水道水へのフッ素の添加に意味があるとすれば、う歯の発生を減少させることがほとんど唯一のものと言える〔註2-1〕。
註2-1:フッ素がアルミニウムに結合してアルミニウムの吸収を抑制する可能性があることから推論して、アルツハイマー病の頻度低下と関連するのではないかと指摘されていたが、動物実験の結果などからしても、神経障害を生じうることから、最近ではむしろ、この点に関しては、否定的である。
フッ素は、欠乏すると特有の欠乏症を起こす栄養学的に必須な微量元素とは考えられていない。フッ素摂取が少量でも、動物実験的にも、また人でも、う歯が増えるということではない。 したがって、水道水へのフッ素の添加に意味があるとすれば、う歯の発生を減少させることが唯一のものと言える。
その有効性に関する程度がどの程度であるのか。社会階層や年齢との関連についても出来る限り検討して、その影響について評価が必要である。
註2-2:う歯の数を表示するために文献上、以下のような略号がよく使用されているので、その意味について、記載しておく。要は、現在存在するう歯(d/D)だけでなく、う歯のために無くなっていた(m/M) としても、あるいはう歯ができてすでに処置をしていた(f/F) としても、歯は、う歯として計算に入れるということである。そして、その際に、乳歯は小文字、永久歯は大文字で表示する。
略号:
dmft:decayed(う蝕), missed(欠損), filled(充填), teeth(歯)数(乳歯)
DMFT:Decayed(う蝕),Missed(欠損),Filled(充填), Teeth(歯)数(永久歯)
dmfs:decayed(う蝕),missed(欠損),filled(充填), surface(面)数(乳歯)
DMFS:Decayed(う蝕),Missed(欠損),Filled(充填), Surface(面)数(永久歯)
イギリスNHS-CRD 2) の systematic reviewでは、水道水へのフッ素添加の有効性について、以下の3項目に分けて検討している。
1)水道水(drinking water) フッ素添加の、う歯頻度に与える影響はどの程度か?
2)もしも水道水フッ素添加が有益であることが示されたならば、その上に他の介入 (たとえば、フッ素添加歯磨きなど)による影響はあるかどうか?
3)水道水へのフッ素添加は、どの社会階層にも、また地理的な違いがあっても、う歯の減少を公平にもたらすか?
なお、この他に、
4)水道水フッ素添加は害をもたらすか?(危険性)
5)自然のフッ素と人工的なフッ素添加で効果に違いはあるか?
についても検討している。
この研究で用いられた方法を、その報告書のまとめから引用する。
25種類の電子媒体のデータベース(言語は問わず)および、世界中のフェブサイトを検索した。適切と思われるジャーナルやインデックスをハンドサーチし、さらに詳細な情報を得るために、著者へのコンタクトも試みた。
検討文献として採用する基準は、前もって検討した証拠の3段階(A、B、C)に分類した。有効性に関する研究は、レベルAかBであれば採用した。有害作用の可能性に関しては、できるかぎり広く検索ができるように、どのエビデンスのレベルのものであっても採用した。客観性に関する特別な採用基準として、対象者の選択、介入方法、評価された「結果」の指標、目的に会った研究計画がなされているかどうかについて検討した。この研究方法の妥当性に関しては、公表済みのチェックリストをこのレビュー用に修正したものを用いて以前に実施した(NHS-CRD 報告 4, 1996) 。
採用基準については、少なくとも二人のレビュアが独立して評価した。採用した調査からのデータの抽出や妥当性(validity)の評価は、二人のレビュアが実施した。さらに第3のレビュアがこれをチェックした。それぞれの評価が一致しなかった場合には、合意を得る方法で解決した。
データが適切な形式である場合には、効果とその95%信頼区間(CI)を計算してプロットした。異質性(heterogeniety)は、視覚的方法と、Q-統計法を用いて統計学的に検討を加えた。異質性がない場合には、効果測定値の蓄積推定値(pooled estimate)をメタ分析の方法で求めた。統計学的に異質である場合には、 meta-回帰分析の方法を用いて検討した。フッ素添加と歯フッ素症(斑状歯)との関係を検討するためには多重回帰分析を実施した。
