フッ素化合物の発癌性に関する動物実験は、NTP (National Toxicology Program 1990)によるもの 6) と、Procter and Gamble社〔註5-1〕によるものと、これらを再検討した、アメリカ Department of Human Health Services (DHHS)の The Committee to Coordinate Environmental Health and Related Programs Public health Service の、Ad Hoc Subcommittee on Fluorideによる1991年の報告(以下Ad Hoc報告と略)3) がある。
註5-1:Procter and Gamble社(P&G社)は、アメリカのクリーニング、美容、食品嗜好品、保健医療(ヘルスケー)など主要な5部門にわたる総合会社である。フッ素製品も扱っている。世界各国に進出し、日本にも Procter and Gamble Japan がある 。
NTP報告 (1990) 6)では、幼若な雄ラットに、フッ素を全く含まない水、低用量、中等量および高用量のフッ素を含む水 (フッ化ナトリウムとして、0, 25 ppm, 100 ppmおよび175 ppm 、フッ素として 11 ppm, 45 ppm および 79 ppm)を自由に飲用させた。この用量は、体重あたりではそれぞれ 0.2mg/kg/日、0.8 mg/kg/日、2.5 mg/kg/日、4.1 mg/kg/日と推定されている。また、尿中排泄量から推定した吸収量を体表面積で換算すると100ppm群は6〜7mg/日、175ppm群は10〜14mg/日であった。
この結果、骨肉腫が、雄の中等用量群で50匹中1 匹、高用量群で80匹中3 匹(皮下に発生したもの含めると4匹)で発生した(対照群と低用量群では発生なし)。弱いながらも用量反応関係を認めた(対照群0/80、11ppm 群0/51、45ppm 群1/50=2%、79ppm 群3/80=4%(4/80=5%) )。ロジスティック回帰分析では P=0.027であった(皮下の骨肉腫を含めると p=0.010)。
ラットでは、弱いながらも、口腔内の偏平上皮癌(舌、口蓋、歯肉)が増加(0/80, 1/51, 1/50, 2/80) を認め、偏平乳頭腫を合わせると、より強い用量依存性の増加を認めている(0/80, 1/51=2%, 2/50=4%, 3/80=4%) 。同様の傾向は、雌でも認められている(1/80=1%, 1/51=2%, 1/50=2%, 3/80=4%) 。
甲状腺についても、ろ胞細胞腫(follicular cell neoplasm)も高用量群で増加する傾向が認められた。そのままでは統計学的には有意でないが、中間対照群や年齢をマッチさせた対照群を主実験の対照群と合わせて対照群とすると、ロジスティック回帰分析によるトレンドはp=0.027 となる。 雌のラットや、マウスでは雄も雌も骨肉腫の発生を見ていない。
しかし、マウスの発癌性試験では、メスに悪性リンパ腫の調整発生率が用量依存的に増加したことが報告されている(0ppm、25ppm、100ppm、175ppmでそれぞれ、19.3%、12.4%、30.0%、32.6%)。
NTP 報告では、ラットの雌やマウスで骨肉腫が発生しなかった点は、あまり重要ではないとしている。
その理由として、これまでのところ、骨肉腫を誘発する物質はアクロレインがあるが、この場合も雄にしか現れなかったこと、マウスは評価するのに不適切であることが指摘されているからとしている。また、人でも骨肉腫は女性より男性が発生しやすいことなどをあげている。
NTP 報告では、考察において、これまでに実施されてきた種々の動物実験の対照群となった雄ラットのデータベース(6131匹)を検討している。これらの対照群のラットでは、0.5 %に骨肉腫が認められた。ただし、これらに使用された飼料中のフッ素濃度を換算したところ、28〜47 ppmに相当することが判明したという。この飼料中のフッ素濃度は、今回のフッ素化合物の発癌性を調べた2年間の実験で使用した低用量群と中等量群の間に相当するため、このような他の実験の対照群を集積したデータを対照群として用いる方法は問題があるとしている。
さらに、フッ素は骨に蓄積すること、遺伝毒性がいくつかの哺乳動物の培養細胞で示されたこと、しかし、雌のラットやマウスでは認められなかったことなどを総合的に考慮すれば、確実とはいえないが、フッ化ナトリウムの投与と雄ラットの骨肉腫の発生との間の関連を弱いけれども支持していると結論している。
Ad Hoc報告 (1991年) は、上記のデータから、ペア解析ではp=0.099 (皮下の骨肉腫を入れてもp=0.057 で有意ではなかった)という点を強調している。
また、Ad Hoc報告のAppendix-Dでは、マウス(Procter and Gambleの実験)において示された良性骨腫瘍の用量依存的な増加(雌雄とも)を報告している。このように、フッ素は、骨の成長に対する親和性が示されている。
したがって、このような骨の成長に対するフッ素の親和性や良性骨腫瘍の用量依存的な多発など発生病理学的な意味からしても、フッ素と骨肉腫との関連の可能性を考慮してより詳細な検索をする必要性を示唆するデータであろう。
しかし、Ad Hoc報告(1991 年) では、後述するProcter and Gambleのラット実験と合わせて、雌雄それぞれ8群について検索したが、7群はどれも発癌のエビデンスはなく、1群だけが「保留」の判定であった。そして、現在利用できる動物実験結果を合わせて考慮すれば、フッ素と発癌の関連を確立することはできなかった("Taken together, the two animal studies available at this time fail to establish an association between fluoride and cancer.")と結論している。
マウスには、良性骨腫瘍が雌雄とも用量依存的に増加していたが、骨肉腫は全く認められなかった。Ad Hoc報告3)では、この点の意味付けについて、単なる増殖を意味するだけか、それ以上の意味があるかについて結論を出せないとしている。また、ウイルス感染症が多発したため、この実験の解釈は困難とし、統計学的な骨肉腫の有意な増加は示さなかったことを強調して結論としている。
Procter and Gamble社のラットの発癌実験では、散発的に用量依存性のない骨肉腫(低用量群の雌と、高用量群の雄にそれぞれ一匹ずつ)を認めたが、Ad Hoc報告のレビューアがスライド標本を見直したところ、さらに雄の中等量群に線維芽細胞肉腫と、雌の低用量群に骨肉腫がそれぞれ一匹ずつに認めた。
しかし、Ad Hoc報告では、これらの2例を足しても、雄で2匹(中等量と高用量それぞれ1匹ずつ)と雌に2匹(低用量群に2匹)であり、発癌性のエビデンスとしては不十分であるとしている。
そして、Ad Hoc報告は、Procter and Gamble社のラットの発癌実験を、死亡率が高く、ウイルス感染が流行した点などから、欠陥実験であるとしている。
しかし、発癌実験で、感染症などで死亡率が高くなれば、それは発癌の機会が低下することにつながり、癌死亡率の減少となるため、フッ素と発癌の関連を過少評価する方向に働くはずである。このような実験でも、コントロール群には全く骨肉腫が認められず、フッ素群では骨肉腫を4匹に認めたことから、より精密な(感染症などで早期に死亡しないなど)条件で実験をすれば、発癌性との関連がより強固に出る可能性は十分に残されていると見るべきである。
アメリカ・ユタ州立大学農学部において実施された、牛を用いたフッ素の毒性試験の結果が報告され、「どの臓器にも意味のある癌の発生は認めなかった」と結論されている 18)。
しかし、この論文をよく検討すると、200頭の牛のうち、実験が完了できたのは、170頭であり、不適切な脱落はなかったとしているが、脱落の詳細はまったく不明である。
実験は1950年から、1970年にかけて実施された。対象牛の試験終了時の平均年齢は5.8歳(3歳〜14歳)で、これはこの時期の牛の平均的な寿命とのことでほぼ牛の生涯を観察した実験であるとされている。しかし、200頭のうち、190頭はメスで、オスはわずか10頭だけであり、骨肉腫の検討には全く不適切である。さらに問題は、低用量曝露群(26頭)にも25ppmのフッ素水が投与され、中間曝露群(87頭)は25〜93ppm、高曝露群(87頭)は93ppmという高用量であった。実際の吸収量は不明である。
