【6】遺伝毒性、染色体異常、ダウン症、その他奇形、出生異常等

〔1〕遺伝毒性、染色体異常

 基礎的な(in vitroでの)遺伝毒性や染色体異常に関しては、【1】−(5)フッ素の遺伝子、染色体への影響の項で述べた。

 NTP 報告6)でもAd Hoc報告 3)でも、げっ歯類動物や人の培養細胞で変異原性を認めたという報告があることを指摘している。また、クラストーゲン(染色体異常誘発物質)であるかどうかについても議論があるが、げっ歯類動物や人の培養細胞でフッ素が染色体異常を起こすことを示唆する報告がなされていることが述べられており、この問題に関してはほとんど対立するような議論はないと考えてよい。

〔2〕ダウン症

(1) NHS-CRD報告のまとめ

 NHS-CRD 報告 2)では、ダウン症、総死亡、腎疾患、甲状腺異常などについて、すべてその他可能性のある害作用(other possible negative effects)としてまとめている。

  そのサマリーを引用する。


 「その他可能性のある害作用と水道水フッ素添加との関連を検討した33編の調査を採用した。それぞれの結果にあった調査のうち、採用基準に合致する調査数が少数であることや、質が低いことなどから、これらの調査結果の解釈は極めて困難である。これらの調査の重大な弱点は、交絡因子に対してなにも調整していないことである。

 総合的に見て、その他可能性のある害に関しては、どの種類のアウトカムについてみても、確実な結論が可能なほどにはエビデンスが不十分である。この分野については交絡因子について調整できるように適切な方法を用いたもっと質のよい研究が将来なされる必要がある。」


(2) NHS-CRD報告の問題点(特に、評価対象とした論文の証拠力の評価方法に関し)

 1)有効性評価よりも害作用の評価のエビデンスレベルを高くとるべきではない

 このNHS-CRD 報告の結論は、う歯予防の利点に関しては、社会階層との関連など、交絡因子についての調査が不十分なままにその利点を評価しているが、害の点については効果の点よりも厳しいエビデンスの質を求めている。

  しかし、本来、害に関しては、そのエビデンスレベルが低いものであっても、現在示されているエビデンスレベルのもので、害の可能性が示唆されるならば、それがよりエビデンスレベルの高い調査によって否定されるまでは、危険であると考えて対処する方が望ましい。

  これは、ある介入をする場合の効果と害とのバランスを考える上での基本であるが、このNHS-CRD 報告2)では、その考え方が逆転しているように思われる(これは、癌についての分析の場合にも同様に認められたことである)。

 2) Rapaport 論文と Erickson 論文のエビデンスレベルの点数

 ダウン症と水道水のフッ素濃度との関連についてNHS-CRD 報告 2)で取り上げられている論文は、Rapaportの1957 年の報告と1963年の報告 23)、および、Ericksonの1976 年報告 24)、1980年報告 25) のみである(NHS-CRD p60 Table 10.1) 。

  日本口腔衛生学会フッ化物応用研究委員会編「フッ化物応用と健康」(1998 年) 11)で取り上げていた他の報告は、NHS-CRD 報告では除外されていた。

  そして、NHS-CRD 2)ではそのエビデンスの質評価としてRapaportの報告は、いずれも 2.0点(p220 の点数表では合計1.8 点) であるが、Ericksonの調査にはいずれも 3.5点が与えられている

 3) Rapaport 論文と Erickson 論文の交絡因子の扱いについて

  NHS-CRD報告では、Ericksonの調査に対して、交絡因子を十分配慮しているとして、交絡因子が記載されていること、それで調整がなされていることの2項目に関して、1点ずつが与えられている(NHS-CRD p220) 。しかし、交絡因子に対する配慮といっても、年齢階級別にダウン症の有病率を示していること、白人のみを扱い有色人種は除いている程度である。年齢調整有病率は示されていないし、社会階層など他の交絡因子についての調整はなされていないので、1点でも多過ぎるかもしれない。2点は確実に多過ぎる。

