TIP「正しい薬と治療の情報」2003.6月号予定論文の速報
TIP誌で6月号記事として掲載予定のプロトピック軟膏に関する論文を、その緊急性と重要性を考え、著者と、TIP誌編集部の了解を得て『薬のチェックは命のチェック』インターネット速報版No18としてお届けします。
プロトピック軟膏0.1% (タクロリムス水和物0.1%軟膏)が「アトピー性皮膚炎」を適応症として1999年6月に承認され、11月に販売が開始1)されてから、約4年が経過した。当初、小児には使用経験はなく、経皮吸収は不明で安全性は確立していないので使用しないこと、とされていた。ところが、2003年5月9日に薬事・食品衛生審議会の医薬品第一部会が、2歳以上の「アトピー性皮膚炎」を効能効果として、プロトピック軟膏(0.03%小児用)の承認を了承したと報じられた2)、実質的審議は終了したとの受け取りかたもあるが、6月26日に開催される予定の薬事食品衛生審議会の薬事分科会での審議と、厚労省としての承認の手続きをまだ残している。
タクロリムスは臨床使用常用量において明瞭に悪性リンパ腫を誘発する物質である。それがなぜ、 許可されたのか? 成人よりもさらに免疫が未発達段階にある小児でなぜ承認が了承されたのか、危険性はほんとうに許容できる程度なのか、その安全性と効力とのバランスについて検討する。
小児の移植後にタクロリムス水和物(以降、タクロリムス)を全身使用後、日本3)でも、外国4)でも、 悪性リンパ腫が10%前後に発症したことが紹介されている5)。アトピー皮膚炎の掻破痕やビラン面からの著しい吸収から、0.1%のプロトピック軟膏でも経口剤使用時と同等の血中濃度になりうることから、その承認の審議の際にも、厚労省審査事務当局から「悪性リンパ腫は明らかに発生する」との認識が表明されている6)。
臨床現場においても問題は少なくない。2週間使用して効果の乏しい場合は使用を中止することと付記されてはいる7)。しかし、中止による症状再燃で使用が長期化し、症状が改善せず受診した患者の中にはすでに3〜4年間プロトピック軟膏を塗布し続けてきた人がおり、このような人では発癌が懸念される。タクロリムス外用に紫外線被曝が重なると、皮膚ガンの発症率が増加(発症に至る時間が短縮される)し、死亡率が増加することが動物実験で明らかにされているが、紫外線をさけられない顔面に何年も塗布し続けられている現状を考えると、薬剤誘発性の皮膚ガン多発の可能性は当然危惧される。注意書きに「使用禁忌」とされながら、妊娠中も皮膚科専門医から何の注意もされずに処方され、出産後に子供への影響を危惧して来院する患者も経験している。このように、(1) 長期使用に伴う発癌の危険性(悪性リンパ腫や皮膚癌など)、(2) 紫外線被曝のある顔面への塗布と発癌、(3) 妊婦に対する禁忌の不徹底など、臨床上さまざまな問題を抱えている。
なお、小児への使用は未承認であり、日本において小児に使用したデータは基本的には未公表である。そこで、我々は、すでに公表されたデータ、および、藤沢薬品工業に請求し提供されたプログラフカプセルおよび、プロトピック軟膏0.1%それぞれの承認の根拠となったデータ、さらにはアメリカFDAが公開しているデータに基づいて分析した。藤沢薬品工業に請求し提供されたデータのなかには「未公表資料」あるいは[CONFIDENTIAL](秘密)との表示があるが、特別の制限(条件)なく自主的に提供された情報であり、その有効性と安全性の検討のためには、極めて重要な意味を持つものであるので、主要データを開示することをあらかじめお断りしておく。
タクロリムスは、製品インタビューフォームによれば、1984年、藤沢薬品が放線菌Streptomyces tsukubaensisの代謝物の中から見いだしたマクロライド系の新規免疫抑制剤である。
