「いま医薬品を見直そう」 シリーズ

 

  

 

第21回 キネダックは使用を中止すべき

  

1998年6月25日

 

 キネダック(一般名エパルレスタット)はアルドース還元酵素阻害剤(以下ARI)に属する物質。糖尿病性末梢神経障害治療剤として1992年から発売されている。推定市場は毎年二百三十億円から三百億円。1995年までインスリンの推定市場(約二百億円)より多かった。

【世界各国で開発が断念された物質】
 アルドース還元酵素はぶどう糖をソルビトールに還元する。高血糖の持続で活性化されると細胞内にソルビトールが蓄積し、神経障害が発症するとの考えから、これを阻害すれば神経障害発症を予防するかもしれないと期待された。
 1980年代に入って世界各国で数種のARIの臨床試験が行われたが、現在では大部分の臨床試験は中止され、開発が断念されている。
 糖尿病の神経障害で最も問題となる痛みや知覚消失、潰瘍形成などにつながるのは感覚神経障害だが、コクラン共同計画のレビューでは感覚神経伝導速度には有意の差を認めなかった。おまけに発疹、下痢、血小板減少症、リンパ節腫大、脾腫、急性呼吸促迫症候群、スティーヴン・ジョンソン症候群など多数の副作用が認められた。イタリアで一時発売されたが中止となり、現在発売しているのは日本だけである。

【キネダックの臨床試験はコクラン共同計画のレビューの対象外】
 日本での許可の根拠になった後藤らによる臨床試験の二つの論文は、一応は二重盲検法による臨床試験とされている。しかし、コクラン共同計画のレビュー対象から、割り付け方法が明示されていないとの理由で除外された。キネダック150mg群と9mg群(実質的プラシーボ群)を十二週間使用した臨床試験では、自覚症状改善度の差は有意であったが自覚症状の各項目では有意差なし。神経機能試験改善度も有意差ありだが神経伝導速度は一部運動神経伝導速度で有意差が認められたのみ(対象者56%脱落)。全般改善度の有意差の根拠を見出せなかった。

【肝障害の他、神経障害、アレルギー、腎障害も】
 最近厚生省から発売以来六年間で十七例の重篤な肝障害例の報告があった。黄疸例五例、急性肝炎二例が含まれている。紹介された一例は、GPT値約1700、総ビリルビン値が20,7mg/dlに上昇。未回復例もあった(その後の予後は不明)。
 臨床試験では血中クレアチニン上昇、肝機能異常、発疹、なまあくび多発などを認めた(計2,6%)が、いずれも「因果関係なし」か「ほぼ安全」とされた。その後めまい、頭痛、四肢疼痛、しびれなどの神経症状が追加された。しびれ感・疼痛の改善のために用いている薬剤が「四肢疼痛、しびれ」を起こす可能性がある点は重要だ。
 亜急性毒性試験では、ラットとイヌとの二種類の動物で尿細管上皮の変性壊死が観察された。少なくとも動物試験の結果からは、むしろ糖尿病性腎症の悪化をもたらす危険性が懸念される。キネダックが糖尿病性腎症や網膜症に使えないことと関係があるかも知れない。

【キネダックは中止すべき】
 キネダックは国際的には通用しない臨床試験を根拠に承認された。そのような物質にすでに千三百億円以上の巨費が使われた。
 1996年12月、TIP誌では、キネダックは一旦中止し、ただちに再評価を行うべきとしたが、このようにまれであっても重篤な肝障害を生じることを考慮すれば、再評価の臨床試験も非倫理的である可能性がある。
 糖尿病性神経障害の治療には食事とインスリンの価値の見直しが必要であろう。詳細は、柳元和他、「エパルレスタットの臨床使用は不適切」TIP誌、第11巻(1996年)12月号、122、125頁参照(本稿はこれを要約、改訂した)。