中間曝露群から、用量依存性の腎障害(ネフローゼや尿細管変性など)を認め、著明な斑状歯、著明な骨フッ素症を呈した。また、低曝露群と中曝露群には癌はみとめられなかったが、高曝露群では、目の扁平上皮癌と、おそらくは子宮が原発とおもわれる、低未分化腺癌を腹腔内に認めた。
後述するように、アメリカ統治下でフッ素添加が行われていた沖縄での、疫学調査で子宮癌とフッ素との関連が認められていることと、符合する所見である。
腎尿細管の変性は、低曝露群、中曝露群、高曝露群で、それぞれ、0%、5%、16%であった。このような、明瞭な用量反応関係ですら、「他の影響であり、フッ素は無関係」と述べている。極めて、恣意的なデータ解釈であり他の部分(脱落の理由等)の信頼性まで、疑わしめるほどである。
このように、発癌性に関する動物実験の結果、遺伝毒性が示されていることなどの結果ともあわせて考えれば、NTP 報告とProcter and Gamble社の調査結果をあわせて見ても、フッ素添加と骨肉腫の発生との関連があると見るのが順当である。
しかも、このような癌の発生が、人の日常でも摂取しうる量の、たかだか2〜4倍程度(体表面積換算量)で生じている点は特に重要である。
また、それよりも多い量(数倍〜10倍程度)では明らかな死亡の増加を認めている点も重要である。
実際、アメリカでは、EPA (Environmental Protection Agency) では、フッ素を発癌物質として認定する動きがあったとされ、EPA の科学者は、フッ素の水道への添加には反対の立場を表明しているほどである。
次に述べるCohn(1992) 19)らも、上記のようなデータと動物実験などからフッ素添加と骨肉腫の発生との関連を指摘しているが、その論文の主張は十分に説得力がある。
なお、骨肉腫ではないが、雄ラットでは門歯形成不全の頻度、門歯エナメル芽細胞の変性の増加が25 ppm(フッ素として11ppm)から認められ、顕著な用量反応関係があり、最大無影響量が決定されていない。雌ラットでも雄ほど顕著ではないが同様の傾向を認めている。
最も初期に疫学調査によってフッ素と発癌の関係を指摘したのは、Yiamouyiannis らによる1975年の報告とされている3)。この報告は Yiamouyiannis自身も指摘しているように、種々の統計学的問題点があり、批判されている〔註〕。
註:統計学的手法の問題点はあったが、その後の多くの疫学調査や動物試験よる確認の発端となったという意味で重要であったと考えられる。その後、遺伝子毒性については、ほぼ確実視されるようになってきており、動物試験でも癌との関連が認められており、重要な問題提起であったと考えられよう。
その後、Yiamouyiannisらが調査対象としたアメリカの20都市(水道水をフッ素化している人口の多い順に10都市と、フッ素化していない人口の大きい順に10都市)と同じ地域を対象として、他の3つのグループによる疫学調査(対象地域は同じでも、調査年が異なったり、データ源が異なったりしているが)が実施され、いずれもフッ素と癌との関連は認められなかった(Ad Hoc報告 3),NHS-CRD 報告 2))。
しかし、これらの調査は、90〜95%の利用可能なデータを除外すなどの調査方法に問題があると、Yiamouyiannisにより批判されている(NHS-CRD 報告 2))。
また、Ad Hoc報告3)によれば、イギリスの The British Working Party on the Fluoridation of Water and Cancer (Knox, 1985: 水道水フッ素化と癌に関する作業委員会) や、国際癌研究委員会(the International Research on Cancer:IARC) の学術論文計画(the Monographs Program)により招集された疫学者による国際的検討パネル (IARC, 1982) が最も詳細な検討を加えており、さらに、アメリカ科学学士院(U.S. National Academy of Science :NAS) の飲料水委員会の小委員会でも疫学の分野における文献的レビューを実施しているという。
そして、それらのレビューでは、これまでの利用出来る限りのデータでは、自然のフッ素あるいはフッ素添加した飲料水と人の癌との間には信頼できる証拠は全く存在しなかった(IARC, 1982, Knox, 1985)とされている、と述べている。
Hoover (1990) 4,5)以前の研究で、部分的にしろフッ素化と癌罹患率の間に有意な関連を認めているのは、Lynch(1984年) の調査が唯一である(Ad Hoc報告では1984年, NHS-CRD報告では、1985年に公表されたとされており一致していない。いずれも一般の医学雑誌に公表されたものではないため、その原文を入手できず、同一のものかどうか不明である) 。
Ad Hoc報告にはデータは示さずサマリーのみが紹介されている。またNHS-CRD 報告では、かなり詳細なデータが紹介されているが、基本的な調査の方法が意味不明であり解釈できない。そこで、主にAd Hoc報告の記載に基づいて紹介しておくにとどめる。
約140 万人の人口をカバーするアイオワ州の158 の市町村について、1969年から1981年までの癌罹患(全部位および、主要な臓器別の癌罹患率)と、フッ素の状態(フッ素化からの年数)との関連を、8種類の社会的な要因について調整して求めて比較している。その結果、多変量解析でフッ素化地域に癌発生率が高かったがフッ素化年数が少ない方が高かったため、Lynch 自身、このデータはフッ素化と癌の関連を示すものではないと結論していると、Ad Hoc報告では引用して報告している。
具体的なデータは不明であるが、多変量解析でフッ素化地域に癌発生率が高かったにもかかわらず、単にフッ素化からの年数が少ない方が癌の発生率が大きかったという点だけで、関連を否定してよいとは言えない。この点は、以下の Hoover 報告においても出てくる考え方であるが、その問題点は十分に検討しなければならない。
1)Hoover報告(1991年)の方法
Hooverらは、国立癌研究所 (NCI)の仕事として20年間における癌死亡率と癌罹患率のデータを分析し、水道水へのフッ素添加との間には何ら変化を認めないとの結果を1976年に報告している。
NTP により骨肉腫の増加の可能性を示す新たな動物実験データが公表されたため、あらためて全国規模での疫学調査を実施したものである4,5)。その方法は、
1.SEER Program (Surveillance and Epidemiology and End Result Program)
という、
一種の地域癌登録システムの罹患データを分析したものと
2.過去35年間(1950〜1985年)の全国死亡率データをもとにした分析
の2種類である。
Hoover 報告は、主に地域癌登録システムを利用した方法により解析を加えている。
SEERは1973年に始められた。9つの地域癌登録からなり、全国人口の約10% (2500万人以上) をカバーしている。全国の死亡データでは組織型は分からないし、とくに骨は他部位の癌の好発転移部位であるために、骨癌には誤分類が生じやすい。しかし、罹患データは組織型が判明しているので、特に重要とされる。1973〜1987年のSEERのデータがNCI の1990年の調査では詳細に分析され、Ad Hoc報告の中で報告された。
ある郡(county)における水道水のフッ素化地域が10%未満から、3年以内に3分の2超に増加した場合にフッ素の暴露があったと見なした。一方、1985年までの間に、水道水のフッ素化地域が10%を超えるとか自然の水道水のフッ素レベルが0.3 ppm 超でなければ、対照の郡 (county) と見なした。この結果、死亡率の分析には 1980 年の人口で、約4000万人(アメリカ国民の22%に相当する)を擁する 131のフッ素化郡と、約3000万人(同13%)を擁する 195の非フッ素化郡が用いられることになった。
