「いま医薬品を見直そう」 シリーズ

 

  

 

第20回 まだまだある「効かない薬」「危ない薬」

  

1998年6月15日

 

  厚生省は、五月二十五日、中央薬事審議会常任部会で「医療上の有用性を確認することができない」と,答申された脳循環代謝改善剤十四品目を薬価基準から削除した。
 これに先立って、同省は、製造企業に対して、これらの品目の廃止、製造・販売の中止、医療機関・薬局からの二週間以内の回収を指示した。
 再評価がなされたのは、脳循環代謝改善剤(いわゆる「抗痴呆薬」)のイデベノン(アバン)、塩酸インデノキサジン(エレン)、塩酸ビフェメラン(セレポートなど)、プロペントフィリン(ヘキストールなど)およびニセルゴリン(サアミオンなど)。
 五月十五日の医薬品再審査・再評価特別部会での審議の結果「医療上の有用性を確認することができない」とされたのはこれら五成分のうち、サーミオン以外の四成分(代表的な商品名ではアバン、エレン、セレポート、ヘキストール)である。
 「脳梗塞後遺症、脳出血後遺症に伴う慢性脳循環障害による意欲低下、情緒障害の改善」の適応を有するこれら成分をあらためてプラシーボを対照として臨床試験を実施した結果、精神症候全般改善度などでプラシーボと有意の差を認めなかったことから「有用性がない」とした。
 しかし有用性が否定されても、これらの薬剤の「薬理効果は否定されるものではない」「承認時において認められた有用性は現在の解析方法でも検証できる」と言い切っている。
 そして、評価が変化したのは、診断技術、救急医療、抗血小板剤、リハビリ、看護など基礎医療の向上など、医療環境の影響をあげるというなんとも理解に苦しむ論理を展開している。承認時の評価、再審査結果が適切というのは本当だろうか。なお、取り消された四成分はプラシーボ群も試験物群も改善度が30%前後であったが、サーミオンについては改善度は他の物質と変わらず、プラシーボ群の改善度が低かったために判定保留とされたもの。削除されなかったといっても、サーミオンの効果が認められたからではない。
 また、このように承認当初から問題のあった物質に四成分だけで、八千五百億円もの無駄使い、五成分を合わせると発売以来一兆円以上、年間平均千億円以上の医療費が無駄になってきた。
 これらの物質は、すべてホパテを対照とした二重遮蔽比較試験の結果一九八六年〜一九八八年までに承認されたものである。ホパテは有効性や安全性が問題となり一九八八年二月に「劇薬」に指定され、実質的に臨床の場での使用が中止となった。

〔臨床試験自体の問題点〕
 TIP誌(編集長:別府宏圀、第4巻3号、17−21,1989) 
ではホパテの実質的中止措置と同時に、ホパテを対照としたものはもちろん、いわゆる「抗痴呆薬」すべてに関して再評価が必要であると主張した。
 その根拠は
1)個別の評価項目の評価から全般改善度を求める手続きが不明である。
2)個別の評価項目ではごく一部にしか有意の差が認められないのに、主観的な判定による全般改善度では有意の差となり乖離が認められる。
3)それまでの同効薬の臨床試験におけるプラシーボ群の改善率に比較して、ホパテのプラシーボ群の改善率が極端に低い。
4)したがって背景因子の中でなにか重大な要素を見落としているか、割り付けに偏りがあった可能性を考えるべきであった。
 このように、当時からすでにホパテが安全性に問題があるだけではなく、その有効性についても重大な疑問があることを指摘してきたのである。

〔再審査の問題点〕

 しかしながら、一九九三年〜一九九四年にはそれぞれ再審査を受け、有効性、安全性に問題なしとして使用が継続されてきた。
 再審査の審査根拠となる資料は、市販後に収集される市販後使用調査であるが、この方法は「使った」「なおった」だから「効いた」の典型的な「3た論法」で評価されたものである。
 プラシーボを対照とした臨床試験でもデータ操作や主観的な判断で科学的根拠は疑わしいのに、そのような無作為化比較試験でない臨床データをいくら集積しても、有効性と安全性を示す科学的な根拠のデータとはなりえない。
 このようなデータでしか評価をしない再審査のシステムそのものも問題である。

〔再評価を要する問題薬は他にも多数ある〕
 その後、抗アレルギー剤(林ら)や新薬の臨床試験をはじめ承認の根拠になった臨床試験論文をTIP誌でとりあげ、検討するにしたがって、日本の臨床試験ではホパテに限らず、背景因子の偏りがしばしば認められ、データ操作が日常的に行われたり二重遮蔽法で目隠しがはずされている可能性があり、全般改善度、安全度、有用度といった主観的な評価指標でほとんどすべての臨床試験が評価されていることが判明してきた。現在承認されている多くの新薬にも共通してみられる一般的な現象と言える。
 このような非科学的な臨床試験を経て承認された新薬は他にも多数ある。薬価の国際比較で検討した際、米英独仏四カ国中どの国でも承認されていない日本だけのローカルドラッグは、一九九四年で売り上げ上位 106品目中44品目(42%)にのぼった。
 これらをはじめ承認後九年以内の新薬に対して、日本は薬剤費の約半分を使用している。三・五〜四兆円を無駄使いし、承認九年以内新薬の使用量はドイツの五倍以上になる。
 これらは医師の処方により消費されるわけで、無効/有害な物質を承認、販売している国や製薬企業の責任はあるとしても、医師が責任をもって適切な医薬品の処方を心掛けるなら、このような無駄な処方は省くことができ、丁寧な診療、説明を尊重する医療費の体系に改めることができよう。
 今こそ、処方の見直し、医薬品の真の価値の見直しが必要だ。TIP誌「正しい治療と薬の情報」は製薬企業の援助を受けずに偏りのない情報で現在ある医薬品をこのような観点からの見直しと、タイムリーな記事の掲載を心掛けている。
 また、TIP誌では保団連と共同で現場の医療に役立つ、エビデンスにもとづく「医薬品使用ガイドライン/医薬品集」(仮題)の発刊を計画している。ぜひ現場で活躍中の医師の皆様の処方に役立てていただきたい。
 1999年2月にこのシリーズ第1弾「抗生物質治療ガイドライン」を翻訳発刊。以下,続刊中。
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