当初は、移植に際しての拒絶反応や移植片対宿主病(GVHD)の治療を目的とした免疫抑制剤として開発された。日本では、1993年にまず腎移植や肝移植(拒絶反応)、骨髄移植(拒絶反応とGVHD)を適応として、1mgカプセル(プログラフ)が承認され、1993年6月から販売されている。その後、0.5mg、5mgカプセルも承認され(肝移植、腎移植、骨髄移植)、適応症としては、移植では心移植が追加され(0.5mg、1mg、)、一般の疾患としては、全身型重症筋無力症(胸腺摘出後の治療においてステロイド剤の投与が効果不十分、又は副作用により困難な場合)が追加された(0.5mg、1mg)。
タクロリムスは、T細胞とくにヘルパーT細胞によるTFN-αやインターロイキン(2,4,5)などのサイトカイン産生や、肥満細胞によるヒスタミン遊離の直接抑制などの薬理作用が認められたことから、アトピー性皮膚炎に対する効果が期待され、まず成人に対する開発が開始された。
プロトピック軟膏0.1%は、「アトピー性皮膚炎」を適応症として1999年6月承認され、同年11月に販売が開始された。メーカーから、「アトピー性皮膚炎」全般を適応症として申請されたが、審査センターの最初の審査概要書(1998年10月)では、「小児に対する検証的な試験は行われていないことから『成人におけるアトピー性皮膚炎』と明記させた。」と記載している。ところが、添付文書の承認適応症を見ると「成人における」が除かれている。その後、「効能・効果において対象を成人に限定することの妥当性について疑義が生じたため、厚生省関係各課との協議の結果、警告欄に記載し、効能・効果から「成人における」が除かれることになったものである。
プロトピック軟膏の承認審査では、当局が審議に相当苦労した様子が中央薬事審議会医薬品特別部会(1999年5月13日)の議事録から伺える。
まず、既承認の経口剤、注射剤が臓器移植という限られた領域で使用されているのに対し、外用剤である本剤の対象疾患はアトピー性皮膚炎と、全く異なるものであり、臨床試験の資料からアトピー性皮膚炎に対する有効性は認められているが、安全性に関し種々の懸念があったため、調査会ではリスク・ベネフィットについて、以下の点が議論された。
以上のように、議事録記載は、用量、びらん面からの経皮吸収、紫外線による発癌作用増強、悪性リンパ腫を中心とする悪性腫瘍の誘発が、この物質のリスク・ベネフィットに関して重要な問題であることを、審査当局も懸念していたことを如実に示している。
この点に関して、討論の場で委員から、単に動物でリンパ腫が増加することが示されただけではないか、といった発言がなされた時の事務局の対応は注目すべきである。「正常皮膚に比べてアトピー性の傷のある部分の吸収が高いことは分かっている。血中濃度が高いものでは10ngを超えるものがあり、これは免疫抑制剤として(経口で)使用する濃度に達するものがある。」という趣旨が述べられ、そうした濃度に達することを含めて「リンパ腫に関しては、これはもう明らかに発生するという理解を事務局の方ではしておりました」としている。つまり、規制当局では「臨床用量でもリンパ腫は明らかに発生するもの」だとの認識を十分にしていたということなのである。それは、以下のような動物実験の結果から判断されたものである。
— 0.03%(小児用濃度)でも悪性腫瘍が約3倍に増加 —
ラットの亜急性毒性試験では、基剤のみ、0.1%、0.3%、1%のプロトピック軟膏が28日間塗布された(プロトピック用量はそれぞれ、0、2.0、6.0、20.0mg/kg/日となった)。最も顕著な変化は、0.3%以上の雌雄ラットに認められ用量依存性の胚中心の不明瞭化と、1%群の頸部リンパ節、腸間膜リンパ節の胚中心数の減少(80%に出現)であり、無影響量は0.1%であったと記載されている。しかし、最低用量の0.1%群でも、胸腺の髄質の不明瞭化が大部分(80〜90%)のラットに生じ、皮質のリンパ球融解も出現している。1.0%群では皮質のリンパ球融解がほぼすべて(40匹中39匹)に生じており用量依存性があった。
