死亡も含む危険の可能性と不確実な利益のバランスをどう判断する?
【二千七百人に一人の重症肝障害、五万人に一人の死亡】
トログリタゾン(ノスカール:三共株式会社)は、インスリン抵抗性改善剤として昨年三月発売開始以来、約二〇万人に処方され、重症肝障害例(入院あるいは入院相当)が七四人(二七〇〇人に一人)報告され、うち四人が死亡した(五万人に一人)。
アメリカでも、六〇万人に処方されて肝障害一六五例(約三六〇〇人に一人)、死亡が四例報告されている。イギリスでは、日本やアメリカからの死亡例の報告により、早速発売が中止された。
〔死亡症の紹介〕六十六才女性。トログリタゾン 400mg/日で投与三カ月半後、尿黄染、全身倦怠感で発症し、黄疸のため入院。四カ月後トログリタゾン中止(中止時、総ビリルビン13.5mg/dl、GOT1000、GPT960、LDH957)。その後も黄疸が遷延。転院後、肝萎縮、腹水、肝性脳症OU度を伴う劇症肝炎と診断。血漿交換等を実施。一時改善したが、肝萎縮進行し、MRSA敗血症、無顆粒球症を合併。八十四病日目に死亡。
【インスリンの作用と糖尿病の治療の原則、目標】 インスリンは血糖低下作用だけでなく、極めて多彩な生物学的活性を有し、肝、筋をはじめほぼ全ての細胞において、(1)栄養素の細胞への取り込み、利用、貯蔵のコントロール、(2)同化作用の促進(ブドウ糖、アミノ酸、脂肪酸の利用、貯蔵)(3)異化作用の抑制(グリコーゲン、脂肪、蛋白分解の抑制)、(4)特異酵素の活性化や蛋白の合成速度を調節、(5)細胞の増殖、分化に影響する。
糖尿病は、そのインスリンの絶対的(完全/部分的)あるいは相対的な不足のために、ブドウ糖を始めとする必須の栄養素の生体への利用(細胞への取り込み、利用、蓄積、つまり代謝)が不十分となり、その結果、腎、網膜、冠、四肢などの血管障害および神経障害を生じ、放置すれば、早期に死亡する(IDDM)か、長期経過後種々の合併症を生じ高死亡率となる(NIDDM)疾患である。
したがって、糖尿病はインスリンの補充療法が基本となり、その必要量決定の指標として、血糖値が用いられる。インスリン強化療法と従来の療法とで無作為化比較試験(DCCTおよびKumamoto Study)を実施した結果、血糖値を正常値に近づけることが糖尿病の合併症を減少させたことから、血糖値を正常化することの重要性が強調されている。
しかし、この結果はあくまでもインスリンによるコントロールの結果である。他の手段(SU剤、ビグアナイド、αグルコシダーゼ阻害剤、トログリタゾン)による血糖の正常値化が合併症の減少につながることはまだ確認されていない。
【危険/便益比の考え方】 4%に原因不明の貧血、5%に原因不明のLDH上昇、重篤な肝障害が二七〇〇人に一人、死亡が五万人に一人という危険と、かたや血糖値が低下しHbA1c値も低下するが、合併症や予後の改善は不明という利点とのバランスをどう考えるか。
別の見方をすれば、トログリタゾンの対象患者は、本来高インスリン血症を有する糖尿病患者であり、インスリンはまだ適応でない軽症の患者。つまり糖尿病のために数年以内に死亡する可能性はまず予想できない患者である。トログリタゾンを使用しなければ死亡の危険はなかったはずである。
臨床試験では2〜4%の貧血(最大3g/dl低下)、5%のLDH上昇、1%の白血球減少、1,2%の浮腫、0,6%の発疹などを認めている。
類似物質でもLDH上昇を6%に、又CPK上昇を5%に認めている貧血は毒性試験でも認められ、浮腫などから希釈性とされているが、一方では赤血球膜浸透圧抵抗性試験で統計学的な有意差を示す。LDH増加やCPKの増加は少なくとも希釈では説明できない。
LDHはあらゆる組織に広く分布し、LDH活性が血清中に増加していることは、どこかの組織で組織の損傷が存在し、LDHが遊出(逸脱)していることを意味している。
LDH上昇が希釈では説明がつかない限り、貧血の発症機序も希釈で片づけてはならない。また浮腫が生じる機序は、腎機能異常と関連していないか心配ではないか。
トログリタゾンは血糖も低下させるが、インスリン値を低下させる。インスリン値が下がることによる代謝の障害の可能性も考えておく必要があろう。
〔詳細および参考文献リストは、TIP誌 1998年2月号参照〕 |