「いま医薬品を見直そう」 シリーズ

 

  

 

第56回 鎮痛・発熱治療の見直しを
      「EBM治療ガイドラインシリーズ3」  

  

2000年6月15日

 

 治療ガイドラインシリーズの三番目は、患者が訴える最大の苦痛「痛み」と「発熱」の治療ガイドライン。医薬ビジランスセンターが、特定非営利活動法人(NPO)となって最初に発行する出版物である。主な内容を紹介する。

鎮痛と発熱で異なる対処の原則
 痛みと発熱は、どちらも炎症の重要な症状で、対症療法的に治療されることが多いが、適切な対処の原則は大きく異なる。
 痛みは放置すればさらに痛みが増し、慢性化につながり精神的にも社会的にも悪影響が加わり悪循環に陥るため、先制治療を要する。
 一方、発熱は(特に急性感染時)重要な生体防御機能の一つで、解熱剤の使用は、一時的な苦痛の軽減という有利な面と、解熱剤で感染防御機能や組織修復機能を抑制することによる害とのバランスを常に考慮する必要がある。

重要な先制治療とその生理学的基礎
 本著で特に印象深いのは、第一に痛みの生理学的記述である。先制治療の必要性を理解する上で非常に重要な理論的根拠が、最新の知識に基づいて簡潔にまとめられている。
 例えば、神経は単なる電線(wire)でなく、刺激に応じて変化する(神経「発芽」など可塑性がある)こと、二次性痛覚過敏や中枢性過敏が増強する「舞い上がり:wind−up」現象、NO産生増加による癌遺伝子の誘導とその疼痛への関与、「興奮毒性:excitotoxicity」により疼痛抑制性介在ニューロンの細胞死が痛みの慢性化に関係することなどである。
 癌疼痛治療における「三段階」治療方式を改め、この版から、モルヒネを中心としたより具体的な治療開始方法に書き改められたことも印象深い。従来のWHOの指針には、モルヒネ使用開始時の用量の決定方法に関する記載がなく、それぞれが現場で工夫せざるを得なかったが、本著では極めて具体的に、臨床薬理的な基本に従って丁寧に書かれている。
 癌患者の在宅ケアも多い現在、モルヒネを中心とした適切な疼痛治療の習得は重要だ。リウマチに関する記載が重点的に改訂されたことも特徴だ。

訳補で解熱治療を取り上げた
 翻訳にあたり、原著にはない非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)の解熱剤としての使用の問題と、H2ブロッカーによる精神障害について、オーストラリア治療ガイドライン委員会の許可を得て訳補として解説を加えた。
 これら二点は問題の大きさ、深刻さのため、ガイドラインに通常必要とされる情報以上に踏み込んで詳述した。

アセトアミノフェンがNSAIDsよりも安全な理由
 訳補「発熱と解熱剤」を執筆するため、アセトアミノフェンとNSAIDsの違いを再度点検し、確認した両者の重大な相違点を詳細に記載した。
 要点は、基本的な作用機序(プロスタグランディン合成阻害)が、アセトアミノフェンは鎮痛も解熱も圧倒的に中枢性である点である。またNSAIDsでは、血中濃度の治療域と中毒域が重なってしまうが、アセトアミノフェンはその差が大きく、胃・十二指腸潰瘍や腎障害、感染防御機能や組織修復機能への悪影響など末梢でのプロスタグランディン合成阻害作用による害が少ない理由である。
 H2ブロッカーによる精神症状は、監訳者が知る限り、癌緩和ケアマニュアルでも触れられておらず、疼痛治療中見逃されやすいものである(監訳者の序より、抜粋)。
 本著が、他の治療ガイドラインと併せ、日常診療に役立ち、患者さんの苦痛の軽減と尊厳の回復維持に役立つことを願うものである。保団連では、この「鎮痛・解熱治療ガイドライン」を『月刊保団連』の臨時増刊として発行している。ぜひお読みいただきたい。