【A.研究方法】

〔A-1〕文献調査方法

 〔1〕 systematic reviewの検索

 まず、この目的に合致する systematic review (overview) を、以下の情報源から収集した。
ウェブサイトやコクランライブラリーの検索用語は
"drinking water fluoridation and (systematic review or overview)"などである。

  (1)コクランライブラリー 2001 年 issue 3

  (2)イギリスの政府機関

    1. NHS Centre for Review and Dissemination (NHS-CRD)
    2. National Institute for Clinical Excellence (NICE)

  (3)アメリカ政府機関

   (FDA および,CDC のウェブサイトおよび、政府機関の報告書)

    1. Food and Drug Administration (FDA)
    2. Center for Disease Control (CDC)
    3. Department of Health and Human Services (DHHS)

  (4)WHO

    1. World Health Organization: "Fluorides and Human Health" 1970
    2. "Fluorides and Oral Health" Report of a WHO Expert Committee on Oral Health Status and Fluoride Use,
      WHO Technical Report Series 846, 1994

  (5)Pubmed

  (6)その他の一般検索サイト(代表として"Yahoo" を"Fluoridation"で検索した)

  (7)日本の科学者(グループ)による体系的レビュー

 〔2〕個々の論文の検索

 次に、上記の systematic review (overview) がある場合、そのレビュー対象となった論文の中に、水道水フッ素化の有用性を強く主張し、推進している人あるいはグループが、その主張の重要な根拠としている論文や、水道水フッ素化の危険性を強く主張し、フッ素化に反対する人あるいはグループがその主張の重要な根拠としている論文が含まれているかどうかを調査し、それらが含まれている場合には、それらについて特定し、特に詳細に評価検討した。

 〔3〕 systematic reviewが存在しない場合

 上記〔1〕で示した systematic review が存在しない場合には、独自に文献収集を行うこととした。

〔A−2〕フッ素の生体に対する基本的な性質および動物での毒性試験について

 フッ素の有効性と危険性の評価のためには、フッ素の生体に対する基本的な性質から説明が可能かどうか、あるいは、動物を用いた実験においても、人で指摘されている現象が再現されるかどうかが重要である。したがって、この点についても、検索が必要であるが、世界中でこの問題に関しては、大きな議論が起きており、安全性を主張する人もしくはグループと、危険性を指摘する人もしくはグループの双方から、ほぼ必要な文献が出そろっていると考えられる。

  したがって、有効性や安全性(危険性)について報告された論文の考察(discussion) 等において引用されている動物試験論文や、有効性や安全性(危険性)をそれぞれ主張する論文で引用されている動物実験論文をできるかぎり参照して、検討を加えた。

〔A−3〕systematic review で取り上げられた論文の証拠力評価方法に関する検討

 有効性と危険性に関して、NHS Centre for Review and Dissemination (CRD) によって実施された systematic reviewがあった。この研究では、検討のために収集した調査研究論文に対して、それぞれの論文の「証拠」としての強さ(以下「証拠力」と表現する)を評価している。評価方法は、調査方法に関して、8〜9項目にわたって点数化し、合計点数で、全体としての証拠力を評価する方法であった。

 この方法は、おおむね妥当ではあると考えられたが、フッ素の生体に対する基本的な性質から考慮して、問題点もありうるため、この点について考察を加えることにした。

〔A−4〕フッ素の基本的な性質と有効性(efficacy) 、危険性の評価について

フッ素の性質に関して、これまでに言及されている点は、以下のように分類される。

〔1〕基本的な性質と急性毒性

〔2〕う歯防止効果

〔3〕斑状歯 (dental fluorosis)

〔4〕骨への影響:骨粗鬆症防止、骨折増加

〔5〕発癌性、特に未成年期男性の骨肉腫

〔6〕ダウン症とその他奇形、出生等(遺伝毒性、染色体異常などを含む)

〔7〕総死亡率

〔8〕その他

 水道水へのフッ素の添加の有益性に関しては、〔2〕う歯防止効果、〔3〕骨粗鬆症防止効果〔〕、および〔8〕その他としてアルツハイマー減少に対する効果の可能性があげられている。

 その他に関しては、いずれも、危険性について指摘されていることである。 その有効性に関する程度がどの程度であるのか。社会階層や年齢との関連についても出来る限り検討して、その影響について評価が必要である。

