はじめに H2ブロッカーは一九八一年シメチジン(タガメット)の発売開始以来、要処方薬として、胃・十二指腸潰瘍(消化性潰瘍)の治療に使用されている。またH2ブロッカーがスイッチOTC薬として承認され、一九九七年九月から販売され、テレビでも大々的に宣伝がなされた。今回OTC薬として承認された適応症状「胃痛、胸やけ、胃もたれ、むかつき」に対してH2ブロッカーは果たして必要なのか。要指示薬としての適応である急性胃炎、逆流性食道炎などに対しても本当に価値あるものなのかどうか。この機会に胃潰瘍の標準的な治療方法を紹介し、医師として厳密な処方、患者への説明、処方後の観察がきちんとなされているかどうかについて、今一度見直してみたい。
消化性潰瘍治療の目標と標準的治療 消化性潰瘍の考え方は最近大きく変化し、このために、世界的には治療方法について根本的な見直しがなされてきている。従来消化性潰瘍は、酸やペプシンなど攻撃因子と粘膜の血流など防御因子との不均衡からくるものと考えられてきたが、現在、この要素はあるとしても、補助的なものと考えられるようになってきた。現在重視されている特異的な原因は@Helicobacter pylori(Hpylori)と、A非ステロイド抗炎症鎮痛剤(NSAIDs)の二つである。Hpyloriは十二指腸潰瘍患者の約90%、胃潰瘍患者の70〜80%に証明され、Hpyloriの完全な除菌で75〜90%で再発が防止できるとされている。 日本では、Hpyloriの除菌のための抗菌療法は第U相臨床試験段階を実施中であり、未承認である。現状では、Hpylori除菌以外の手段による治療を実施するしかない。消化性潰瘍治療の主な目標は、@腹痛など自覚症状の改善A潰瘍の治癒B重篤な合併症(出血や穿孔、通過障害の防止CHpylori感染の治癒D再発の防止である。Hpylori感染のコントロールのための抗生物質以外の抗潰瘍剤は、欧米の教科書では、胃酸の分泌を抑制する薬剤四種類(H2ブロッカー、プロトンポンプ阻害剤、ムスカリン受容体拮抗剤およびプロスタグランディン製剤)と制酸剤、それに胃潰瘍局所に作用する製剤二種類(スクラルファート、ビスマス製剤)の七種類である。これら以外の日本で承認されている抗潰瘍剤は、いずれも世界的に評価されたものではない。
消化性潰瘍ガイドライン 【NSAIDs以外の要因による消化性潰瘍】
(下表参照) 【NSAIDsによる消化性潰瘍】
A.治療 胃潰瘍の約30%がNSAIDsによる潰瘍であり、NSAIDsによる潰瘍は大抵は胃潰瘍である。NSAIDsを中止し、上記の急性期の治療を行う。
B.予防 @H2ブロッカーはNSAIDsによる十二指腸潰瘍の予防には効果があるが、胃潰瘍の発症を予防する効果はない。この方が問題が大きい。
AミソプロストールはNSAIDsによる潰瘍(十二指腸潰瘍も胃潰瘍も)を50〜90%予防する。しかし、15%程度の患者で下痢や腹痛が問題となる。したがって、予防投与は、ハイリスクの患者、たとえば、高齢者や、消化性潰瘍の既往歴のある人、とくに出血性潰瘍の既往のある人、に限定すべきである。
注目してほしいのは、@十二指腸潰瘍には、H2ブロッカーは一日一回でよいが、胃潰瘍には一日一回の効果は未確立であること、A一日一回の場合も、眠前ではなく夕食後とされている点、B胃潰瘍には十二指腸潰瘍より一般に治療期間がやや長いこと、Cスクラルファート(アルサルミン)は、七種類の消化性潰瘍の標準薬とされていること(欧米のどの教科書にも記載されている)、DNSAIDsによる潰瘍は大抵胃潰瘍だが、H2ブロッカーはNSAIDsと併用して胃潰瘍の予防効果はない(この点は最新のコクランライブラリーのシステマティックレビューでも確認されている)、Eミソプロストール(サイトテック)はNSAIDsなどを処方した際にルーチンに処方すべき予防薬ではない、Fオメプラゾールが消化性潰瘍の第一選択薬ではない点などである。次号は胃炎、胃炎症状とH2ブロッカーの価値。 【NSAIDs以外の要因による消化性潰瘍】
A.急性期治療 1.十二指腸潰瘍は、以下のどの治療法も85〜90%の治癒率
1)H2ブロッカー(経口) ラニチジン(ザンタック) 300mg 夕食後6〜8週間or
ファモチジン(ガスター) 40mg 夕食後6〜8週間or
シメチジン(タガメット) 800mg 夕食後6〜8週間など
2)粘膜保護剤 スクラルファート(アルサルミン)1g×4/日
毎食前1hrと眠前 6〜8週間(日本では1g×3/日)
2.胃潰瘍にも同じ薬剤でよい、ただし 1)H2ブロッカーの投与は2分割する。
(1日1回の投与による有効性は未確立) 2)十二指腸潰瘍よりも治療期間が2〜4週間余分にかかる(小さい潰瘍以外)
B.H.pyloriの除菌 (現在日本では保険医療で認められていないが、ガイドライン中現在日本で利用可能な薬剤による組み合わせを紹介する)
アモキシシリン(経口) 750mg 12時間毎、2週間
+オメプラゾール(経口) 20mg 1日2回2週間投与後、
20mg 1日1回さらに2週間
C.再発予防のための維持療法 (H.pyloriを除菌しない場合や除菌不能例に対して)
ラニチジン(ザンタック) 150mg(〜300mg) 夕食後or
ファモチジン(ガスター) 20mg(〜40mg) 夕食後
【参考文献】 (1) Gastrointestinal Drug Guidelines
1994/1995,Therapeutic Guidlines Ltd Australia
(2) TIP「正しい治療と薬の情報」1986:1、71 (3) 同1996:11,37
(4) 同1997:12,24 (5) 同1997:十二月(予定)
(6) 日本病院薬剤師会雑誌1987:23,1009,泉早苗、浜六郎
(7) コクラン・ライブラリー1997,issue3 |