 一方、Rapaportの調査では、交絡因子については、いずれも4分の1が与えられているに過ぎない(NHS-CRD p220) が、不完全ながら年齢についての考慮や、中都市と1万人以下の人口の村とで、分けて検討するなど、交絡因子についても検討がなされているので、4分の1は辛い点数であるように思われる。

 4) Rapaport 論文と Erickson 論文の用量−反応関係について

 ところで、ある物質の曝露と害の関係について明らかにするためには、その曝露因子に関する用量−反応関係を解析することは必須と言える。交絡因子よりも、重要であると考えるべきである。その関連が強く認められる場合には、交絡因子の影響を上回る可能性が高くなってくるからである。

 ところが、このような重要な要因について調査しているかどうかについて、NHS-CRD の調査の質評価では全く考慮されていない(NHS-CRD p213) 。

 もしも、その点について評価するならば、3用量ないしは4用量について比較しているRapaportの調査には、3/4 〜1点が与えられ、Ericksonのような2用量しか検討していない(しかも隣接する用量でしかない)調査は1/2 とすべきであろう。

  あるいは2用量で比較をしていることは基本的に必要なものとして、1点、その上で、より多い用量で比較している場合には1/2〜1点を与えるなどがあってもよいのではないかと考えられる。

 5)総合的にみた Rapaport 論文と Erickson 論文の証拠力評価について

 交絡因子が検討されていることに1点、それで調整していることで1点が与えられた結果、Ericksonの調査では2点が与えられているが、本質的にかわりはない項目に2点を与えることにどれほどの意味があるのだろうか。むしろ、交絡因子の評価に2点を与えるよりも、交絡因子に1点、用量反応関係をみていることに1点を与えることの方がより重要なのではないかと思われる。

 これらを考慮した場合、Ericksonの調査と、Rapaportの調査とで、特別質的な点での差があるとは言えないであろう。

(3)Rapaport論文と Erickson 論文の内容的評価について

 上記のような点に注意しながら、Rapaportの調査とEricksonの調査を検討する。

 1)Rapaport報告(1963 年)

Rapaportは、1957年の報告に引き続き、1959年 22)と1963年 23)に、より詳細に分析した疫学調査結果を発表した。1963年の報告 23)は、1959年報告と基本的には同じ対象者の分析結果である。Rapaportの研究は、ダウン症者には、う歯が少ない、という現象に注目したことに端を発している。

  イリノイ州の1 万人から10万人の規模の人口を有する市町村すべてについて、飲用水中の化学分析を実施する一方、出生証明書や死亡証明書、あるいは州の特別教育施設の登録をもとに、ダウン症者の検出を行った。1950年1 月1 日から1956年12月31日に出生したダウン症者で、出産前にその母が主に居住していた地域が、当該の1 万人から10万人の都市であるものを、この調査の対象者とした。

  そして、ダウン症の頻度は、10万出生あたりのダウン症出生率であらわし、飲料水中のフッ素濃度の違い別に、その出生率を求めた。  

 1959年の報告では、フッ素レベルとして、0.0 〜0.2 ppm, 0.3-0.7 ppm, 1.0-2.6 ppm の3段階に分けていたが、1993年の報告では、0.0 〜0.2 ppm を0.0 ppm (0.1 ppm未満)と0.1-0.2(0.3 ppm 未満) に分けて分析をしている。その結果を表8-1 に示した。

 水道水のフッ素濃度が 0.0(0.1 ppm未満) の場合に比較して0.1-0.2 ppm,0.3-0.7 ppm, 1.0-2.6 ppmの場合のダウン症の出生10万対比率の相対危険(オッズ比)はそれぞれ、 1.66 (95 %信頼区間=95 %CI 0.93- 2.94)、1.99 (95%CI:1.08, 3.67)、3.03 (95%CI: 1.70-5.42)であった。

表8-1  ダウン症の比率(アメリカ、イリノイ州、出生10万対)
    (1万人〜10万人の町:1950.1.1〜1956.12.31)
     (Rapaport1963年報告より)

    フッ素濃度 ダウン症患者 フッ素濃度0群に対するオッズ比 ※
市町村総数 出生数 (mg/L) 人数 率(10万対) (95%信頼区間)
15
63,521
0.0
15
23.61
1
24
132,665
0.1-0.2
52
39.20
1.66 (0.93- 2.94)
17
70,111
0.3-0.7
33
47.07
1.99 (1.08- 3.67)
12
67,053
1.0-2.6
48
71.59
3.03 (1.70- 5.42)