 これらの点について、それぞれの論文の証拠力のレベル、 systematic reviewでなされた論文の証拠力の評価の再評価などを実施することによって、有効性と危険性のバランスについて考察する。

:骨粗鬆症減少と骨折増加は一見矛盾する現象だが、骨が硬くなると逆に脆くなり骨折が増加する。
【4】骨への影響:骨粗鬆症防止、骨折増加の章参照。

〔A−5〕主要な文献検索結果

 〔1〕 systematic reviewの検索結果

  各情報源から目的に合致する systematic review (overview) を検索した結果を以下に記述する。検索したキーワードは、 コクランライブラリーは、 "FLUORIDATION", 他は、それぞれ "drinking water" and "fluoridation" and ("systematic review" or "overview") である。

  (1)コクランライブラリー 2001 年 issue 3

  コクランライブラリー 2001 年 issue 3 を"FLUORIDATION"で検索した結果、以下のような systematic reviewの結果やプロトコールが検索できた。

    1)コクラン共同計画による systematic review(完成版のできているもの)

 閉経後の骨粗鬆症治療のためのフッ素 "Fluoride for treating postmenopausal osteoporosis" と題して 2000 年8月に実施された systematic reviewの結果が報告されていた(添付文献1)。

    2)コクラン共同計画による systematic reviewのプロトコール段階のもの

 様々なフッ素製剤によるう歯の予防効果に関する systematic reviewのプロトコールが、合計8件登録され、進行中である。

    3)コクラン共同計画以外から以下の systematic reviewが登録されていた。

     (1) 「口腔衛生推進のための有効な方法」に関するもの
     (2) 「密封剤の有効性に影響を与える因子に関するメタ分析」

       (1)は、口腔衛生に有効と考えられる方法を「口腔衛生推進」のためにいかに利用す するかについて論じたものであり、
      方法そのものの妥当性を論じたものではない。
       したがって、上記二つの文献はいずれも本調査研究の目的とは異なっていた。

  (2)イギリス政府機関

    1) NHS Centre for Review and Dissemination (NHS-CRD)のウェブサイト

"A Systematic Review of Public Water Fluoridation" というタイトルで、2000年9月に、目的にほぼ合致した systematic reviewがなされていた(添付文献2)。

 その systematic reviewは、世界の25の検索データベース(日本の代表的な医学情報検索データベースであるJICST を含む) を検索し、引用文献数 297論文、報告全体で 243ページに及ぶ膨大なものである。 この systematic reviewでは、効果(う歯)だけでなく、害(歯フッ素=斑状歯、骨折、癌、ダウン症、甲状腺障害、腎障害、死亡への影響など)を評価項目として、詳細なシステマティック・レビューを実施していた。さらに、それぞれの論文の証拠力としての質評価も、基準を設けて評価したうえで、質の著しく低いものに関しては、検討対象から除いているなど、単にその文献検索が体系的なだけでなく、評価方法についても、ほぼ妥当と評価できるものであった。一部に論文の証拠力(エビデンスレベル)の評価方法で、問題と考えられる箇所も見られたので、この点に関しては、別に論じることとした。

 このような点を総合的に考慮して、この systematic reviewが、他のどの総説的な報告書よりも、適切と考えられた。

    2) National Institute for Clinical Excellence (NICE)

       目的に会った systematic reviewは発見できなかった。

  (3)アメリカ政府機関(FDA および,CDC のウェブサイトおよび、政府機関の報告書)

     1)Food and Drug Administration (FDA)

 骨肉腫との関連で市民グループがFDA を訴えた経緯が記載されたものがあったが、本 調査研究の目的には合致しないものであった。

     2)CDC

 フッ素化の必要性について主張した記事やスライドなどが多数あったが、科学的な 調査研究報告としての、システマティック・レビューはなかった。

     3)Department of Health and Human Services (DHHS)

  最もまとまっている新しい情報は、以下のレポートに記述されている。

  (1) Review of Fluoride "Benefits and Risk" February 1991

 Report of the Ad Hoc Subcommittee on fluoride of the Committee to Coordinate Environmental Health and Related Programs Public Health Service 1991 年2月(添付文献3)

 この報告では、効果(う歯)だけでなく、害(歯フッ素=斑状歯、骨折、癌、ダウン症、甲状腺障害、腎障害、死亡への影響など)をも評価項目として、とりあげて、体系的なレビューがなされていた。しかし、NHS CRD のシステマティック・レビュー程には研究方法論上の質は高くはなかった。