以下にNHS-CRD 報告のう歯予防効果の項目に関する検討結果を記載する。
214 編の研究が、少なくとも一つの目的について完全に、採用基準に合致した。水道水のフッ素添加に関しては、ランダム化比較試験は存在しなかった。調査方法としては、45編が「前後」比較調査法を採用しており、102 編が横断調査であり、47編がエコロジカルな調査方法で、13編がコホート研究(前向きもしくは後向き)であり、7編が症例対照研究であった。いくつかの調査は何年かにわたって、複数の報告がなされていた。
〔目的別の結果〕
(1)目的1:
「水道水フッ素添加の、う歯頻度に与える影響はどの程度か?」 水道水フッ素添加のう歯への影響を調査したものが総計26編あった。この目的に関する研究の質は中等度であった(レベルAの調査はなかった)。たくさんの研究が、横断的な研究でエビデンスレベルB以上という採用基準に合致しないため除外された。3編以外はすべて「前後」比較調査であった。2編は前向きのコホート研究のデザインであり、もう一つは後向きのコホートデザインであった。検索して発見されたすべての「前後」比較調査を採用した。この種の調査の最も重大な欠陥は、適切な解析がなされていないことである。すなわち、多くの調査で、まったく分析がなされていなかったり、分析がなされていても、重要な交絡因子について調整することなく極めて単純な解析しかなされていなかったりする。いくつかの調査は、そのような解析が実施される以前の1940年代から1950年代に実施されたものであるのだが、もっと後で実施された調査であっても、その時代では一般化している方法を採用していなかったりする。
また、多くの調査で、示したう歯の推定値の分散を測定していないことも、欠陥としてあげられる。う歯のない子供の割合を示している大部分の調査では標準誤差を計算するための充分なデータが存在したが、dmft/DMFT スコアを表示している調査には標準誤差の計算は不可能であった。このようなデータを示していた8編の調査の中で4編だけは分散の推定値が示されていた。
利用できる限りの最も確からしい証拠から判断して、水道水にフッ素を添加する方法(約1.0 ppm の範囲:0.8~1.2 で添加する方法)は、う歯がない子供の割合で計算しても、また、dmft/DMFTスコアの平均変化で見ても、う歯の頻度を低下させる。研究の質は中等度(レベルB)、つまり限定されたものである。
う歯の減少の程度は、しかしながら、これまでのデータからは明瞭ではない。う歯のない子供の割合(%)でみた差の平均値は、-5.0 ~64%まで巾広く、中間値は、14.6%(interquartile range=4分位数範囲〔註2-3〕 5.05 ~22.1%) であった。dmft/DMFT の平均変化数は0.5 から4.4 、中間値 2.25 本(4分位数範囲 1.28-3.63本) であった。う歯のない子を一人増やすためには、約6人(4分位数範囲:4-9人) がフッ素化した水道水(約1ppm のフッ素添加) を使用する必要がある。
水道水フッ素添加を中止後に実施した調査から得られる最良のエビデンスから言えることは、う歯保有のレベルが上昇し、フッ素が低値グループにおける、う歯のレベルに戻ることを示している。しかしながら、この場合もまた、調査の質は中等度(レベルB)、つまり限定されたものである。
そして、交絡因子〔註2-4〕の影響の調整がほとんどなされていないために、その効果の推定値はバイアスを伴っている可能性がある。
interquartile range=4分位数範囲:最小値(ここでは、-5.0 %)と最大値(ここでは64%)の範囲全体を4等分して、低い方から4分の1の値(5.05%)と、高い方から4分の1の値(22.1%)の間に入る範囲のこと。
註2-4:
交絡因子:研究のテーマである「結果」に影響を与える別の因子のこと。