ただし、罹患率の比較の際には、水道水のフッ素化地域が10%未満から3年以内に60%を超えるようになればフッ素化された郡とした。非フッ素化地域としては、フッ素化地域が全期間を通じて10%未満であることを条件とし、自然のフッ素レベルは問わなかった。Hooverらは、その理由として、時系列的推移による方法を解析方法として採用したので、開始時のフッ素レベルは問題ない、としている。しかし、開始時のフッ素レベルが高い場合には、フッ素化の有無の差は当然ながら出にくくなる。この点に対する配慮が足りない方法というべきであろう。
上記のフッ素化地域と非フッ素化地域の基準に該当しない郡は、解析から除いた。そして、9つの地域癌登録のうち、解析のために必要なフッ素曝露の地域差がなかった7つの癌登録は解析から除外した。結局アイオワ州(リンチ報告と同じ州)とシアトルの都市地域の2カ所が、フッ素化と非フッ素化地域を含んでいた。アイオワ州は、11のフッ素化地域と、14の非フッ素化地域、シアトルは、1つのフッ素化地域〔註5-2〕と7つの非フッ素化地域を含んでいた。また、シアトルは癌登録の開始の関係から1974年からのデータのみであり、1973年の罹患のデータはない。これらは、白人のみに限って集計をしている。
フッ素化地域のフッ素化後の期間により、癌の危険度の変化を見ることに重点をおいて解析し、フッ素化地域と非フッ素化地域は、ベースラインを知る目的でのみ比較した〔註5-3〕。フッ素化した地域(County)において観察した罹患(死亡)を、年齢性、時期および地域別に、非フッ素化地域(County)における罹患(死亡)と比較した。これらをフッ素化後の年数で5年毎に区切って集積し、期待度数に対する観察度数(O/E 比)を計算した。対応する相対危険(RR)や95%信頼区間(CI)、フッ素化後の年数と RR とのトレンド分析には、ポアソン回帰分析を用いた。ポアソン分析のため、データは郡毎に、年 (1973-77, 78-82, 83-87)、年齢 (0-4, 5-9, ----85以上) 、性、フッ素化後の期間 (0-4, 5-9, 10-14, 15-19, 20以上) で分類した。各期間の平均期間を、トレンドテストの期間の値として用いた。
註5-1:シアトルのフッ素化地域が1つである点に関して
これら対象となった地域の人口やその性年齢構成は明らかにされていないこと自体問題である。提供されているデータから推計するかぎり、シアトルのフッ素化地域は1カ所だが、毎年9000人程度の癌死亡(全部位)から推測するかぎり、その人口規模は、アイオワ州の11のフッ素化地域の人口に匹敵する(ほぼ 300〜400 万人程度)。
しかし、シアトルの1カ所のフッ素化地域が合計の人口規模ではアイオワ州の11地域の合計に匹敵するとはいっても、やはり1カ所であるということから、その地域に未知の大きな偏りがある場合には、その影響を受けることになり、疫学的な調査としては、質的な弱点と言えよう。
したがって、アイオワ州の調査の方が信頼できるかもしれない。
註5-2 :生態学的疫学調査の方法について
通常、この種の病因を検討するための生態学的な疫学調査では、まず非曝露地域の性、年齢、その他の必要と思われる要因別の癌罹患数(死亡数)をもとに、曝露地域の期待罹患数(死亡数)(E)を求め、これに対する曝露地域で観察された癌罹患数(死亡数)(O) の比(O/E 比)を求める。そして、 O/E比の95%信頼区間の下限が1を超える場合に、統計学的に意味があると考える。
そして、まずは大きい項目である全部位の癌、ついで問題と思われる部位別の癌について、曝露の有無との関連を見るものである。全癌あるいは部位別の癌で特定の化学物質の曝露と関連が認められた場合に、はじめて用量−反応関係を見る。用量−反応関係はふつう、期間ではなく、化学物質の曝露量をとる。したがって、フッ素についていえば、水道水のフッ素濃度で、非フッ素添加地域(でしかも、実際の濃度が0.2 あるいは 0.3 ppm未満の地域)、フッ素添加により 0.7〜1.0 ppm の地域と 1.0 ppm超の地域の2用量というような、曝露量のとり方をするべきである。
化学物質への曝露による癌に関していえば、感受性の高い人でのみ発癌が見られることも多いため、比較的短期間に発癌する場合、その期間が過ぎれば、あとは感受性の低い人のみが残される。このために曝露期間が増えても、癌罹患率は上昇しないことがあるからである。特に癌のプロモーターの場合は、曝露期間が関係しないとされる。
その意味で、Hooverらのこの分析方法は、基本的に問題をかかえているといえる。
このような点に関して注意しながら、報告書そのもの、あるいはこの報告書を検討している様々な報告(NHS-CRD 報告も含む)を検討する必要がある。
2) Hoover 報告の結果
本来は、先述したように、この種の調査をする場合には、全部位の癌、ついで問題と思われる部位別の癌について、曝露の有無との関連を見るものである。しかしながら、 Hoover 報告自体、変則的な検討を加えており、結論部分には、問題であったことは骨肉腫のみであったような書き方になっている。そのために、ここでの検討も、骨肉腫から進めることにした。
1. 骨肉腫および全骨関節癌について
Hooverらは、表5-1のようなデータを最初の報告 4)で示した。このデータでは、フッ素化後の経過期間別のフッ素の影響に関しては解析できる。しかし、骨癌、とくに骨肉腫が、20歳までの若年男性でとくに発生しやすい。この点を考慮すれば、年齢別の解析をすべきであるが、実施しなかった。
これに対して、Ad Hoc委員会では、年齢を考慮した解析を求めた。その求めに応じて報告したのが、追加報告である(appendix F) 5) 。
この追加報告 5)では、年齢別 (20歳未満、20〜39歳、40〜79歳、全年齢) 、フッ素化有無別、調査期間別 (前半1973〜80年、後半1981〜87年) に全米の1970年の人口構成に基づいた年齢調整罹患率(人口10万人対)のリストを作成し、年齢別に解析を実施した。
このような疫学調査で問題にしなければならないことは、まず、フッ素添加の有無による影響である。したがって、フッ素化していない地域とフッ素化した地域をまず比較すべきである。その後、フッ素化の期間に応じた用量反応関係があるかどうかについて検討を加えるべきである。
しかし、この追加報告でも、単に、前半期から後半期への増加率(%)を比較しているに過ぎず、フッ素添加の有無による影響についての解析を実施していない。
ただし、前半期から後半期への増加率(%)を比較した解析でも、20歳未満の男性は、非フッ素化地域では全骨関節癌のこの間の罹患率が5%減であるのに、フッ素化地域では39%増であった。また同様に20歳未満の男性は、非フッ素化地域では全骨関節癌がこの間罹患率が40%増であったが、フッ素化地域では69%増となっていたので、20歳未満の男性では骨肉腫、あるいは全骨関節癌の罹患率の増加がみとめられ、とくにそれがフッ素化地域では著しい可能性を示している。
Hooverらの報告4,5)では実施していないため、Hooverらの追加報告のデータを用いて、非フッ素化地域の罹患率に対するフッ素化地域の罹患率を、年齢別、期間別に求めて表5-2 に示し、図5-1 にグラフとして示した。
また、この年齢別、時期別の非フッ素化地域の罹患率に対するフッ素化地域の罹患率比(フッ素化の有無による罹患しやすさ)が、前半(1973-80年) から後半(1981-87年) にかけてどう変化したかを、表5-3 と図5-2 に示した(前半に対する後半の比を経年比として示した)。
表5-2 および表5-3 、図5-1 および図5-2 を参照しながら、検討を加えると、以下のような特徴をうかがうことができる。
表 5-1 骨肉腫の期待罹患率に対するフッ素化地域における
観察罹患率の比(a) と観察例数 ( )内
フッ素化の期間(年) | |||||
---|---|---|---|---|---|
性 | <5 | 5〜9 | 10〜14 | 15 〜19 | 20〜 |
合計(b) | 1.8 (9) | 0.8(11) | 0.9(20) | 1.1(20) | 0.9(31) |
男性 | 2.6 (6) | 0.8 (6) | 0.9(14) | 0.8 (9) | 1.2(19) |
女性 | 1.2 (3) | 0.8 (5) | 1.0 (6) | 1.4(11) | 0.7(12) |
(a)非フッ素化地域の罹患率 (1.0)に対し、年齢、歴年、地域で調整して
