(2009.5.27号)

『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No123

英誌e-BMJに掲載:

メキシコでの多数の死亡の原因解明のため

緊急に非ステロイド解熱剤の調査を

NPO法人医薬ビジランスセンター(薬のチェック) 浜 六郎

5月23日の英誌e-BMJへの投稿(速報No121)に引き続き、27日にも投稿しました。内容は、メキシコでインフルエンザにかかった人が多数死亡しましたが、その原因解明のために、非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)系の解熱剤の使用状況の調査を緊急に実施すべき、というものです。こちらです(PDF版)、その翻訳(PDF版)を速報いたします。

なお、先の速報No122で、メキシコでの死亡率の高いことと、貧困、医療保険加入率が低いこと、そのため病院ではなく薬局の利用が多い点を指摘しましたが、やや詳しく触れました。


メキシコでの非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)の調査が大至急必要

An urgent study on NSAIDs use is needed in Mexinico

HAMA, Rokuro Chairperson: Japan Institute of Pharmacovigilance, Editor: Kusuri-no-Check (a drug bulletin)  #902 Ueshio3-2-17, Tennoji-ku Osaka, Japan 543-0002

島津さんのコメント[1]は、2009A/H1N1インフルエンザの流行でメキシコにおける死亡率が高いこと[2]を考慮するとき、非常に重要です。

WHO[2]が報告したデータによると、成人全体の症例死亡率は3.7%(20-29歳2.8%、30-49歳4.0%50歳以上5.6%)、10歳未満の小児では0.6%、10歳代の0.4%(合計すると0.5%)でした。

20-59 歳の10 歳毎の症例死亡率と60 歳以上の症例死亡率を、それぞれ、10 歳未満の症例死亡率と比較するといずれも有意に高い割合を示し、10-19 歳の症例死亡率と比較しても、やはりいずれも有意に高い割合を示しました。

私がWHO のデータを再解析したところ、小児(20 歳未満の合計)に対する成人(20 歳以上すべて)を合計した場合の症例死亡のオッズ比は7.63(95%信頼区間:3.78-15.85、p=0.0000000)でした。この著者(WHO)は、「理由は不明(今後の課題)である」と述べています。

病院到着直後に心肺停止した例が何例かありますし、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)へと急速に進展する例や腎不全、多臓器不全が、死亡例の24%の症例で報告されています[2]白血球増加や白血球減少も報告されていますが、両者とも、敗血症の診断基準の基本的な項目です。ここでいう「敗血症」とは、感染による全身性炎症反応症候群(systemicinflammatory response syndrome SIRS)を意味します。細菌感染の合併が確認された例はまれです(45 人の死亡者中、3人だけでした)。

トランスアミナーゼやCK(クレアチンキナーゼ)値の上昇など検査値異常、骨格筋壊死、腎不全、低血圧あるいは心筋炎なども、死亡例の臨床所見ないしは剖検所見として認められていますが、これらは、いずれも、ウイルス感染症における全身性サイトカインストームで生じる敗血症-多臓器不全型症候群(ショックを伴う例も伴わない例もある)においてよく見られる症状・所見です。

水口ら[3]は、小児のウイルス感染症の最大の合併症としての「急性脳症」についてレビューし、次のように述べています。脳症を大きく3つのグループに分けると、その2番目は、全身性サイトカインストームと血管原性脳浮腫を特徴とするグループであり、これらには、ライ症候群(ライ様症候群)や、出血型ショック脳症症候群(HSES)および急性壊死性脳症が含まれる[3]ジクロフェナクメフェナム酸などの非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)は、これらの症候群を増悪させる[3]。重症例では多臓器不全や播種性血管内凝固症候群(DIC)を合併する[3]

これらの臨床的ならびに疫学的エビデンスは、感染動物における実験結果のメタ解析結果[4,5]と一致しています。

WHO の著者らは、「サリチル酸(アスピリンやアスピリン含有製剤)はライ症候群の危険がありうるので、小児や青年には使用すべきでない(should not be used)」と警告しています。

しかしながら、サリチル酸剤は、成人には規制されていませんし、イブプロフェンなど(アスピリン以外の)NSAIDs はどの年齢(小児にも)使用が規制されていません。ただし、SARS(重症呼吸障害症候群)の経験、あるいはインフルエンザA(H5N1)での死亡率が増加したとの報告[6]を参考にあげて、ステロイド剤の使用には警告を発しています。

WHO の著者らの重症化や合併症の危険因子について考察では、比較的一般的で非特異的な危険因子として、喫煙や大気汚染、あるいは高地であること(メキシコシティーの高度は海抜2200m 以上)などをあげています。しかしながら、NSAIDs に関しては考察をしていません。

ワシントンポスト[7]は、人口の50%いる保険非加入者の中には、無職の人や、非合法経済活動に従事する人らがいると報道しています。また、ある医師の次のような談話を報道しています。「メキシコでは、病院に行くことは極めてまれなことです。ここで、誰かが風邪か何かの病気にかかったなら、薬局で何かを買い求めるか、何もしないままでいるか、なんです」。

この「何か」というのは、アスピリンやNSAIDs 解熱剤、あるいはそれらが含まれた何らかの薬剤、を意味してはいないのでしょうか。

私はここで、第一に、重症例や死亡例について、病状が悪化する前にNSAIDs が用いられていなかったかどうか、後ろ向きの調査を緊急に行うことを提案いたします。

そして、もしNSAIDs が悪化の前によく用いられていたなら、高い死亡率とNSAIDs 使用との関連を確認するための症例対照研究を実施するべきと考えます。

正誤表(日本語訳は修正されたもので訳しているので省略)

参考文献

  1. Shimazu T. Aspirinmay be the enhancer of virulence in 1918 pandemic
  2. WHO, Human infection with new influenza A (H1N1) virus: clinical observations fromMexico and other affected countries,Weekly epidemiological record,2009, 84(21) 185-189.
  3. MizuguchiM, Yamanouchi H, Ichiyama T, ShiomiM. Acute encephalopathy associated with influenza and other viral infections. Acta Neurol Scand. 2007 Apr;115(4 Suppl):45-56
  4. Hama R, Fatal neuropsychiatric adverse reactions to oseltamivir: case series and overview of causal relationships. The International Journal of Risk &Safety inMedicine (2008) 20: 5-36.
  5. Hama R. NSAIDs may be more harmful than paracetamol: based on the best evidence.
  6. Writing Committee of the SecondWorld Health Organization Consultation on Clinical Aspects of Human Infection with Avian Influenza A (H5N1) Virus. Update on avian influenza A (H5N1) virus infection in humans. New England Journal ofMedicine, 2008, 358:261・73.
  7. Washington Post. Poverty, Tendency to Self-Medicate Help Drive Up Flu Deaths inMexico

Competing interests(利益相反):None declared(申告なし)


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