 すなわち、それぞれの論文の証拠力としての質評価は、当時のそれぞれの分野の専門家(毒性学、疫学等の専門家など)権威による検討を重視したものであり、評価のための基準を設けて科学的な証拠力のレベルを判定したうえでなされたものではなかった。

 古い調査や実験など、現代的な基準から価値がないと考えられるものについては除外していた。したがって、科学的な検討はなされていたと考えられるが、いずれにしても、イギリスNHS-CRD の方が質的なレベルは優れていると考えられた。

 ただし、特に発癌性については、動物実験結果をふくめて、NHS-CRD よりもずっと詳細に検討していたので、この記述については本報告でも検討すべき対象とした。

  (2) Hoover RN. Fluoridation of Drinking Water and Subsequent Cancer Incidence and Mortality(Appendix E) (添付文献4)

  (3) Hoover RN. Time Trends for Bone and joint Cancers and Osteosarcomasin the Surveillance, Epidemiology and End Results (SEER) Program National Cancer Institute August, 1990 (Appendix F)(添付文献5)

 上記の2文献は添付文献3(Review of Fluoride "Benefits and Risk" February 1991; Report of the Ad Hoc Subcommittee on fluoride of the Committee to Coordinate Environmental Health and Related Programs Public Health Service 1991 年2月)中の添付文献であるが、フッ素と癌罹患との関連に関する詳細な疫学調査結果を報告したものである。

  (4) National Toxicology Program

 NTP Technical Report on the Toxicology and Carcinogenesis Studies of sodium Fluoride (CAS No. 7681-49-4) in F344/N Rats and B6C3F1 Mice (Drinking Water Studies) December 1990 (添付文献6)

 この報告は、ラットおよびマウスを使用した亜急性毒性〜6ヵ月慢性毒性試験、2年間の発癌性試験結果の報告である。種々問題点はあるが、最も信頼性の高い慢性毒性および発癌性試験であり、これは、詳細に検討した。

  (4)WHO

  1) World Health Organization: "Fluorides and Human Health" 1970(添付文献7)

 多くの文献をあげて、体系的なレビューがなされていたが、NHS CRD のシステマテ ィックレビュー程には研究方法論上の質は高くはなかった。また引用文献も、1970年までのものである。

 ただし、フッ素化合物の吸収や排泄など、基本的な性質についての記載は、十分 検討に値するものと考えられた。

 2) "Fluorides and Oral Health" Report of a WHO Expert Committee on Oral Health Status and Fluoride Use, WHO Technical Report Series 846, 1994(添付文献8)

 多くの文献をあげて、体系的なレビューがなされていたが、NHS CRD のシステマティック・レビュー程には研究方法論上の質は高くはなかった。 個々の論文の取り上げ方についても、詳細な分析はなされていなかった。

  (5)Pubmed

 NHS CRD の上記 systematic reviewに対するコメントが検索されたのみであった。

  (6)その他のウェブサイトなどから

1)Benefit and Risks of Water Fluoridation

  ・・An Update of the 1996 Federal-Provisional Sub-committee Report・・

 Report prepared for Ontario's public consultation on water fluoridation  levels November 15, 1999; Prepared under contact for: Public health Branch, Ontario Ministry of Health First Nations and Inuit Health Branch, Health Canada

 かなり詳細なレビューが実施されていたが、システマティック・レビューに相当する研究が基礎とはなっていなかった。つまり、方法論的には、NHS の CRDの方が、はるかに質の高いものであった。

2)The Lord Mayers Taskforce on Fluoridation Brisbane Report:

 これも多岐にわたり分析がなされていたが、システマティック・レビューに相当する研究が基礎とはなっていなかった。つまり、方法論的には、NHS の CRDの方が、はるかに質の高いものであった。

3)Oral Health in America: A Report of the Surgeon General

 Department of Health and Human Services, US Public Health Service, 2000 Executive Summary:

 これは広範囲に口腔内衛生について論じたものであり、フッ素使用の効果と安全 性に関するシステマティック・レビューではなかった。

4)Should Natic Fluoridate? : A report to the Town and the Board of Selectmen Prepared by the Natick Fluoridation Study Committee, October 23, 1997(添付文献9)

