糖尿病や慢性腎不全に対する食事療法は重要だが、患者や家族だけでなく、栄養士、看護婦、医師にとっても大変な努力を要する。
その努力した食事療法がエビデンスに基づかないものなら努力の甲斐がない。
日本では慢性腎不全に対して低たんぱく食が盛んに推奨されているが、以前筆者は、栄養士と実施した症例対照研究で、極端なたんぱく質摂取不足(50g/日以下)も、糖尿病性網膜症発症の重要な危険因子になるとの結果を得ていたので、極端な低たんぱく食には問題を感じていた。
今回TIP誌(98年12月号)に、慢性腎不全に対する低たんぱく食に関する柳元和編集委員らの検討結果を掲載した。その概要を紹介する。
【欧米教科書では?】 ハリソン内科書では、末期尿毒症患者で摂取たんぱく量を減らすと食欲不振、嘔気など自覚症状を減少させること、中等度腎障害では強力なたんぱく質制限食(0,6g/kg/日)は腎疾患の進行の程度を緩和したとの報告を引用している(後述のようにこの報告自体問題がある)。
一方、深刻な栄養不良を来す危険性を考えれば、低蛋白血症や栄養不良の患者では、腎不全の末期にたんぱく摂取を厳しく減らすことは諦めるべきとし、透析患者ではたんぱく摂取量が多い目の方が極端に少ない者より死亡率が低かった点も指摘している。
セシル内科書でも強烈なたんぱく制限(0,6g/kg/日未満)では必須アミノ酸の補充なしには栄養不良を招き、衰弱し体重や筋肉の減少を招くこと、透析前段階の患者には有効と考えられないこと、慢性腎不全においては十分な栄養摂取が基本で、適切な透析と栄養補給が罹患率と死亡率を下げるとの意見が強くなってきていると指摘している。
【ランダム化比較試験の検討】 コクラン・ライブラリなどの検索で入手したランダム化比較試験(RCT)を検討。
ハリソン内科書で引用されている低たんぱく食有効論の最も有力な根拠となる論文を中心に検討した。
中等度腎不全でたんぱく質制限食が有効であったとの内容は以下のとおり:対照群のたんぱく摂取量1,3g/kg/日に比し制限群は目標0,58g/kg/日、実測たんぱく摂取量は0,7g/kg/日。GFRが極端に悪い人(GFR13-24)でも、強烈な低たんぱく食群(0,28g/kg/日)の実質目標たんぱく摂取量はアミノ酸などの追加で0,46g/kg/日のところ、実測値は0,63g/kg/日であった(対照群も目標0,58g/kg/日のところ実測0,7g/kg/日)。
このことは、理想的条件で行う臨床試験でさえ、努力しても0,60g/kg/日未満は不可能なことを示している。
そしてこの研究の結果、GFRの変化は低たんぱく食群と対照群で有意差なく、透析の導入時期を遅らせることもできていない。極端な低たんぱく食ではなく1,0g/kg/日程度の軽い制限食でよいと考察している論文もある。
この量なら日本人栄養所要量の1,08g/kg/日とほぼ同等であり、特殊食品を利用しなくとも容易に実現可能である。
【エビデンスに欠ける日本の教科書】 日本では「たんぱく質30g/日群の透析移行が少ない」と「エビデンスに基づく治療」と称して厳しい低たんぱく食が奨励され、特殊食品の導入まで主張されるが、簡単な検索で見つかるRCTもレビューしていない。
とてもエビデンスに基づく主張とは言えない。 日本腎臓病学会の一九九七年のガイドラインでも、最近の大規模調査から「極端な低蛋白食」は否定的で、推奨する「低たんぱく食」としては0,9g/kg/日程度も含まれている。
【たんぱく制限食の臨床的意義は?】 過剰なたんぱく食はBUNを上昇させ、尿毒症症状(倦怠感、食欲不振)を起こすが、たんぱく制限でBUNの低下とともに症状が改善する。
しかし、極端な低たんぱく食が腎機能悪化を遅らせることを支持する根拠はなく、極端な低たんぱく食は指導するべきでない。
患者本人、家族、医療者の多大な負担や、必須アミノ酸など特殊食品の必要性を考えれば費用/益比も正当化されない。
現時点で推奨できること (1)過剰なたんぱく摂取は腎機能の悪化を早めるので、避けなければならない。
(2)小児では、たんぱく制限の効果は認められないので、制限食を指導すべきでない。
(3)0.6g/kg/日未満の極端な低たんぱく食を長期に継続することは勧められない。
(4)1.0g/kg/日程度の軽いたんぱく制限食を推奨する。
(5)透析に移行すれば通常のたんぱく食とし、低たんぱく血症をおこさないよう努める。
【参考文献】 柳元和ら、TIP「正しい治療と薬の情報」13:115−117,1998 |