求めたフッ素化地域の相対的罹患率(O/E 比)
(b)これは、性についても調整済み
非フッ素化地域に対するフッ素化地域の罹患率の比(F/NF)は、20歳未満の男性は、骨 肉腫では前半からすでに1.3 倍であり、後半には1.6 倍に上昇していた。20〜39歳でも前半は 0.72 倍であったが(このデータのみが他と極端に異なる)、後半では1.7 倍であった。全年齢でも後半は1.5 倍であり、若い男性でフッ素化地域の方が骨肉腫に罹患しやすいことが指摘できる。また、単に若い年齢だけでなく、他の年齢においても、フッ素化地域の方が非フッ素地域よりも罹患しやすい傾向があることが伺える。
さらに、時期別に見て、1973〜80年の前半から、1981〜87年の後半にかけて、どの年齢でも非フッ素化地域に対するフッ素化地域の罹患率比(F/NF)が増加しており、もともと高い罹患率比(F/NF)を示した20歳未満でも1.2 倍となっている。したがって、さらに全年齢でも、罹患率比(F/NF)は前半より後半の方が1.3 倍と増加している。
確かに40歳から79歳においてはフッ素化の影響は少ないことが明らかであるが、他の年齢層においては決して、全く影響を受けないわけではないことが伺える。
表 5-2 全骨関節癌、骨肉腫の非フッ素化地域の罹患率に対する
フッ素化地域の罹患率の比(期間別、年齢階級別)
年齢 | <20 | 20〜39 | 40〜79 | 全年齢 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
期間*a | 前半 | 後半 | 前半 | 後半 | 前半 | 後半 | 前半 | 後半 | |
全骨関節癌 | (男女) | 0.96 | 1.23 | 0.92 | 1.10 | 0.88 | 0.90 | 0.93 | 1.07 |
全骨関節癌 | (男) | 1.37★ | 1.96★ | 0.92 | 1.23 | 0.91 | 0.97 | 1.04 | 1.35★ |
骨肉腫 | (男) | 1.30★ | 1.57★ | 0.72*b | 1.67★ | 1.28 | 1.36★ | 1.14 | 1.47★ |
*a: 前半:1973年〜1980年 後半:1981年〜1987年
*b: この値のみが、他と非常に異なる
★ 統計学的に有意かどうかは不明であるが、罹患率比が1.3 以上の数値
表 5-3 全骨関節癌、骨肉腫の非フッ素化地域の罹患率に
対するフッ素化地域の罹患率比(F/NF)の
経年比(後半/前半*a)(年齢階級別)
年齢 | <20 | 20〜39 | 40 〜79 | 全年齢 | |
---|---|---|---|---|---|
全骨関節癌 | (男女) | 1.27 | 1.20 | 1.03 | 1.15 |
全骨関節癌 | (男) | 1.43 | 1.33 | 1.06 | 1.30 |
骨肉腫 | (男) | 1.21 | 2.30*b | 1.07 | 1.29 |
図5-1
図5-2
2. 口腔・咽頭癌について
表5-4 は、非フッ素化地域の口腔咽頭癌の罹患数をもとに、年齢、歴年等で調整して求めたフッ素化地域の期待罹患数に対する、フッ素化地域の観察された罹患数の比(O/E比)と、その観察罹患数である(その数字が( )内に示されている)。表5-5 は、また別の方法(ポアソン回帰モデルにより罹患リスク比を年齢、歴年等で調整して求めたもの)で求めた罹患リスク比とその95%信頼区間である。調整方法が異なるために、微妙にその数字が異なっているが、おおむね一致している。
表 5-4 口腔咽頭癌の期待罹患率に対するフッ素化地域における
観察罹患率の比(a) と観察例数 ( )内
フッ素化の期間(年) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
性 | <5 | 5〜9 | 10〜14 | 15 〜19 | 20〜 | |
アイオワ州 | 合計(b) | 1.2(31) | 1.4(11) | 1.7(116) | 1.6(210) | 1.6(848) |
男性 | 0.8(15) | 1.6(25) | 1.5 (77) | 1.6(135) | 1.6(555) | |
女性 | 2.3(16) | 1.2(13) | 2.0 (39) | 1.7 (75) | 1.6(293) | |
シアトル | 合計(b) | 1.0(81) | 1.2(500) | 1.7(577) | 0.8(292) |
----
|
男性 | 1.0(50) | 1.3(296) | 1.5(360) | 0.9(184) |
----
|
|
女性 | 1.1(31) | 1.1(204) | 2.0(217) | 0.7(108) |
----
|
表5-5 において認められているように、口腔咽頭癌については、アイオワ州では性別、フッ素化からの期間別に分けた15項目中12項目で有意に、非フッ素化地域に対するフッ素化地域のリスク比が高かった。しかも、後述する腎癌腎盂癌や大腸直腸癌などが、せいぜいリスク比1.1 〜1.2 程度であるのに、口腔咽頭癌のリスク比は 1.5〜2.0 と高い。
またシアトルでも、12項目中5項目で有意にリスク比が高かった。したがって、合計27項目中17項目と半数以上で有意にリスク比が高いということになる。フッ素化の期間とリスク比の間に、用量−反応関係が認められないという点は、非フッ素化地域に対してフッ素化地域のリスクがこれだけの項目で高いという事実を打ち消すほどの理由とは全く考えられない。
ところが、Hooverらの解釈では、これらの有意に高いリスク比についてはほとんどふれず、経過年数の少ないところでは有意でないこと、有意なトレンドは逆の関連であった点などを述べているだけである。
このような解釈は、事実を全く見ようとしていないと言える。さらに、このような明瞭で強固な関連を、NHS-CRD では全く見ていないことも、解釈に苦しむものである。
表 5-5 2つのSEER癌登録地域における、口腔咽頭癌の罹患率の
ポアソン回帰モデル から求めたリスク比(*a)とその95%信頼区間(フッ素化の期間別、性別)
フッ素化の期間(年) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
性 | <5 | 5〜9 | 10〜14 | 15〜19 | 20〜 | |
アイオワ州 | 計 | 1.2 | 1.6◆ | 1.5◆ | 1.6◆ | 1.6◆ |
(0.8-1.8) | (1.1-2.3) | (1.2-1.9) | (1.7-2.1) | (1.4-1.9) | ||
男 | 0.8 | 1.6◆ | 1.5◆ | 1.6◆ | 1.6◆ | |
(0.5-1.4) | (1.1-2.4) | (1.1-2.4) | (1.3-2.0) | (1.4-1.9) | ||
女 | 2.2◆ | 1.6 | 1.6◆ | 2.0◆ | 1.6◆ | |
(1.3-3.8) | (0.9-2.3) | (1.1-2.3) | (1.4-2.8) | (1.2-2.0) | ||
シアトル | 計 | 1.0 | 1.2◆ | 1.2◆ | 0.9 |
----
|
(0.8-1.3) | (1.1-1.4) | (1.1-1.3) | (0.8-1.0) | |||
男 | 1.0 | 1.2◆ | 1.3◆ | 0.9 |
----
|
|
(0.6-1.4) | (1.0-1.4) | (1.1-1.5) | (0.7-1.1) | |||
女 | 0.9 | 1.2◆ | 1.1 | 0.8 |
----
|
|
(0.6-1.4) | (1.0-1.4) | (0.9-1.3) | (0.7-1.1) |
3. 腎癌腎盂癌
Hoover らの解釈では、腎癌腎盂癌との関連で、唯一の有意なトレンドを示したのは、シアトルの男女合計の p=0.04 であった。しかし、そのリスク比は最大が 10-14年と 15-19年の 1.0である。他はそれよりも低い。このような低い値でトレンドが有意であったとしても意味はない。
むしろ、それよりも、フッ素化後20年以上で、リスク比が男性 1.2 (95%信頼区間1.0-1.4)、女性 1.2 (95%信頼区間1.0-1.5)、男女合計で1.2(95%信頼区間1.1-1.3)とずれも有意に大きかったことの方が重要である。それ以下ではリスク比に有意の差は認められていないし、トレンドでは有意ではないが、フッ素の大部分を排泄する臓器である腎臓は、長期間曝露されることにより、標的臓器となりうる可能性は十分に考えられるからである。
