『薬のチェックは命のチェック』No11(7月20日発売)に掲載予定の「プロトピック軟膏」に関する記事を、その緊急性と重要性を考え、著者と『薬のチェックは命のチェック』誌編集部の了解を得て『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No19としてお届けします。
アトピー性皮膚炎の治療にはステロイド剤がよく使われます。長期にステロイドを使用して依存になったり、ステロイドそのものによる皮膚炎もあり、ステロイド自体も問題です。では、4年前にアトピー性皮膚炎に許可されたプロトピック軟膏はどうでしょう。
プロトピック軟膏の主成分はタクロリムス。腎臓移植などの拒絶反応を抑える目的で開発された免疫抑制剤です。移植で使うと大人で数%、小児では10%もリンパ腺のがん(悪性リンパ腫)が誘発されます。軟膏でも「明らかに発生する」と厚生労働省では考えていたというのに、この5月9日、薬事・食品衛生審議会の医薬品第一部会が2歳以上の「アトピー性皮膚炎」へのプロトピック軟膏0.03%承認を了承しました。6月26日には、薬事・食品衛生審議会、薬事分科会(以前の中央薬事審議会に相当する審議会)で審議される予定です。
こんな危険なものがなぜ許可されたのでしょう?
承認のカラクリをみてみましょう。
大人用のプロトピック軟膏が承認されたときの議事録がでています(その後新薬検討の審議会は非公開で議事録も公開されていません)。アトピー性皮膚炎の皮膚は、ひっかき傷などのため塗り薬の成分が全身に吸収されます。ひどい場合には臓器移植で使う濃度にまで高くなります。これを心配したからこそ厚労省の「リンパ腫に関しては、これはもう明らかに発生する」と発言したのです。
ところが、最終的には、メーカーの主張をとりいれ、利点が危険を上回ると判断したのです。厚労省も認めたメーカーの主張は、
したがって、プロトピック軟膏は人に免疫抑制状態を導かず、リンパ腫が発現する可能性はほとんどない、
という趣旨の主張です。ではどこにカラクリがあるのか見ていきましょう。
マウスに2年間塗って、プロトピック抜きの軟膏と比較してがんの発生を比較した動物実験の結果が図1です。がんも悪性リンパ腫も0.03%群ですでに増加しています。統計学的に検討しても意味のある差で、安全量は、このデータでは分かりません。
図1-a はがん全体です。プロトピック抜き軟膏より2.7倍がんになりやすいと判断できます。この判断は1000に1つも間違いありません。間違う確率が20分の1未満なら統計学的に意味があるとされていますので、その確かさが分かるはずです。図1-b の悪性リンパ腫には2.7倍なりやすく、間違う確率は100分の1未満でした。
これ程はっきりとした差を、メーカーも厚労省もなぜ有意でないと言えるのか。ちょっと専門的になりますが、統計学(注)の悪用そのものです。
注(Peto mortality prevalence test):多くの症状への薬剤の影響を調べる際、それぞれの症状にp<0.05の危険率を適用すると、20項目なら、その一つがp<0.05になる確率はp=0.64。これを適切に扱う統計解析方法が多重解析法。Peto mortality prevalence testはその手法の一つ。プロトピック軟膏の実験の場合は、がん全体として有意に高率であるので、多重解析で検討する必要はない。この手法は有意の差が出てほしくない時の言い逃れにしばしば用いられる。プロトピック軟膏の場合もこれを応用(悪用)した典型的な例。
コレステロール(本誌No2)の特集でもふれましたが、人の体にはがんが常に発生しています。50歳を超えると35%程度の男性が前立腺がんをもっています(本誌No10)。これが本格的にがんにならないのは免疫作用のおかげです。がん化した細胞を必殺仕事細胞(キラーT細胞)がやっつけてくれているのです。その大切な免疫力を抑制するとどうなるでしょう。がん細胞には敵がいなくなり、体のなかで暴れ放題になります。本格的ながんはこうしてできるのです(図2)。メーカーは次のように言います。
「マウスの自然発生リンパ腫はウイルス性と考えられている。免疫抑制剤投与による免疫低下状態はウイルス感染細胞に対する発がん監視機構を抑制して腫瘍発生を高めるとされ」、「腫瘍発生の亢進に二次的に関与する」「ヒトのリンパ腫もウイルスが発症要因の一つであるから、リンパ腫に対する本剤のリスクファクターとしては、ウイルスが顕在化した細胞およびがん化した細胞の排除を抑制する全身免疫抑制作用にあるものと推察される。」
いろいろ書いてありますが要は、「リンパ腫は、マウスもヒトもウイルスが主な原因。免疫抑制で、もともとあるがんが現れるのが助長されるだけ。プロトピックで悪性リンパ腫ができたといっても、がんそのものを発生させるわけではないから問題ない」と、メーカーはいいたいようです。これって「私は殺人を助けただけだから罪はない」という主張に似ていませんか。
0.1%軟膏はがんを20倍から30倍増やしています。自然のままで1000人のがん患者がでるとすれば、それがプロトピック軟膏を使うと2〜3万人になる勘定です。これで果たして罪は少ないといえるでしょうか。
免疫抑制でがん化を助けるにしろ、直接手を下す別の方法にしろ、この事実は極めて重大です。だからこそ、厚労省側でも「リンパ腫に関しては、これはもう明らかに発生する」と言ったのです。0.03%でもがんを3倍にするのですから、「免疫抑制のため」とあたかも安全であるかのように言うのは、カラクリとしても、お粗末です。
