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 肺がんの40代の男性が腹痛で入院し、ある薬剤入りの点滴が始まった。翌日、導尿の管を切ろうとするなど、せん妄(意識障害の一種)が出始めた。原因不明のまま、精神安定剤など様々な治療がされたが効果なく、血圧低下などの副作用が出てショック状態となり亡くなった。

 昨年、私の父親が胃潰瘍(かいよう)の出血で集中治療室(ICU)に入った時も、同じ薬剤が使われた。86歳と高齢なので半量にしてもらったが、それでも2日目、夜の点滴をした後で、わけが分からなくなるなどのせん妄が出た。当直医に中止してもらったら、数時間後には軽くなり、翌朝以降はすっかりおさまった。

 使われたのは、胃潰瘍の治療薬H2ブロッカーだ。これは、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療を一変させ、それまでは手術が必要だった人も手術を免れるようになった。優れた薬だ。

 だが、使用方法によっては害もでる。特に高齢者、腎障害のある人、他に各種の薬剤を使っている人、がんで高カルシウム血症になった人などは、せん妄状態を起こしやすい。

 このほか、H2ブロッカーが強く働くと、白血球や血小板が減ったり、リンパ球の働きに影響したりして、感染しやすくなったり、病気がなおりにくくなったりする。優れた薬だからこそ、医師のきちんとした処方が大切なのだ。

 また、H2ブロッカーは、ICU入院患者や、敗血症などの内科的な重症患者にも、予防的によく使われる。一般に、ある病気で重症になると、患者は強いストレスで潰瘍ができやすいとされる、その抑制のためだ。

 だが予防的に使うなら、感染防御力を弱めるH2ブロッカーより、スクラルファートという局所に働く胃・十二指腸潰瘍薬剤の方が優れている、との結果が複数の臨床試験で出ている。スクラルファートは、日本で開発され、世界の医学教科書に登場する胃・十二指腸潰瘍の標準薬7種類のうちの一つだ。

 しかし、重症患者のストレス潰瘍抑制には、医療保険ではスクラルファートは使えない。早く保険適用になってほしい。

 なお、H2ブロッカーは、市販の胃薬としても広く使われている。含有量は少ないが、高齢者など副作用がでやすい人には私はほかの薬をおすすめする。

薬の診察室 (朝日新聞家庭欄に2001年4月より連載)  医薬ビジランスセンター
                                  浜 六郎