悪性リンパ腫ではリンパ節中のリンパろ胞が単一の細胞で占められてmonotonousとなり胚中心が不明瞭化し、消失する。このために胚中心を有するリンパろ胞の数が減少するのが特徴であり、これらの所見は病理学的には、悪性リンパ腫につながる重要な所見であろう。したがって、4週間の毒性試験において悪性リンパ腫の危険のない安全量は、1カ月間投与で0.1%、胸腺への影響のない濃度は、0.1%未満である。「無影響量」とされた0.1%でも胸腺髄質の不明瞭化が生じている。これは、皮質における未熟なリンパ球の減少に伴って、比較的間質が多く細胞成分の少ない髄質との区別がつきにくくなるためと考えるべきであり、免疫機能の最も中心的な役割を担う胸腺細胞の減少が、無影響であるはずがない。しかも、臨床用量の0.1%をわずか1カ月使用するだけでこの変化があらわれ、無影響量が決定されていない。
実際、以下で述べるように、マウスに0.03%、0.1%のプロトピック軟膏を2年間使用した発癌性試験で、0.1%はもちろん、0.03%でも悪性腫瘍と悪性リンパ腫の発生率が高まり、死亡率さえ高まったと考えられるので、1カ月の試験のこの変化は極めて重要な意味がある。なお、マウス2年間の発癌性試験では、0.03%群でも胸腺の退縮/萎縮(著明な萎縮)を認めている。
米国での承認申請に際して、マウス(雌雄各群50匹ずつ)に2年間、0.03%、0.1%、0.3%、1%、3%濃度のタクロリムス軟膏を塗布し発癌性が検討された。マウスに対する塗布面積は、米国臨床試験で計画されていた臨床最大塗布面積に相当する体表の40%とされた。タクロリムスの用量は、それぞれ、雄で1.0、3.3、10、37、116mg/kg/日、雌では、1.1、3.7、11、40、119mg/kg/日であった。対照群として、毛刈りのみをして軟膏を塗布しなかった群「毛刈のみ」群と、毛刈のうえ軟膏基剤のみ塗布した「基剤」群が設けられた。
メーカーの資料10)では、0.1%の雄ではリンパ腫がPeto mortality prevalence 解析の結果、統計学的にも有意の増加を示したが、0.03%群では雌雄いずれもリンパ腫の増加はなかったとされている。
がん原性試験では、悪性腫瘍(以下「癌」で代表する)全体の比率が高まるかどうかが最も重要である。癌が発生すれば、いずれの部位でも生命に危険だからである。全部位の癌発生率に差がない場合には、ある特定の部位の癌に対して影響がないかどうかを分析するために、部位別の解析をする。その際、多数の仮説(一臓器あたり一つの仮説)を検定することになるため、多重解析の弊害を解決するためにPeto mortality prevalence 解析が行われる11)。全部位合計の癌が有意に増加している場合には、部位別解析で有意の差は必ずしも必要でない。
この発癌試験で最も特徴的な所見は、全部位の悪性腫瘍および、悪性リンパ腫が、小児用量として承認された最低用量である0.03%群でも有意に増加し、用量依存性の増加を示した点である。
すなわち、発癌性に関する限り、無影響量は未だ決定されておらず、発癌用量は小児用量以下である。
全臓器の悪性腫瘍総発生率(全部位悪性腫瘍発生率)は、軟膏基剤群合計41%に比して、0.03%群で65%と増加しており、有意の差が認められた(オッズ比2.7;95%信頼区間;1.5-4.7、p<0.001)(表1-a、図1)。
これらのデータから計算すると、ARRは−24%、発癌のNNHは4.2、つまり4.2匹に2年間0.03%を塗布すると、塗布しなかった群にくらべて1匹余分に癌が余計に発生することを意味する。
悪性リンパ腫発生率(雌雄合計):軟膏基剤群は11%であったが、0.03%軟膏群は25%(オッズ比2.7;95%信頼区間;1.2-5.8、p<0.01)、0.1%軟膏群では71%(オッズ比19.8;95%信頼区間;9.3-42.4、p<<0.001)であった(表1-b、図1-b)。また、悪性リンパ腫の発現は、全身に及び、、腸間膜と脾臓の悪性リンパ腫の発生率が特に雌で顕著であった。