ここでは「う歯保有レベル」を上昇または低下させる方に働く因子(フッ素中止と関連していても、関連していなくともよい)のことを意味する。
たとえば、フッ素添加しないことで個人の歯科衛生意識が上昇し「う歯保有レベル」は低下の方向に働くかもしれないし、たまたま、う歯の多い子が多数転居してきて、全体としてう歯保有率が高くなるかもしれない。この場合、「個人の歯科衛生意識向上」や「う歯の多い子の転居」が「交絡因子」である。
このNHS-CRD 報告の解析方法は問題である。最も問題な点は、う歯保有にかかわる交絡因子中、重要な調査時期(年代)による補正がなされていない。世界的に、ここ10~20年間のう歯の減少は、フッ素化国だけでなく、非フッ素化国でも著しい(p32、図2-2参照)。 したがって、社会階層や、他のフッ素剤の利用だけでなく、調査時期や年齢の要素が必要である。少なくとも、それらの属性別の集計が望ましいが、実施されていない。
以下はNHS-CRDの目的2および目的3のまとめである
「もしも水道水フッ素添加が有益であることが示されたならば、その上に他の介入(たとえばフッ素添加歯磨きなど)による影響はあるか?」
この目的を達成するために、1974年以降に実施された調査を取り扱った。9編だけが目的2の検討のために該当したが、もしもこれらが目的のために十分な質を有しているならば十分に確実な回答ができるはずであった。これらの調査は1974年以降に完了したものであったために、それ以前の調査よりも、より厳密な調査方法と解析手法の導入後であるから、調査研究の質評価が高いものと期待された。しかしながら、1974年以降に実施されたもののチェックリストの点数やエビデンスのレベルは、1974年以前に実施されたものと基本的に同じであった。したがって、この目的に対する答えの証明力も、目的1の場合と同様である。
1974年以降に終了した調査においては、調査対象者には水道水中以外のフッ素〔註:歯磨き粉やフッ素塗布、フッ素洗口など〕の曝露が推測されたにもかかわらず、水道水へのフッ素添加のう歯に対する利点が、なお証明された。目的1に対して実施された調査をメタ-回帰分析した結果、この知見が確認された。
(3)目的3:
「水道水へのフッ素添加は、どの社会階層にも、また地理的な違いがあっても、う歯の減少を公平にもたらすか?」
水道水フッ素添加が、社会階層別の歯科衛生状態の違いにおよぼす影響を調査した研究でレベルAとBのものはなかった。しかしながら、この目的は重要であるので、イギリスにおいて実施されたレベルCの調査を採用した。水道水フッ素添加と、う歯、社会階層との関係について、合計で15編の研究がイギリスで実施されていた。調査の質は低く、社会階層の分類も種々であった。分散データはほとんどの調査で報告されていないため、統計学的な解析は実施しなかった。
5歳と12歳の子でdmft/DMFT を測定した場合、水道水へのフッ素添加が、社会階層による歯科衛生状態の差を縮めることを示す証拠が多少あるようにみえる。この効果は、5歳において、う歯のない子の割合に関しては認められなかった。他の年齢の子でも影響は認められなかった。
研究の数が少なく、調査によって結果に違いがあり、調査の質は低いということから、この結果の解釈については、注意が必要である(NHS-CRD 報告書、p31 Figure 6.2、本報告書p31,図2-1) 。
図2-2(p32)にWHOがまとめた12歳児のう歯(DMFT)平均本数の推移のデータを一つのグラフ上に示した。フッ素化国(米、オーストラリア、ニュージーランド、)も10%以下の部分フッ素化国(10%以下の住民がフッ素添加水道水の供給を受けている国:英、スイス、スペイン)、非フッ素化国(日本他)も、非フッ素化国が多少時期的に遅れはあるが、同様に、平均う歯本数は減少してきている。特に1990年以降の減少は著しい。
このような最近の世界的なう歯の減少傾向から見ても、水道水へのフッ素化とは別の要因が強く働いて、う歯が減少していることがうかがえる。したがって、NHS-CRD 報告書 Figure 6.2 (p31,図2-1)に示された社会階層が高い層でフッ素化の影響が少ないということは、十分に根拠のある現象であると考えておくべきであろう。