χ2= 16.29   p<0.001   ※医薬ビジランス研究所で追加したもの

表8-2  ダウン症の母親に占める40歳以上の母親の割合
    (アメリカ・イリノイ州:1万〜10万人の町:1950〜1956)

フッ素濃度 ダウン症 母親が40歳以上のダウン症 フッ素濃度0〜0.2 群に対するオッズ比 ※
(mg/L) 人数 人数 率(%) (95%信頼区間)
0.0-0.2
67
16
23.9
1
0.3-2.6
81
9
11.1
0.40(0.16- 0.97)

※医薬ビジランス研究所で追加したもの

表8-3 ダウン症の比率 (アメリカ、イリノイ州、出生10万対)
     (1万人〜10万人の町:1950.1.1〜1956.12.31)

  フッ素濃度 ダウン症患者 フッ素濃度 0〜0.2 群に対するオッズ比 ※
出生数 (mg/L) 人数 率(10万対) (95%信頼区間)
196,186
0.0-0.2
67
34.15
1
137,164
0.3-2.6
81
59.05
1.72(1.25- 2.39)

χ2= 11.53   p<0.001   ※医薬ビジランス研究所で追加したもの

表8-4 ダウン症の比率(アメリカ、イリノイ州、出生10万対)
     (5000人〜1万人の町:1950.1.1〜1956.12.31)

  フッ素濃度 ダウン症患者 フッ素濃度 0〜0.2 群に対するオッズ比 ※
出生数 (mg/L) 人数 率(10万対) (95%信頼区間)
25,248
0.0-0.2
10
39.60
1
24,364
0.3-2.6
19
77.98
1.97(0.92- 4.24)

χ2= 3.12   0.05<p<0.1   ※医薬ビジランス研究所で追加したもの

 表8.2 は、全ダウン症児中、母親の年齢が40歳以上であった比率を、フッ素濃度の低い地域と、高い地域とで見たものである。水道水中のフッ素濃度の高い地域の方が、若い年齢の母親からダウン症が生まれやすいことを示唆している。

  ただし、ダウン症の発症は母親が高齢になればなるほど発生しやすいため、母親の年齢別の解析は必須である。この点、Rapaportのこの調査の表8.2 の解析方法は、あまり適切なものとはいえない。

 その点、後述するように、Ericksonの報告 24,25)は、母親の年齢階級別でダウン症の発症率を求めており、この点に関していえば適切である(ただし、非常に重要な曝露因子そのものである、水道水中のフッ素濃度が0.7 ppm 未満か、それ以上の濃度の、2用量にしか分けていない点が決定的に不十分な点である)。

 Rapaportの調査 23)では、市町村を非常に小さい人口5000〜1 万人の市町村と、1 万〜10万までの市町村に分けてダウン症の発症率を示しているが、いずれの場合にも、水道水中のフッ素濃度が高い地域でダウン症の発症率が高いという結果が出ている。

 これを表8.3 (人口1万〜10万人の市町村)と、表8.4 (人口5000〜1 万人の市町村)について示しておいた。なお、医薬ビジランス研究所において、フッ素濃度低値地域の発症率に対する高値地域における発症率のオッズ比とその95%信頼区間を示しておいた。

 2)Erickson報告の検討(表8-5 〜表8-7 )

 Ericksonは、フッ素と先天異常の関連について調査する目的で、2つの大規模な調査を利用して、解析を行い、1976年24)と1980年25)に報告した。

 1976年の報告では、大アトランタ先天異常調査計画 (Metropolitan Atlanta Congenital malformation Program) と、アメリカ国立口唇口蓋裂情報サービス(National Cleft Lip and Palate Intelligence Service :NIS) で収集されているデータを用い、生存出産児に対する先天異常児の比率を計算した。とくにダウン症に関しては、母親の年齢別に出生率を集計している(それぞれ、大アトランタ調査もしくは第1調査、NIS調査もしくは第2調査と略す)。