米国FDAの文書10-c)によれば、2年間のマウス発癌性試験の際に認められた癌以外の特徴的病変として、心筋の線維化をはじめ、血栓や細菌生増殖性心内膜炎などの心疾患、塗布皮膚部位の病変(炎症細胞浸潤、acanthosis= 表皮肥厚)があげられている。図2に示したように、心筋の線維化は0.03%群 (22%)ですでに軟膏基剤群(11%)に比して有意に高率であった(オッズ比2.5;95%信頼区間;1.1-5.7、p<0.05)。さらに、0.1%群には血栓症が4%、細菌性心内膜炎も4%に生じた(いずれもp=0.012)。細菌性心内膜炎は重篤な感染症であり、血栓症の増加も含めて死亡率の増加の原因となっていると考えられる。心筋線維化の増加も、死亡率増加を招く危険につながる変化といえる。
皮膚の炎症細胞浸潤はオッズ比4.5(95%信頼区間;2.3-8.7、p<<0.001,NNH3.3)、皮膚のacanthosis(表皮肥厚)はオッズ比6.5(95%信頼区間;2.8-14.8、p<<0.001,NNH3.6)であり、プロトピック軟膏の最低用量でも極めて高率に皮膚の炎症性病変による肥厚が生じている。
皮膚の病変は致死的なものではないが、もともとアトピー性皮膚炎のある患者に生じた場合には、もとの病変が悪化した場合との鑑別が極めて困難と思われる。
—0.03%群でも死亡率増加か—
死亡については、雌雄ともに、用量依存性の増加(早期死亡)があり、0.1%群以上で明瞭である(図3-a雄、図3-b雌)。
0.03%群は2年間(104週)の試験終了時点では、対照群合計の16.0%に対して、22.0%と、多い傾向はあるものの、有意に増加はしていなかった(表2)。しかし、試験終了前6週間の0.03%群の生存曲線の傾きに注目する必要がある。対照群はいずれも、生存率に大きな変化はないが、0.03%軟膏群の傾きは大きく変化している。試験終了後に数週間もすれば、差が有意になりうることを予想させる。悪性腫瘍や悪性のリンパ腫発生率は基剤群と比較して有意に高率であったから、今後それらリンパ腫を有するマウスが死亡する可能性は十分考えられる。これらのことから、0.03%プロトピック軟膏群の死亡率が有意に高くなることはまず間違いないと言えよう。
悪性リンパ腫に関する考察として、「プロトピック軟膏0.1%の概要」では、次のようにまとめられている。
「タクロリムス軟膏塗布に起因したとみなされる腫瘍は0.1%群のリンパ腫で、他の器官/組織でみられた腫瘍については被験物質との関連性はないと考えられた。対照群でもリンパ腫が認められており、0.03%群ではリンパ腫の増加は認められていない。マウスの自然発生リンパ腫はウイルス性と考えられている。免疫抑制剤投与による免疫低下状態はウイルス感染細胞に対する発癌監視機構を抑制して腫瘍発生を高めるとされているが、これは、ウイルス発現を助長することにより腫瘍発生の亢進に二次的に関与するとされている。この場合、免疫抑制剤は発癌のプロモーター様の役割を担っている。シクロスポリンによるマウスやサルのウイルス性リンパ腫が同様の機序で生じるとされている。
0.03%群マウスの血中濃度に比較し、アトピー性皮膚炎患者の血中濃度やAUCは十分低い。ヒトのリンパ腫もウイルスが発症要因の一つであるから、リンパ腫に対する本剤のリスクファクターとしては、ウイルスが顕在化した細胞およびがん化した細胞の排除を抑制する全身免疫抑制作用にあるものと推察される。感染症は免疫抑制状態の一つの指標だが、臨床試験では感染症は、本剤に起因したと考えられる全身性感染症はほとんどみられていない。したがって、臨床の用法・用量では強い免疫抑制状態を導かないものと考えられる。臨床上の注意を考慮すれば、タクロリムス軟膏を使用する患者においてリンパ腫が発現する可能性はほとんどないものと推察する。(ほぼ原文どおり、一部省略)」