したがって、この場合の、20年以上群でのみリスク比の有意な増加が認められたことは意味があると考えるべきである。
4. 大腸直腸癌
大腸直腸癌との関連では、Hooverらの解釈は、シアトルでのトレンド分析が有意でなかったから恒常的な傾向と言えないとして、関連を否定している。
しかし、アイオワ州では、フッ素化20年以上で、リスク比が男性 1.1倍 (95%信頼区間1.12-1.27)、男女合計 1.13(95%信頼区間1.08-1.18)、15-19 年群の男性でリスク比 1.15(95%信頼区間1.05-1.27)と、有意にリスク比が大きかった。シアトルでは、15-19 年群で 1.06(95%信頼区間1.00-1.12)と有意に高いリスク比を認めている。それ以下ではリスク比に有意の差は認めていないが、アイオワではフッ素化の経過年数を用量とし、リスク比を反応とした場合に有意(男女合計でも、男性でもp<0.001)の用量−反応関係を認めているので、ほぼ確実に関連があると見るべきであろう。
表5-7 は、大腸直腸癌の非フッ素化地域の罹患数を基準にした期待罹患数(E) に対するフッ素化地域の観察罹患数(O) の比(O/E比) をフッ素化後の経過年数および、性別に求めたものである。この表には、通常示すべき95%信頼区間が示されていない。これほど統計学的な手法を駆使している論文において、95%信頼区間が示されていないのは理解困難なことである。
大腸直腸癌の発生数は多い。したがって、表 5-6で示されているオッズ比は1をわずかに超える程度で小さいが、 O/E比の95%信頼区間の下限が1以上になる可能性は高い(95%信頼区間が有意となる可能性のある数値には◇印を付けた)。
表 5-6 2つのSEER癌登録地域における、大腸直腸癌の罹患率のポアソン回帰
モデル から求めたリスク比(*a)とその95%信頼区間(フッ素化の期間別、性別)
フッ素化の期間(年) | トレンド | ||||||
性 | <5 | 5〜9 | 10〜14 | 15〜19 | 20〜 | (P) | |
アイオワ州 | 計 | 0.91 | 0.97 | 1.06 | 1.06 | 1.13◆ | p<0.001★ |
(0.80-1.03) | (0.86-1.10) | (0.98-1.14) | (0.99-1.13) | (1.08-1.18) | |||
男 | 0.85 | 1.02 | 1.07 | 1.15◆ | 1.10◆ | p<0.001★ | |
(0.70-1.03) | (0.86-1.22) | (0.96-1.20) | (1.05-1.27) | (1.12-1.27) | |||
シアトル | 計 | 0.97 | 1.03 | 1.00 | 1.06◆ | p=0.32 | |
(0.88-1.07) | (0.98-1.08) | (0.95-1.04) | (1.00-1.12) |
表 5-7 2つのSEER癌登録地域における、大腸直腸癌の非フッ素化地域の罹患数を基準 にした
期待罹患数(E) に対するフッ素化地域の観察罹患数(O) の比(O/E比) (フッ素化の期間別、性別)
フッ素化の期間(年) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
性 | <5 (O) | 5〜9 (O) | 10 〜14 (O) | 15〜19 (O) | 20〜 (O) | |
アイオワ州 | 計 | 0.93(277) | 0.95(315) | ◇1.10(958) | 1.06(1588) | ※1.11(7049) |
男 | 0.90(115) | 0.99(143) | ◇1.14(429) | ※1.15 (748) | ※1.18(3274) | |
女 | 0.85(162) | 0.92(172) | 1.07(529) | 0.98 (840) | 1.06(3775) | |
シアトル | 計 | 0.88(508) | 1.03(2819) | 1.03(3062) | 1.03(2123) | |
男 | 1.00(260) | ◇1.12(1384) | 1.02(1483) | 1.06(1108) | ||
女 | 0.78(248) | 0.96(1435) | 1.04(1579) | 1.01(1015) |
5. 非ホジキン悪性リンパ腫
非ホジキン悪性リンパ腫は、シアトルの調査で、10〜14年(男女合計、男、女とも)および15〜19年(男女合計、男、女とも)で、いずれもリスク比が 1.1〜1.2(95%信頼区間1.0-1.2(1.4)から1.1 〜1.4(1.5))と有意に高かった。また、トレンド分析でも男女合計が有意(p=0.01)であった(男性はp=0.07, 女性はp=0.09) 。リスク比の有意な増加が認められたことは、マウスのメスで、悪性リンパ腫が、100ppm群以上で多かったことと合わせて考慮した場合、重要な意味があると考えるべきであろう。
6. 肺および気管支癌
表5-8は、2つのSEER癌登録地域における、肺気管支癌の非フッ素化地域の罹患数を基準にした期待罹患数(E) に対するフッ素化地域の観察罹患数(O) の比(O/E比)をフッ素化の期間別、性別で求めたHoover報告の表を転載したものである。
これらのデータには、95%信頼区間は示されていないが、アイオワ州の肺気管支癌は、これらの観察数からして、全項目が有意となる可能性の高い数である。シアトルについても、5 年未満の男性および男女合計で有意となる可能性が高いと思われる。
表 5-8 2SEER癌登録地域における、肺気管支癌の非フッ素化地域の罹患数を基準にした
期待罹患数(E) に対するフッ素化地域の観察罹患数(O) の比(O/E比) (フッ素化の期間別、性別)
フッ素化の期間(年) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
性 | <5 (O) | 5〜9 (O) | 10 〜14 (O) | 15〜19 (O) | 20〜 (O) | |
アイオワ州 | 計 | ◇1.26(244) | ◇1.45(314) | ◇1.32(836) | ◇1.54(1490) | ◇1.46(6680) |
男 | ◇1.17(188) | ◇1.27(216) | ◇1.24(622) | ◇1.47(1156) | ◇1.36(4778) | |
女 | ◇1.71( 56) | ◇2.14( 98) | ◇1.64(214) | ◇1.84 (334) | ◇1.77(1902) | |
シアトル | 計 | ◇1.20(528) |
1.00(2001) |
1.03(3383) | 0.97(2300) | |
男 | ◇1.26(395) | 0.98(1982) | 1.02(2099) | 0.92(1348) | ||
女 | 1.06(133) | 1.06( 919) | 1.04(1284) | 1.04( 952) |
7. 全部位の癌
全部位の癌のこれらのデータにも 95 %信頼区間は示されていない。アイオワ州の10年以上の全項目、5 〜9 年の女性に関しては、観察数からして有意となる可能性の高い数と思われる。シアトルについても、5 年未満の男性および男女合計、5 〜9 年の全て、10〜14年の女性で有意となる可能性が高いと思われる。
表 5-9 2つの SEER 癌登録地域における、全部位癌の非フッ素化地域の罹患数を基準 にした期待罹患数(E) に対するフッ素化地域の観察罹患数(O) の比(O/E比) (フッ素化の期間別、性別)
フッ素化の期間(年) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
性 | <5 (O) | 5〜9 (O) | 10〜14 (O) | 15〜19 (O) | 20〜 (O) | |
アイオワ | 計 | 1.00(1799) | 1.00(2100) | ◇1.08(5869) | ◇1.11(9933) | ◇1.13(43592) |