「マウス0.03%群の血中濃度とくらべても、人のアトピー性皮膚炎患者の血中濃度やAUCは十分低い。」と、メーカーは(学者も)、人に用いた場合の血中濃度が平均的には低いこと、塗り始めは血中濃度が高くても急速に低下することなどから、安全と言います。
しかし、血中濃度が移植に使う際の濃度(10〜20ng/mL)に達するヒトが6人中2人いました。1年後にも移植に際の濃度の2分の1から10分の1の濃度という危険域になる人が相当数にのぼります(しかもAUC=曲線下面積という指標で比較すると1回5g、1日2回で54.8ng・h/mL。マウス0.03%群のAUCは58〜234ng・h/mLだから近い)。濃度を測定できないような低濃度でも確実に免疫抑制されていますし、がんにならない濃度はまだ分かっていません。だから、がんが増えることはまず間違いありません。
メーカーは、次のように言います。
感染症は免疫抑制状態の一つの指標だが、臨床試験では感染症は、本剤に起因したと考えられる全身性感染症はほとんどみられていない。したがって、臨床の用法・用量では強い免疫抑制状態を導かないものと考えられる。臨床上の注意を考慮すれば、タクロリムス軟膏を使用する患者においてリンパ腫が発現する可能性はほとんどないものと推察する。
これにはどのようなカラクリがあるのでしょう。「本剤に起因したと考えられる」「ほとんどない」が問題です。日本の臨床試験の特徴ですが「本剤に起因するかどうか」を個々の医師が判定しています。動物実験ではメーカーが判定します。関連がありそうな感染症を勝手に取り除くことが可能なのです。2年間のマウス実験では細菌性心内膜炎という死亡につながる感染症が0.1%群のマウスで有意に高率でした(アメリカのデータから判明)。「ほとんどない」というのもウソです。きちんと見れば、「本剤に起因する」ものも、「ある」のです。
米国の小児を含む3件のランダム化比較試験を総合すると(図3)、プロトピックの濃度が濃くなるほどインフルエンザ様症状が高くなっています。そのほか、基剤群では全く報告されていない肺炎が、プロトピック軟膏群で2例あり「因果関係なし」と判定されています。小児の長期臨床試験で肺炎2例、ウイルス性髄膜炎、単純ヘルペス全身感染症など感染症が21件報告され3例以外は「関連なし」と判定。成人でも蜂巣炎や角膜潰瘍などの感染症を中心に、16例のうち因果関係があると判定されたのは4例だけで他は葬られています。
日本の臨床試験でも肺炎や敗血症、感冒、尿路感染や上気道炎など、免疫抑制に関連すると思われる皮膚以外の全身感染症が38件報告されていますが、1件(上気道炎)を除いてあとは「関連が否定され」、葬りさられています。
「本剤に起因する感染症はない」というのは、このようなカラクリによるのです。
子どものアトピー性皮膚炎は、相当ひどくても大人になれば、たいてい治ります。アトピー性皮膚炎の治療目標は、いかに「薬剤連用からおさらば」できるかです。ところが、プロトピック軟膏を長期に連用した場合に、がんの心配はもちろん、もとの皮膚炎そのものも悪化するのです(図4)。
マウスでは(2年間で)、皮膚炎が4倍から6倍も起きました(間違う確率は1000分の1よりはるかに低い。皮膚炎症細胞浸潤や表皮肥厚というのは皮膚炎を意味します)。0.03%でも5倍前後ですから、はるかに低い濃度でも起きるのは確実です。
臨床試験では実際、灼熱感が60%、ヒリヒリする刺激感も30%を超えています。これらの刺激が長期続けば、マウスで生じたような皮膚炎がヒトでもかならず生じます。
したがって、子どもではいずれは治まるはずの皮膚炎に使用して、短期的には一時期アトピー性皮膚炎はおさまったかに見えても、長期間塗り続けると、そのためにも皮膚炎を起こし、もとのアトピー性皮膚炎とプロトピック軟膏で起きた皮膚炎とが混在してきます。これでは、皮膚炎はますます悪化するばかりです。そのうちがんができることになります。2歳の子に塗り続けたりすると、成人するまでにがんができる可能性だってあります。生殖機能への影響、次世代への影響もありえます。そうなった場合、その責任はだれがとるのでしょう。ステロイド剤よりもはるかに危険です。
プロトピック軟膏の安全性は、カラクリによって作られたものであることが分かりました。実は極めて危険なものです。小児用とされる0.03%の濃度でも長期使えば皮膚炎そのものが新たにでき、がんや感染症が多発する危険性が極めて高いといえます。死亡率まで増えるはずです。小児への承認は極めて危険です。承認すべきではありません。成人でも長期的にみて、危険の方が大きいと考えられますので、中止すべきでしょう。
すでに使用したことのある患者さんや、現在使用中の患者さんはすべて登録しておいて、悪性リンパ腫をはじめ、すべてのがんや入院を要する感染症がどうなるかみていく必要があります(使っていない人と厳重に比較しないといけません)。
この記事は、島津恒敏医師(アレルギー科、小児科)と医薬ビジランス研究所が共同で検討し、TIP誌6月号に掲載した論文をもとにしています。
島津恒敏、浜六郎、プロトピック軟膏(タクロリムス水和物)は危険-小児予定濃度(0.03%)でも悪性腫瘍を3倍増、TIP誌2003年6月号
同上、『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No18(2003.6.12)