プロトピック軟膏0.03%小児用が本年7月17日に承認された。承認前,承認後にも再三にわたって藤沢薬品に対して,新薬承認情報集をはじめ承認の根拠になった情報を請求していたが,「情報は提供しない」旨の回答があり,臨床試験論文1編と宣伝用パンフレットの一部が送付されてきたのみであったので,正確な承認条件が不明であった。
このほど,ようやくインターネット上に,新薬承認情報集の内容が公表された1,2)ので,改めて,正確な承認条件を紹介し,本件に関して薬事分科会で検討され,いかなる変更が成されたかについて考察を加えたい(なお,すでに校了してからの公表であったため,とりあえずの検討であることをお断りしておく)。
6 月26日の薬事分科会での検討後(分科会検討後と略す),医薬食品安全局審査管理課による審査報告書(3)(7月14日付け)1)では,新たに上記4点の条件が加えられた。
発がんリスク情報の提供のために配布されている説明書が,先に紹介した「プロトピック軟膏0.03%小児用−「使用上の注意」の解説」である3)。がんの報告は受けたことが記載されているが,プロトピック軟膏との関連については,すべて否定的に記載されている。これでは,真の情報提供,真のインフォームド・コンセントにはなりえない。
「追跡調査」に関しては,医薬品医療機器審査センターによる2003年4 月24日づけ審査結果1)でも,全身の腫瘍の発生についても一応の懸念はしていたものの,中心的関心事はアメリカで問題にされている皮膚癌であった。その結果,承認条件は,「本薬の長期使用例について,免疫抑制作用に伴う有害事象の発現状況を調査すること。」と,皮膚癌を含め,全身の発がんに関する追跡調査の必要性は,承認の条件には明記されなかった。具体的な追跡の方法などについても,「長期使用時の安全性に関する市販後調査の必要性があると考える。」とするにとどまっていた。
審議会検討後には,全身の腫瘍に関しても追跡の必要があること,具体的な追跡方法に関しても,製薬企業に提出させているが,まだ具体性と,実効性は疑問である。
しかし,承認条件として,新たに「本剤のがん原性に関し,更なる知見を得ることを目的とした試験を実施し,その結果を報告すること」が課されることになった意義は大きい。
以下に、医薬食品安全局審査管理課の審査報告書(3)を転載する
平成15年6月26日に開催された薬事分科会において、承認して差し支えないものとされたが,(1)発がんを含めたリスク・ベネフィットについて患者に対するインフォームドコンセントを徹底すること,(2)専門医への使用限定,(3)追跡調査が可能な体制の整備,(4)塗布がん原性試験の追加試験の実施,について申請者に検討させたうえで,その対応を確認することとされた。
これに対し申請者より,以下を内容とする同答書が提出された。
(1)について,本剤がステロイド剤無効の患者などいわゆる2次選択薬であること,発がんリスクを含めた安全性等について記載した患者(または保護者)に対するインフォ一ムドコンセントを取得するために使用する説明書のフォームを作成し,医療機関等へ配布する。
また,添付文書については,警告欄に「マウス塗布がん原性試験において,高い血中濃度の持続に基づくリンパ腫の増加が認められている。また,本剤との関連性は明らかではないが,外国においてリンパ腫,皮膚がんの発現が報告されている。本剤の使用にあたっては,これらの情報を患者又は代諾者に対して説明し,理解したことを確認した上で使用すること。」と記載し,インフォームドコンセントを取得した上で本剤を使用するよう徹底するとともに,医師向けの使用ガイダンスや患者向けの説明文書にも本剤のリスクについて記載する。
(2)について,添付文書の警告欄に「本剤の使用は,小児のアトピー性皮膚炎の治療法に精通している医師のもとで行うこと。」と記載する。さらに,医師向けのインタビューフォーム,使用上の注意解説書,使用ガイダンス,製品情報概要及び患者指導リーフレット等の提供並びに学会や研究会等において適正使用の周知徹底を図る。
(3)の追跡調査が可能な体制の整備について,患者白身が治療履歴や処方に関する情報を管理するための「アトピー性皮膚炎手帳」(仮称)を作成し,医師より患者に配布し治療歴等の管理を支援する。そのため,治療開始前のインフォームドコンセント取得の際に「アトピー性皮膚炎手帳」(仮称)で情報管埋を患者又はその代諾者に勧める。
なお長期の安全性を確認するため,海外において実施計画中である皮膚がん及び全身性悪性腫瘍の発現リスクを検討するための約8000例のグローバル登録試験(登録日から最大10年間)の一部又は単独で国内でも約250例の皮膚がん等悪性腫瘍発現リスクに関する特別調査(最大10年間の追跡調査)を実施するとともに,約1000例の長期使用に関する長期特別調査(3年間)及び長期特別調査参加例を7年問追加でフォローする「皮膚がん等悪性腫瘍発現リスクに関する長期特別調査後の追加特別調査」(約1000例のうち移行可能例)を実施する。