親の社会階層がⅣやⅤでは水道水中フッ素濃度が低い地域ではう歯が多く、フッ素添加の効果も大きいが、社会階層がⅠやⅡでは、その効果は少ないといえる。
1990年代にはいってからは、各国児童のう歯本数の著しい低下は社会全体が社会階層Ⅰ~Ⅱに近づいてきたといえるため、フッ素添加によるう歯予防効果は低下してきているといえよう。
非フッ素化国 :1-9
部分フッ素化国 : 10.スイス(フッ素添加水道水が供給されている住民が全住民の3%未満)
11.スペイン(同10%未満)、12.イギリス(同10%)、
フッ素化国 : 13.オーストラリア、14.ニュージーランド、15.アメリカ
最近、フッ素添加国も非添加国も、12歳児のう歯本数が急速に減少してきている。特に1990年以降の減少傾向が著しい。このデータは、う歯の予防は水道水へのフッ素添加以外の方法で十分可能であることを如実に示している。
NHS-CRD の第4目的の第1項目が斑状歯についての評価であるので、この結果(まとめ部分)を次に記載する。
それぞれの分類における最も軽度の個々の患者を「斑状である」とする「斑状歯スコア」の意味については議論のあるところである。そこで、第二の「斑状歯とされた人」の割合を計算する方法を採用した。すなわち、「美容的に問題になる斑状歯」を持つ子の割合を求める方法である。
どちらの方法で有病率を求めても、回帰分析を実施したところ、有意の用量-反応関係が認められた。水道水フッ素レベルを1 ppmとした場合、0.4ppmと比較すれば、最も軽症の斑状歯まで含めると、有病率は 48 % (95%信頼区間40~57%) であり、美容上問題になる程度以上の斑状歯は 12.5 %(95%信頼区間 7.0~21.5) と推定された。(NHS-CRD 報告p 36、Figure 7.1, Table 7.2)
きわめて大雑把な推定だが、斑状歯(程度は問わず)を有する人が一人増加するのに、曝露される必要がある人数を計算すると、1.0 ppm の場合、理論的に低フッ素レベルである0.4ppmと比較すれば、6人(95%信頼区間4~21人)である〔註3-1〕。そして、この推定は 0.4 ppmに対する 1.0 ppmの場合の比較にのみ当てはまることである。他の値で比較すれば、この値は異なってくであろう。
NHS-CRD 報告でも述べられているように、他のレベルで推測すれば異なってくる。したがって、日本にこれを当てはめるためには、水道水への添加前と添加後でどのようなフッ素濃度の変化が生じるかを検討しておく必要がある。
そこで、食物から摂取したフッ素量を水道水中のフッ素濃度に換算して、このフッ素濃度に置き換えると、欧米と日本とで、表3-1 のようになる。 先にも推測したように、日本では食物およびフッ素無添加の水道水、嗜好品などから摂取する平均的フッ素摂取量は1.8 mg/日(0.9 ~5.4 mg/日まで分布する)であり、欧米の平均0.9 mgよりも0.9 mg/日分多い。これを水道水に換算すると、1日2L飲むとして、0.45ppm に相当する。
日本では、地域によっては多いところも少なくはないが、比較的水道水のフッ素濃度が低い0.1ppmのところを基準にして考えてみる。このように低い水道水中フッ素濃度でも、食物からのフッ素摂取量が多いために、上記のように、すでに欧米での 0.45 ppm のフッ素化に相当する水道水を利用しているのと同じ効果がある。
日本で、水道水にフッ素添加が実施されたとしても、現在の法的な規制のままであれば、その上限は 0.8 ppmである。したがって、限度一杯に添加したとすれば、欧米よりも、食事からのフッ素摂取量が多い分として 0.45ppm上乗せし、1.25 ppmのフッ素添加水道水を飲用するのと同等の影響が現れると考えておくべきである。
この濃度の水道水で斑状歯のできる程度を、NHS-CRD 報告のp 39、Figure 7.2, Table 7.7 に当てはめてみると、何らかの斑状歯は 52 %、見た目に明らかな美容上問題になる程度以上の斑状歯は 14.5 %(95%信頼区間8.2 ~24.4) となる。
表3-1 水道水中フッ素濃度と、斑状歯有病率との関係