 システマティック・レビューの体裁はとってはいないが、大部分の重要な論文が引用されており、個々の論文についての検討では、単に結論部分をあげるだけでなく、まとめには出てこない問題点まで指摘しており、十分慎重にデータを解析している(たとえば、発癌に関する動物実験について)。

5)American Dental Association

 一般向けのQ&Aであり、科学的なレビューではなかった。

6)その他

 Fluoride Action Network (http://www.fluoridealert.org/)
 Stop Fluoridation USA (http://www.rvi.net/ fluoride/)
 Citizens for Safe Drinking Water (http://www.nofluoride.com/)
 Public Citizen (http://www.citizens.org/)
 Pennsylvania Environmental Network (PEN) (http://www.penweb.org/)

  (7)日本の科学者(グループ)による体系的レビュー

  日本の科学者(グループ)による体系的レビューとして、以下のものを収集することができた。

 1)歯科疾患の予防技術・治療評価に関するフッ化物応用の総合的研究、平成12年度研究報告書(主任研究者:高江州義 )(厚生科学研究)(添付文献10)

 2)日本口腔衛生学会フッ化物応用研究委員会編「フッ化物応用と健康――う蝕予防効果と安全性――」 1998 年、財団法人口腔保健協会発行(添付文献11)

 上記2つ(1-2)は、多数の科学論文を引用して、総合的にフッ素の有効性と安全性を論じた結果、フッ素応用を推進する立場をとっている代表的な文献、書物である。

 3)高橋晄正、「むし歯の予防とフッ素の安全性」1982年、薬を監視する国民運動の会 発行(添付文献12)

 4)高橋晄正、日本フッ素研究会編著、「あぶないフッ素によるむし歯予防」労働教育センター発行(添付文献13)

 5)Ad Hoc研究会(日本フッ素研究会内)、高橋晄正ら『解説「フッ素の効用と危険」

  ――米国公衆衛生局Ad Hocレポート邦訳――フッ素研究No17, p16-48、1997 (添付文献14)

 上記3つ (3-5)は、多数の科学論文を引用して、総合的にフッ素の有効性と安全性を論じた結果、フッ素応用は有効性よりも危険性が上回ることを指摘した代表的な書物および論文である。

 〔2〕個々のオリジナル文献

 上記のように、フッ素の有効生と危険性の両面にわたって極めて体系的な systematic review (overview) (NHS CRD のレビュー) および、水道水のフッ素添加の問題ではないが、閉経後の骨粗鬆症に対するランダム化比較試験を systematic reviewした結果がなされていた。日本においても、多数の科学論文を引用して、総合的にフッ素の有効性と安全性を論じた結果、フッ素応用を推進すべきと結論している論文や書物と、逆に、有効性よりも危険性が上回ることを指摘してフッ素は使用すべきでないと結論した論文や書物が幾つか存在した。

 このため、これらで引用されている論文を中心に、水道水フッ素化の有用性を強く主張し、推進している人あるいはグループが、その主張の重要な根拠としている論文や、水道水フッ素化の危険性を強く主張し、フッ素化に反対する人あるいはグループがその主張の重要な根拠としている論文が含まれているかどうかを調査し、それらが含まれている場合には特定し、特に詳細に評価検討した。

 水道水へのフッ素添加を推進する日本の個人あるいは団体の主張する根拠となった論文も、水道水へのフッ素添加が危険として反対する日本の個人あるいは団体の主張する根拠となった論文も、日本の論文以外には、NHS-CRD の systematic reviewに、ほとんどすべてが包含されていた。したがって、基本的には同じ論文をもとに議論がなされていると考えられた(要はその論文のデータの解釈の問題と考えられる)。

 〔3〕 systematic reviewが存在しない場合

 上記〔1〕で示した systematic reviewが存在しない場合には、独自に文献収集を行うこととしたが、NHS-CRD による systematic reviewは極めて体系的なものであり、さらにコクランライブラリーで検索できた、閉経後の骨粗鬆症に対する「ランダム化比較試験」の systematic reviewも有用であった。またこれら二つの systematic review は、ほぼ完全に、今回の調査研究の目的に合致するものと考えられた。したがって、独自に必要な論文収集のための検索は実施しなかった。

  なお、アメリカDepartment of Health and Human Services (DHHS)によるReview of Fluoride "Benefits and Risk"(February 1991) は、 systematic reviewの質としては優れたものではなかったが、発癌性の疫学調査はどの報告よりも詳細に検討がなされており参考にした。


目次へ  次へ