(4)については,適切な試験計画を検討の上,追加試験を実施することとされた。 以上の提出された回答の内容を確認した。 なお,承認条件として「本剤のがん原性に関し,更なる知見を得ることを目的とした試験を実施し,その結果を報告すること」を課すこととした。
TIP誌2003年6月号および、7月号のプロトピック軟膏関連の記事に一部誤りがありました。また、より適切な文章にするために下記のように訂正させて頂きます。下線部が訂正個所
メーカーの資料10)では、0.1%の雄ではリンパ腫がPeto mortality prevalence 解析の結果、統計学的にも有意の増加を示したが、0.03%群では雌雄いずれもリンパ腫の増加はなかったとされている。
がん原性試験では、悪性腫瘍(以下「癌」で代表する)全体の比率が高まるかどうかが最も重要である。癌が発生すれば、いずれの部位でも生命に危険だからである。全部位の癌発生率に差がない場合には、ある特定の部位の癌に対して影響がないかどうかを分析するために、部位別の解析をする。その際、多数の仮説(一臓器あたり一つの仮説)を検定することになるため、多重解析の弊害を解決するためにPeto mortality prevalence 解析が行われる11)。全部位合計の癌が有意に増加している場合には、部位別解析で有意の差は必ずしも必要でない。
メーカーの資料10)では、0.1%の雌雄で、悪性腫瘍数およびリンパ腫がPeto mortality prevalence 解析の結果、統計学的にも有意の増加を示したが、0.03%群では雌雄いずれも、悪性腫瘍数およびリンパ腫の増加はなかったとされている。
がん原性試験では、悪性腫瘍(以下「癌」で代表する)全体の発生割合が高まるかどうかが最も重要である。癌が発生すれば、いずれの部位でも多くの場合生命に危険だからである。生存率に差がなければFisherの直接確率法、差があればPeto mortality prevalence 解析11)11-b)が行われる11-c)。0.1%群は生存率に差があり、0.03%群は生存率に差はなかったので、0.1%群はPeto mortality prevalence 解析をし、0.03%群はFisherの直接確率法を用いて検定すればよい。
なお、Fisherの直接確率法により計算したp値を補足する
p67右カラム下から12行目:「全部位悪性腫瘍発生割合」のp値は0.000530.03%群の血中濃度は人のアトピー性皮膚炎患者の血中濃度やAUCに比較して十分低い。
0.03%群マウスの血中濃度に比較してアトピー性皮膚炎患者の血中濃度やAUCは十分低い。
表2 タクロリム平均AUC値、平均全血濃度、過剰がん発生割合(%) | ||||
---|---|---|---|---|
タクロリムス | タクロリムス | 過剰がん発生割合 | ||
タクロリムス | 平均AUC | 平均全血濃度 | (%) | |
濃度(%) | 雌雄別 | (ng・h/mL)* | (C)(ng/mL) # | P×100 |
軟膏基剤群 | 0 | 0 | 0 | |
0.03% | 雄 | 139 | 5.8 | 28 |
0.03% | 雄 | 190 | 7.9 | 56 |
0.1% | 雌 | 384 | 16.0 | 81 |
0.1% | 雌 | 581 | 24.2 | 100 |
*1w, 6M, 12MにおけるAUC値の幾何平均 #=AUC/24 r=0.967, p<0.01 r2=0.94
表2 タクロリム平均AUC値、平均全血濃度、過剰がん発生割合(%) | ||||
---|---|---|---|---|
タクロリムス | タクロリムス | 過剰がん発生割合 | ||
タクロリムス | 平均AUC | 平均全血濃度 | (%) | |
濃度(%) | 雌雄別 | (ng・h/mL)* | (C)(ng/mL) # | P×100 |
軟膏基剤群 | 0 | 0 | 0 | |
0.03% | 雄 | 139 | 5.8 | 28 |
0.03% | 雌 | 190 | 7.9 | 56 |
0.1% | 雄 | 384 | 16.0 | 81 |
0.1% | 雌 | 581 | 24.2 | 100 |
*1w, 6M, 12MにおけるAUC値の幾何平均 #=AUC/24 r=0.967, p<0.01 r2=0.94
なお、有意の差がないとの結論の根拠となったPeto mortality prevalence 解析は、多重解析の弊害を解決するために行われるものです。免疫抑制によって全部位のがん増加が予想されるこの実験で、実際に全部位のがんが有意に増加しているのですから、部位別に多重解析する必要はありませんし、意味がありません。
なお、有意の差がないとの結論の根拠となったPeto mortality prevalence 解析は、生存率に差がある場合に行われるものです。0.03%群の生存率には有意の差がありませんでしたから、Peto mortality prevalence解析する必要はなく、癌もしくは悪性リンパ腫の発生割合をFisherの直接確率法によって解析することができます。