この結論はそもそも前提から誤りである。0.03%群は上記でみてきたとおり、対照群に比較して有意に悪性腫瘍(悪性リンパ腫を含む)が高頻度である。発生の機序が免疫抑制の結果であっても、悪性腫瘍(悪性リンパ腫を含む)の発生増加があることは確かである。血中濃度も、ヒトAUC(54.8ng・h/mL)と0.03%群AUC(58〜234ng・h/mL)では差はない。日本の臨床試験のように、試験物質との関連性を担当医が評価するシステムでは、全身感染症との関連性の評価は不可能である。
プロトピック軟膏0.03%群の死亡率は対照群との間には有意の差はないが、高い傾向がある。図3(生存曲線)では、最後の6週間で雌雄とも傾きが大きくなっている。全部位悪性腫瘍発生率も悪性リンパ腫発生率も軟膏基剤群と比較して有意に高率であり、今後それらリンパ腫を有するマウスが死亡することにより、0.03%プロトピック群の死亡率が有意に高くなることはまず間違いないと言えよう。
—紫外線照射により毒性増強—
次にタクロリムス軟膏を種々の濃度で塗布したマウスに日光擬似紫外線照射し1年間観察した光発癌性試験を検討する。600RBU/週の紫外線を照射した無塗布群、軟膏基剤群、0.03%軟膏群、0.1%軟膏群、0.3%軟膏群、1.0%軟膏群と、1020 RBU/週の強照射群(無塗布)の合計7群を比較したところ、軟膏基剤群に比較して、0.03%軟膏群では光発癌は有意な促進は示さなかったが、無塗布群に比較すれば、有意に癌の発生時期が早まった(雄)。
光発癌試験においては、発癌の時期が早まるだけでなく、総死亡の増加が顕著であった(表3、図4)。すなわち、雌雄合計でみると、試験終了時(52週)における死亡率は、無塗布群の15.3%、対照群合計の22.9%に対して、0.03%軟膏群は37.5%、0.1%軟膏群は63.9%、0.3%軟膏群は70.8%、1.0%軟膏群は100%死亡した。無塗布群に対するオッズ比は、0.03%軟膏群は3.3(95%信頼区間;1.5-7.4、p<0.01)であり、対照群合計に対しても、2.0(95%信頼区間;1.1-3.73%、p<0.05)である(表3)。いずれにしても、有意に死亡率は高かった。
経口で使用された場合、タクロリムスはおそらく小腸で吸収され、生体利用率は、平均で20%前後である。
タクロリムスは全身に分布し、ほとんどの組織で血中濃度より高く組織への移行はよい(脳を除く)。血中では大部分が赤血球中に存在し、血漿中濃度は低いため、通常は全血中濃度として測定される13)。以下、特別明示がない限り、血中濃度は全血中濃度を意味する。
タクロリムスは経口で使用した場合、Tmaxは0.5〜4時間、吸収率は5〜67%(平均27%)、半減期は3.5〜40.5時間、総クリアランスも、7〜103 mL/分/gと著しい違いがある14)。
主に肝臓においてCYP3A4で代謝をうけ1,8)、経口された場合は初回通過代謝を受ける8)。CYP3A4活性の個体差は31倍15)から40倍16)あるとされている。
経皮吸収では、掻破痕やびらん面など皮膚の病的状態が大きく吸収に関係する。病的皮膚面から大量に吸収され、しかもCYP3A4活性が極端に低い場合には、その血中濃度は著しく高い濃度で持続することになると推察しうる。
この点は、審査当局によっても問題にされた6)。アトピー性皮膚炎患者3人に0.1%軟膏を10g単回使用時の全血中濃度は、最高(Cmax)1.1〜20ng/mL、AUCは26.3〜587ng・h/mLとなり、極めて変動が大きかった1,17)。この例もふくめ、1回10gを単回もしくは反復使用した6人中2人で最高20ng/mLを記録している17)。1回5g以上を使用した人でみても、14人中2人という高頻度である。このような小人数における個体間変動は、アトピー性皮膚炎の状態のみが関与したかも知れない。さらに多数について調べれば、個体差のもっと大きな人も出てくる可能性があろう。
