み入れ予定人数は、レムデシビル群とプラセボ群双方286人ずつ、合計572人です。中間集計の人数は1063人ですが、すでに目標の2倍近い人数になっています。
そして、試験の方法は、もしも最初に検討したレムデシビルが有効だということが分かれば、その後は、これを対照として、別の候補を試験するという適応症的な試験デザイン(adaputive design in clinical trial)[5]が採用されています。今回の発表は、まだ中間解析ということですが、この点も理解が困難です。
添付文書に引用された他の2つの報告の1つは、臨床試験ではなく、単なる使用経験の報告ですので、有効性・安全性の評価をするのは不可能です。
もう一つは、レムデシビルを5日間使用と10日間使用という2つの方法を比較し、プラセボ群を含まない試験(GS-US-540-5773試験、あるいはSIMPLE試験とも呼ばれる)です。
本来、効く物質であれば、短期間使用するよりも長期間使用するほうが、症状効果がよくなるはずです。
ギリアド社は、このSIMPLE試験についてのプレスリリースで、両群で効力は同等であったとしていますが、添付文書のデータを分析した結果、5日間使用群(200人)よりも、10日間使用群(197人)のほうが2つの指標で有意に不良でした。
14日目に臨床症状が2段階以上改善した患者の割合は65%(129人)対54%(107人)でした(p=0.037、ただし、プレスリリースでは、背景因子を調整するとp=0.16と報告されている)。
また、酸素吸入を要しないか退院できるまで回復した患者の割合は70%(140人)対59%(116人)でした(P=0.021、プレスリリースではこの比較の調整P値は示されていない)。
死亡の割合についても(8%対11%)、5日間使用群よりも10日間使用群のほうが悪い傾向がありました。さらにプレスリリースの結果では、急性呼吸不全が6%(12人)対11%(21人)で、やはり10日使用群のほうに悪い傾向がありました。
この結果も、国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)が主導するプラセボ対照の臨床試験[2]の結果と矛盾します。むしろ、中国で実施された試験でレムデシビル群に急性呼吸障害が多い傾向があったことと、共通しています。
特例承認といえども、承認審査には、根拠が必要です。承認の根拠となったのは、以上述べてきた添付文書に引用された3件です。Lancet誌[1]の内容は承認審査の根拠に含まれていません。
この点に関して、「Lancet誌の論文は承知しているが、予定していた症例数が(流行の終息で)組み入れられず、有効性について適切に評価できなかった可能性があると(今後公開される)審査報告書でも触れられている。」との医薬品審査管理課の吉田課長の談話が報じられています。
しかし、Lancet誌[1]の試験はプラセボ対照二重遮蔽試験であり、添付文書で引用された2つの試験よりもはるかに価値の高いものです。
承認の根拠とするなら、プラセボ対照試験2つ[1,2]を総合解析した結果で、効力のあるなしを評価するなどして検討を加えるべきですが、まったく除外してしまっています。
「承認する」ことをあらかじめ決めて、それに合う結果だけを根拠にした、という疑いが強いと考えます。
レムデシビルはプロドラッグで、体内で代謝されてウイルス感染細胞内に入り、さらに代謝されて活性体となります。活性体はアデノシン三リン酸(ATP)の類似物質です。ウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)によってウイルスRNAが合成される際にはATPが取り込まれますが、レムデシビルの活性体は、天然のATPと競合することで、ウイルスRNA鎖の伸長を停止させる、とされています(以上、添付文書より)。
レムデシビルが、SARS-CoV-2だけでなく、MERS-CoVやエボラウイルス、ニパウイルス(ある種の致死的脳炎を起こすウイルス)など、多くのウイルスの増殖を抑制することは、試験管内でも、動物実験でも確かめられています[6]。
しかしながら、SARS-CoV-2やMERS-CoV、ニパウイルスの動物実験では、ウイルスを接種してからレムデシビルを開始するまでの時間が12時間から24時間と短く、すべて症状が出現する前です。エボラウイルスをアカゲザルに接種した実験では、接種から5日後に症状が現れ始めますが、症状発現前の接種3日後にレムデシビルを開始することで、死亡を防止していました[7]。すこしでも症状が出現した後で開始して死亡を減らしたという実験はなく、まして重症化後に開始して死亡を防止したという実験もありません。
本来、動物実験は、人での状況を再現して、効果が期待できるかどうかを知るために行うものですが、レムデシビルの動物実験では、人でのウイルスの感染状況を考慮した実験は行われていません。したがって、COVID-19の重症化後にレムデシビルを使用して効果があるかどうかは、動物実験でも確かめられていないのです。
レムデシビルのすべての動物実験が、本来の実験方法になっていないのは、症状が出てから、しかも重症化してからでは、効果がほぼ期待できないことが分かっているから実験がなされていない、ということではないかと疑います。
使用対象となる患者は、酸素吸入なしで酸素飽和度(SpO2)が94%以下、酸素吸入を要している人から、人工呼吸器装着中、あるいはさらに最も重症例である体外式膜型人工肺(ECMO)を導入している人とされています(添付文書)。
一方、厚労省の通知[3]では、除外基準として、
があげられています。
5)妊婦は当然として、COVID-19が全身感染症であることから、人工呼吸器装着中、特に体外式膜型人工肺(ECMO)を導入した人で、腎障害や肝障害の基準、あるいは昇圧剤不要、多臓器不全の症状を呈していない人がいるのであろうか、疑問です。
害反応として、特に注意が必要なのは、腎機能障害が悪化するおそれです。添付文書には、「添加物の尿細管への蓄積により、腎機能障害が悪化するおそれがある。」「非臨床試験でレムデシビルに腎尿細管への影響が認められている。」と記載されています。
腎障害のほか、肝障害や、低血圧(血圧低下)、嘔気、嘔吐、発汗、振戦、各種血液検査値、血液化学検査値などの変化も記載されていますが、これらは、COVID-19の症状そのものの悪化でも起こりうることであり、レムデシビルによる害なのか、現病の悪化なのか、区別が困難なことが考えられます。
英国医師会雑誌(BMJ)の最近のEditorial[6]では、「比較のない観察研究で時間を浪費してはいけない」と、次のように、プラセボ対照の比較試験の重要性が強調されています。
今回のように、一旦、承認してしまうと、あたかも安全性と効力が確認されたかのように受け止められ、プラセボを対照としたランダム化比較試験が「非倫理的」であるかのように誤解されて、まっとうな臨床試験の実施はますます困難になってきます。
レムデシビルの承認は「特例承認」[3]であり、承認に際して猶予された資料に関して「提出の猶予期間は、承認取得から起算して9ヶ月」とされ、「提出された資料等により、承認事項を変更する必要が認められた場合には、承認事項の変更を命ずることがある」とはされています。しかし、その一方、「再審査期間は8年」とされており、よほどのことがない限り、承認は長期に及ぶ可能性があります。
現時点で入手しえた情報を検討した限りでは、レムデシビルが、COVID-19に対して本当に「安全で」「症状改善効果」や「死亡を減らす効果」があるとは、まったく言えません。
参考文献