斑状歯有病率 | 斑状歯有病率 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
欧米の 水道水中 フッ素濃度 (ppm) |
何らか (%) |
水道水の フッ素化による 増加分 |
美容的に 問題以上 (%) |
水道水の フッ素化に よる 増加分 差(95%信頼区間) |
||
0.1 | 15 | 6.3 | ||||
0.2 | 23 | 6.9 | ||||
0.4 | 33 | ┳━━ | 15%(48-33) | 8.2 | ┳━━ | 4.5%(-4.5,13.6) ※ |
(0.5) | (36) | ╋┳━ | 16%(52-36) | (8.8) | ╋━┳ | (5.7%) |
0.7 | 42 | ┃┃ | 10.0 | ┃ ┃ | ||
(44) | ┃┃ | 10.8 | ┃ ┃ | |||
1.0 | 48 | ┛┃ | 12.5 | ┛ ┃ | ||
1.2 | 52 | ━┛ | 14.5 | ━━┻ | ◆ | |
2.0 | 61 | 24.7 | ||||
4.0 | 72 | 63.4 |
※NHS-CRD では、95%信頼区間が0を含んでいるため、統計学的に有意でないから、差があるとは言えないとの判断をしている。しかしながら、フッ素濃度を増加させれば明瞭に斑状歯は増加するのだから、この差は意味があると考えるべきものである。
◆日本で水道水にフッ素が0.8ppm添加された場合、水道水以外からのフッ素摂取量を考慮すれば欧米で1.25ppmフッ素添加水道水を飲んでいるのと同じことになるので、見た目に明らかな美容的に問題となる程度以上の班状歯が8.8%から、14.5%に増加することになる。
交絡因子としては、高温の気候で水を多量に飲む点が指摘されている(NHS-CRD p45)。この点、欧米よりも高温傾向のある日本においてはより水からのフッ素の摂取量が多くなる可能性を考慮しておく必要がある。飲用水として、水道水でなくボトル入りの「ミネラルウォータ」を飲用したとしても、ミネラルウォータの原料そのものにフッ素が添加されていることも多いため(とくに清涼飲料水の場合)、これ自体がフッ素化の影響を受けるとされている。
欧米の場合、フッ素濃度が0.4ppmの水道水(0.7 ppm未満〔註3-2〕) にフッ素を添加して 1.0 ppm(0.7~1.2 ppm 〔註3-2〕)とした場合、6人が飲めば、う歯のない子が1人増えるとされている。
ところが,一方、こうすることによって、何らかの程度の斑状歯が少なくとも1本ある子が1人増えると推定されている。何らかの斑状歯の子の約4分の1は、美容上も問題になる程度以上の斑状歯を持つことになる。
註3-2:
う歯予防効果の検討では、非フッ素化をフッ素濃度 0.7 ppm未満、フッ素化を 0.7 ~1.2 ppm ととっているが、斑状歯の検討では、非フッ素化をフッ素濃度として0.4
ppm 、フッ素化濃度として1.0 ppm をとっている。しかし、どちらもほぼ同等のレベルを指していると考えられるので、これはほぼ同等なものとして、ここでは扱った。
したがって、欧米と同様に、う歯のない子を1人増やそうとすると、何らかの程度の斑状歯を1本でも有する子が1人以上増えると考えるべきである。また、う歯のない子を2~3人増やそうとすると、美容上問題になる程度以上の斑状歯を持つ子が1人出現することになる。
しかも、う歯とフッ素化について多くの統計が、う歯の保有率がまだ多い、1990年以前に実施されたものであるため、フッ素化したことによるう歯減少効果が、過大に評価されている可能性が強い(p30-32参照)。
したがって、日本においては、う歯を1~2本減らそうとすると、美容上問題になる程度以上の斑状歯を持つ子が1人出現する可能性まで考えておく必要があると思われる。
NHS-CRD 報告 2) では、以下のような記載がなされている。
水道水のフッ素添加と、骨折や骨の発達に及ぼす影響に関しては、29編の調査研究が採用された。斑状歯以外では、骨への影響(骨肉腫は除く)が、害作用の中では最もよく調査されている。
