「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療および予防方法の確立に関する研究」班(主任研究者:森島恒雄)(「研究班」と略)により作成され2005年11月に公表された「インフルエンザ脳症ガイドライン」(「脳症ガイドライン」[1]と略)について意見が求められています。
脳症ガイドラインは、適切な診療ガイドラインの手法・手順を踏んでおらず、予防方法にも全く触れていません。これらの点を含め計8項目にわたり、厳しく批判する意見書を、『薬のチェック』など3団体は4月14日、川崎二郎厚生労働大臣、健康局長、医薬食品局長など関係部局、研究班責任者、小児科学会に対して送付しました。また、合わせて各項目に対する、厚生労働省、研究班、および小児科学会の見解を求めています。
意見書では、厚生労働省と研究班が、遅ればせながら脳症へのジクロフェナクなど非ステロイド抗炎症剤の関与を指摘したこと、非ステロイド抗炎症剤の使用規制により脳症減少に貢献したことは評価しています。しかし、「治療および予防方法の確立に関する研究班」によって作成されたものでありながら、ジクロフェナクの添付文書にも記載されている「ウイルス感染の解熱に使用しない」という確実かつ優れた脳症予防法について全く記載していないことを厳しく批判しました。
今回の「脳症ガイドライン」は、現場に混乱をもたらすガイドラインであると考えます(同趣旨の報道用資料も用意してあります)。
そもそも、「インフルエンザ脳症」は、感冒など他のウイルス感染後の重篤な脳症(ライ症候群や急性壊死性脳症など)と、その病像は病因について、オーバーラップや異同が議論されており、疾患概念そのものが未確立な「症候群」であり、確立された単一疾患ではない。ところがその「インフルエンザ脳症」が、あたかも確立された単一疾患であるかのように扱われ、その周辺にさらに多数存在すると考えられ、同様に重篤で対策が必要である「感冒など他のウイルス感染後の重篤な脳症」[2-8]が無視され、インフルエンザ感染後の脳症だけに焦点があてられて脳症ガイドラインが作られているのは極めて不適切である。
対策が講じられるべきは、広く「ウイルス感染後の重篤な脳症」であるにもかかわらず、インフルエンザ以外のウイルス感染は無視されている。
ライ症候群などウイルス感染後の重篤な脳症との異同を明確にし「症候群」としての疾患概念を明確にすべきである。
趣旨・目的の項でも指摘したとおり、感冒などウイルス感染を先行感染症として発症する重篤な脳症(ライ症候群など)とインフルエンザ脳症との異同、解熱剤として用いられる非ステロイド抗炎症剤(以下NSAIDs)の発症危険因子としての重要性とそれを考慮した予防方法の重要性、オセルタミビルと死亡との関連、など、臨床的に重要な疑問がそもそも設定されておらず、疑問が設定されている場合でも適切ではなく、診断、治療方法の有効性や安全性、推奨の根拠が極めてあいまいである。到底EBMの手法による診療ガイドラインとはいえず、2001年の厚生労働省研究班による「診療ガイドライン作成の手順」にも則っていない[9,10]。適切なEBMの手法と手順による診療ガイドラインとすべきである。
日本で実施された症例対照研究などから、解熱剤として用いられたNSAIDsが、死亡脳症の発症危険因子であることが判明している[2-8]。ところがそのことが、脳症ガイドラインに反映されず、単なる予後不良因子であるという間違った解釈に基づく判断が述べられている。解熱目的でのNSAIDs使用は、単に予後不良因子でなく、死亡脳症の発症危険因子と位置づけるべきである。
診療ガイドライン、特に予防手段が明瞭に存在する疾患の診療ガイドラインでは、その予防方法は欠かすことのできない重要な柱の一つである。この脳症ガイドラインは、「治療および予防方法の確立に関する研究班」によって作成されたものでありながら、「予防」に関する項目が皆無である。
なかでも、「解熱剤として使用するNSAIDs」は症例対照研究などで発症危険因子であることが判明し[4-8,11-13]、介入によってNSAIDs使用割合の減少に見合う死亡割合の減少が見られた[8]ことから、「NSAIDsをウイルス感染の解熱剤として使用しないこと」は、インフルエンザ脳症に限らず、感冒などウイルス感染後の重篤な脳症の最も有効な予防方法であることが判明したにもかかわらず、この「脳症ガイドライン」の予防対策として全く述べられていない。また、ケイレン誘発、低血糖誘発などを通じて脳症を生じうる薬剤[14,15]、中枢抑制性脳症の原因としてのリン酸オセルタミビル(タミフル) [8-a,b,16-18]に対する使用規制などについても全く触れられていない。
解熱目的でのNSAIDs不使用を、死亡脳症の予防対策の中心に据え、その他、防止可能な薬剤の使用規制を適切に行うべきである。
タミフル使用後の中枢抑制に伴う低体温・意識障害・異常行動(言動)・呼吸抑制・睡眠中の突然死などは、すべて十分起こりうる中枢抑制に基づく害反応である[8-a,b,16-18]が、その可能性について何ら言及がない。これらを、タミフルによる害反応(副作用)ととらえ、他のタイプの脳症との鑑別を明確にすべきである。
ランダム化比較試験ではなく、ケースシリーズのデータを並べただけのグラフ(しかも例数の明示もなし)では、全く根拠にならない。このような不適切なデータで推奨されているパルス療法は、危険である可能性が高い。根拠のないステロイドパルス療法は推奨すべきでない。
研究者、脳症ガイドライン作成委員(専門家も市民も)の利益相反について、全く記載がない。企業などとの関係について明確に記載すべきである。
研究班の班員および協力者など脳症ガイドラインの作成にかかわったと見られる人があげられており、市民・患者の代表も1人参加している。しかしながら、研究者や市民・患者の中には、ライ症候群や脳症の原因としてNSAIDs解熱剤など薬剤を重視する考えを持つ人物が1人も入っていない。ライ症候群や脳症の原因としてNSAIDs解熱剤など薬剤を重視する考えを持つ人物をも研究班に入れるべきである。