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 公立の大病院で50代の男性が、5時間に及ぶ早期胃がん手術を受けた。手術後2日目に発熱、4日目にはMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による敗血症でショックとなり、その後多臓器不全で死亡した。

 40代の男性は、鼻茸(はなたけ)の手術後、40度以上の熱がでた。院内感染だったが、かぜと誤診され、適切な抗生物質が使われないまま、敗血症性ショックから多臓器不全となり亡くなった。

 手術時に切開した部分は感染には無防備だ。空気中の菌や胃腸内の菌はいとも簡単に侵入し、その部位に定着し全身をめぐる。2時間後には増殖を始め、4時間もたてば、抗生物質が効きにくいほどに増える。最初のわずかな菌の侵入時なら、抗生物質で菌を死滅させることは簡単だ。だから、手術直前に抗生物質を点滴しておけば、感染の機会はぐっと少なくなる。

 だが、この2人の例はいずれも、手術前には抗生物質が使われず、手術終了後に使われ始めた。菌が増殖してからだらだら長期に使ったため、耐性菌が繁殖したのだ。その結果、耐性菌MRSAの敗血症となった。

 手術前に抗生物質を使うこと、3時間以内の手術なら手術前1回だけでよいことは、世界中で標準的な使用方法だ。これで院内感染はかなり防げる。

 一方、日本ではこの方法がなかなか普及しない。医薬ビジランスセンターなどの99年調査では、大学病院・大病院の外科系医師の6割以上が手術直前に抗生物質を使っていない。

 日本感染症学会と日本化学療法学会の「抗菌薬使用の手引き」が昨年10月公表された。「原則的に手術当日のみでよい」との考え方は採用されず、「手術当日も含めて3〜4日以内にとどめる」と記載しただけだ。だが、手術直前に使う必要性や、3時間以上の手術なら追加使用が必要なことは、はっきり盛り込まれた。大きな進歩である。

 しかし、まだ大きな障害がある。国は、この方法を保険診療で正式には認めていないのだ。一般的に保険診療では予防を認めていないが、治療の一環として絶対必要な手術直前の抗生物質を保険医療で使えるように、国は速やかに認めてほしい。

 また、患者さんは自衛のために、必ず手術前の抗生物質使用を手術医に確認した方がよい。

薬の診察室 (朝日新聞家庭欄に2001年4月より連載)  医薬ビジランスセンター
                                  浜 六郎