アトピー性皮膚炎患者563人に0.1%タクロリムス軟膏1日1〜2回(1回最大量10g)を6ヶ月から1年間単純塗布し、経時的に全血中濃度を測定した川島(東京女子医大)らの報告18)によれば、平均1日使用量と平均血中濃度の推移は表4のごとくであった。
川島らは、
しかし、
先にも指摘したように、免疫抑制剤として移植に用いられた場合に悪性リンパ腫(PTLD)は成人で、2〜5%、小児では5〜10%にものぼる3~5)。0.1%軟膏を成人に使用した場合はもちろん、0.03%プロトピック軟膏を小児に使用した場合にも悪性リンパ腫が相当程度生じることが確実に予想される。
タクロリムスのヒト単核球の各種サイトカイン産生抑止率を調べた実験22)では、薬剤濃度0.1ng/mlでIL2やIL4は100%またINFγやIL5は50〜70%抑制され、1ng/mlの濃度ではINFγを含む全てのサイトカインの産生が完全に(100%)阻止される。また、別に、腎移植に際しての拒絶反応に対する効果を知る目的で行われたConAによるリンパ球(単核球)増殖試験に対するタクロリムスの抑制効果の実験では0.01ng/mLの濃度から抑制効果が現れ、0.1.ng/mLでは高度な抑制が起こることが観察されている23)。
これまで、3〜4年もの間プロトピックを連用している患者も多く、先に示されたデータ22)から判断すると、プロトピック外用患者がこの間、持続的に高度な免疫抑制状態におかれていることを意味する。アレルギー反応も抑制されるが、これは、ヘルペスウイルスをはじめ、種々のウイルスや細菌感染に対する防御機構も抑制されることを意味する。
現にわれわれは、タクロリムス外用中のアトピー性皮膚炎患者について、水銀やニッケルやダニなどに対する抗原特異的リンパ球幼若化反応を検査する際、血中濃度が検査室での検出閾値の0.5ng/mL以下であっても,しばしば反応が抑制され、見かけ上陰性となってしまい、プロトピックの外用中止2週間後にはその反応が陽転することを経験している24)。
マウスによる2年間の発癌性試験では、胸腺の萎縮が顕著に認められている18)。胸腺や末梢での免疫抑制状態が続いた場合、感染機会が増大するだけでなく、発癌のリスクも当然増大しうる。後述するように、米国の主要なプラシーボ対照12週間群間RCT3件を総合すると、インフルエンザ様症状が有意に増加し、0.03%軟膏群も有意に増加していた(図6)(後述)。このことは免疫抑制の結果である可能性を強く示唆する。
先に詳細に検討したとおり、悪性リンパ腫および全悪性腫瘍発生率は0.1%軟膏のみならず、0.03%でも有意に増加していた。特に腸間膜リンパ節や脾臓リンパ節の悪性リンパ腫が目立つ。
また、タクロリムスなどの免疫抑制剤を必要とする小児の生体肝移植や臓器移植、骨髄移植後には、Tリンパ球やNK細胞の抑制が生じる結果、EBウイルスのtransformationによる悪性リンパ腫が多発することはよく知られた事実であり25-27)、たとえ、0.03%の軟膏でも、またタクロリムスの血中濃度が保険診療上、検出限界とされている0.5ng/mL以下のような「低」濃度環境下でも、長期にわたり使用されることを考えると、悪性リンパ腫が誘発される危険性は極めて高いと考えるべきであろう。特に幼若動物ほど(ヒトを含め)その危険性が現実化する可能性が高いことはいうまでもない。
特に小児において、タクロリムスの連用により、将来、医原性に悪性リンパ腫やガンが多発することが危惧される。
なお今回、妊娠中長期にわたり、タクロリムスの外用処方を受けていた母親から出生した一乳児についての観察では、VMAの異常産生を認め、エコーやCT上も固形腫瘍を認め、経過を観察中であることを付記する。
