(2003.10.16号)

『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No37

強心剤の調剤ミスによる乳児の中毒死

教訓:間違いの防止策だけでなく
中毒症状早期発見のため患者への説明と
使用後の害反応監視の徹底を

速報No38:欧米のジゴキシン中毒の標準治療法」も参照を

NPO法人医薬ビジランスセンター   浜  六郎

単に「ミス」だけで片付けられない事故

大変ショックな事件です。読売新聞によれば、

「兵庫県尼崎市の県立尼崎病院を退院した同県内の男児(生後5か月)が、同病院で調剤された通常の約10倍に当たる高濃度の強心剤の服用を続けたために死亡したことが15日、わかった。」「病院側の説明によると、男児には先天性の心疾患があり、8月に同病院で手術を受け、10月5日に退院。その後は、病院で調剤された強心剤「ジギタリス製剤」を1日2回服用しながら自宅での療養を始めた。数日後、男児が発熱やおう吐を繰り返すようになり、14日朝に再度入院。医師らが治療を続けたが、同日午後、心室細動を引き起こして死亡した。

朝日新聞によれば、

「退院後しばらくは入院中に渡された正しい分量の薬を自宅で服用していたが、その後、なくなったため退院時に渡された薬を服用し始めた。12日に発熱と嘔吐(おうと)がひどくなり、14日朝に緊急入院したが、同日夕、心不全のため死亡した。」とのことです。

簡単に「ミス」だけでは片づけられない事件と思います。

防止対策は最低限必要

読売新聞によれば、

平尾敬男院長の話として「今後は1000倍の強心剤を使用せずに、1万倍の強心剤のみを使うことで再発防止に努める。」とのことです。

日常的には、後述するような医師による処方ミスの方が多いはずです。しかし、その多くは薬剤師によってチェックされ事故は防止されています。

ところが、薬剤師のミス、とくに今回のように、1000倍散と1万倍散の間違いは、錠剤とはちがって外観が同じであるだけに、別の薬剤師が監査しても発見は困難でしょう。その意味で、上記院長の発言は、少なくとも、適切な対策の一つといえるでしょう。

過量でも死亡は防止できたはず

しかし、ジゴキシンの性質を考えると、もっと根本的には、「患者への説明」と「害反応監視」の問題があると思います。

ジゴキシンは、維持量(今回の場合は0.03mg)の約2.5倍で治療に適切な血中濃度量(ほぼ0.8〜2.0ng/mLの濃度の範囲)に達します。

今回は、その維持量の10倍量が使用されたことになります。これは、治療に適切な血中濃度に達することのできる量の約4倍です。したがって、この量を使用すると、血中濃度が、それまでの濃度に、その濃度の4倍分を上乗せすることになり、非常に急速に中毒量に達します。

維持量(0.03mg)での血中濃度が仮に1.0ng/mLとすれば、10倍量を1回服用するだけで、1.0+4=5ng/mLとなります。数日後には10ng/mLになると予想できます。維持量としては最低濃度の0.8ng/mLであったとしても、1回だけで、4ng/mL、数日後には、8ng/mLに到達すると予測できます。

もともと先天性心疾患をもった子でしたから、心不全があり、そのために不整脈にも弱いはずです。したがって、ジゴキシンの血中濃度としては、6〜7ng/mL程度が生命を保つことのできる限界でしょう。

嘔吐や発熱が12日から始まったとの記載のある朝日新聞にも、10倍量のジゴキシンを何日から服用開始したかは不明です。しかし、嘔吐は、10倍量のジゴキシンを最初に飲んだ数時間後には生じていると思われますから、おそらく、10倍量のジゴキシンを11日あるいは、12日から服用を始めたのではないかと思われます。

吐き気・嘔吐が先で、発熱は痙攣によるのでは

また、読売新聞にも、朝日新聞にも、中毒症状として、発熱と嘔吐が出現したことが記載されています。発熱はジギタリス製剤の固有の中毒症状ではありませんから、感冒などにかかっているのでなければ、おそらく過量のために不整脈を生じ痙攣をし(あるいは神経刺激症状として直接痙攣を生じて)、その結果として発熱したのではないか、と推測します。

死亡に至るまでに害反応の症状が確実にある

ジギタリス製剤を使用していて、嘔吐を生じたら、それは最初の過量の兆候ですから、ジゴキシンの過量に関する注意が介護する人にきちんと説明されていたならば、すぐに使用を中止して病院に連絡し、入院して、胃洗浄をすれば、救命できていた可能性もあるのではないかと思います。

この点で、中毒症状に対する注意が不十分ではなかったのか、大変気になるところです。

医師の処方ミスによる同様の事故もある

ジゴキシンの過量による事故としては、医師の処方ミスで10倍の強心剤を投与された入院中の4カ月女児が5日目に一時心停止した(1999年9月)東京都立八王子小児病院の事件(0.05mgを0.5mgと誤って処方)もあります。

この例では、入院中でしたが、医師の処方ミスに薬剤師も看護師も気付かず、また、開始した2日後にはジゴキシンの中毒症状である吐き気などが現れたけれども、ジギタリス中毒に気付かず、22日昼前には心臓停止状態にまで容体が悪化したと報告されています。

重篤な害の前に出現する軽い症状の監視が大事故防止に大切

ジギタリスは、通常量でも過量になりやすく、しかも中毒が生じると生命の危険がある薬剤です。誤って処方や調剤をすれば、その後いくら監視をしても取り返しのつかないものもあります。したがって、医師にしても薬剤師にしても、「過誤をすれば命にかかわる」ことを常に意識して処方や調剤すべきであることはもちろんです。

しかし、ジゴキシン同様に、少なくとも1回の服用だけでは死亡にまでは至らないものも少なくありません。しかもジゴキシン(ジギタリス剤)の場合には、致死的な状態に至る前に、確実に軽い中毒症状が現れるのです。したがって、このような薬剤の場合には、患者に使用した後の監視が特に大切ですし、現れる中毒症状を患者にきちんと説明すれば、そのことによって、起こりうる不測の状態に対する構えが、患者や家族にだけでなく、医師や薬剤師自身にも形成されるはずです。

説明と監視は形式に流れず丁寧に

今回の事件は、多くの薬剤師だけでなく、すべての医療従事者にとって、患者への説明、使用後の害反応の監視を「形式に流れず丁寧にするよう」あらためて警告していると思います。

速報No38:欧米のジゴキシン中毒の標準治療法」も参照を


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