投与するにしても、アセトアミノフェンを「頓用」で
これからまたインフルエンザの季節が近くなってくる。熱は患者にとって、病気の重さを実感する症状であるために、熱をはやく下げて欲しいと思うのは患者の心理としては無理もないことである。そして、「それに応えるのが医師の務め」とばかりに、「熱は下げなければならない」と、解熱剤を処方するのが、これまでの日本での一般的なやり方であった。しかし、これでよいのだろうか?
高熱で死ぬことは、よほどの熱中症か悪性症候群などごく限られた疾患でしかない。多くの感染症で死亡するのは、熱のためというよりは、敗血症やそれにともなうDICなどによる。しかし、解熱のために非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)を使用すると、ショック、低体温、胃十二指腸潰瘍(消化管出血)、腎不全、肝不全、感染の増悪、ライ症候群、血液障害など、種々の副作用で死亡することも少なくない。
一九九四年九月の医薬品の再評価で、「かぜ」に対する非ステロイド抗炎症鎮痛剤(NSAIDs)など、解熱鎮痛剤の適応や用法が大幅に変更された。この再評価では、急性上気道炎への解熱鎮痛剤の使用を原則的に「頓用」で「一日二回」の使用に限定した。これまで批判の多かった「かぜ」に対するNSAIDs使用を一定制限する内容を持ち、それなりに評価できる面をもっていた。
しかし問題は多い。医療現場からの反発の声もあったが、医師自身の「かぜ」「熱」に対する考え方やNSAIDsの使用習慣だけでなく、医師の考えや使用習慣によって形成された患者の意識をも同時に変更していかなければならないところに、この「かぜ」に対する解熱鎮痛剤の使用方法変更の難しさがあると思われる。これを機会に「かぜ」の処方における解熱鎮痛剤の使い方について、今一度考えてみたい。
【NSAIDsの「かぜ」への使用の変更点および問題点】
・「かぜには頓用で一日二回を原則とし、最大三回を限度」に制限された。
・ナプロキセン、フェンブフェン、ピロキシカム、塩酸ベンジダミンの四成分は、かぜへの適応が削除された。
・従来、「かぜ症候群」「感冒」「咽頭炎・喉頭炎」「上気道炎(咽・喉頭炎、扁桃炎、感冒)」など、ばらばらだった「かぜ」に関連した適応病名の表現が「急性上気道炎(急性気管支炎を伴う急性上気道炎を含む)」に統一された。
・小児用バッファリンで「ウイルス性によると思われる」急性上気道炎への適応が除外された。
・インドメタシンなど強力なNSAIDsのかぜに対する適応はなお残った…。
【安易な従来の解熱剤の使用習慣】 従来にはなかった厳しい解熱鎮痛剤の使用基準の改定が出された背景には、過剰投与ともいえる、かぜ症状に対する複数の解熱鎮痛消炎剤の処方が日常的に行われてきたことが関係していよう。38℃程度のかぜ症候群の発熱に対して、メチロンやオベロンを筋注し(以前ならヴェノピリンを点滴静注)、PL顆粒三gとロキソニン三錠(またはポンタール三カプセルなど)分三を処方し、さらに頓用としてボルタレンの坐剤を出すというような複数処方例である。PL顆粒には、それだけで解熱・鎮痛剤目的には十分量のアセトアミノフェンなどが含まれている。だから、他は余分(過剰)である。このような過剰投与の考え方の根拠は、「かぜの頭痛、発熱、鼻汁に対する対症療法としてPL顆粒」、「咽頭の炎症に対して抗炎症剤」、「それでも高熱なら頓用の坐薬」のようだが、その効果や安全性を示す合理的な根拠とはいえない。単に「それぞれに効くのではないか?」という「推測」だけである。
【発熱で死ぬことはないが解熱剤では死ぬことがある】 NSAIDsは胃十二指腸潰瘍、肝不全、腎不全、ショック、感染の重篤化、DIC、ライ症候群など死亡に至る程の重篤な副作用をしばしば生じる。この他、低体温、血圧低下、心不全の増悪、消化管出血なども生じ得る。忘れてはならないのは、発熱だけで死亡することはないということである。発熱性疾患が重篤化して死亡に至るのは、感染が重篤化したためであり、熱のみによる死亡ではない。高熱の疾患は死亡率が高いが、だからといって熱を下げれば病気が軽快するわけではない。このため、NSAIDsの使用に際しては、効果と副作用を十分に考え、慎重に適応を決めなければならない。
長期の使用例だけではなく、たかだか三〜四日の使用でも目立った副作用や目に見えない悪影響も生じ得る。また、わずか一〜二回のNSAIDsの使用でもショックや腎不全を引き起こす例がある。特に乳幼児や高齢者では、短期使用での副作用が出やすい。また、心不全や高血圧、喘息など基礎疾患のある患者にも同様に注意が必要である。アスピリン喘息(アスピリン解熱鎮痛剤喘息)の患者には、死亡の確率が極めて高い。禁忌となるのはアスピリンだけでなくNSAIDs全てである(参考1))。
【「解熱剤は頓用」の原則は評価できる】 発熱や炎症は、感染を防御する正常の生体の反応である。発熱によって多くの病原体は不活化が促進されるし、炎症反応によって感染巣にはバリアーが築かれ、病原体は局所に封じ込められ、病原体が生体の深部に侵入するのを防ぐことができる。また、病原体の局所への封じ込めが成功し、全身への侵入が阻止されると解熱するので、自然の熱のパターンは、感染症の経過の指標として非常に重要な意味を持っているのである。
ただし、発熱や炎症に伴う痛みは苦痛を伴い、睡眠や安静あるいは食事や水分の摂取が障害されることがある。このために、体力が消耗し、治癒が遅れる可能性が出てくる。そこで、このような不利な状態を回避する程度に、少しの解熱と鎮痛がはかられればよいはずである。
ところが、解熱鎮痛剤を一日三回などと、症状の有無にかかわらず投与する方法は、生体の正常な感染防御反応を抑制して、かえって治癒を遅らせることになる。このことは、アセトアミノフェン(参考2)で証明されている。アセトアミノフェンよりもはるかに強力な他のNSAIDsについては、このような臨床試験は実施されてはいない。しかし、アスピリンやメフェナム酸をウイルス感染症に投与して無処置群と比較した動物試験が報告されている(参考2))。無処置の動物は死亡しなかったが、強力なNSAIDsを投与した群では多数が死亡した。このデータは、強力なNSAIDsがさらに著しい悪影響をおよぼすことを想像させる。
したがって、解熱鎮痛剤をとくに苦痛が著しく、睡眠が障害されるような場合にのみ「頓用で使用」すること、「一日二回」を原則とすることは理にかなった方法といえる。(つづく)
参考文献 1) TIP「正しい治療と薬の情報」,6:68,1991
2) TIP「正しい治療と薬の情報」,7:36,1992 3) 大阪小児科学会、地域医療委員会
4) 「かぜの処方を再検討する」日経メディカル,第320号,P99,1995年1月号 |