プロトピック軟膏は、これだけリスクのある物質である。難治性のアトピー性皮膚炎、特に成人の場合は、ステロイド剤依存性皮膚炎あるいは、ステロイド剤性皮膚炎とも呼ぶべき状態となっている場合が少なくない28)。また、小児のアトピー性皮膚炎の多くは成長とともに改善する場合が多い。
したがって、この病態に用いる薬剤の効果と安全性の検証には、既存の薬剤(ステロイド剤)や、その離脱療法では治癒しない成人重症アトピー性皮膚炎に有効かどうか、通学、就職、結婚などに支障をきたしている患者が、支障なく過ごすことができるようになるかどうか、最終的には薬剤から離脱が可能になるかどうかが検討されなければならない。
とくに小児の場合には、長期使用に伴う危険がより大きく、自然治癒の頻度も高いので、最終的に薬剤から離脱ができて初めて「治療の成功」といえよう。したがって、真のエンドポイントは「離脱可能者の割合」であり、その比較が必須である。
しかし、従来の治療では難治で種々の支障をきたした本来の対象者のみを対象とし、適切な到達目標によるランダム化比較試験は実施されていない17-19, 29-34)。したがって、本当に、役立つかどうかの検証はされているとは言い難い。
−用量依存性にインフルエンザ様症状が増え、0.03%軟膏でも有意−
日本の臨床試験では、そもそも有害事象の報告自体信頼性がもてない。しかし、軟膏基剤のみを対照に用いた長期大規模な群間比較試験が実施されていれば、感染症などの発症率を比較することはある程度可能である。しかし、軟膏基剤のみを対照に用いた群間比較試験は1件しか実施されておらず、それも3週間という短期使用でしかない29)。
対象568例中の79.2%に相当する423例を1年間観察した報告18)は、プラシーボ対照群をもたない。したがって、厳密な意味での長期使用における感染症について検討できるデータは日本にはない。
米国においては、主要な臨床試験として、軟膏基剤(プラシーボ)を対照とし、12週間観察した臨床試験が、少なくとも成人について2件、小児について1件実施されている20)。そこで、FDAの承認審査に用いられたデータ20-a,b,c)を検討する。
米国では2〜15歳の小児351人をプラシーボ(基剤のみ)、0.03%、0.1%軟膏群に割り付けたランダム化比較試験(RCT)が1件、成人を対象に同様に3群に分けたRCTが2件実施された(それぞれ15〜77歳合計304人、16〜79歳328人が対象)。何らかの感染症発症率は基剤群35.4%に対して0.03%群49.4%(基剤群と比較してオッズ比1.8;95%信頼区間;1.3-2.4,p<0.001, NNH 7.1)、0.1%群48.0%であった。
インフルエンザ様症状の発症率(図6)は全例合計では、基剤群、0.03%群0.1%群がそれぞれ12.5%、21.0%(p<0.01)、26.0%(p<<0.001)であった。体表面積の25%超の範囲に塗布した人の場合には、それぞれ、10.7%、20.4%、28.1%(オッズ比3.2;95%信頼区間;2.0-5.4、p<<0.001,NNH5.8)であった。
基剤群は、発疹がよくならないために中断例が多く観察期間が短かったことを考慮して、観察期間で調整した合併症発症率が示されている。本来、この種のランダム化比較試験ではITT解析をするのが原則であり、観察期間による調整を行うことは例外的でありあくまで参考にしか過ぎないと考えるべきであるが、一応検討しておく。このように調整した後には、感染症全体は有意の差がなくなっていた(表5、図7)。しかし、インフルエンザ様症状発症率は調整後も基剤群21.8%に比較して、0.1%群31.2%と高率であった(p=0.033)。その他、毛嚢炎(0.3%、4.7%、3.0%)、帯状疱疹などの感染症、皮膚灼熱感(skin burning)、掻痒感、頭痛、アルコール不耐容などが有意に高率であった。