男 | 0.98( 873) | 0.98(1033) | ◇1.09(2891) | ◇1.13(4916) | ◇1.15(21549) | |
女 | 1.02( 926) | ◇1.06(1067) | ◇1.08(2973) | ◇1.09(5017) | ◇1.12(22043) | |
シアトル | 計 | ◇1.05(3580) | ◇1.06(20318) | 1.01(22434) | ◇1.04(15885) | |
男 | ◇1.07(1858) | ◇1.04( 9865) | 0.98(10905) | ◇1.04( 7933) | ||
女 | 1.03(2022) | ◇1.07(10453) | ◇1.05(11529) | ◇1.05( 7952) |
しかも、これら非フッ素化地域は自然のフッ素の状態は問われておらず高い地域も含まれている。フッ素化地域を10%未満含む場合でも非フッ素化地域に分類されている。一方、フッ素化地域もたかだか60%以上の地域がフッ素化されていることが条件である。十分高い率でのフッ素化地域ではない。
したがって、完全なフッ素化地域と完全な非フッ素化地域を比較した場合には、さらにこれ以上のリスク比が示される可能性があり、フッ素と癌罹患の関連がより強固に示される可能性があると考えておくべきである。
Cohn(1992年)19)の報告は、「小児のう歯を効果的に予防するため、フッ素が公衆衛生的に重要な利益があることはよく知られている。」という文章で始まる、アメリカニュージャージー州の環境保護・エネルギー局、および公衆衛生局が合同で作成した報告書である。
以下に、Cohn報告から引用する。
公衆衛生サービスでは0.7 〜1.2 ppm のフッ素濃度にするのがう歯の防止には最もよい濃度であるとしている。
アメリカの環境保護・エネルギー局は水道水へのフッ素添加濃度として、2ppm までは許可しているし、自然に生じる場合には4ppm まで承認している。水道水の他に食物やビタミン類、はみがき粉中のフッ素を飲み込むなどである。
最近のアメリカの郡(County) レベルの調査において、骨肉腫の頻度とフッ素との関連が認められた (Hooverら 1991)。しかし、フッ素添加の期間との直線的な関連が認められないとして、著者らによってその意味付けは疑問であるとされた。
Hooverらの調査の追跡調査として、小規模であるが市町村単位(municipal level)の水道水フッ素濃度と市町村住人の骨肉腫例(診断時点で)との関連について、同様の調査を開始した。個々人の居住歴、平均水摂取量、歯科用剤の使用、他の発がん物質への曝露、がんの家族歴などについては、いずれもインタビューはしていないので、不明である。さらに、合計の症例数が少ない。したがって、ここで観察されたデータの解釈は、次の理由から慎重でなければならない。
1. 曝露の誤分類がありうるので、過小評価や過大評価がありうる。
2. 骨肉腫の原因の可能性として、未知の交絡因子がありうるためのバイアスを生じうるので、やはり、過小評価や過大評価がありうる。
3. 観察された関連は偶然のものによるかもしれない。
1979年から1987年までにおける骨肉腫の発生率を、生態学的疫学的手法を用いて、ニュージャージー州中央部にある7つの地域(County) における水道水へのフッ素添加の状況と比較した。フッ素を添加した地域においては、20歳未満の男性中12症例が診断されたが、フッ素を添加していない地域においては、8症例であった。フッ素非添加地域に対する添加地域の罹患率比(The rate ratio of incidence)は 3.4 (95%信頼区間=95%CI:1.8, 6.0)であった。フッ素添加地域の市町村で発生した12症例はすべて、フッ素添加率が最も高度であった3つの地域に限られていた。この3つの地域内での罹患率をフッ素添加地域の罹患率として、非添加地域の罹患率との罹患率比を求めると、5.1 (95%CI:2.7, 9.0)であった。10歳から19歳に限って、この3地域を比較すると、罹患率比は 6.9(95%CI:3.3, 13) であった。他の年齢/性ではフッ素添加との有意な関連は認められなかった。
この調査研究において発生した症例数は少なく、調査デザインも種々の制約があるため、この分析結果が、フッ素添加と骨肉腫との因果関係を意味するわけではない。公衆衛生的な観点からいえば、水道水にフッ素添加を中止すべきとの勧告をするほどに充分なデータとは言えない。しかしながら、フッ素の総摂取量と骨肉腫との関連について調査することが重要であるとの主張は少なくとも支持しているデータである。さらには、歯科医は、子供がフッ素添加地域の住人である場合への、フッ素の追加使用に関して、適切なアドバイスをする必要があるということを勧告する〔註:フッ素使用が過剰にならないように、それ以上には使用しないようにとの適切なアドバイスをすべきであるということ〕。
また、フッ素添加をした水道水を供給されている住人が 10 %未満の場合には、フッ素非添加地域と見なされている。混合地域は、解析から除外された。また、フッ素添加の軍施設も除外された。
考察の部分で、Cohn報告では、以下のように触れている。
このデータは科学諮問委員会のレビューでは妥当とされていない。その理由は、癌発生の過剰(増加)がわずかに有意に過ぎないこと、食物中のフッ素レベルの問題があること、さらにはマウスでは認められていないことなどである。また、他のマウスやラットを使用した実験では発癌を認めていない。ただし、これらの研究については食物の条件や組織検索が不十分であるために、問題がある(発癌性評価委員会:1990) 。他のデータでは、フッ素は変異原性がなく、遺伝子毒でもないとされている。しかしながら、骨の成長期における発癌促進因子としての役割についてはまだ否定されていない。
もしも、思春期男性の急速に成長している骨が骨肉腫の発生の感受性が最も高い(Glass Fraumeni: 1970) ならば、限られた時期にだけ(during a narrow window of susceptibility)、フッ素が発癌促進因子として働く可能性がある。 ホルモンとの相互作用や急速な成長速度 (intensity of the growth spurts) も影響因子となる可能性があろう。フッ素は細胞に対しても、また種々の酵素に対して毒性があるため(Kaminsky ら 1990 および Public Health Service 1991 の総説参照)、骨の沈着時に骨芽細胞微細環境において腫瘍促進因子として発現する可能性はありうる。遺伝的な素因も関係しうる。
最近のアメリカ全土の郡(county)レベルの調査でも、骨肉腫の頻度(1973-1987年)とフッ素との関連が認められている (Hooverら 1991)。フッ素添加地域において若い性で頻度が増加していた(1.43倍、95%信頼区間1.16〜1.76倍)が、フッ素添加の期間との直線的な関連が認められないので、生物学的な関連はないと結論された。個人個人の居住歴が得られていないので、このトレンド分析は診断を受けた住所にずっと住んでいたことを前提としている〔註:このために生物学的な関連がないと結論することも必ずしも妥当とは言えない〕。本研究で同様の分析をしたところ(未公表)、居住に関して同様の仮定をすれば、フッ素添加地域における例は、ずっとフッ素添加水道水に曝露されたと見なせる。
しかしながら、もしもフッ素が、骨の成長期間中に発癌開始因子(initiator)というよりは、発癌促進因子 (promoter) として作用するのならば、曝露期間/潜伏期間の問題を考えることは適切とは言えない。
Hooverらは、60%以上の住人がフッ素添加水の供給を受けていたならばフッ素添加地域と考えた。それにひきかえ、本研究ではフッ素添加地域に分類するためには85%以上の住人がフッ素添加水の供給を受けていることを求めたので、曝露に関して誤分類する可能性はたぶんより少ないはずである。この非区別による誤分類は、観察される関連性をどちらかといえば弱める方向に働くものである(Brenner ら 1992)。
本研究も含めて生態学的研究は、毎日あるいは長期間居住した結果摂取する水の量に関する情報や食物から得るフッ素に関する情報を個々の人から得るわけではない。しかしながら、問題としている曝露要因が、癌促進因子である場合には、長期間居住しているかどうかに関する情報は重要ではないかもしれない。さらには、地理的な関係から、3つのフッ素添加地域では転居が3つの地域内に止まりやすいため、多くの家族がフッ素添加地域とフッ素非添加地域にそのまま止まりやすいということを示している。
