「いま医薬品を見直そう」 シリーズ

 

  

 

第16回 エビデンスに基づく治療指針(3)
      日常診療でよくみる心疾患:急性心筋梗塞

  

1998年3月25日

 

 心筋梗塞の診療上、最も大切なこととして「早期の診断」と「速やかな専門施設への搬送」が強調されている。診断、治療の遅れが死亡の増加につながるからだ。
 心筋梗塞を疑うことは注意深い問診により可能であり、特に心筋梗塞の場合には、問診での状況から、すぐ救急車の手配をすることが強調されている。心筋梗塞の指針カードでは記載されていないが、狭心症を初めて呈した患者「初回狭心症」は「切迫梗塞」と扱い、心筋梗塞なみの管理が必要である。単なる狭心症と扱ってはならない(この点については、次回に詳しく述べる)。
 搬送前にアスピリン(慢性期には少量だが急性期は300mg以上)を使用する。鎮痛剤使用時の筋注は禁。病院での急性期治療の基本は、アスピリン、線溶剤、β遮断剤、ACE阻害剤である。線溶療法とアスピリンはほぼ同等の効果で、線溶療法+アスピリンで併用効果がある。線溶療法が遅れると、一時間あたり、千人中二人の割合で死亡が増加することが強調され、そのエビデンスが示されている。
 慢性期にかけてもACE阻害剤、β遮断剤、アスピリンが有効であり、非薬物療法として、禁煙、有酸素運動などが当然ながら強調されている。
 ここにはあげられていないが、心筋梗塞後の安定期に入ってからの抗不整脈剤(クラスTc)は、有名なCAST研究の結果、無効なだけではなく、死亡を増加し、極めて有害であることが示された。クラスTaやTbでも有効とのデータは得られていない。
 心不全の治療指針の解説でも触れたが、心不全の治療にカルグート、アカルディ、アーキンZなど陽性変力作用剤は不適切であり、心筋梗塞後の心不全には特に危険と考えるべき。
 エビデンスの内容については、TIP誌1998年2月号参照。

EBM治療指針カード(3)・急性心筋梗塞

即座に行うべき処置(GP:General  Practitinoner の対応)
1.救急車:状況から心筋梗塞の疑われる場合には、往診に向かう前に予め救急車を手配させる。
2.アスピリン:明瞭な禁忌(疾患・併用禁忌薬)がないかぎり、直ちに300mg以上のアスピリンを投与。
3.鎮痛剤:モルフィン系薬の静注(例:ジアモルフィン2.5−5mg、モルフィン5−10mg)。後で血栓溶解剤を使用する場合に、出血しやすくなるため筋注は避けておく。

病院での治療
1.アスピリン:来院までにまだ使用されていなければ、アスピリン(300mg以上)を使用。ただし、明瞭な禁忌がないことを確認してから飲ませる。
2.線溶療法:ECG上、ST上昇や、脚ブロックがあり、症状発現から12時間以内の患者なら全例に直ちに線維素溶解剤を静注する。ただし、明らかな禁忌がないことを前提とする。
3.β遮断剤:明らかな禁忌がないかぎり、来院後すぐにβ遮断剤を静注(例:アテノロール5mg)。左室不全がなく、連用に耐えるなら、最低1年間は経口でβ遮断剤を継続(下記参照)。
4.ACE阻害剤:症状発現から24時間以内の急性心筋梗塞で、血行動態が安定している場合は、全例ACE阻害剤の使用開始を検討する。

退院後の管理
1.喫煙:禁煙を勧める。禁煙の意思ある患者なら、医師の助言、ニコチン代替療法、看護婦のフォロー、禁煙に関する文書情報などの組み合わせで、有効に作用する場合がある。
2.アスピリン:低用量(1日75〜150mg)のアスピリンを経口的に無期限に継続する。
3.β遮断剤:心不全や、その他β遮断剤を禁忌とする明らかな根拠がなく、耐容性があれば、少なくとも1年間はβ遮断剤の投与を継続する。
4.ACE阻害剤:心不全症状のある患者、あるいは無症状でも心エコーで左室不全所見の明らかな患者にはACE阻害剤を使用する。
5.運動療法:規則的なエアロビクス療法(水泳あるいはジョギングなど)を勧める。ただし、過労や狭心症発作に注意し、酸素不足になるような運動(激しい庭仕事など)を避ける。
6.コレステロール:コレステロール値をチェックし、心筋梗塞後6カ月経っても220mg/dl(5.5m mol/l)以上が持続する場合には、スタチン類(HMG−CoA還元酵素阻害剤)を開始する。
7.他の危険因子:その他の危険因子(高血圧、糖尿病など)についても発見に努め、あれば治療する。

作成:イギリスオックスフォード州日常的心疾患治療検討グループ
訳(註)編:TIP/JIP「EBM医薬品集プロジェクトチーム」