さらに重要なことは、重篤な有害事象として、基剤群では全く報告されていない肺炎が、プロトピック軟膏0.1%群では3歳の小児に1例、37歳の成人で1例、合計2例認められ、それぞれプロトピック軟膏を中止しているのに、これらが因果関係なしと判定されている点である。
米国ではこの他に、長期試験として、0.1%を平均280日(小児255人)、180日(成人316人)に使用したオープン試験が報告されている20-c)。重篤な有害事象(serious adverse event)として小児では、肺炎(2歳、7歳、各1例)、ウイルス性髄膜炎(2歳)、全身性単純ヘルペス感染症(カポジ水痘様疱疹)などの感染症をはじめ、21件報告されているが、プロトピック軟膏との関連があると判定されたのは3例(皮膚感染症、単純ヘルペス、喘息各1例)にすぎない。成人でも、全身性単純ヘルペス感染症(カポジ水痘様疱疹2例)、ブドウ球菌皮膚感染症、蜂巣炎、角膜潰瘍などの感染症を中心に、16例があげられているが、因果関係があると判定されたのは4例(単純ヘルペス、皮膚ブ菌感染、アトピー皮膚炎悪化、蜂巣炎各1例)だけであった。なお、4人が妊娠し、1人は自然流産したことが報告されている。
日本の臨床試験(対象568例中423例を1年間観察)18)では、プラシーボ対照群をもたないが、有害事象が表6のように報告されている。皮膚の塗布部位における感染症などの合併症は多数報告され、プロトピック軟膏との関連ありとされたものも多い。しかし、肺炎や敗血症、感冒(インフルエンザを含む)、尿路感染あるいは上気道炎(扁桃炎を含む)など、免疫抑制に関連すると思われる全身感染症が、1例を除いて関連が否定されている。同様に、白血球増多やGOT、GPT上昇、ビリルビン値の上昇がアトピー性皮膚炎の自然経過で説明できるのであろうか。おそらく感染症にともなう検査異常として、プロトピック軟膏との関連が否定されたものと思われるが、米国での比較試験で明らかになったように、感染症そのものが、プロトピック軟膏によって誘発される可能性が高いのであるから、その結果としての白血球増多(6.0%)やGPT上昇(9.0%)、ビリルビン上昇(2.6%)、LDH上昇(4.0%)も関連あるとみるべきである。尿糖陽性(1.6%)や尿蛋白陽性(4.6%)についても、タクロリムスの腎傷害性を考慮すれば精査を要する有害事象であり、これらを個々の症例をみるだけで否定してしまってはいけない。
小児のアトピー性皮膚炎の多くは成長とともに改善する場合が多いが、難治アトピー性皮膚炎で治療に困難を極める例も少なくはない。しかし、そのような難治性のアトピー性皮膚炎は、ステロイド剤依存性皮膚炎あるいは、ステロイド剤性皮膚炎とも呼ぶべき状態となっている場合が少なくない28)。まずは、その点の検討が必要と思われる。短期間使用でその後薬剤使用の中止が可能になるならば、一次的な免疫抑制剤の使い道はあるかもしれない。しかし、プロトピック軟膏の適応とされているアトピー性皮膚炎の場合、軽症ならステロイド離脱は比較的簡単であるし、重症難治例ならプロトピック軟膏を使用して一時的に改善したとしても、プロトピック軟膏に依存になり、完全離脱はいずれにしても困難と思われる。ステロイド剤依存皮膚炎患者では、プロトピック軟膏を含めてすべての薬剤から完全に離脱できてはじめて真の価値があると言えよう。
難治であっても、アトピー性皮膚炎そのものには生命の危険はない。しかし、肺炎や敗血症、悪性リンパ腫をはじめ癌は致死的な疾患である。
プロトピック軟膏は、現在使用されている0.1%はもちろん、小児用とされる0.03%の濃度でも感染症や、悪性リンパ腫など悪性腫瘍の多発を招く危険性がある。小児への承認は極めて危険であり、承認すべきでない。また、成人に対しても、長期的にみて、危険の方が大きいと考えられるため、使用すべきでない。
すでに使用したことのある患者、現在使用中の患者はすべて登録し、悪性リンパ腫をはじめすべての悪性疾患と、入院を要する感染症に関する厳重なイベントモニタリングを実施すべきである。