 1980年のErickson報告では、若い母親から出産した子にダウン症が多いと言われた点について検討するため、ダウン症と水道水のフッ素との関連についてのみ、あらためて調査したものである。この時には、National Center for Health Statistics (NCHS)のデータが用いられた(NCHS調査もしくは第3調査と略) 。

Erickson報告(1976)にみるフッ素化とダウン症発症との関連

表8-5 第1調査 (Metropolitan Atlanta, 1960-1973)

  フッ素化地域 非フッ素化地域 オッズ比
  出生数 ダウン症 出生率 出生数 ダウン症 出生率 95%信頼区間
年齢   1万対   1万対 オッズ比 下限 上限
〜19
24,675
19
7.7
18,421
7
3.8
2.03
0.85
4.82
20〜24
59,420
41
6.9
37,500
15
4.0
1.73
0.95
3.12
25〜29
50,000
34
6.8
26,829
11
4.1
1.66
0.84
3.27
30〜34
22,124
25
11.3
11,818
13
11.0
1.03
0.53
2.01
35〜39
8,108
15
18.5
5,459
25
45.8
0.40
0.21
0.76
40〜
1,936
32
165.3
1,528
13
85.1
1.96
1.02
3.74
合計
167,677
166
9.9
101,176
86
8.5
1.16
0.90
1.51
                   
〜29歳
134,096
94
7.0
82,750
33
4.0
1.76
1.18
2.61
30歳〜
32,168
72
22.4
18,804
51
27.1
0.82
0.58
1.18

出生数※:ダウン症者数と出生1万人対ダウン症出生数から計算で求めた値
Metropolitan Atlanta: Metropolitan Atlanta Congenital Malformations Surveillance Program

表8-6 第2調査 (NIS surveillance Areas, 1961-1966)

  フッ素化地域 非フッ素化地域 オッズ比
  出生数 ダウン症 出生率 出生数 ダウン症 出生率 95%信頼区間
年齢   1万対   1万対 オッズ比 下限 上限
〜19
25,000
8
3.2
130,435
30
2.3
1.39
0.64
3.04
〜24
86,364
19
2.2
375,000
75
2.0
1.10
0.66
1.82
〜29
61,111
22
3.6
271,429
76
2.8
1.29
0.80
2.07
〜34
35,294
18
5.1
158,333
76
4.8
1.06
0.64
1.78
〜39
20,000
20
10.0
76,829
126
16.4
0.61
0.38
0.98
40〜
5,797
28
48.3
24,607
141
57.3
0.84
0.56
1.26
合計
234,694
115
4.9
1,027,451
524
5.1
0.96
0.79
1.18
                   
〜29歳
172,475
49
2.8
776,863
181
2.3
1.22
0.89
1.67
30歳〜
61,091
66
10.8
259,770
343
13.2
0.82
0.63
1.06

出生数※:ダウン症者数と出生1万人対ダウン症出生数から計算で求めた値
NIS: National Cleft Lip and Palate Intelligence Service

Erickson報告(1980)にみるフッ素化とダウン症発症との関連

表8-7 第3調査 (NCHS data, 1973-1975)

  フッ素化地域 非フッ素化地域 オッズ比
  出生数 ダウン症 出生率 出生数 ダウン症 出生率 95%信頼区間
年齢   1万対   1万対 オッズ比 下限 上限
〜19
67,466
12
1.8
34,858
10
2.9
0.62
0.27
1.44
〜24
150,358
28
1.9
72,052
20
2.8
0.67
0.38
1.19
〜29
135,324
50
3.7
62,506
18
2.9
1.28
0.75
2.20
〜34
56,214
30
5.3
24,955
12
4.8
1.11
0.57
2.17
〜39
18,593
30
16.1
7,867
14
17.8
0.91
0.48
1.71
40〜
4,625
28
60.5
1,947
16
82.2
0.74
0.40
1.36
合計
432,580
178
4.1
204,185
90
5.1
0.93
0.72
1.20
                   
〜29
353,148
90
2.5
169,416
48
2.8
0.90
0.63
1.28
30〜
79,432
88
11.1
34,769
42
12.1
0.92
0.63
1.32