これらの調査研究の質評価は、8点満点の 3.4点であった。一つを除いてはエビデンスのレベルはCであった。コホート研究や生態学的な調査であり、中には可能性のある交絡因子について調整しているものもあった。骨折に関しては、調査のし方によっては、観察者のバイアスも入りうる。
骨折に関する証拠としては、骨盤骨折と他の部位の骨折に分けて検討した。
(中略)
しかしながら、いずれも水道水へのフッ素添加との間に有意な関連は認められなかった。
目的:
閉経後女性の骨喪失、脊柱や脊柱以外の骨折に対するフッ素〔註4-1〕の有効性(efficacy)と副作用を評価すること
検索手順:
Medline, Current Contents および1998年12月までのCCTR (Cochrane Controlled Trial Registry)を検索した。
選択基準:
まえもって定めた採用基準にそって、2 人のレビューアが独立して評価した。
データ収集および分析:
前もって定めた形式に従って、二人のレビューアが、独立して、データを抽出し、方法論的な質の評価を、すでに実証された評価尺度を用いて評価した。
二者択一的なアウトカム項目に関しては、相対危険(RR)を計算し、連続変数に関は、ベースラインからの変化率(%)の荷重平均値の差(Weighted Mean Difference:WMD) を計算した。異質性 (heterogeniety)が存在する場合 (χ2 検定で求めて) には、ランダム効果モデル(random effects model)を用いた。
主要な結果:
11編の研究 (対象者数合計 1429 人) が採用基準に合致した。腰椎の骨密度 (MBD)が、対照群よりも治療群で 2年後にWMD で8.1 % (95%信頼区間 7.15-9.09) 、4年後で16.1%(95%信頼区間 14.65-17.5)増加していた。
新たな脊椎骨折の相対危険度は、2年後[0.87(95%信頼区間:0.51-1.46)]でも、4年後 [0.9(95%信頼区間:0.71-1.14)]でも有意ではなかった。
脊椎骨以外の新たな骨折の相対危険 (RR) は2年目では有意ではなかった [1.2(95%信頼区間:0.68-2.1)] が、4年目では治療群で有意に増加していた [1.85 (95%信頼区間:1.36-2.5)] 。とくに、高用量使用群や非徐放錠(即効錠)を使用していた場合に多かった。
胃腸障害の副作用のRR(相対危険)は、2年目では有意ではなかった [1.02(95 %信頼区間:0.86, 1.21)] が、4年目では治療群で有意に増加していた [2.18 (95%信頼区間:1.69, 2.5)]。とくにこの差は、高用量使用群や非徐放錠(即効錠)を使用していた場合に多かった。
また脱落数は両群で差は認められなかった。
サマリーにはなく、本文に記載されていた害作用としては、以下の記載である。
下肢痛症候群が2年目(フッ素群で相対危険(RR) 3.5 [95%信頼区間 1.74-7.04; heterogeniety なし])と、4年目(RR:3.11[95 %信頼区間0.81-11.87; heterogenietyあり) であった。このheterogeniety(異質性) はおそらく、「下肢痛」の定義の差によるものと考えられる。
考察として、フッ素は骨質の分厚さは増すし、骨密度は増加するが、骨痛が増加し、骨折も増加させる。決して骨の質が高まったのではないことを指摘している。 この結果、著者らは「フッ素は腰椎の骨密度を増すが、脊椎の骨折を減少させない。フッ素の用量を増やすと、脊椎の骨折の頻度は増加させないが、脊椎以外の骨折の頻度と消化器系の副作用の頻度が増加した。」のように結論している。
註4-1:
1日フッ素として、30mg未満は低用量、30mg以上を高用量としている。ただし、閉経後の女性に対するフッ素は、1日30mg前後という大量を使用するものであるために、そのまま、水道水へのフッ素添加の問題と同一に考察することはできない。しかしながら、骨密度が高くなり、骨質は分厚くなるが、骨折が増加するといった逆説的な関係があった点(フッ素の基本的な性質からは当然予想されることではあるが)は大いに参考になる。