(中略)
まとめると、個々人に対するインタビューでしか得られないような詳細な居住情報など個人的な情報をこの報告では収集していない探索的な調査であるため、この調査結果の解釈は慎重にする必要がある。公衆衛生的に総合的な配慮をした場合、この調査から得られた知見を、収集しうる科学的文献の知見を全て考慮に入れたとしても、水道水にフッ素添加を中止すべきとの勧告をするほどに充分なデータとは言えない。(しかしながら)この調査結果は、すべての供給源を含めた総フッ素摂取量の長期的な害について調査することが重要であることを示している。
フッ素は小児のう歯を効果的に予防するという公衆衛生的に重要な利点があることはよく知られている。公衆衛生事業では(1991年) 0.7 〜1.2 ppm のフッ素添加を、う歯予防の至適濃度とした。しかしながら、歯科医は、子供がフッ素添加地域の住人であるかどうかを見分けて、フッ素追加使用に関して、適切なアドバイスをする必要があるということを勧告する〔註:フッ素使用が過剰にならないように、それ以上には使用しないようにとの適切なアドバイスをすべきであるということ〕。
この結論は、学術的および行政的な外部のレビューパネルのコメントとも一致する(添付資料参照)。
Hooverらの報告 4,5)は、フッ素添加地域を60%以上の住人がフッ素添加水の供給を受けている場合としているため、むしろ骨肉腫との関連は控えめの可能性があった。添加地域と非添加地域の区分をより厳密にしたCohn報告 19)の方が、Hooverらの報告よりも、強い関連を認めた。さらには、動物実験で骨肉腫を再現され、その無影響量はたかだか、水道水へのフッ素添加の許容量とされている2ppm の 5.5倍程度、自然の許容フッ素濃度の3倍足らずであることなどを総合すれば、骨肉腫との関連については相当確実性のあるものとして認識する必要がある。
水道水のフッ素添加と癌との関連を調査したものを26編採用した。このうち18編は、極めて大きいバイアスを伴い、エビデンスの質も極めて低かった(レベルC)。水道水のフッ素添加と癌全体への影響については明瞭な関連はなんら認められなかった。これは、骨肉腫についてもまた、骨/関節の癌に関しても同様であった。甲状腺癌に関しては、2編だけが考察していたが、いずれも水道水のフッ素添加との関連は認められていない。
結局のところ、フッ素添加と骨肉腫、甲状腺癌、全癌との関連は何ら認められなかった。
「7編の研究、12件の分析結果が検討対象となった。この中で、水道水フッ素化と骨肉腫(発生率あるいは死亡率)との関連が逆方向(骨肉腫の発生が少ない)を示していたのが7件、「関連がある」方向(骨肉腫の発生が多い)に向いていたのが3件、差がなかったのが2件であった。分散データが示されていた6件の研究のうち、1件(Cohn 1992)がフッ素化と男性の骨肉腫の増加との関連が統計学的に有意であることを示していた。しかしながら、この研究のエビデンスの質評価スコアは8点満点の 2.5点と非常に低かった」
NHS-CRD 報告では骨肉腫をはじめ、部位別の癌との関連について詳細な分析と多くの重要な結果が示されているHoover (1991) 4,5) による報告を、「採用基準には合致したが採用しなかった」としている。
その理由として、フッ素化後の年数が20〜35年の時期の、骨関節癌死亡の相対危険が、フッ素化する直前の相対危険と差がないことをあげている。また、罹患率(骨関節癌の)に関しても、フッ素添加歴が20年以上の地域の相対危険の方が、フッ素添加歴5年未満の地域よりも低いこと(男女とも)を主要な理由としてあげている。そして、 Hoover 報告のとおりに、他の癌に関しては一貫した関連を示す証拠は得られなかったとしている。
しかし、この指摘は適切ではないと考える。
1. まず非曝露地域と曝露地域で罹患率(死亡率)の差の有無を検討すべきそもそも、この種の疫学調査では、基本的に非フッ素化地域とフッ素化地域の罹患率に差があるか無いかを検証することが第一義的目的である。全体として差が有る場合には、後述するように、オッズ比(相対危険)が高いとか、量−反応関係がある場合にはより強固な関連が証明されるのであるが、それが証明できないからといって因果関係を否定する根拠とするわけにはいかない。
実際、口腔咽頭癌では、地域別、男女別、曝露期間別にわけた27項目中17項目で、非フッ素化地域に対するフッ素化地域のリスク比が有意に高率であった。全部位の癌では、95%信頼区間は示されていないためにその規模からの推測ではあるが、27項目中17項目で有意となると思われた。
その他にも骨肉腫や全骨関節癌、大腸直腸癌などで非フッ素化地域に対するフッ素化地域のリスク比は有意に高く、肺気管支癌についても、アイオワ州ではすべての項目に関して有意である可能性が高かった。
2. トレンド分析でもいくつかの部位で有意であるしかも、実際には、全部位の癌や、口腔咽頭癌、肺気管支癌などでは、フッ素化からの経過年数を用量とし、リスク比を反応と見た場合に用量−反応関係が認められている。
3. 用量−反応関係を検討する際の「用量」には、曝露量を用いるべきである用量−反応関係を検討する際の「用量」には、通常曝露量を用いる。曝露期間の長さは一般的ではない。
また、化学物質に対する生体反応の、用量−反応関係はロジスティック曲線(S字の寝たような形の曲線)が一般的であるが、すべての用量−反応曲線がこうなるとはかぎらない。比較的少量で反応のピークが来てその後徐々に下降するような用量−反応関係も存在する。
癌の場合には、感受性の高い人だけが比較的早い時期に発癌し、他の人は長期間曝露されても発癌しない場合がある。この結果、ある時期を過ぎると発生率はかえって減少することになる。感受性の高い人のみがある種の癌に罹患し、そのような人は5年以内に発癌するが、他の人はあまり影響を受けず、曝露年数が経過すれば、一旦増加していた癌罹患率がまた減少することはありうることである。
したがって、用量−反応関係が、一般的なものでないからといって、決して因果関係を否定する根拠にはならず、このような理由でこれを無関係と見なすのは問題であろう。
4. 疫学調査中、最大規模で最も精度の高い調査と考えられるHoover 報告4,5)にはいろいろと欠陥はある(疫学調査で必須の非曝露地域に対する曝露地域の罹患の O/E比の表示に95%信頼区間を記載していないなど)が、その規模は、死亡率調査にしても、罹患率調査にしても、最大規模である。規模がNHS-CRD のまとめに記載されているもので最大のものは、全癌死亡数が曝露群、非曝露群各々たかだか9000人程度であった。しかしながら、 Hoover 報告の罹患率調査では、全死亡者が少なくとも曝露群だけで12万人の規模であった。NHS-CRD の評価対象となった他のすべての疫学調査を合計したよりも規模が大きく、それだけ信頼性は高いといえる。
5. 口腔咽頭癌,骨肉腫など動物実験との整合性ある癌との関連を考察していないNHS-CRD 2)では、動物実験で認められた現象を考察になんら取り入れていないが、この点、疫学調査の解釈としては不十分である。
NHS-CRD 2)では、いくつかの疫学調査をレビューして、「水道水フッ素化と骨肉腫(発生率あるいは死亡率)との関連が逆の方向に向いていたのが7件、ある方向に向いていたのが3件、差がなかったのが2件であった。」と記載しているが、逆方向に向いていたといっても、2 件を除いては発生率比0.78が1件、 0.88 が1件であとは0.9 台であった。発生率比0.78を逆の関連の方向に分類しても3件であり、実質的に差のないものが5件に増えることになる。
一方、24歳未満を分析したGelberg ら(1995年) の報告は、オッズ比1.84 (95%信頼区間 0.8-4.2) もしくは 2.07(95%信頼区間 0.5- 0.8)であり、有意に近い差であった。 このように疫学調査で統計学的には有意でないデータを、関連がある傾向と、逆の傾向を示すものとして分類することによる意味は、 Hoover 報告の非フッ素化地域とフッ素化地域で癌罹患率の O/E比でいくつもの項目で有意な関連が出ていることと比較すれば、とるに足らないものでしかない。