出生数※:ダウン症者数と出生1万人対ダウン症出生数から計算で求めた値
NCHS: National Center for Health Statistics

 表8-5 に、大アトランタ調査(第1調査)の結果、表8-6 にNIS調査(第2調査)の結果、表8-7 にNCHS調査(第3調査)の結果を示す(なお、オッズ比およびその95%信頼区間は、医薬ビジランス研究所であらためて計算したものである)。

  第1調査では、35〜39歳では95%信頼区間の上限が1未満であり、40歳以上では逆に、95%信頼区間の下限が1以上である(統計学的に有意)。しかし、両者で矛盾するため、30歳以上をまとめると、95%信頼区間は1をまたぎ、有意の関連とは言えなくなる。

 一方、30歳未満の母親から出生した児をみると、19歳以下、20〜24歳、25〜29歳というように、5歳毎で集計された場合には、どの年齢階級でも、ダウン症出生率とフッ素添加の有無に有意な関連はないが、フッ素濃度高値地域で、ダウン症の発症率が多い傾向がすべての年齢階級で認められる。

 そこで、29歳以下をひとまとめにすると、少なくとも第1調査では水道水中のフッ素濃度の高い地域の発症率が、低い地域よりもダウン症の発症率が有意に高率であった。

 第2調査では、35〜39歳で有意に低率であること以外に特徴はない。しかし、29歳以下はいずれの年齢階級でも、フッ素化地域でダウン症の出生率がやや高率の傾向を認めた。ただし、この場合は29歳以下をまとめても有意な関連は認めなかった。  

 第3調査では、若い年齢(30歳未満)でも30〜34歳でも、また35歳以上でも、フッ素化地域のほうが非フッ素化地域よりもダウン症の発症率が低い傾向があるが、有意の関連ではない。

 3)Erickson報告の問題点

 Ericksonの第1調査、第2調査では(第3調査でもだが)、水道水中のフッ素濃度を、0.7 ppm 未満と0.7ppm以上に分けているだけであり、用量反応関係が検討できていない。2用量(0.7 ppm 未満と0.7ppm以上)で若い年齢の母親から生まれた児のダウン症出生率とフッ素化との間に有意な関連が認められた場合は、これをより詳細に検討する必要がある。

 その検討をするためには、第1、第3調査について、後からでも、さらに用量を分けて、より高濃度の地域とより低濃度の地域どうしで、年齢階級別に分析するか、別の調査であらためて用量反応関係をふくめて調査すべきである。

  しかし、そのような解析は実施されていないし、その後にさらに大規模な調査を実施した時(第3調査)にも、濃度別のいくつかの階級を設けて検討がなされていない。

  そもそも、低濃度地域として分類された0.7 ppm 未満というフッ素濃度自体、飲料水のフッ素濃度としては比較的高濃度である。Rapaportの報告で見る限り、0.1 〜0.2 ppm でも0.1 ppm 未満に比較すればダウン症の発症率が高い傾向が認められる。したがって、できれば、0.1 ppm 未満を対照群として、それ以上の濃度での発症率を求める必要があろう。そうでなくとも、Rapaportが濃度を2分割した場合に採用したように、少なくとも 0.3 ppm 未満とより高濃度、たとえば、1.0 ppm 以上、あるいは2.0ppm以上などに分けて検討するべきであったであろう。

  そのようにすべきであるにもかかわらず、Ericksonの第3調査(1980年)では、ただ数を増やしただけで、水道水中のフッ素濃度を比較的高濃度の 0.7 ppmのところで2分割しているにすぎない。

 用量反応関係を十分に検討すべき調査で、それが検討されていない報告をより質の高い調査として分類しているNHS-CRD 報告も、問題である。

 したがって、Rapaport報告で指摘された、ダウン症発症率増加と水道水中フッ素との関連、Ericksonの第1調査(大アトランタ調査)での29歳未満の母親から出生した児で示されたフッ素化との関連については、完全に証明されているとはいえないが、少なくとも、いまなお否定されているともいえない。

