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 大けがや手術の後、数日で亡くなる人がいる。けがや手術で傷ついたところから菌が入り、敗血症を起こすためだ。

 人と菌との均衡を崩す最大の原因はこのように、傷である。

 人の最強の防御壁は皮膚。角質というすべすべの表層が、菌の侵入を防ぐ。だが、けがをすると、そこから菌が入る。大きく深く傷つくと、菌も多くなるし、血管内にも入り込み全身に回る。やけどの際にも皮膚は大切、皮膚の表層がはがれると、とたんに菌に感染しやすくなる。だから、やけどの水膨れを針でつついたり、かさぶたをはがしたりしないほうがよい。

 次の防御壁は口・鼻・気管支・胃・腸などにある粘膜だ。呼吸や消化を担当する臓器だから、粘膜は硬い角質のかわりに粘液や非常に細かい毛で覆われ菌の侵入を防いでいる。大気を汚す亜硫酸ガスや光化学スモッグなど化学物質やたばこの煙は、粘液や細毛を攻撃する。気管支や鼻の粘膜が傷つくと、侵入菌と化学的な刺激とで、気管支炎や肺炎を起こしやすくなる。親がたばこを吸うと、子どもも肺炎などを起こしやすい。

 また、胃では、強力な塩酸「胃液」が出て、侵入菌を腸に持ち込まないよう阻んでいる。この胃液で自らがやられないために、胃の粘膜は分厚い粘液で保護されている。この粘液がやられると胃は傷つく。強敵は濃いアルコールと抗炎症鎮痛剤だ。

 ふつうは菌が付かない血管内部も、いったん傷つくと、そこに菌が付き増える。関節を打撲した後、皮膚に傷がないのに関節に膿(うみ)がたまり、敗血症を起こす人がいるが、これは、のどなど別のところから血管に入った菌が、関節内の傷ついた血管に付き、そこで増えて関節炎を起こしたと考えられる。

 人の体は、けがだけでなく、化学物質や紫外線、放射線、寒冷や熱など物理的な刺激によっても傷つく。いったん傷ついた部位には菌はすみ着きやすく、そこから病気になりやすい。

 人と菌の均衡を崩すのは、寒さもそうだ。人側は血の循環が悪くなるのに、インフルエンザウイルスは活発になるからだ。

 傷と菌との関係は、薬の効き方や副作用を理解するための基本だ。バイ菌同士の均衡を崩す最大の原因は、本来治療に使う抗生物質。次回はこれを。

薬の診察室 (朝日新聞家庭欄に2001年4月より連載)  医薬ビジランスセンター
                                  浜 六郎