「いま医薬品を見直そう」 シリーズ

 

  

 

第39回 『抗生物質治療ガイドライン』をもとに医薬品を見直す

  

1999年7月15日

 

 今回は、『抗生物質治療ガイドライン』をもとに医薬品を見直してみよう。
 原著はオーストラリア治療ガイドライン委員会が発行している、『治療ガイドラインシリーズ』全九冊の一つ。医薬品・治療研究会が翻訳し、医薬ビジランスセンターJIPが発行した。
 非営利的な原著の内容、医薬品・治療研究会や医薬ビジランスセンターの翻訳、発行の姿勢に賛同された全国保険医団体連合会(保団連)には、企画当初から強力にバックアップしていただき、保険医協会会員に、『月刊保団連』臨時増刊号として普及がはかられている。(本HPインデックスの書籍案内参照。)

製薬企業のない国のガイドライン
 私たちがオーストラリアのガイドライン原著に初めて接したのは一九九二年。東京で、ISDB(TIP誌と同じ趣旨の独立、中立医薬品情報誌の国際組織)のセミナーを開催した時。オーストラリア代表の二人は政府組織の人だが、企業から独立した情報誌やガイドライン作りに、われわれ以上に熱心だった。
 原著の初版は、約二十年前メルボルンの教育病院で抗生物質の多用により耐性菌が増加したことがきっかけとなって、ビクトリア州政府の企画で作られた。一九九六年からはオーストラリア政府全体の事業に発展し、"Therapeutic Guideline Ltd"という非営利団体(NPO)によって運営されている。
 医薬品そのものだけでなく、第一線医療での処方の見直しは特に重要だ。オーストラリアのガイドラインは、自国内に有力な製薬企業を持たない利点を生かし、中立的な医薬品適正使用政策を進めている国ならではの、最新で良質のエビデンスに基づく信頼性の高い、第一線医療に役立つガイドラインである。

抗生物質の使用にはメリハリを
 『抗生物質治療ガイドライン』では、感冒など多くのウイルス性感染症や細菌性でも、軽症の感染症には抗生物質は不要であることが随所で説かれている。一方、重篤な感染症に対しては、間髪を入れず重点的な抗生物質の投与が必要であることも説かれている。
 医療過誤裁判で問題になる典型の一つは、感冒など基本的には抗生物質が不要な疾患に、過剰というべき抗生物質(点滴静注)を使用して、アナフィラキシー・ショックや重症型薬疹(スティーブンス・ジョンソン症候群など)を起こしたりして死亡する例である。
 もう一方の典型は、その逆の例。処置や手術後に40℃以上の発熱があり、敗血症を疑い白血球数と桿状核球%(初期の敗血症ではCRPよりも早く上昇し鋭敏)を検査して入院の上、敗血症の原因部位から予測した抗生物質治療を早急に実施する必要があるにもかかわらず、単なる感冒かせいぜい上気道炎として解熱剤や経口抗生物質のみが使用され、初期治療の不足によりみるみる敗血症が進行し、ARDSを含め多臓器不全が生じて死亡に至る例である。診療所、民間病院、大病院、教育病院を問わずそのような例が見られる。
 過剰投与と、過少投与。これらは一見矛盾するようだが、根は同じだろう。ウイルス性の感染症であることがほぼ断定できるような軽症例でも、抗生物質を投与しないでおくことは神経を使う。もしも細菌感染症なら悪化させるかもしれないとの心配が付きまとうからだ。
 「投与不要」を自信をもって判断するには、「投与が絶対に必要な状況」に関する確実な知識と、判断した後も患者の病態をきめ細かく観察する必要性に迫られる。それだけ高い臨床レベルを要求されるということである。
 本書では、手術だけでなく種々の処置の際の感染予防の方法についても細かく配慮して、投与の要/不要が分類されている。
 原著の『抗生物質治療ガイドライン』は、病院内での医薬品使用調査や、教育キャンペーン、国の出資による全国民医療キャンペーンや地域での教育活動などでも参考資料として活用され、実際の処方行動の改善に貢献したもの。このガイドラインで大いに処方の見直しをしていってほしいし、また疑問点を遠慮なく質問していただきたい。次のガイドライン作りに役立てたいと思う。