 この点は、う歯の防止という有益な面と斑状歯の増加という確実な関連や、骨肉腫や口腔咽頭癌、全部位の癌の増加、変異原性やクラストーゲン(染色体異常誘発物質)としての性質など、かなり可能性の高い害とあわせて考えるべき問題であろう。  

 また、日本では食物中のフッ素が欧米よりも多い(自然のフッ素濃度も変動が大きい)点も考慮する必要があると考える。

【B−7】総死亡、その他死亡率への影響

〔1〕NHS-CRD のまとめと疫学調査

 NHS-CRD 報告 2)では、総死亡について、Erickson(1978年) 24)、Hagen (1954 年) 、Rogot(1978年) 、Schatz(1976 年) の調査を採用して検討した結果を報告している。性・年齢、および都市の人口密度などをも考慮した調整死亡率を1.01であったとしている(Ericksonの報告 24)が根拠)。他の報告では、総死亡率の増加は認めなかったとしている。

 しかし、Ericksonの報告 24)では粗死亡率や性年齢だけを調整した死亡率では、低フッ素地域の10万人対1102.4人に比して、フッ素添加地域は、同1156.0人であった。

〔2〕動物実験の結果

 マウス2年間試験6)の雌では、フッ素濃度に用量依存的に死亡率増加を認め、フッ素濃度78.75ppmでは確実とも言うべき死亡率の増加、45ppmでも死亡率増加傾向を認めている。死亡に影響しない確実な用量は、フッ化ナトリウムとして、25ppm(フッ素濃度として、11.25ppm)にすぎない。マウスの2年間試験ではフッ素の尿中排泄量データが報告されていないので、マウス6ヵ月試験の50ppm群の2分の1として吸収量を推定せざるをえない。これでフッ素摂取量を推定すると(人摂取量に体表面積換算した場合)3.3mgに過ぎない。雄では、明瞭な用量反応関係は認めでいないが、45ppm群で死亡率の増加傾向を認めている。

 ラットでは、フッ素添加した動物の死亡率が高くなったという証拠は得られなかった6)が、このラットの実験の最高用量を体表面積で人用量に換算すると、たかだか10〜14mg/日にすぎない。これは人で日常的にもありうる吸収量の2〜4倍程度に過ぎない。

  これらの実験から、フッ素の水道水への添加で、フッ素が総死亡に影響せず安全と結論するわけにはいかない。むしろ、人が日常的にも摂取する高い目の用量ならその数倍で、死亡率に影響が現れる可能性は十分ありうると考えるべきである。多数に使用された場合には、もっと低曝露量で死亡に影響があるとみるべきである。

〔3〕他の性質をも考慮して検討すると

 フッ素の基本的な性質として、細胞毒性(原形質毒性)があること、生命活動に必須の様々な酵素を、比較的低濃度でも示すこと、明らかに有害な反応が、う歯を予防する用量のフッ素でも出現している。

 胃・十二指腸潰瘍を起こしやすい人は、胃内部で生じたフッ化水素の影響を一般の人よりもかならず強く受けるであろうし、腎障害のある人は、排泄が抑制される結果、血中のフッ素濃度が高くなりやすいことは容易に推測される。

 高用量のフッ素化合物を骨粗鬆症の治療目的で使用した場合に、骨密度は増強されるが骨折や骨痛がかえって増加したこと、軽度ではあるが胃腸障害の頻度が高かったことなどは、その影響を考慮する上で重要な問題点であろうと思われる。

 発癌性については、骨肉腫だけでなく種々の悪性腫瘍を増加させることが、動物実験と疫学調査からも指摘できた。

 したがって、これらの点を考慮すると、水道水に添加する程度のフッ素濃度においても、総死亡についても、悪影響がないといいきれない。むしろ悪影響があると考えておくほうが賢明である。

〔4〕総合的にみて

 総合的に検討した場合、水道水に添加する程度のフッ素濃度でも、斑状歯や、骨肉腫、ダウン症に対する影響と同様に、総死亡率への影響もありうると考えておくべきである。

【B−8】結論

 フッ素を水道水に添加することは、危険を上回る有益性はなく、危険性は相当な程度で予測すべきである。したがって、フッ素を水道水には添加すべきではない。


前へ  目次へ  次へ