死亡も含む危険の可能性と不確実な利益のバランスをどう判断する?
【トログリタゾンの作用機序と害反応の機序との関連は?】
トログリタゾンで確認されている作用機序は、(1)高インスリン血症のインスリン値の低下、(2)インスリン抵抗性を示すラット骨格筋のインスリン受容体のキナーゼ活性の増加、(3)ラット細胞で高グルコース状態により惹起されたインスリン受容体キナーゼ活性の阻害をトログリタゾンが軽減する、(4)ラット筋肉細胞内へのぶどう糖の取り込み量が増加し、乳酸とピルビン酸の総放出量を増加、乳酸/ピルビン酸比を低下させたことから、解糖系が促進されたと考えられた、(5)糖尿病状態のマウスで亢進している糖新生(解糖系のほぼ逆の反応)を抑制、などである。
しかしながら、インスリンの作用は、他に余剰のぶどう糖をグリコーゲンに変換して貯蔵すること、脂肪酸に合成すること、クエン酸回路を進行させてぶどう糖からエネルギーを効率よく産生すること、クエン酸回路の途中からアミノ酸に変換し、蛋白合成、酵素の合成を促進する、細胞の分化を促進することなど、糖代謝だけでなく、脂肪や蛋白の代謝にも極めて重要な役割をもっている。
トログリタゾンでは、ピルビン酸が増える。ピルビン酸は、アセチルCo-Aを経てクエン酸回路(TCAサイクル)の入口にあり、脂肪酸合成の入口にもあり、アミノ酸代謝にも関係する物質である。これが増加するということは、TCAサイクルの進行が阻害されている可能性も考慮する必要がある。
肝障害の発生機序として、一部アレルギーも報告されているが、多くはアレルギー性以外の機序を考える必要があるようだ。むしろ死亡例など重篤な肝障害例でLDH値が明らかになっている症例では、いずれも著明な上昇を認めている。この点を考慮すれば、臨床試験におけるLDHの上昇の機序と貧血、肝障害の機序は共通する可能性を考えておく必要があろう。
貧血、浮腫、LDHの上昇の原因については詳細な検討はなされていないし、臨床試験報告においても、詳細な考察がなされていない。したがって、その確実な原因については明らかにはされていないのである。貧血は決して体液量の増加にともなう希釈などによる単純なものとして片づけるべきものではない。
可能性が否定できず、もしもそうならば重大な機序としては、エネルギーや蛋白、脂肪代謝への影響の可能性であろう。細胞膜、核膜、ミトコンドリアなど生体膜物質はすべて、蛋白と脂質(一部糖)で構成される。このような蛋白や脂質の代謝が障害された場合には、膜の機能が障害され、その結果として、広範囲な細胞の障害を起こす可能性が出てくるからである。少なくともその可能性は今は否定できないと思われるので、そのような可能性を考慮した詳細な毒性発現機序についての検討が必要である。
【患者への情報は?】 二、七〇〇人に一人の重症の肝障害に入らないかぎり、数年後に糖尿病の合併症を確実に一定程度防止できる、ということが分かっているならば、処方した患者に対して、自信をもって利点を強調することはできる。
しかし現在のところ、そのようなエビデンスはない。むしろ、作用機序が不明で細胞障害を示すLDHが増加したり、そのことと関連し、やはり発症機序の不明な貧血や浮腫などが一定の割合で確実に生じている。このことも患者に説明しなければならない。そこまで言って、患者に服用を勧められる医師がどれだけいるであろうか。
【今後、検討が必要な事項】 厚生省の情報では、肝障害で死亡した人の肝機能検査値や一部のLDH値は明らかにされているが、ビリルビン(間接、直接の区別)、血算値、網赤血球数、腎機能検査値など重要な検査データが不明である。
害反応の大きさとその機序が不明であること、いくつかの危険につながる機序も考えれらることなどを考え合わせると、断定はできないにしてもとりあえず、一時中止した方が無難ではないか。
その他、重症肝障害発症機序の解明のための調査の実施(実施計画の有無)、貧血を中心とした血液障害発症機序の解明のための研究の実施(実施計画の有無)、さらに詳細な副作用例の開示、さらに詳細な副作用調査の実施、医療機関における注意の喚起、患者への注意の喚起、被害者への補償についてなどである。
〔詳細および参考文献リストは、TIP誌 1998年2月号参照〕 |