green35_back.gifgreen35_up.gifgreen35_next.gif


 言葉を失うような不幸な事件が大阪で起きた。小学校の児童殺傷事件。今回は、この事件で話題になっている精神安定剤について考えてみたい。 

 事件直前の精神安定剤服用は否定されたようなので、事件への薬の影響を云々(うんぬん)できる段階ではない。ただ、精神安定剤は、本当に必要な人だけでなく、非常に乱用されている薬である。病院にかかっている人のほぼ3分の1は、なんらかの精神安定剤を使っている。例えば睡眠薬はすべてこの仲間だ。精神安定剤のために、かえって精神が不安定になっている人も本当に多いのだ。

 精神安定剤には、精神分裂病に使う系統=神経遮断剤と、不安や強迫感などを主体とする神経症(ノイローゼ)に使う系統=抗不安剤がある。

 前者は以前、メジャートランキライザー(強力安定剤)と呼ばれたように、文字通り効果も副作用も強力。一方、後者は、マイナートランキライザー(緩和安定剤)と呼ばれたが、では「軽い」「やさしい」だけかと言うとそうではない。非常に早く効く強力な睡眠剤もこの系統の中にあり、名前に似合わず、その害は重く大きい。

 例えば、10年ほど前にも問題になったトリアゾラム(商品名ハルシオンなど)。飲み始めは素早く眠れ、目覚めもよいためやみつきになりやすい。高価格で裏取引もされている。だが3時間ほどしか効かないから夜中に目覚め、かえって眠れなくなる。常用すると効く時間は短くなり、必要量が増し、依存症になりやすい。昼間も判断力や記憶力が落ちて、イライラや不安が募り、興奮しやすくなる。高齢者は痴ほう症状が現れることもある。依存症になって、急にやめると、禁断症状として痙攣(けいれん)や幻覚まで生じる。アルコールとそっくりだ。

 深酒で本当に記憶がなくなることがあるように、この系統の睡眠剤を飲むと、途中目覚めた時など、一見ふつうに行動しているのに、本人はしたことを全く記憶していないことがある。「前向き健忘」現象だ。

 米国では、依存症になった人による射殺事件も起きた。英国やオランダではすでに禁止したが、日本では依然ごくごく一般的な薬だ。安定を求める薬が社会の安定を脅かす、そんな「薬害」に早く気づいてほしい。

薬の診察室 (朝日新聞家庭欄に2001年4月より連載)  医薬ビジランスセンター
                                  浜 六郎