2. Cohn(1992)報告の評価に関してCohn(1992) 19)らは、20歳未満の男性では、3.4 倍 (95%信頼区間 1.8〜6.01) 主要な地域で、10〜19歳の男性に限れば、6.9 倍 (95%信頼区間 3.3〜13倍) となっていたと報告している。NHS-CRD では、この研究のエビデンスの質評価スコアを、交絡因子を補正していないなどの理由で、8点満点で 2.5点と非常に低く評価している。しかし、もっとも感受性の高い年齢は、フッ素の作用からして20歳未満、とくに10〜19歳である。Cohnらの研究では、その最も重要な因子である年齢について、0-9 歳、10〜19歳までの10歳階級で詳細に分析がなされている。曝露因子のフッ素化率も、前述のように、Hooverらよりも厳しく扱われているほどである。
Cohn (1992) の報告19)では、骨が成長期にある若い(10〜19歳)男性で、フッ素と骨肉腫の発生増加との関連が認められたが、この点をNHS-CRD 報告でなぜほとんど論じていないのか、また、動物実験でも雄のみに骨肉腫の発生増加を示唆する所見が認められている点(骨肉腫が有意の増加を認めていない実験では良性骨腫瘍の明瞭な用量依存関係を認めている点)、さらには、遺伝毒性もほぼ確かなものになってきている事実などにもほとんど触れていない点は理解が困難である。
骨肉腫の発生病理の特徴である成長期の骨により親和性をもつ点も重要であるが、NHS-CRD 報告で論じられていないこれらの点は、発癌性の議論の際には当然論じるべきものであろう。
沖縄県は1945年から1972年まで、アメリカ政府の統治下にあり、その間、水道水へのフッ素添加が実施されフッ素濃度の濃い地位と低い地域があるため、疫学的調査の対象となりうる。遠山 20)は、20市町村を対象に水道水中のフッ素と子宮癌死亡率の関連を多変量解析の方法により検討した結果、以下のような結果を得た。
(1) 水道水中フッ素濃度と20市町村の子宮癌死亡率との間には有意なプラスの相関が認められた(r=0.626、p<0.005)
(2) 可能性のある交絡因子(たとえば、ボトル入りの水の普及率、第1次産業人口、収入、死産率、離婚率)を調整後にも、この関連は常に認められた。
(3) さらに、時間的な推移も、フッ素添加中止との関連があるようにみられた。
第(3)点に関しては、一般的な子宮癌の死亡率の低下傾向があるため、慎重でなければならないが、これも、フッ素添加地域での減少率がより大きいことから、意味があると考えられる。フッ素添加地域では、1972年前後で、フッ素添加していた地域は0.8ppmから、0.1ppm未満と急減した。フッ素非添加地域では、人口10万人対子宮癌死亡率はもともと、10程度であり、それが、5年毎に減少はしたが、、10、7、6、6程度の減少であるが、フッ素添加地域では、人口10万人対子宮癌死亡率が18、10、8,7と減少してきた。
日本において、フッ素との関連を検討した疫学調査として、貴重なものである。
動物実験としては、大動物(牛)で、高曝露群の87頭中1頭の腹腔内に子宮癌と思われる、低分化腺癌を認めている18)。この疫学調査結果と符合する所見である。
そもそも、医学的な事象の発生においては、必ずしも単一の原因が単一の疾患を引き起こすものではなく、むしろ複合的な原因が種々の疾患を引き起こすことの方が多い。「(1対1の)最終的な因果関係の決定には原因と目される因子を与えて、問題になっている結果が起こることを証明しなければならない。」とされている 21) 。しかし一方で「最終段階の実験的方法がヒトの場合だけでなく、動物についても困難なことが少なくないため、因果関係の証明は分析疫学の段階までで推論せざるをえないということになる」5) 。このため、「どれだけの条件がそろえば因果関係があると判断してよいか」を考えたうえで、一定の条件がそろえば、因果関係があるとするのが現実に則している 21)。
通常、原因的属性(要因)と結果的要因の間に疫学的(統計学的に有意な)関連が認められた場合、その関連が以下のような場合、関連がより強まり、因果関係がより確実なものと解釈できることになる。
1)時間性:時間的な関連性がある(原因的なことが結果的なことの前に起きている)
2)一致性:関連が一貫して認められる(時間、場所が違う別々の調査で認められる)
3)強固性:強固な関連性(高いオッズ比や相関係数、用量−反応関係)
4)整合性:毒性実験や薬理学的事実など関連する諸事実が、上記関連性と矛盾しない
この他に、5番目として、関連の特異性をあげる場合があるが、関連が特異的であれば、学的な研究によらなくとも因果関係は証明できるので、ここでは別に扱う。 以上の4(あるいは5)条件が揃えば「因果関係あり」と判断して差し支えない。しかしながら、すべてが満たされないからといって、因果関係を否定することにはならないことは当然である。
上記のような医学的(疫学的)因果関係の一般的証明の条件を考慮した場合、フッ素と発癌に関する因果関係はどのようにとらえることができるであろうか。
まず、関連の存在であるが、骨肉腫については少なくとも、20歳未満の若い男性には、フッ素化との関連が認められている 5,19) 。
この他に、Hoover (1991) の調査4)では、全部位の癌罹患、口腔咽頭癌の罹患、大腸直腸癌の罹患、肺気管支癌の罹患、腎癌腎盂癌の罹患、非ホジキン悪性リンパ腫の罹患などで、非フッ素化地域に対するフッ素化地域の罹患のリスク比が有意に高率となっていたので、これらについても関連が認められたといえる。
日本において、20年以上にわたって大規模なフッ素添加が実施された沖縄において、子宮ガンとの関連が認められた。
そこで、それらの関連について、時間性、一致性、強固性、整合性について検討すると以下のようになる。
1) 時間的な関連性Hoover(1991)の調査5)では、フッ素化地域でのフッ素化前後での骨肉腫の増加率を、非フッ素化地域での同時期の増加率と比較した結果、この関連が認められたのであるから、時間的な関連が認められたと考えてよいであろう。Cohn (1992) の調査19)は、ある時点におけるフッ素化地域と非フッ素化地域での骨肉腫の罹患率を比較したものであるから、必ずしも時間的な関連が証明されたとはいえないかもしれない。
2) 関連の一致性骨肉腫については、 Hoover (1990) 5)、と Cohn (1992)の報告 19)という、2つの独立した研究において上記のように両者の関連を認めている。
3) 関連の強固性骨肉腫の用量依存性については、疫学調査では認められていないが、動物実験においては認めている(NTP 報告)6)。
また、 Hoover 報告 4)では、全部位の癌や口腔咽頭癌、肺気管支癌などでは、フッ素化からの経過年数を用量とし、リスク比を反応と見た場合に用量−反応関係が認められている。
4) 関連の一貫性疫学調査だけでなく、ほぼ同様の病変(骨肉腫、口腔内の癌、など)が動物実験でも再現できている。また、骨肉腫が発生しなかったマウスの実験では、良性骨腫瘍が用量依存的に増加しており、骨への親和性という点では矛盾しないし、さらに、より首尾一貫した関連であるといえよう。
さらに、遺伝毒性が存在することは、発癌性と関連がある可能性をより強く示唆するが、フッ素はほぼ確実な遺伝誘発物質と認識されているので、この点についても、首尾一貫した関連であると解釈できる。
フッ素と癌罹患に関する因果関係についてまとめると、
(1)20歳未満の男性に対して骨肉腫を増加させる可能性を示唆する独立した疫学調査が 少なくとも2件あり、骨肉腫の発生を示唆する発癌性動物実験も少なくとも1 件ある。
(2)口腔咽頭癌の発生を示すかなり信頼性の高い疫学調査が1件あり、口腔癌の発生を示唆する動物実験も少なくとも1件存在する。
(3)大腸直腸癌、肺気管支癌など高頻度の癌についても、その増加との関連を示唆する疫学調査が1件あり、全部位の癌の罹患とフッ素との関連を示唆する疫学調査も1件ある。
(4)また、遺伝毒性やクラストーゲン(染色体異常誘発物質)と推測される性質も考慮して、フッ素の発癌性についてまとめると、
少なくとも20歳未満の男性の骨肉腫を増加させる可能性、および、男女とも口腔咽頭癌を増加させる可能性はほぼ確実と考えておくのが、安全の立場から適切と考える。
さらには他の部位、とくに大腸直腸癌や肺気管支癌、腎癌についても、増加させる可能が高いと考えておいた方がよいと思われる。